透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第二章 ガーディアンフォレスト

071 ジャクレンの真意

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「テ、テストぉ!?」

 ジャクレンから真実を聞かされたマキトは、思わず大きな声を上げた。

「キングウルフを使って、俺たちを試していたっていうのか?」
「えぇ。勝手なこととは思っていますが、全てはそこの霊獣君のためです」

 全ては、ガーディアンフォレストに関わろうとするマキトたちの意志が、どこまで確かなものなのか、それを確かめるためであった。
 件の霊獣に心を開かせる――その荒療治も兼ねていたのだという。
 キングウルフは紛れもなくジャクレンのパートナーであり、腹ペコを装って襲わせたとのことだった。無論、本気で命を刈り取ろうとするつもりはなく、適当なところで引き上げさせる予定だったとのこと。

「な、なんなのですか、それ――」

 一連の説明を聞いたラティが、怒りを燃やしながら震えていた。

「わたしたちを試そうとしたせいで、マスターが傷付いたということですか!?」
「えぇ。まさかあんな無茶な行動に出るとは、僕も予想外でしたがね」

 しかしジャクレンは、しれっと悪びれもなく言い放つ。その声はどこか冷たさを感じられ、表情からも笑顔が消えていた。
 そしてその冷たい視線が、マキトにまっすぐ向けられる。

「マキト君。キミの魔物に対する想いが本物であることは、よく分かりました。しかしあの戦いで取った行動は、お世辞にも褒められたモノではありません」

 そう言われたマキトは、ビクッと背筋を震わせた。それに構うことなく、ジャクレンは淡々と続ける。

「今回は単なるテストでしたから、キングウルフの力も抑えさせていました。もしこれが本当に野生の腹ペコ状態だったとしたら――今頃キミの腕は、片方失われていることでしょうね」

 それを聞いたマキトは、思わず手当てされた腕を見下ろす。包帯がしっかりと巻かれており、痛々しく見える状態だ。

「それだけキングウルフ本来の力は凄まじいんです。牙の鋭さと顎の力は決して伊達ではありません。ヒトの腕など簡単に食い千切ってしまいますよ」

 ジャクレンの言葉に、マキトは表情を引きつらせる。腕から血を流す程度のケガで済んだのは、むしろマシなほうだったと、改めて気づかされた。
 もっと言えば、テストだったからこそ今も生きていられる――ジャクレンが一番伝えたいのはそこにあった。

「危険を顧みない覚悟は確かに大事です。しかし自ら危険に飛び込むのは、単なる無謀に他なりません」
「つまり……俺がコイツを庇って咬まれたのは、良くない行動だったってこと?」
「そのとおりです」
「コイツは無傷だったのに?」
「それでキミが大変な目にあっては、元も子もないじゃないですか」

 どこまでも即答してくるジャクレンに、マキトは遂に口を噤んでしまう。そしてジャクレンの視線は、今度はロップルに向けられた。

「キミには、ロップル君という防御に特化した魔物がいるじゃありませんか。それに助けてもらうことだってできたハズですよ?」

 確かにそのとおりだろう。しかしこればかりは、マキトも言い返したい気持ちでいっぱいだった。

「でも、ロップルの能力は立て続けに発動できないし……」
「そこを上手く使うのが、魔物使いであるキミの役目ではないんですか? ただ闇雲に防御していればいいってモノでもないでしょう」

 その正論に、またしてもマキトは、何も言えなくなってしまう。それを視線だけで確認したジャクレンは、目を閉じながら再び口を開いた。

「自分の従えている魔物も満足に使いこなせないようでは、魔物使いとして失格もいいところです。ついでに言えば、経験値不足など何の言い訳にもなりません」

 川の流れる音と焚き火のパチパチと燃える音だけが聞こえてくる。完全に畳みかけられたマキトは、悔しそうに項垂れていた。
 するとここでラティが、見てられないと言わんばかりにジャクレンを睨む。

「流石に言い過ぎなのです! あなたにマスターの何が分かって――」
「止めろ、ラティ!」

 しかしマキトが、俯きながらそれを制した。

「ジャクレンさんの言うとおりだ」
「マスター……」

 しょんぼりとしながらも悔しそうな表情を見せるマキトに、ラティも何も言えなくなってしまう。
 そこにロップルが、マキトの膝元に飛びついてきた。

「キュウッ! キュウキュウ、キューッ!」
「上手くできなかったのは僕もだから、マスターのせいじゃない――ロップルがそう言ってるのです」
「そっか。ありがとうな」

 ラティの通訳を聞いたマキトは、力のない笑みを浮かべ、ロップルの頭を優しく撫でる。程よい撫で心地に、心が洗われていくような気がしていた。

「そうですね……わたしも反省しないといけないのです」

 そしてラティもまた、少し落ち込んだような笑みを浮かべた。

「あの戦いのとき、わたしがロップルに呼びかけることもできたハズなのです。ジャクレンさんに文句を言う資格なんて、これっぽっちもないんですよね」
「いえ。僕も少し言い過ぎたかもしれません」

