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第三章 子供たちと隠れ里

104 魔導師候補たちの魔法ショー

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「えぇーっ? ジェイラスが壊れたブランコを新しく作り直したぁー!?」

 メラニーが素っ頓狂な叫びを上げる。ジェイラスは反論しようとしたが、その直前にサミュエルが驚きの表情で詰め寄ってきた。

「ど、どうしちゃったのさ、ジェイラス? あれほど大工関係とは縁を切るって言ってたじゃないか!」
「そうよ! 一体全体どーゆー風の吹き回しよ?」
「だあぁーっ! もう、うっせぇなぁ!」

 幼なじみ二人から次々と問いかけられ、ジェイラスは遂に苛立ちを爆発させる。

「ただのくだらねぇ気まぐれだよ。そんなに騒ぐことじゃねぇだろ」

 しかしそれも、すぐさま落ち着きを取り戻してしまった。いつもなら流れ作業の如くサミュエルに拳骨をお見舞いするというのに、それも全くない。
 故に当の本人も、驚かずにはいられなかった。

「――いやいやいや! 君にとってはそうかもだけど、僕たちからすれば、ビックリせずにはいられないくらいだからね!?」
「あたしも今回ばかりは、サミュエルに同意するわ」

 メラニーが表情を引き締めながら頷く。

「アンタがお父さんとケンカして家を飛び出しちゃうほど、大工そのものに恨みを持っていたほどだったじゃない。そんなアンタが心変わりするなんて、相当なことでもない限りあり得ない話だと思うわよ?」
「そうだよ。キミが一度言い出したら聞かないことをよく知っているからこそ、僕たちは凄く驚いてるんだ! そんな簡単に流せる話じゃないよ」

 いつもは格好つけて調子に乗りやすいサミュエルでさえも、キャラを捨てて真剣な表情を見せつけてくる。それほどまでに、ジェイラスの変化が凄まじいのだろうということは、マキトたちにも分かった。
 しかし、納得できるかどうかは、全くの別問題でもあった。

「そんなに大騒ぎするほどのことなのでしょうか?」
「見てられなくて、つい手を出したとか言ってたけど……よくある話だよな?」
「ん。でも、ノーラたちはジェイラスの事情を全く知らない」
『たしかにそうだよねー』
「キュウッ!」

 ノーラの言うとおり、マキトたちはジェイラスたちの事情を全く知らないため、あれこれ決めつけることもできない。見る限り、サミュエルとメラニーも真剣な表情でいるため、恐らくからかいとかではないのだろうとも思えてはいる。

「……これって、俺たちも気にしたほうがいいことなのか?」
「しなくていいと思う」

 戸惑いながら疑問を呈するマキトに、ノーラが無表情で即答する。

「あくまでノーラたちは他人。ジェイラスたちの事情に土足で踏み込むのは失礼」
「そっか……じゃあとりあえずは、そーゆーもんかって思っておこうか」
「ん。それが一番」

 マキトとノーラがニッコリと笑い合う。それを見た魔物たちも、嬉しそうな表情ですり寄ってきた。意味を理解しているかどうかよりも、マスターたちが笑顔でいることがなにより重要なのだ。
 すると――

「……なんてゆーかさぁ」

 そんなマキトたちのやり取りが聞こえていたメラニーが、脱力したかのような表情でため息をつく。

「こうもあっさり流されると、あたふたしているあたしたちのほうが馬鹿っぽく感じるんだけど」
「奇遇だねメラニー。僕も同じことを考えていたよ」

 サミュエルも肩を落としながら、乱暴なガキ大将のイメージが強い、ジェイラスの今の姿を改めて見る。

「まぁ、よくよく考えてみれば、ジェイラスの変化は喜ばしいことだよね」
「そうよね。それは確かに言えてるわ」
「ゴメンよジェイラス。なんかあれこれ言っちゃってさ」
「あたしも謝るわ。ゴメンなさいね、ジェイラス」

 幼なじみ二人が頭を下げて謝罪してくる。それに対してジェイラスも、目を丸くして戸惑っていた。

「お、おう……まぁ、その、なんだ……分かってくれりゃあ、それでいいんだよ」

 思えば幼なじみたちから、こうしてちゃんと真剣に謝られたこと自体、もしかしたら初めてだったかもしれない。
 正直ジェイラスも、どう反応していいか分からなかった。

(ちぃっ! なんで今日はそんな真剣に謝ってきやがるんだよ? いつもはもっと軽々しく言ってくるだけじゃねぇか!)

