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第三章 子供たちと隠れ里

096 三羽烏も動き出す

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 ディオンとネルソンの雑談は盛り上がる。特に魔物使いの少年の件は、ネルソンも大いに興味を示していた。

「粗方聞かせてはもらったが……やっぱ信じられねぇな」
「無理もないさ。しかも【色無し】と判定されている子だから尚更だ」

 腕を組みながら首を傾げるネルソンに、ディオンは苦笑する。

「だが事実、その子が妖精や霊獣を次々とテイムしていっていることは確かだ。俺もテイムの印が付いたそれを見たことがある。とても【色無し】の子であるとは思えないほどにな」
「いや……多分ソイツ【色無し】じゃねぇだろう、普通に……」

 ネルソンは表情を引きつらせながら言う。

「お前が言ったとおり、そのボウズは【透明色】って可能性が濃厚だな。【色】の違う魔物をテイムできてんのが、なによりの証拠だ」
「やはりそう思うか」
「あぁ。だからこそ残念に思えてならねぇよ。どう頑張っても、今のギルドじゃ認められることはねぇからな」

 冒険者ギルドでは【透明色】を判断する手段がない――それはネルソンも冒険者時代から懸念していることではあった。
 騎士団長という役職に就いて、更にその気持ちが強くなったとも言える。
 一人でも多く、才能溢れる者を部下にして育てたい。冒険者はそれを見極める格好の材料とも言えるのだが、肝心のギルドがそれを見逃してきているように思えてならないのだった。
 しかし、現時点ではどうにもならないことも確かであった。
 ギルド側も考えていないわけではない。ただ、その『方法』が見つからないからどうしようもない――それ以外の結論が導き出されていないのである。

「ぶっちゃけ、言わせてもらうとよぉ……」

 ネルソンは大きなため息をついた。

「ギルドも王宮も、大きく変わろうとすること自体を放棄している――なんかそんな気がしてならねぇんだよなぁ」
「奇遇だな。俺も同じことを考えていたよ」

 目を閉じながらディオンはフッと笑みを浮かべる。

「特にお前がいるシュトル王国に、その傾向が高いと思えるが?」
「……やっぱそう思うか?」
「思わなかったら、そもそも言わんよ」
「だよな……」

 ネルソンが大きなため息をつきながら肩を落とす。案に自分の勤める国が情けないと言われているも同然であったからだ。そのとおりだと自覚もしており、何も言い返すこともできない。

「そこを行くと、ヴァルフェミオンの貪欲さは凄い――いや、凄まじいの一言だ」

 空を仰ぎながらディオンは言った。

「世界中から才能溢れる魔導師候補生を集め、育てながらも新たなる魔法を生み出そうと躍起になり続けている」
「確か、魔導師や魔法剣士じゃない子も、スカウトしてるんだったな」
「こないだまさに、この森からそれに該当する子が出たよ」
「マジか!?」

 ネルソンが目を見開いて振り向くと、ディオンがしてやったりと言わんばかりにニヤッと笑う。
 そして該当する子――すなわちアリシアのことを話すと、ネルソンは頬杖をつきながら再び大きなため息をついた。

「正当な評価ってのはあるもんだな。ウチの国も見習ってほしいもんだぜ」
「おいおい、騎士団長なんて役職に就いているお前が言うことか?」

 ディオンの言葉は、暗に『お前がなんとかすればいいだけの話だろう?』と言っているに等しい。
 実際、ネルソンは大きな立場を得ているのだから、そう思うのは当然だろう。

「……そう都合よく事は運ばねぇさ」

 ネルソンはため息交じりに苦笑する。

「俺が進言したところで、呆気なく握り潰されてちまうケースも多いもんだ。騎士団長なんて偉そうな肩書き背負ってるが、所詮は雇われの身ってことよ」

 大袈裟に肩をすくめるネルソンは、流石に口に出せない内容を心の中で思う。

(ただでさえ、ウチの王宮はきな臭い部分もあるしなぁ。せめて十年前の焼き増しだけにはならないことを、祈るばかりだぜ……)

 それに気づいても、ネルソンには動きようがない。王国の大人物が関わっているとなれば、下手に調べようとするなど自殺行為もいいところである。

(王国のために命を捨てる覚悟はあるが、そりゃあくまで騎士としてだ。俺の好奇心で命を落とすようなマネは、流石にバカバカしいにも……ん?)