 ここでジャクレンは、ようやくいつもの笑みを見せ始める。

「魔物研究家として放っておけなかったとはいえ、老婆心が過ぎてしまいました。経緯はどうあれ、マキト君を傷つけてしまった責任があるのも確かです。それに関しては弁解の余地もありません。本当に申し訳ございませんでした」

 ジャクレンが姿勢を正し、深々と頭を下げる。そして顔を上げ、改めて穏やかな笑みを向けてきた。

「今回の件、命拾いをしたことも含めて、いい勉強になったと思ってください。それを必ず次に活かすのが、キミたちのするべきことですよ」
「――はい!」

 マキトは力強く頷いた。そしてラティやロップルも、表情を引き締めながらコクリと頷く。
 そして――

「ん?」

 マキトは膝元に感触を覚えた。見下ろしてみると、霊獣がロップルと同じようにひしっとしがみついていた。
 その行動に、マキトは思わず目を見開いた。
 あれほど近寄ろうとしなかったのに、こうもあっさり自分から来るとは、と。

「どうやらマキト君の行動も、まんざらムダではなかったみたいですね」

 懐くようになったかどうかは不明だが、少なくともこうして近づいて来てくれる程度にまでは、心を許してくれるようになった。それだけでも大きな成果だと、少しだけ嬉しく思うジャクレンであった。

「それでは、僕は今度こそ、これで失礼します」

 ジャクレンはゆっくりと立ち上がる。同時に待機していたキングウルフも、スッと立ち上がってきた。

「この先の道へまっすぐ歩けば、森の神殿へ辿り着けるでしょう。賢者様によろしくお伝えください。では――」

 そしてジャクレンはマキトたちに道を教え、そのまま踵を返して歩き出す。キングウルフもそれに続いて、ゆっくりと背を向けて去っていく。

「あ、あの――!」

 ここでマキトが慌てて立ち上がり、ジャクレンに声をかける。

「ありがとう……ございました」

 明らかに言い慣れていないかのような、たどたどしい口調。それでもなんとか頑張って口に出した言葉は、去りゆくジャクレンの耳に確かに届いていた。
 故にジャクレンも――

「いえいえ、どういたしまして」

 笑顔で振り向きながら優しい口調を投げかけるのだった。そして今度こそ、ジャクレンはキングウルフとともに、背を向けて悠々と歩き去っていく。
 その背中を、マキトたちは無言でジッと見続けていた。
 なんとも不思議な人だった――そんなことを無意識に思っていた時だった。

「マキトーっ!」

 森のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。一日ぶりに聞くその声を、妙に懐かしく思いながらマキトは振り向く。

「アリシア、それにノーラも……」

 二人の少女が、森の中から駆け寄ってくる。そしてアリシアは、その勢いのままマキトに思いっきり抱きついた。

「良かった……ホント無事で良かったよ」
「ア、アリシア、苦しい……」

 思いっきり顔を埋める形となり、なんとか呼吸を確保するべくマキトはもがく。その傍らでは、ノーラがラティたち魔物に声をかけていた。

「魔物たちも無事でなにより。霊獣も元気になった?」
「はいなのです♪」
「キュー!」

 ラティとロップルの返事に続き、霊獣もコクコクと頷く。互いにようやく合流できたことを喜ぶのだった。
 一方、マキトは未だにアリシアに抱き着かれ、必死にもがいている。

「怖かったね、もう私が来たから大丈夫だからねー!」
「わ、分かったから離れてって……ノーラ、ちょっとなんとかしてくれよ」
「大丈夫。もう少しの辛抱」
「もう少しってどれくらいだよ、はぁ……」

 抱き着いたまま放そうとしないアリシアに、マキトは諦めのため息をついた。
 そんな自分たちの様子が遠くから見られていることなど、彼らは全くもって気づいてすらいなかった。

「おやおや――なんとも賑やかで、楽しそうな方たちですねぇ♪」

 ジャクレンが楽しそうな笑みを浮かべる。そしてもう完全に用は済んだと言わんばかりに、目を閉じて踵を返した。

「では、僕たちも行くとしましょうか」
「ウォフッ」

 ジャクレンとキングウルフは、そのままマキトたちに背を向け、川の流れに沿って静かに歩き出す。
 一筋の風が吹きつけたその瞬間――彼らの姿は完全に消えたのだった。

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