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第二章 ガーディアンフォレスト
068 月夜の闇
しおりを挟む月夜の森――とある高台にて、その人物はニヤリと笑っていた。
「あのどうしようもなく醜いギルドマスターは、闇の底に堕ちたようですね」
強めの風が吹き、ワインレッドのローブがバタバタとなびく。フードを被って顔は隠れているが、風によって除き出ている金髪が、サラサラと揺れ動いていた。
「これ以上泳がせたところで、無駄な結果にしかならないことは、火を見るよりも明らかでしたからねぇ。あーゆーのはさっさと消えてもらうに限ります」
そう言いながらフードを脱いだ。晒された顔が風に当たり、その表情はとても心地よさそうな笑顔であった。
前髪が伸びた金髪は、完全に右目を隠している。辛うじて確認できる左目は途轍もなく鋭く、月明かりに照らされて、その赤い瞳がギラリと光った。
その人物は男――見た目は青年と呼ばれる年齢であった。
ローブで体系は確認できないが、長身であることは間違いない。恐らくイケメンに値するであろう顔立ちで、普通に笑えば女性からも注目されやすいだろう。
もっとも、射貫くような鋭い目つきが、全てを台無しにしているが。
加えて彼が出している雰囲気は、お世辞にも近寄りがたいとしか言いようがないほどの禍々しさを秘めていた。
「あの男が残した駒は……まだ普通に動いてますね」
森のとある方向を見下ろしながら、青年は呟く。まるでそこに何かがあると見定めているかのように。
「小汚い駒でも、利用価値としては十分――使わずに捨てるのは勿体ない♪」
そう言いながら青年は、ゆっくりと立ち上がり動き出す。風に吹かれる木の葉が横切った瞬間、彼の姿は影も形もなくなっていた。
◇ ◇ ◇
「あー、くそぉっ! なんで俺がこんなところで寝なきゃならねぇんだ」
木の根元に寝転がりながら、ダリルが叫ぶ。明かりのない夜の森で、堂々と叫ぶのは危険極まりない。それは彼自身も分かっていることだったが、身の安全よりも苛立ちの解消を優先させてしまっていた。
枯れ枝が見つからず、焚き火をすることもできない。木の実を探そうにも暗くてよく見えない。獣を喰おうにも、肝心の獣がどこにも見当たらない。どれだけ大声を出しても鳴き声の反応すらないのだ。
それ故に、彼自身の安全が確保できているとも言えるのだが――
「……腹減ったなぁ」
ぐうぅ、と情けない音が、腹部の奥底で鳴り響く。非常用の栄養素を詰め込んだ携帯保存食料は持っていたため、それで飢えをしのごうとした。しかし量の少なさが仇となってしまい、余計に空腹を感じてならなくなる。
おまけに水も切らせてしまっており、喉もかなり乾いている状態であった。
「大体、なんで川の一つや二つねぇんだよ? こんだけ自然がたくさんあんのに、喰えるもんも飲めるもんも全然見つからねぇとはなぁ……どうなってやがる」
ダリルは深いため息をついた。不幸中の幸いは、彼にはテイムした魔物たちがいるという点だろうか。
アロンモンキーとブラックバットには、夜の見張りを命じている。
だからこそ安全だと思っており、そのおかげでダリルは、こうして寝転がりながら考えることができていた。
「そもそも……何で俺はこんな目にあってんだ?」
この状況に至るまでの経緯を、簡単に思い返してみる。最初に浮かんだのは、頭にバンダナを巻いた、憎き魔物使いの少年であった。
「やっぱりあのガキのせい……いや、それ以前にアレだよ。あの笑顔がうさん臭いにも程がある、ギルドマスターのオッサンだ」
マキトと出くわしたのは、単なる偶然に過ぎない。この森に来ることとなった全てのキッカケは、スタンリーが声をかけてきたことだとダリルは思い出す。
(そういやブルースも言ってたっけか。あのオッサンは黒いって……)
表向きは温厚な貴族だが、裏では自身の地位と名誉と金のためならばどんな汚いことでも平気でやる――あのスタンリーならあり得そうな気がしていた。
決して、自分で自分の手を汚すことはしないとも。
(……まんまと嵌められたかもしれねぇな。思い返してみりゃ、怪しいと思える点はたくさんあった。あそこで素直に頷いたのが、そもそもの間違いだったんだ)
それだけダリルも酷く焦っていたのだ。ブルースと同じく、成り上がるためには手段を選んではいられないと、本気で思っていた。
――たとえピンチになったとしても、仲間がいるんだから大丈夫だろう。
そう楽観視した結果が、このザマである。
水や食べ物が摂取できない不安、そして仲間が消えたという恐怖。これらがダリルの心を、少しずつ蝕んでいることも確かであった。
「後戻りなんざ……もうできるワケがねぇ」
ダリルは無理やり表情を引き締める。そうでもしなければ、自分を保っていられないと無意識に思ったのだ。
(たとえどんな形であろうと、必ずこのミッションを成功させてやる。ガーディアンフォレストさえテイムしちまえば、もう俺には怖い者なしだぜ!)
