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第三章 子供たちと隠れ里

093 昨日の敵は今日の友

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「おい、ジェイラス! いくらスライムとは言えど、相手は魔物だぞ!」
「うるせぇ! 部外者はすっこんでろ!」

 心配するアレクの言葉を、ジェイラスは一蹴する。そしてスライムとのにらみ合いを続けながら、周囲に向けて叫んだ。

「これは立派なデスマッチだ。余計な手出しはヤボってもんだぜ!」

 少なくともジェイラスの中では、心からそう思っているということだろう。それは周りも理解できたが、それ以上に驚くべき部分があった。

「あの脳筋……野暮なんて言葉知ってたんだ」
「大方、どっかで聞いた言葉を真似して使っているだけだろ」

 素直に驚くメラニーに、サミュエルが肩をすくめながら苦笑する。

「この場面で使えばカッコよく見えるとか、そーゆーのは色々と考えてるのさ」
「なるほどねぇ、そーゆーことか」

 メラニーは納得しながらケタケタと笑う。緊張が少し緩んでおり、アレクたちもしょうがないなぁと言わんばかりに苦笑していた。
 無論、それらは全て大声で堂々とさらけ出しているため――

「……テメェら後でコロス」

 ジェイラスの耳にも、しっかりと届いているのだった。今はスライムとの対戦のほうが重要なため、問いただすのは後回しにすると決めてはいたが。
 しかし、これがジェイラスの意識を少しだけスライムから逸らしたことも、また確かではあった。
 それはすなわち、スライムから見て大きな隙と化したことを意味し――

「――キィッ!」

 襲わない選択肢などないと、判断させることになるのだった。

「ぐはっ!」

 スライムの体当たりがジェイラスの腹に命中する。完全なる不意打ちに防御する間もなく吹き飛ばされるも、辛うじて倒れることなく持ちこたえた。

「ぐぅ……卑怯、ってワケでもねぇか」

 流石に今のは自分が悪い――頭に血が上りやすいジェイラスでも、その判断だけは付けられた。
 冒険者の戦いにおいて、不意打ちは基本中の基本である。
 たとえ汚いと言われようが結果――いわゆる勝利こそが全て。敗北は死とイコールで結びつかれているも同然。それはジェイラスも、そしてアレクたちも、冒険者養成学校を受験する際に、繰り返し勉強してきたことであった。

「キィッ!」
「くっ……のやろっ!」

 再び体当たりを仕掛けてきたスライムをジェイラスは躱し、そのまま相手の顔をカウンターの如く思いっきり殴りつける。
 今度はスライムが勢いよく吹き飛ばされるも、すぐに体勢を立て直し、なんとことなさげにジェイラスを睨む。

「面白れぇ……ちったぁ、やるみてぇじゃねぇか!」

 ジェイラスがニヤリと笑った瞬間、スライムが再び飛び出した。
 再びカウンターパンチを決めようと目論んだが、スライムもちゃんと学習能力は備わっていた。
 なんとスライムは、拳が繰り出されるタイミングを狙って、その液体同然の柔軟な体を変形させ、スルッと躱してしまう。

「なっ――!」

 拳が空振りとなったことで、ジェイラスは体勢を崩す。そこにスライムが、渾身の体当たりを仕掛けた。

「ぶほっ!」

 スライムの体がジェイラスの顔に命中。まさに顔面パンチを喰らったも同然の衝撃を受け、ドサッと倒れてしまった。

「ジェイラス!」

 アレクの叫びに、ジェイラスはすぐさま反応し、立ち上がる。衝撃は決して小さくなかったが、皮肉にも普段からの喧嘩で、殴られる耐性はそれなりについていたのが幸いしたようであった。

「へっ……そう来なくっちゃ、なぁっ!」

 ジェイラスは勢いよく地を蹴り、臆することなく立ち向かう。それはスライムも同じであり、一歩たりとも引く様子を見せなかった。
 勝負は言ってしまえば、単純な殴り合いだ。隙を見出しては攻撃を仕掛け、躱してカウンターを仕掛け更なる隙を作る。
 特別な技などは一切ない。お互いの体力と気力をかけた真っ向勝負。ヒトと魔物が真剣にぶつかり合う、まさに立派な『戦い』であった。
 ジェイラスもスライムも、互いに攻撃を受けて痣を作っていく。鼻血が出ようと構うことなく、拳を振るい続ける。
 その目に迷いはなかった。目の前の相手に勝つ――ただそれだけであった。
 そんなジェイラスのまっすぐな気持ちは、見守っているアレクたちにも伝わっていたのだろう。ただ黙って、神妙な表情で見守っていた。サミュエルやメラニーですらも、余計な茶々を入れることすらしていない。
 してはいけないのだと――無意識にそう思っていたのだった。
 それだけ彼らは真剣に戦っていることを、その場にいる全員が理解していた。
 マキトたちも何も言わず、その戦いを見届けていた。
 どちらの味方に付いたわけでもない。中立な立場での観戦に徹底し、最後までちゃんと見届けようと決めていた。
 理屈がどうとかではなく、そうしなければならないと体が勝手に思った――敢えて言葉にすれば、そんなところだろうか。

