97 / 252
第三章 子供たちと隠れ里
097 もう一つの隠れ里
しおりを挟むマキトたちは、ホーンラビットに付いて行く形で、森の中を進んでいく。
殆ど道なき道であり、どこをどう進んでいるのかは分からない状態であった。現にここから問題なく帰れる自信は、少なくともアレクたち五人には、全くと言っていいほどない。
「どうやら魔力結界の中に入ったみたいなのです。隠れ里が近い証拠なのです」
ラティが明るい声で話すと、メラニーがはたと気づいた。
「そう言えばさっき……小さな切り株のある場所を通ったあたりかな? そこらへんから変な感じがしていたんだけど……」
「恐らく、結界を感じ取れたのだと思いますよ。普通ならば、グルグル回って元の場所へ戻ってしまうのです」
しかし条件さえ揃っていれば、戻ることなく先へ進むことができる。その一つが今の状況であった。
森の魔物と仲良くなり、案内してもらえば辿り着ける。もしくは精霊を司る魔物を連れていれば、結界には引っかからないこともラティから説明された。
それを聞いたアレクたちは、不思議そうな表情で驚いていた。
「そうだったのね……不思議な魔法もあるもんだわ」
メラニーの呟きは、五人全員が共通している気持ちでもあった。世界にはまだまだ自分たちが知らないことがたくさんある――その一端を垣間見た気がした。
「それにしても、私たちかなり奥のほうまで来ちゃったよね」
リリーが不安そうな表情で周囲を見渡す。
「帰れるかどうかもそうだけど、本当にこのまま進んでも大丈夫なのかな?」
「なぁに、そんなに心配することなんてないさ!」
サミュエルが胸を張り、得意げに笑う。
「たかがちょっと深い森の中を歩いているだけに過ぎないんだ。ここはビクビクすることなんて――」
その瞬間、近くの茂みがガサガサとうごめいた。
「ひぃっ!」
サミュエルが飛び退くようにして、茂みに向かって構えを取る。すると中から二匹のスライムが姿を見せ、そのまま横切っていく。どうやら追いかけっこをしているようであり、マキトたちに気づいている様子すらなかった。
「あ、な、なぁんだ……た、ただのスライムか……ははっ、こ、怖かったぁ!」
サミュエルはそのまま腰を抜かしてしまう。もはやそれもいつもの光景だが、やはり幼なじみとしては呆れずにはいられないことも確かであった。
「アンタねぇ……せめてもう少しはカッコつけるぐらいのことしなさいよ」
メラニーが冷めた表情でサミュエルを見下ろす。ツッコミこそ入れていないが、他の四人も同じ気持ちであった。
「おーい、早く行くぞー!」
マキトが振り向きながら声をかける。もはやサミュエルのことを、気にかけることすらしていなかった。
「あ、あぁ、すまな……」
「ごめんごめーん。すぐ行くからー! さ、行くわよ、みんな!」
アレクの言葉に被せる形で、メラニーが明るい声を出す。そしてサミュエルを無理やり立ち上がらせ、他の四人を促す。
その姿は、もはやリーダーの務めそのものであり、頼れる姐さんをイメージさせるものでもあったが、当の本人はそれに全く気づいていない。
やがて五人はマキトたちに追いつき、メラニーがふぅとため息をつく。
「全く、偉そうなこと言っといて真っ先に濃し抜かしたんじゃ、世話ないわ。大体ちょっと茂みが動いたからといって、警戒しすぎなのよ」
「な、なにおう!? 魔物が出るかと思って用心することの何がいけないんだ?」
必死に言い訳をするサミュエル。それを聞いたメラニーは、やれやれと肩をすくめながら笑みを浮かべている。
アンタはいちいち反応が大げさすぎるのよ――そう言おうとした瞬間だった。
「確かにそのとーり。用心するに越したことはない」
ノーラがロップルを抱きかかえながら、ジッとサミュエルを見上げていた。
「さっきのアースリザードみたいな例もある。スライムやホーンラビットみたいな小動物系の魔物だけかと思ったら、大間違いもいいところ。いつどこで、どんな魔物が出るかは分からない」
淡々と語るノーラに対し、アレクたちは揃って言葉を失っていた。
いつどこでどんな魔物が出るかは分からない――それはシュトル王国にて、前々から習い続けてきた言葉だったからだ。
高を括った瞬間、予想外の出来事が発生して命を落とす。冒険者はそれが日常茶飯事なのだと言われている。しかもそれを教える先輩冒険者の殆どが、恐れをなしている表情で念を押しながら言ってくるのだ。