 馬鹿馬鹿しいにも程がある――ネルソンがそう思っていた時、こちらへ慌ててかけてくる足音が聞こえた。
 ネルソンがその方向に視線を向けてみると――

「あぁ、いた! ネルソン!」

 なんと集会所に残っているはずのエステルが、慌てた様子で駆けつけてきた。

「それにディオンも……こんなところにいたんですね」
「よぉ。そんなに慌ててどうした? 何か問題でも起きたのか?」

 あくまで冷静に笑みを浮かべながら尋ねるディオンだったが、只事ではないとは思っていた。いつもは穏やかで、常に冷静さを絶やすことのないエステルが、ここまで慌てふためくなど余程のことに違いない。
 そしてその予想は、まさに大当たりとしか言えないものであった。

「――子供たちが五人、集会所からいなくなったんです!」

 ピリッとした空気がネルソンとディオンに過ぎる。気がついたらネルソンは立ち上がっており、エステルの両肩に手を置き、揺さぶっていた。

「どういうことだ、それは? 集会所の連中は何をやってたんだよ!?」
「おい、少し落ち着けよネルソン」

 揺さぶるネルソンをディオンが止める。

「それだと、エステルも話せることが話せないぞ」
「……ワリィ」

 ようやく少しだけ落ち着きを取り戻したネルソンが、改めて表情を引き締め、エステルに向き直る。
 するとエステルもまた、コクリと頷いた。

「集会所の裏口から抜け出してしまったみたいなんです。普通ならば職員が交代で待機しているため、子供たちが通ればすぐに分かるハズでした。でも――」

 エステルは深いため息をついた。それはもう呆れ果てているかのように。

「その時の職員の殆どが、ユグラシア様の美しさに浮かれていて、裏口に誰が通ったのかさえも、殆ど見ていなかったとか……」
「――バカヤロウにも程があるな」
「悲しい男のサガってか」

 わなわなと拳を震わせるネルソンに、苦笑を浮かべるディオン。しかし今は、職員の失態を責めるようなことを考えている場合でもなかった。

「とにかく、抜け出したのは五人だけなんだな?」
「えぇ」

 ネルソンの問いかけにエステルが頷く。

「想像しているかもしれませんが……アレク君たち五人ですよ」
「やっぱりか」

 ガクッと項垂れながら、頭を抱えるネルソン。今回の課外活動参加者の中で、特に要注意人物として挙げられていたのが、まさにアレクたちだったのだ。

「あの五人……嬢ちゃん一人除けば、皆が気合い入りまくりだったからな。結果を残そうと何かするんじゃないかとは思ってたんだが……」
「まさか到着して早々やらかしてくれるとは、思いもよりませんでしたねぇ」

 エステルも少し落ち着きを取り戻し、苦笑を見せる。そこにディオンも、肩をすくめながら軽い口調を放った。

「まさに典型的な悪ガキ五人組ってか……まるで俺たちみたいだな」
「おいおい、ディオン。テメェ、呑気に笑ってる場合かよ?」
「お前たちの心を落ち着かせるためにやったまでだ」
「あー、そうかよ。まぁ分かってたがな」

 投げやりに言うネルソンだが、実際かなり効果は出ていた。落ち着きを取り戻すどころか、まるで昔に戻ったかのような気分を味わっていたのだった。


(三羽烏は伊達じゃねぇか……いや、この場合はむしろ『腐れ縁』か?)

 ネルソンがひっそりとそう思っていると、エステルも同じことを考えていましたと言わんばかりに、クスッと小さな笑みを浮かべる。

「でもまぁ、確かに僕たちが落ち着かなくては、元も子もありませんよね」
「だな。とにかく情報を集めよう。ガキどもを見なかったかどうか、村の冒険者たちに聞き込みをするんだ」
「まだそう遠くへは行っていないハズです」
「早く見つけて説教してやらねぇとな」
「全くです」

 そんなネルソンとエステルのやり取りを見ていたディオンは、思わず小さな笑みを浮かべてしまっていた。
 今の彼らは、完全に子供たちの引率の先生なのだなと。
 そんなことを思いながら、ディオンも一歩前に出ながら口を開く。

「お前たちは先に探しに向かってくれ。俺は集会所のほうへ向かおう」
「よろしくお願いします。あ、そう言えば――」

 エステルがふと、思い出したことを口にする。

「集会所の職員の方々ですが……今も恐らく、集団で土下座中じゃないかと」

 その言葉を聞いたネルソンは一瞬呆気にとられ、そして苦々しい表情を見せる。

「んなことはすぐに止めさせろ。何の足しにもならねぇ」
「ですね。ディオン、お願いできますか?」
「あぁ、任せておけ」
「これ以上抜け出すガキどもが出ないように、ちゃんと言っといてくれな」
「了解だ!」

 エステルとディオンからの言葉に返事をしつつ、ディオンは歩き出していく。その背中を見送った二人は、心の中で気合いを入れ直すのだった。

「さて……じゃあ僕たちも動きますか」
「おうよ!」

 二人も颯爽と走り出していく。その後ろ姿をドラゴンが横目で見届けたが、再び興味をなくしたかのように、目を閉じるのだった。

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