「――へっ!」
「キィッ!」

 ジェイラスとスライムの表情に、わずかな笑みが宿る。
 周囲に緊張が走る中、互いに目の前の相手しか見えていないこの状況を、どこか楽しんでいた。
 この戦いがいつまでも続けばいいと――そう思えてしまうほどに。

「キィ、キィ……」
「はぁ……はぁ……」

 互いに息を切らせている。物理攻撃による痣が、顔を中心に目立っている。
 力を抜けば倒れてしまいそうであった。しかし倒れるわけにはいかない。勝つのは自分だ――そんな強い想いが、最後の一撃へと足を踏み出させた。

「キィ……キイイイィィーーッ!!」
「らあああぁぁーーーっ!!」

 動き出したのは同時であった。真正面からの特攻。これで決める――その想いを乗せた渾身の一撃が、今まさに放たれた。

「ぐほっ……ご……ぉおらあぁっ!!」
「ギッ!!」

 決着がついた。最初にスライムの体当たりを喰らったジェイラスが、攻撃を受けた上でスライムの顔に拳を叩きつけたのだ。
 互いに躱す気はなかった。堂々と攻撃を受けた彼らは、そのまま地面に倒れる。
 そのまましばらく動きはない。
 息を切らす音だけが、風に揺られる葉の音とともに聞こえるだけであった。
 そして――

「くっ……ふふふ……ふっ、はははははははははっ!」

 ジェイラスが大きな声で笑い出す。大の字になって倒れ、木と木の間に見える青空を見上げながら。
 そんな彼に対し、アレクたち四人は呆然とする。マキトたちもこぞって目を丸くしており、急にどうしたんだと尋ねたいくらいであった。

「――おい、スラ公。お前なかなかいい根性をしてるじゃねぇか」

 やがてジェイラスは笑いを収め、傍で倒れるスライムに視線を向ける。その表情は実にすっきりとした、晴れやかな笑顔であった。

「こんなにやり合って清々しい気分は久々だ。俺はお前が気に入ったぜ」

 ジェイラスは倒れたまま、スライムに向かって拳を突き出す。スライムも小さな笑みを見せ、ぽよんと跳ねながら、その拳に頭をつけた。
 それはまさしく、喧嘩を終えて互いをたたえ合う握手に等しい行動であった。

「野生の魔物と分かり合う、か……案外できるもんなのかもしれねぇなぁ」

 ジェイラスは再び空を見上げながら呟き、ゆっくりと起き上がる。そしてマキトたちに向かって、ガバッと頭を下げた。

「さっきは悪かった。勝手なことを言っちまって、本当にすまねぇ!」

 それを聞いたマキトとノーラ、そして魔物たちは、揃って目を丸くした。まさかこうもまっすぐな謝罪をしてくるとは思わなかったからである。

「いやまぁ、別に……」

 正直、どう反応したものか分からない。しかし何も答えないのもどうかと思い、マキトは頬を掻きながら言う。

「その、何だ……アンタから言われたわけでもないし……」
「俺の連れである以上は、似たようなもんだ。気づいちまったからには、頭を下げずにはいられねぇよ」
「そうか?」

 そこまで気にすることでもないと、マキトは思っていた。しかしジェイラスが真剣に頭を下げていることも分かっているため、やはり無下にはできない。
 マキトが魔物たちやノーラに視線を向けてみると、皆はコクリと頷いた。怒りを抱いていないことも分かり、マキトは安心した表情を浮かべ、頭を下げ続けるジェイラスに視線を戻す。

「もう、いいよ。本当に気にしちゃいないから」
「わたしたちもなのです。分かってくれたみたいでなによりなのです」

 マキトに続いてラティも優しく語り掛け、ジェイラスが顔を上げながら、感謝の笑みを浮かべる。
 スライムも近づいてきて、ジェイラスに鳴き声で呼びかける。
 良かったな――そう言われたのかもしれないと、マキトは思っていた。

「全く、一時はどうなるかと思ったわよ」

 大きく息を吐きながら、メラニーが胸をなでおろした。

「ホントいつもヒヤヒヤさせるんだから、アイツは……」
「大事にならなくて良かったよね」
「ま、ジェイラスらしいとも言えるんじゃない?」

 リリーとサミュエルも、それぞれ安心したように笑みを浮かべる。
 しかし――

「…………」

 アレクだけは、どこか納得のいかない様子で、顔をしかめていたのだった。

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