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第三章 子供たちと隠れ里

101 リリーが意志を抱くとき(後編)

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 リリーは争い事が好きではなかった。むしろ大嫌いと言っても過言ではない。
 故に、幼なじみである四人に対しても不安が尽きなかった。
 毎日のように喧嘩をするジェイラスが心配だった。冒険者を目指して特訓して、生傷を増やすアレクが見ていられなかった。魔法の特訓で、無茶をして倒れるメラニーから目が離せなかった。すぐ調子に乗って痛い目を見るサミュエルもまた、気にかけずにはいられない。
 そんな四人を、リリーは常に気にかけてきていた。
 いつしか皆の手当てと健康管理の役目を、リリーが担うようになっていた。
 まるで皆のお母さんみたいね――そう言われることも多かった。
 アレクたちも無意識にそれを感じ取り、甘えていることも察してはいた。少し構い過ぎじゃないかと、周りからも注意されたことがある。
 なんでもかんでも面倒を見ていたら、アイツらのためにもならない。少し距離を置くのも大切ではないか、と。
 確かにそうかもしれないとリリーは思った。しかし、それでも構わなかった。
 それが自分に与えられた役目だから。自分はそのためにアレクたちと一緒にいるのだから、と。
 思い返してみれば、それも建前だったのだろう。
 本当は一人になるのが怖かったのだ。仮にアレクたちと距離を置いても、変わらず四人で楽しく遊んだりするんじゃないかと、そう思っていた。
 自分が必要とされない――それがリリーの抱いていた、一番の心配であった。
 だからリリーは、アレクたちと一緒に居続けた。そうすればそれが、自分の居場所とし続けることができるから。
 適性が【回復色】の錬金術師となった際、リリーはとても嬉しく思った。
 本当は冒険者という職業に対しても、積極的ではなかった。
 ならなくてもいいならなりたくないと思えるほどに。
 しかし、リリーは冒険者になる道を選んだ。
 これでポーションを作れば、アレクたちの役に立てる。そうすれば更に自分は、居場所を失う心配をしなくて済むのだと。
 将来の夢とか、そんな輝かしいものは何もない。
 ただ、今の自分を保ち続けたい、自分の心を繋ぎ止めて安心したい――そんな脆くて弱い気持ちのまま、ずっとリリーは過ごしてきたのだった。
 誰かのためを言い訳にして、自分のためを貫いてきた。
 しかし――今は違う。
 少なくともそれだけは断言できると、リリーは思っていた。

(私のためだけで動いていたら、助けたい人を……助けたい魔物を助けられない)

 そしてその気持ちを貫き通すためには、ここで諦めるわけにはいかない。逃げるなんてもってのほかだ。
 依然として成功する兆しは全く見えてこない。
 けれどやるのだ。今はできるかどうかなど考えない。スライムのために全力で錬金を成功させる――考えるのはそれだけだ。

(絶対に……諦めるもんかっ!)

 リリーは表情を引き締め、再び素材を手に取る。まさに一心不乱であった。周囲の様子など、全くと言っていいほど気にも留めていない。
 故に気づかなかった。
 必死に取り組んでいる彼女の背中を、長老ラビットがジッと見ていたことに。
 スライムがそっと、動き出していたことに。


 ◇ ◇ ◇


「うぅ、そんな……もう材料が……」

 あれからたくさん錬金した。けれど結局、一番最初に作った解熱ポーションが、一番の成功品となった。
 もう材料は使い尽くした。これ以上、新しいポーションを錬金できない。
 今から素材を集め直したのでは、日が暮れてしまう。もうこれ以上、打つ手がないと悟り、リリーの目に涙が浮かび上がる。
 ――不甲斐ない。
 たったその一言だけが、リリーの頭の中を駆け巡る。
 解熱ポーションは、体力を回復する普通のポーションとは違う、まさに特殊に値する代物。一度それを飲んだら、丸一日は空けないといけないのである。
 つまりそこそこの出来栄えでしかない解熱ポーションを飲んでしまったら、どんなに効果がなくても丸一日は待たないといけない。せめて普通の質レベルには仕上げないといけないのだが、そこに到達すらできなかった。

(やっぱり、私なんかじゃ……)

