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第三章 子供たちと隠れ里

100 リリーが意志を抱くとき(前編)

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 ラティたちが魔力スポットで特訓をしている頃――リリーは錬金の素材に使えそうな薬草などを探すべく、散策をしていた。
 冒険者養成学校の合格祝いとして、両親からプレゼントしてもらった簡易錬金道具も持参しており、採取した素材をその場で作ってみるのも楽しそうだと、ワクワクした気持ちに駆られていた。

(自然が豊かでいいなぁ……それにとっても静かだし)

 気分よく鼻歌を口ずさみながら、リリーが木漏れ日の中を歩く。今の彼女は、とても心が安らいでいた。
 大自然の中を歩いているのも、確かに理由の一つではある。しかしやはり心の呟きにおける、後者のほうがより当てはまっていた。
 いつも一緒に居るメンバーが今はいない。
 シュトル王都では、毎日のように誰かしらと一緒にいた。自分から誘ったことなど一度もない。アレクたちの中の誰か――特にアレクとメラニーを筆頭に、来ることを前提として誘ってくる。
 そして、何かと騒がしい出来事に巻き込まれていく――それは確かに楽しいとは思えるのだが、疲れを感じる日も少なくない。
 たまには一人でのんびり過ごしたい――そう思う時もあるのだ。
 今まさに、その願いが叶っている状態だと言えるだろう。

(いい機会だし、いろんな薬草とか見つけたいなぁ)

 これを逃してしまえば、次はいつ『一人でのんびり』散策できるか分からない。自分が思うように行動できる今を、大切にしなければならない。

(……別に、アレクたちと一緒にいるのが、嫌ってワケじゃあないんだけどね)

 それだけは間違いないとリリーも思ってはいる。大切な友達として、四人とはこれからも一緒に過ごして行ければとも。
 無論、それは永遠に続かないことぐらい、分かってはいるつもりだ。
 皆それぞれ、やりたいこともやらなければならないことも違う。離れ離れにならざるを得ない時もあるだろう。そうなったときのためにも、今一緒にいられることを大切にしなければと――そう強く感じてもいる。
 しかしやはり、いつも一緒というのも窮屈に感じてしまうのは否めない。
 だからせめてこのときぐらいはと、リリーは思うのだった。

「――あ、見つけた」

 そうこうしているうちに、リリーは薬草を発見する。自生しているものを見つけた時は嬉しく感じる。自分で錬金を行うようになってからは特にだ。
 錬金術師たるもの素材集めを極めるべし――シュトル王都で教わってきた言葉を脳内で再生したその時、最近聞いたあることを思い出した。

(そういえば……錬金術師の人が、ヴァルフェミオンに留学したとかって……)

 その話を聞いたときはリリーも驚いた。魔法を扱うエリート養成学校に、まさか錬金術師がスカウトされるとは、と。
 シュトル王都でもかなりの騒ぎとなっていた。
 特に錬金術師が、もしかしたら自分にもチャンスがと、そう声に上げて期待する者も増えた。
 リリーも薄っすらとながらそう思っていた。しかしすぐに目が覚めた。
 あくまでその人は特別中の特別。錬金術師の誰もが選ばれるかと思えば、それこそ大きな間違いもいいところ。夢を見るのであれば、ちゃんと現実を認識した上で見なければならない。
 とあるベテランの冒険者がそう言っていたのを聞いて、リリーも体の中から急速にスッと冷めていく感じがしたのを、今でもしっかりと覚えていた。
 わずかな時間とはいえ、期待を抱いていたのも事実ではあったため、リリーは少し落ち込みはした。しかしすぐに気持ちを切り替え、その選ばれし錬金術師について改めて興味を抱いたのである。

(確かハーフエルフのお姉さんで、この森に住んでいたんだっけ? 私も一目会ってみたかったなぁ。どんな人なんだろう?)

 そんなことを考えながら、リリーは薬草を採取していく。他にも錬金に使えそうな植物があちこちに自生しているのが分かり、まるで宝庫みたいだと感じ、無意識に笑みを浮かべていた。
 すると――

「ピキィーッ!!」

 後ろから鳴き声が聞こえてきた。振り向いてみると、一匹のスライムがリリーを睨みつけている。

「えっ、な、なにっ!?」

 まさかの展開にリリーは驚きを隠せない。ただ薬草を採取していただけなのに、どうしてこんなにも仇のような目で睨まれなければならないのか。
 するとリリーは気づいた。スライムの視線が、今しがた採取した薬草に向けられていることに。

「えっと、これが欲しいの?」
「……ピキィ」

 ふてぶてしい態度でスライムが頷く。リリーはその表情に見覚えがあった。
 余計なことをしやがって――アレクが良かれと思って助けた同級生の男子が、そう呟きながら睨みつけてくる姿に、凄く似ている気がした。
 リリーは採取した薬草を、そっとスライムの前に置く。
 きっとこれでスライムも気が済んで持っていくことだろう――リリーはそう思っていたが、スライムは何故か薬草を一瞥するだけで、持っていこうとしない。

(ど、どうしよう? 気に入らない何かがあったのかな?)