とどのつまり、教える冒険者の皆が経験しており、命拾いしてきているということを意味しているのだが、如何せんアレクたちは心のどこかで思っていた。
いくら命懸けとはいえ大袈裟過ぎやしないかと。
しかし、それは間違いだったと、今更ながら思うようになっていた。
(確かにな……さっきのアースリザードは、本当に恐ろしかった)
アレクは少し前の出来事を思い返す。
森で見た魔物は、スライムなどの小動物レベルが殆ど。無意識にそれしか出ないのだと高を括っていた矢先に、予想もしていなかった狂暴性の高い魔物が、自分たちの前に飛び出した。
もしマキトたちがいなければ、今頃どうなっていたことか。
(俺としたことが……軽卒にも程がある。それを今になって気づくだなんて!)
ずっとシュトル王国の――王都という安全圏の中で、野生の魔物がいないのが当たり前な環境の中で、ずっと育ってきた。
それ故に、魔物に対する経験値はゼロに等しい。そこだけで見れば、間違いなくマキトにすら劣るレベルだ。
無論、アレクはマキトの細かい事情など知る由もない。
しかしなんとなく気づいていた。たとえ自分と同い年でも、この森で暮らしているが故の経験値の差を。
毎日のように魔物と接しているが故の、絶対的な差を。
仮にマキトが自分たちと同じ学校に通っていたとしたら、アレクは負けない自信が強くある。しかし外に出たら、あっという間に逆転されてしまう。
それだけは間違いないと思えてならない。だからこそ悔しくてたまらず、拳をギュッと握り締めていた。
「――そうだな。俺たち全員が油断していたことは間違いない」
腕を組みながら神妙な表情で頷くジェイラス。アレクはそんな彼を、驚きの表情で見つめていた。
まさかジェイラスがあっさり認めるとは――そう思っていた。
「あの時は俺も、ロクに動けなかったからな。もっと強くなって、あーゆー魔物にも率先して立ち向かえるようになるぜ!」
「――キィッ!」
「おっスラ公もその意気だって言ってくれるのか?」
「キィッ♪」
「そうかそうか。やっぱり俺とお前は、何かと気が合うみてぇだな、ハハッ♪」
すっかりスライムと意気投合した様子のジェイラス。自分たちといる時より楽しそうにしていないかと――アレクたちはなんとなくそう思えてならなかった。
「良かったですね♪」
ここでラティが、笑顔でジェイラスに話しかける。
「スライムさんと友達になれたみたいなのです」
「――あ、あぁ。そう見えるのか?」
「見えるよ」
驚きながらもワクワクした表情で問いかけるジェイラスに、マキトは優しい笑顔で頷いた。
「魔物使いじゃなくても、魔物と友達になれる。これがまさにそれでしょ」
「ん。ジェイラスがいい証拠になった」
「キュウッ」
『ぼくもどうかーん♪』
マキトに続いて、ノーラや魔物たちも笑みを浮かべながら頷く。そんな彼らの反応に対し、ジェイラスはくすぐったい気持ちに駆られる。
「そ、そうだよな。オメェたちもいいことを言うじゃねぇか、ハハッ♪」
しかし嬉しいことに変わりはない。だからジェイラスは照れながらも笑い、いい気分を味わうのだった。
だが、その笑い声が少し大きめであることも、また事実であった。
「ジェイラス、少しは声を落とせ。また狂暴な魔物が出てきたらどうするんだ?」
アレクが慌てて彼を抑えようとする。こんな薄暗いところで不意打ちでも受けたらどうなるか――少なくとも無傷で帰れるとは思えない。
「心配はいらないのですよ♪」
するとここで、ラティが明るい声を出した。
「もし魔物さんが襲い掛かっても、わたしたちでなんとかするのです!」
「ん。ラティたちとノーラにお任せ」
「キュウッ!」
『おまかせあれー♪』
ノーラと魔物たちも、揃って自信満々に胸を張る。その姿にアレクは、若干の戸惑いを覚えた。
「いや……ホントに大丈夫なのか?」
「そういやさっき、その喋れる白い魔物が、デッケェ狼に変身してたよな?」
ジェイラスがそう言うと、メラニーたちも確かにと頷く。
「その様子だと、妖精ちゃんたちにも、何かしらの力がありそうね」
「まさか魔物に助けられるなんて、思いもしなかったよ」
「魔物って凄いんだね。私も驚いちゃったなぁ」
素直に感心する三人の子供たち。確実に魔物に対する評価が変わりつつあった。
しかし――
(倒すべき存在に助けられるなんて……情けないにも程があるんじゃないか?)