 駄目だったんだ――そう諦めかけた時であった。

「ただいまなのですーっ!」

 聞いたことのある明るい声が、背中から聞こえてきた。涙を拭うこともせず、そのままリリーが振り向くと、大量の素材を抱えたマキトとノーラ、そしてラティたち魔物が、笑みを浮かべて立っていた。
 そして彼らの足元には、長老ラビットとスライムの姿もあった。

「お嬢さんの頑張る姿を見ていたら、ワシらも少しは動かねばと思ってのぉ」
「ピキィーッ♪」
「このスライムが俺たちを呼びに来たんだよ。助けてくれってな」
「ん。事情は全部聞いた。里の魔物たちも手伝ってくれた」

 明るく笑うスライムに続いて、マキトとノーラも笑みを浮かべてくる。魔物たちも含めて皆が、力強い目をリリーに向けていた。

「見てのとおり、材料ならいくらでもある。どうか最後まで諦めんでくれんか?」

 長老ラビットが一歩前に出ながら言う。

「病気のスライムと、看病している魔物たちにも、お嬢さんのことを話した。皆がお嬢さんのことを信じると言って、待っていてくれておるぞい」
「ちなみに俺たちも見てきた。全部本当のことだよ」
「リリーさんが真剣に頑張る気持ちは、魔物さんたちにも伝わってるのですよ」
『みんながおうえんしてるよー!』
「キュウキュウーッ!」
「ピキィーッ!」

 マキトとラティの言葉も、そして魔物たちの鳴き声も、全てリリーの心に温かさを湧き上がらせる。
 そしてそれは次第に、リリーを再びやる気に導くのだった。

「――はい! 私、絶対に諦めませんっ!!」

 もう少しチャレンジすることを決意したリリーは、早速マキトたちから素材を受け取り、錬金を再開する。
 マキトたちはそれを黙って見ていた。下手に声をかけても邪魔になるだけだと分かっていたからだ。
 その気迫は、凄まじいの一言であった。
 アリシアの錬金をマキトたちは見たことがある。彼女も錬金に対する情熱が物凄いだけに、見ていて背筋がゾワッとしたこともあったほどだが、今の彼女からもそれと似たような感じがしており、むしろそれ以上ではとすら思えるほど。
 頑張れと心の中で語りかけることすら忘れて、皆が揃ってリリーの背中をジッと見つめている。一方のリリーは、一心不乱に錬金を進めていく。
 そして程なくして――錬金が終わった。

「できた……普通の解熱ポーションが、遂にできたーっ!」

 両手を広げて声を会えるリリー。これまで何回も辿り着けなかった結果に、ようやくこぎつけたのだった。
 リリーが完成させたのは、あくまで普通の質の解熱ポーション。
 もし、アリシアほどの経験値を積み重ねた錬金術師ならば、あっという間に仕上げられる代物である。まだ駆け出しに至っていないリリーだからこそ、ここまでの大作業となってしまったのだ。
 これぐらいの代物は、短時間で量産できなければ話にならない――それはリリーも自覚している。
 しかし今は――せめて今だけは、思いっきり喜んでもいいじゃないか。
 そう思いながら、涙を流して笑っていた。

「うむ。よくぞ作り上げてくれたな」

 長老ラビットも嬉しそうな笑顔で語りかける。

「その解熱ポーションを、早速病気のスライムに飲ませてやりたい。ノーラよ。お願いできるかの?」
「がってん」

 ノーラはリリーから解熱ポーションの入った瓶を受け取り、スライムに案内される形で歩き出す。
 ようやく務めを果たせた――そう思った瞬間、リリーは体から力が抜ける。

「お、おい、大丈夫か?」
「うん……平気。これぐらいでヘタっちゃうなんて、私もまだまだだね」

 力無く笑うリリー。しかしその表情は、明らかに晴れやかであった。

「ありがとうマキト君、それに皆も。キミたちのおかげだよ」
「俺たちは、素材集めを手伝っただけだよ。リリーが頑張った結果じゃないか」
「そうなのです。これはリリーさんの成果なのです!」

 マキトに続いてラティが褒め称えると、ロップルやフォレオ、そして長老ラビットがコクリと笑顔で頷く。
 その反応に、リリーは素直に嬉しくなり――

「私の……そっかぁ、えへへっ♪」

 今日一番といっても過言ではないくらいの、満面な笑みを浮かべるのだった。

 それから程なくして、リリーとスライムが戻って来る。
 解熱ポーションのおかげで、病気のスライムは落ち着いたと聞き、リリーは喜びの涙を浮かべるのだった。

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