 意思疎通ができないリリーは、完全に困り果ててしまう。

(マキト君たちがいれば、ラティちゃんに通訳してもらえるんだけど……そうも言ってられないよねぇ)

「――む? どうしたんじゃ?」

 するとそこに、長老ラビットが通りかかる。スライムが振り向いて、叫ぶように鳴き声を上げながら飛びついた。
 どうやら何かを訴えているようだとリリーは思ったが、如何せん鳴き声にしか聞こえないため、一体何を言っているのかは全くもって分からない。

「ほう、そういうことじゃったのか……ふむ」

 長老ラビットが頷き、そしてリリーに視線を向ける。リリーはそれに対し、ビクッと背筋を震わせた。

「え、あの、その……私、何か悪いことでもしたんでしょうか?」
「いや、そういうワケではない。確かにないんじゃがな……」

 どうにも歯切れの悪い長老ラビットに、リリーは首を傾げる。そしてスライムの事情を長老ラビットから聞き、リリーも納得を示した。

「じゃあその子は、仲間のスライムを助けようと、薬草を……」

 熱を出して苦しんでいるらしく、薬草を持ってこようとしていた。リリーが先に見つけてしまい、逆恨みの一歩手前まで来ていたのだが、リリーが親切に薬草を差し出す姿を見て自分の醜さを恥じてしまい、受け取れなかったのだという。
 なんとも強がる男子のようだと、リリーは思ってしまった。
 案外、魔物もヒトも、行動パターンはそんなに変わらないのかもしれないと、改めて感じてしまう。

「しかし、困ったもんじゃのう」

 長老ラビットが困った表情を浮かべる。

「話を聞く限りじゃと、ソヤツは恐らく病気じゃ。熱を下げさせる特別な薬草なりなんなりを、飲ませる必要がありそうじゃな」
「え、それじゃあ、この薬草は……」

 リリーは今しがた採取したばかりの薬草に視線を向けるが、長老ラビットは目を閉じながら首を左右に振る。

「それは普通の薬草……効果がないワケではないが、気休めにしかならんよ」
「そんな……」

 悲痛そうな表情を浮かべるリリー。それを見た長老ラビットは、力のない笑みを浮かべてきた。

「まぁ、それでもないよりかはマシと言える。今年は悪い天気が続いたせいで、解熱作用のある薬草も、全然生えてきておらんからのう」
「つまり、今から特別な薬草を探したところで、時間のムダだと?」
「そういうことじゃな。誰かが作った薬とかが用意できれば、話は別じゃがの」

 それを聞いたりリーは、ハッと目を見開いた。そして少し考え、やがて決意を固めたかのように、表情を引き締める。

「あの! 私、こう見えて、【回復色】の錬金術師なんです!」

 そして、長老ラビットとスライムに向かって進言した。

「まだ見習いにもなってませんけど、解熱ポーションの作り方なら知っています。もし良ければ、私にそのスライムさんを助けさせてくれませんか?」


 ◇ ◇ ◇


 願い出たリリーに対し、スライムも長老ラビットも、最初は本当に大丈夫かと言わんばかりの視線を向けていた。
 マキトやノーラは信用できなくもないが、お主たちはのう――長老ラビットからそう言われて、リリーは何も言い返せなかった。
 無理もない話だと思いつつ、リリーはハッキリと告げた。

 ――たとえ魔物だろうと、苦しんでいると聞いたら放ってはおけません!

 その言葉が、まっすぐな視線を通して長老ラビットとスライムに放たれると、ほんの少しだけ表情を動かした。
 少なくとも本気で言ってはいる――そう思ったのか、長老ラビットはスライムと目配せをした上で、リリーに頭を下げた。
 一つよろしく頼む、と。

(問題は、今の私に解熱ポーションが上手く錬金できるかどうか……)

 簡易錬金セットを準備しながら、リリーは顔をしかめる。作り方を知っているのは本当であり、その材料もちゃんと揃ってはいる。
 しかしまだリリーの腕は、未熟にも程があると言わざるを得ない。それ故に成功率も決して高いとは言えないのが現状だった。
 必要な素材も限られているため、あまり失敗もできないのも、リリーにとっては大きなプレッシャーとなっていた。

(でも、やらないと! 苦しんでいるスライムさんを、私が助けるんだ!)

 リリーは改めて決意を固め、錬金を開始する。彼女のまっすぐな思いが、途轍もない集中力を発揮させ、作業を進めていく。
 やがて解熱作用のあるポーションが出来上がった。しかし質はそこそこ程度。解熱効果も微々たるものでしかなかった。
 これが練習であれば、リリーも素直に喜ぶことはできただろう。
 しかし今は、そこそこでは許されない事態なのだ。
 病気の熱を下げさせるには、もっと質が高くなければ――リリーはそう思いながら錬金を繰り返し、いくつかの解熱ポーションを作り上げていく。
 しかし――求めていた効果を持つ物は、全く生み出すことができなかった。
 悔しさを覚えたリリーの目から、涙が出そうになったその時――

「お嬢さん。ありがとう。もう十分じゃよ」

 長老ラビットが優しい目をしながら、語りかけてきた。

「一応、完成品はあるのじゃろう? そこそこの効果でもありがたいわい。スライムもそう言っておる」
「ピキィーッ!」

 スライムがリリーに笑顔を向けてくる。そのとおりだと、元気づけてくれているようであった。
 そして長老ラビットも、頷きながら笑顔を浮かべる。

「お嬢さんの真剣な気持ちは、ワシらにもよく伝わってきた。とても優しい心の持ち主であることが、よく分かったよ。後のことはワシらでなんとかする。これ以上お嬢さんを、苦しめさせるようなことはしたくない」
「で、でも……」
「これはワシら魔物の問題じゃ。同胞を助けるという気持ちを、ワシらは今一度思い出さなければならんのかもしれんのう」

 長老スライムはしみじみと語り、そして言った。

「目を背けてはいけない、逃げずにしっかりしなければいけない――とな」
「――っ!」

 まるで、心に刻み込むかのように、ゆっくりと放たれたその言葉は、リリーの心に衝撃を与えるには、十分過ぎるほどだった。
 このままでは、今までの弱い自分と同じではないかと――そう思ったのだった。

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