 戸惑いから少しばかり苛立ちが募るジェイラス。しかし当の二人は、既に視線を彼から外し、周囲にいる里の魔物たちに向けられていた。
 サミュエルが顎に手を当てながら、魔物たちの様子を分析する。

「ふむ、どうやら今の僕たちのやり取りで、里の魔物たちを少しばかり不安にさせちゃったみたいだねぇ」
「少し悪いことしちゃったかなぁ……あっ、そうだ!」

 ここでメラニーが、あることを思いついた。そして両方の手のひらを上にして、そこに魔力を集中させる。

「――はぁっ!」

 掛け声とともに、メラニーの両手に、それぞれ炎の玉が生み出された。そしてそれをお手玉の如く回していき、小さな芸として見せつける。

「わぁ! 凄いのですー♪」
「キュウキュウ!」

 感激の声を上げるラティとロップル。里の魔物たちも、いいぞーと言わんばかりに笑顔で掛け声を出してきた。

「やるねぇ、メラニー。けど僕だって――」

 サミュエルも両手を広げ、魔力を集中させ、そこから水を生み出す。そのまま地面に流れ落ちるのかと思いきや、まるで見えないパイプがあるかのように、水が縦横無尽に空中を軽やかに流れていく。
 それを余裕の表情でこなすサミュエルに、メラニーは不敵な笑みを向ける。

「あら、サミュエルもやるじゃないの!」
「そりゃあ僕は、宮廷魔導師になる男だからね。これぐらいできて当然さ!」
「だったら、あたしだって!」

 メラニーは更に魔力を集中させ、炎の玉を大きくしていった。

「お母さんを越える魔導師になる女として、負けるワケにはいかないわ!」
「言ってくれるね! まぁ、最後に勝つのはこの僕だけど」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわよ」
「なにおうっ!?」

 サミュエルとメラニーの競い合いが、ダイナミックな魔法パフォーマンスを展開させていく。魔力スポットで魔力を蓄えたからこそ、このような芸当ができるようになったのだった。
 まさにそれは、炎と水のイリュージョン。
 マキトたちも魔物たちも、こぞってそれに魅了され、虜になってゆく。
 観客がどんどん増えてきていることに、演じている二人は全く気づいていない。ただひたすら競っていた。
 ――コイツにだけは絶対に負けない!
 そんなたった一つの、実にシンプルな気持ちを携えながら。

「次で決めてやる!」
「いいわね。望むところよ!」

 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。クライマックスとなり、観客がざわめき出していた。
 それもまた、一種の盛り上げとなり、二人の心を最後まで燃え上がらせる。
 二人の心の炎が燃え尽きたその時――

『おおおおぉぉぉーーーーっ!!』

 ヒトと魔物関係なく、盛大なるスタンディングオベーションが発生した。

「いいぞーっ、二人ともー!」
「凄かったのですー♪」

 マキトとラティもテンションが上がり、両手をメガホン代わりにして、はしゃぎながら叫ぶ。それに続いて他の魔物たちも鳴き声を上げ、スライムたちは思いっきりその場で飛び跳ね、喜びと感激をアピールする。
 そして歓声を送るのは、勿論二人の幼なじみ『たち』もであった。

「ブラボー! テメェらなかなかやるじゃねぇかよぉー!」
「凄かったよー、メラニー!」
「どうもありがとー……って、リリー!? アンタいつの間に……」

 手を振りながら答えたところで、メラニーがようやくそれに気づいた。
 ショーを始めた時は、確かに居なかったはずのリリーが、いつの間にかジェイラスと並んで座って見ていたことに。

「ヤボ用が片付いてお散歩してたら、なんか凄い盛り上がってるのを見てね。普通に目の前に来たんだけど、気づいてなかったんだ?」
「……全然気づかなかったわよ」
「僕もだねぇ」

 呆然としているメラニーの隣で、サミュエルも恥ずかしそうに苦笑する。そしてチラリと周囲を見渡すが、リーダーの姿は見当たらなかった。

「ところで、メラニー」

 サミュエルが気を取り直しがてら話しかける。

「僕たち勝負していたと思うんだけど、勝敗はどうするのさ?」
「あ、そういえば……すっかり忘れてたわ」

 メラニーも素直に戸惑っている。それだけ二人揃って、魔法ショーに夢中だったことが伺える。
 そこにノーラが無言で二人に近づき、小さな笑みを浮かべて見上げてきた。

「二人とも凄かった。この魔法ショーに勝ちも負けもない」
「あぁ、ノーラの言うとおりだ」
「わたしも同感なのです」
『ぼくもー♪』
「キュウ!」

 マキトたちは言葉とともに、改めて二人へ拍手を送る。やがて魔物たちも、そしてジェイラスとリリーも続いていった。

「二人とも素晴らしかったぜ」
「うん、二人と幼なじみで本当に良かったよ!」

 まさに拍手喝采。ショーのエンディングとしては素晴らしいと言えるだろう。そんなステージの主役を務めた二人は、再び戸惑いを覚えていた。

「は、ははっ……まさか魔法で、ここまで喜ばれる日が来るなんてねぇ」

 サミュエルは未だ展開に付いて来れないながらも、拍手を送られることを嬉しく思わない理由はなかった。持ち前の調子の良さが発揮され、早速手を振り返しながら笑顔を見せる。
 そしてメラニーも、サミュエルに続いて観客に手を振り始めた。

(全く、分からないモノね――)

 拍手を送ったり歓声を送ってくる魔物たちを見ながら、メラニーは思う。

(魔物を倒すために特訓してきた魔法で、魔物を笑顔にするなんてさ)

 ある意味、皮肉な結果と言えるのかもしれない。しかしながら、不思議な気持ちよさを感じるのも確かであった。
 少なくともメラニーは、笑顔を浮かべながら思っていた。
 これはこれで、悪くないんじゃないか――と。

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