アレク一人だけが、未だ納得しきれず、モヤモヤとした気持ちを抱えていた。
そして同時に思っていた。力のない自分が恨めしくて仕方がないと。もっと自分に力があれば、魔物なんかに頼らず、皆を引っ張って行けたのにと。
それからもマキトたちは森の中を進み続ける。皆はそれぞれ周囲を警戒しつつ、隠れ里に対して想いを馳せていた。
そんな中、アレクだけはしんがりの位置で、浮かない表情をしていた。
「――アレク、お前大丈夫か?」
ジェイラスに声をかけられたアレクは、慌てて笑みを取り繕う。
「あ、あぁ、大丈夫だ」
「ならいいけどよ。調子悪いなら俺が後ろにつくぞ? しんがりで魔物たちが来ねぇかどうか、ちゃんと見ねぇといけねぇからな」
「だから平気だって。俺はリーダーだ。しんがりを立派に務めてやるよ」
「……おぅ」
頷くジェイラスだったが、どこか納得していない様子であった。普段は喧嘩腰になりやすい彼だが、妙なところで感が働くのだ。今回がまさにそれであり、アレクは内心でヒヤヒヤしていたのである。
それからは、アレクも周囲に気を配ってこそいたが、気持ちの切り替えは上手くできていなかった。
運良く狂暴な魔物が襲ってこないまま、しばらく歩き続けていく。
「――キュイッ!」
不意に、ホーンラビットが鳴き声を上げる。よく見ると、遠くの前方に薄っすらと光が差し込んでいた。
「もしかして、あの先に隠れ里があるのか?」
「ん。風に乗って、魔力の粒子も少しずつ流れてきている。魔力スポットが近い何よりの証拠」
マキトの問いかけにノーラが答える。それを聞いたジェイラスも、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「いよいよ目的地ってか。楽しみだぜ!」
「魔力スポット……魔法を扱う人が憧れる場所に、僕たちはやって来たんだ!」
サミュエルが震える心を抑えきれない。それはメラニーも同じであった。
「あぁん、ワクワクするぅ♪ ねぇねぇ、早く行こうよぉー!」
「メラニー、慌てたら危ないから」
リリーがメラニーを抑えるも、彼女の視線は前方に釘付けであった。なんだかんだ言っても隠れ里がどんな光景なのか、楽しみで仕方がない――そんな気持ちを隠しきれていないのだった。
「キュイキュイッ♪」
ホーンラビットが走り出し、マキトたちもそれに続いて駆け出す。そのまま刺し込む光の先へ出ると、森は明るく開けていた。
「うわぁ……こりゃ凄いな」
スライムの長老がいる隠れ里と同じくらいに、綺麗な自然に囲まれた、まさに魔物たちが暮らす森の楽園が広がっている。
もう一つの隠れ里――マキトたちはそこに到着したのであった。
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

母を訪ねて十万里
サクラ近衛将監
ファンタジー
エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。
この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。
概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる