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第三章 子供たちと隠れ里
095 アースリザード
しおりを挟む(何だ? マキトたち、なんだかあまり緊張してない感じだぞ?)
サミュエルがそれに気づき、別の意味で戸惑いを覚える。鍛えに鍛えているジェイラスでさえ緊迫した表情だというのに、マキトや年下であるはずのノーラでさえ肩の力が適度に抜けているようにしか見えなかった。
アースリザードは、間違いなく自分たちを――否、むしろマキトたちに向けて唸り声を上げ、仇のように睨んでいる。
なのにマキトたちは、どこか冷静であり、呆れているようにも感じられた。
それが意味を成すところは――サミュエルは数秒ほど考え、そしてある一つの答えに辿り着く。
(――そうか、分かったぞ! あのアースリザード、強いと見せかけていて、実は弱いってことなんだな。それならマキトたちの態度にも辻褄が合う!)
そう結論付けた瞬間、サミュエルの表情に笑顔が宿った。それと同時に、頭も急に回転し出す。
(よくよく考えてみたら、アースリザードにも立派な特徴がある。僕はそれをよく知っているからこそ、僕が大活躍する絶好のチャンス! 全くどうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう? 僕っておバカさんだなぁ、ハハッ♪)
ニマニマと笑みを浮かべているサミュエル。数分後に訪れるであろう輝かしい光景が脳内で展開されているのだ。
――アレクたちばかりに良い恰好をさせるのも今日で終わりだ!
そんな強気な言葉で気合いを入れながら、サミュエルは一歩前に踏み出す。
「へっ! ここはこの僕に任せなっ!」
堂々と胸を張って立ち向かっていくサミュエルに、一体どうしたんだと、アレクたちは揃って目を丸くする。
驚くのはまだ早いぞと心の中で呟きながら、サミュエルはニンマリと笑った。
「アースリザードは接近戦しかできない。ならば魔導師である僕のほうが――」
そう言いながら、サミュエルは意気揚々と両手で魔法を生成しようとする。
しかし――
「グルルルルゥ……グルァアッ!!」
渾身の力を込めて、アースリザードが拳を地面に叩きつける。その瞬間、地面に振動が走り、サミュエルの目の前の地面が、どかぁんと爆発のような音を立てながら勢いよく盛り上がった。
「ひゃあっ!」
サミュエルは思わず尻餅をついてしまう。後ろにいるマキトたちも、アースリザードの力に驚きを隠せない。
するとアースリザードは得意げな表情を浮かべ、鳴き声で何かを語り始めた。
「この何日かで、俺様は強くなってきたんだ――と言ってるのです」
「確かに……凄い技だったな」
ラティの通訳に、マキトは顔をしかめながら頷く。
するとアースリザードが、今だ尻餅をついたままのサミュエルに対し、ギロリと睨みを利かせる。
――テメェまだやるつもりか? ん?
そんなチンピラめいた態度に対し、サミュエルは笑顔のままピシッと、表情も体も硬直させてしまう。頭から大量の冷や汗が流れ落ち、プルプルと小刻みに体を震わせていた。
そんなサミュエルの姿を、マキトと魔物たちは首を傾げながら見守っていた。さっきの得意げな態度はどこへ行ったんだと、そんな無言の問いかけとともに。
一方、アレクたち四人は表情を引きつらせていた。
恐れではなく呆れの類であり、コイツまたやらかしやがったと言わんばかりに、それぞれが顔を背けている。
そして――
「な、なぁ~んちゃってねぇ~♪ ちょっとしたジョークですよぉ、そんな本気にしないでくださいってば、強くてカッコいい魔物サマぁんっ♪」
揉み手をしながら猫なで声を出して、必死に許しを請う姿を見せるサミュエル。その後ろ姿に一同ドン引きである。
そんな中、マキトとラティは悩ましげな表情で、首をかしげていた。
「あーゆーの、なんかどっかで見た気がするな」
「えぇ、見た気がするのです。うーん、どこでしたっけ?」
もうちょっとで思い出せそうだけど思い出せない――そんな気持ちがマキトとラティの中に渦巻いていた。
ちなみに答えは、かつて森の広場にて、ディオンのドラゴンに乗ろうと必死になっていた、マキトと同い年の少年レスリーである。しかしあまりにも当時の出来事がくだらなかったためか、マキトもラティもまるで覚えていないのだった。
ちなみにサミュエルの行動には、アースリザードですら戸惑いにより、表情をピクつかせているほどであった。
あまりの間抜けな姿に、脅す気力を削がれてすらきていたが――
「グッ――グルアアアアァァーーーッ!!」
「ひいぃっ!?」
すぐさま我に返り、怒りに任せた咆哮を解き放つ。その凄まじい衝撃波に、サミュエルは完全に腰を引かせ、もはや逃げることすらできなくなっていた。
「……バカヘタレ。情けないにも程があるでしょうが」
メラニーの苛立たしげなツッコミに、アレクたちも心の中で頷いた。
いくら彼がまだ十二歳で、戦う力が育ってないとはいえ、冒険者見習いの一歩手前の立場にいることもまた確かである。こんな姿をネルソンやエステルが見ていたとしたら、果たしてどんな反応を示したことか。
少なくともマイナス評価に繋がるような反応であったことは、間違いないと言えてしまうだろう。
「ガアァッ!」
――ずどおぉんっ!
再びアースリザードが拳を地面に叩きつけ、衝撃波が地面を伝い、マキトたちに向かって襲い掛かる。
「う、うわあぁっ!」
――どごおぉーーんっ!!
サミュエルがいた地面が、勢いよく盛り上がる。力を振り絞って飛び出すようにして逃げたおかげで、直撃だけは避けることができたのだった。
しかし、アースリザードが本気でマキトたちを倒そうと狙っていることが、これで明らかとなった瞬間でもあった。
本気で危ないと、流石に認識せざるを得ない。
サミュエルは完全に腰を抜かして涙をボロボロ零しており、リリーもなんとか立ってこそいるが、やはり涙目で膝が震えていた。メラニーは持ち前の強気な態度で持ちこたえようとしていたが、魔法であがこうという気持ちには至らない。
ジェイラスは最初から拳を構えており、戦う気満々ではあるが、いつもの余裕そうな笑みは完全に消えている。そしてアレクもまた、冷や汗を垂らしながら身構えるばかりであった。
この状況をなんとかしたいけど、今の自分たちではできない――無意識にそれを認識してしまっているが故の姿であった。
(ど、どうすればいいんだ?)
アレクがギリッと歯を噛み締める。もうダメだ、もはやここまでかと、そう思いたくなってきてすらいた。
すると――
『むぅー、さっきからだまってみていれば――』
フォレオが勢いよく飛び出した。
『もうゆるさないぞっ!』
そして瞬く間に体が光り出す。森の魔力により、フォレオの体が立派な狼の姿に変わっていき、その勢いのまま牙を立ててアースリザードに迫る。
その突然過ぎる現象にアースリザードは戸惑い、迫りくるフォレオに全く対応できなかった。
「ギャアアアアァァァーーーーッ!?」
ガブゥッ――と、フォレオに咬みつかれ、アースリザードは絶叫する。突然過ぎる現象に全く対応しきれず、棒立ち状態のまま攻撃を受け、咬まれた腕からは真っ赤な血が滴り落ちる。
フォレオは一旦噛みつくのを止め、相手から少しだけ距離を取った。
そして至近距離から頭突きを放とうとしたのだが――
「――ガ、ガウッ!?」
そこでフォレオの変身が解けてしまい、元の小さな霊獣の姿に戻ってしまった。
「フォレオ!」
「ん。やっぱりまだ未完成。むしろ気合いだけで、よく持ちこたえたほう」
叫ぶマキトの隣で、ノーラも顔をしかめる。
変身が解けたフォレオをアースリザードが睨みつける。咬まれた腕を抑え、よくもやってくれたなと言わんばかりに、殺気だった目を鋭く光らせていた。
まずはお前から仕留める――アースリザードはそう思いながら、フォレオに向かって飛びかかろうとした。
その時――
「キィッ!!」
スライムが思いっきり飛びかかり、自身の体を広げ、アースリザードの顔にベタッとへばり付く。完全なるノーマーク状態であったことから、敵味方問わずその行動に驚かされるのだった。
「グ、グル、グルルウゥーッ!!」
ぬめぬめとした感触に呑み込まれ、アースリザードは慌てふためき、それを必死に剥がそうとする。しかしスライムはへばり付いたまま動き、なんとも器用にアースリザードの手を避け続けていた。
今はまさに、アースリザードは隙だらけも同然――それを見逃すほど、ジェイラスもボーッと見ていたわけではなかった。
「――うおおおぉぉーーーっ!!」
ジェイラスが渾身の体当たりをぶつけ、アースリザードは吹き飛ばされる。鍛え抜かれた体であるが故に、それ相応のダメージに繋がった。
「へっ、どうだ――ん?」
確かな手ごたえにジェイラスはニッと笑う。するとここで、周囲の茂みから隠れていた森の魔物たちが、次々と姿を見せるのだった。
そして一斉に、アースリザードに群がり、攻撃を仕掛けていく。
一匹一匹は大したことがない強さでも、それが一気に襲い掛かれば対処がしきれず命の危険にさらされる。
まさに『塵も積もれば山となる』結果であった。
「グッ――グルアァーーッ!!」
アースリザードは叫び声を上げながら、魔物たちを振り払おうとする。しかし魔物たちの袋叩きを止めるには至らず、アースリザードは絶え間なくボコボコに蹴られたり殴られたりしていく。
その様子を、マキトたちは呆然と見守っていた。
「な、なんかエゲツないな……」
「アースリザードさん、どうやら相当な恨みを買っていたみたいなのです」
「へぇー」
ラティの回答に、マキトは生返事を出すことしかできなかった。見た目は可愛い姿をしていても怒らせたら怖い――それをまさか、このような形で垣間見る羽目になろうとは、流石に予想すらしていなかった。
やがて魔物たちも十分に攻撃したのか、アースリザードから離れていく。
アースリザードはゆっくりフラフラと立ち上がり、そのまま魔物たちをかき分けながら茂みの奥へと姿を消し、重々しい足音を鳴らしながら遠ざかるのだった。
魔物たちが勝利を喜び、嬉しそうな鳴き声を次々と上げる。
『ますたーっ!』
フォレオが涙ぐみながら、マキトに思いっきり飛びつく。
『こわかったよぉ! しんじゃうかとおもったーっ!』
「よしよし。フォレオのおかげで助かったよ。よくやってくれたな」
フォレオを抱きかかえたマキトは、その小さな頭を優しく撫でる。なんとも微笑ましい光景が繰り広げられる中、サミュエルはここである『事実』に気づいた。
「――ちょっと待って! なんかあの霊獣、フツーに喋ってない!?」
「「「今さらか!」」」
アレク、ジェイラス、そしてメルニーの三人が声を揃えてツッコミを入れる。
確かに魔物がヒトの言葉を話すという点では驚きかもしれないが、相手は不思議な魔物とも言われている霊獣なのだ。妖精のいることだし、そういうケースもあるんだろうと、ほぼ最初から無理矢理していたのである。
故にサミュエルの疑問は、実に今更としか言いようがなかったのだった。
「――そうだ。おい、スラ公」
はたと思い出した反応を見せつつ、ジェイラスはスライムに声をかける。
「さっきは凄かったぞ。やっぱお前はいい根性してるぜ」
「……キィッ♪」
「ははっ」
嬉しそうに鳴き声を上げるスライムに、ジェイラスも機嫌よく笑う。完全に心を許し合った『友』という関係となれた瞬間であった。
そしてマキトたちは、改めてホーンラビットの案内により、もう一つの隠れ里を目指して歩き出す。
最後尾を歩くアレクは、何もできなかったことに悔しさを覚えるのだった。
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