ふはははは――ダリルの大きな笑い声が、夜の森の中に響き渡っていく。
森に潜む獣たちがそれに反応し、一斉に動き出す――ことは全くと言っていいほどなかった。
そんな状況のおかしさに、ダリルが気づくことはなかった。
「しっかしアレだな。何もねぇ森だが、こんなにも静かなのは本当に助かるぜ。それだけ危険がない証拠だもんな。こーゆーところが、この俺様が運に恵まれている証拠ってもんだ。いやぁ、ホント参っちまうぜ、ハッハッハッハッハッ♪」
いつの間にか苛立ちが消えており、いつもの調子のいい笑顔が戻って来る。それは果たして前向きでよろしいと言うべきか、呑気で危ないと言うべきか。
ちなみに、彼に見張りを命じられた二匹の魔物たちが、そんな笑い声を聞いてあきれた表情を浮かべているのだが、当然彼は、それを知る由もない。
「随分と楽しそうですねぇ」
「あぁ、なんせこの俺様が素晴らしいってことが分かって――」
ごく自然に言われた言葉に、ダリルは笑いながら答えていたところで、ようやくおかしいことに気づく。
――今、俺は誰に話しかけられたんだ?
周りには自分以外、誰一人としていないはずだった。あたかも最初からいたかのように、近くから声をかけられるなど、あり得るわけがないと、ダリルは思う。
浮かれていた気持ちが、一瞬にして吹き飛んでしまった。
それと入れ替わるかのように、凄まじい恐怖が巨大な重石の如く、ズシンとのしかかってきた。故に体も全く動かせない。首を動かして、周囲の様子を確認することすらできないくらいに。
「――キキィーッ!」
アロンモンキーが『それ』に気づいた。
さっきまでは確かに誰もいなかったそこに、いつの間にかいたのだ――ワインレッドのローブを羽織った人物が。
しかも、自分をテイムしたマスターのすぐ隣に。
フードを被っていて、その顔は見えない。しかし危険な香りがしてならないと、そう危惧していた。
そしてそれは、もう一匹の魔物も同じ気持ちであった。
「ギィーッ!」
ブラックバットが木の枝から滑空し、ローブの人物に飛びかかる。しかしその人物が顔を上げ――クワッとフードの中から赤い目を光らせた。
「――ギッ!?」
ビクッ、と驚いたような反応を見せ、ブラックバットはそのまま勢いを失い、力なく地面に落ちる。続いてアロンモンキーも、その赤い目を見てしまい、恐れをなして動けなくなってしまった。
そんなローブの人物の下では、ダリルが体を震わせていた。
(な、なんだ……なんだなんだなんなんだ! 一体何なんだよ、これはあぁっ!)
声にならない声で、ダリルが思いっきり叫ぶ。今すぐにでもこの場から飛び出して逃げたいのに、腰が抜けて動けない。
ローブの人物が見下ろしてくる。
そして――ニヤリと口元を釣り上げてきた。
「ひぃっ!」
ダリルの喉が鳴った。その凄まじい恐ろしさに、頭が真っ白になる。
もう何も考えることができない。ただひたすら震えながら、伸ばしてくる手を受け入れることしか、彼にはできなかった。
数秒後――凄まじい叫び声が、森の中に響き渡るのだった。
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