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第二章 ガーディアンフォレスト
067 スタンリーの結末
しおりを挟む「なんということだ……」
スタンリーは頭を抱えていた。今日も平和に終わろうとしていたスフォリア王都の冒険者ギルドに、緊急の知らせが飛び込んできたのだ。
ブルースがユグラシアの大森林で失態を犯し、強制送還されてきたと。
最初は何かの間違いではないかと疑われていたが、一緒に提出されたユグラシア直筆の手紙により、それが真実であることはすぐに判明した。
おかげでギルドは大騒ぎ。町の酒場も、ブルースの失態の話で持ち切りだ。
ギルドマスターであるスタンリーの責任問題も含めて。
「ブルースを切り捨てれば済む問題かと思ったが……浅はかだったか」
――俺は悪くない! ギルマスに言われて、仕方なくやったことだったんだ!
そう主張するブルースに対し、スタンリーは冷たい視線で言い放った。失態を人のせいにするとは、冒険者失格もいいところだなと。
ギルドのロビーで行われたそのやり取りは、他の冒険者たちも目撃していた。
流石に見苦し過ぎるだろ――そんな声がチラホラと聞こえたことで、スタンリーはしめしめと心の中でほくそ笑んでいた。
ブルースには、無期限の冒険者活動停止処分が下された。
例え経緯はどうであろうと、悪いことをしたのは間違いない。それを頑なに認めようとしないのも、更なるマイナスと見なされた。
もはやランク降格だけではペナルティにならない――そう判断されたのである。
――頼む! 活動停止だけは、どうか……どうか勘弁してくれえぇ~~っ!
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ブルースは土下座してきた。正直ここまでするかと、周りの冒険者や受付嬢はドン引きしていた。
しかしブルースは必死だった。
もう一度這い上がるのに必死だっただけに、冒険者活動そのものを止められてしまうことが、どうしても受け入れがたいことだったのだ。
故にみっともない真似を惜しまない。現在進行形で周りからの評価がゴリゴリと削り落ちていることなど、全く気づくこともなく。
しかし、スタンリーは考えを変えるつもりなどなかった。
理由は至極単純。ブルースを維持しておく理由が、何一つなかったからだ。
むしろ切り捨てる以外にないだろう――そう言わんばかりに、スタンリーはギルドマスターの権限により、ブルースのギルドカードを強制的に更新。活動停止中という状態となり、もはや覆されることはなくなった。
もう用はないと判断したスタンリーは、そのまま執務室へと戻った。
みっともなく泣き叫ぶ野太い声を、背中で感じ取りながら。
(それからブルースは、逃げるようにして王都を去った、か……まぁ別に、あんなのがどうなろうが、私の知ったことではない)
スタンリーはブルースに関する調書を、机の端に投げる。できればこのまま捨ててしまいたかったが、しばらくは保管しなければならないルールがあるため、とりあえず端に置いておくことにしたのだ。
もっともその扱いは、完全に放り捨てる行為と変わらなかったが。
(問題は、私の評価も道連れにされたことだ……全く嘆かわしいことこの上ない)
つい先ほど、王宮から責任問題を突きつけられたのだ。ブルースがスフォリア王都のギルドに所属している以上、ギルドマスターであるスタンリーに対しても、それ相応のペナルティをしないわけにはいかないと。
(マズいぞ……これでは私の目論見が、完全に大きく外れてしまう!)
そもそも何故、スタンリーがブルースたちをけしかけたのか。それは彼が立てている大きなプランに関係していた。
ユグラシアの大森林を、スフォリア王国の管轄にしようというものであった。
まだどの国にも属していない大森林を取り込み、立派な街を作り上げ、そこに新しいギルドを設立し、スタンリーがそこのギルドマスターに収まる。スフォリア王国と森の賢者、その二つを自分のバックにつかせることで、最高の地位と名誉を手に入れようとしているのだ。
そのためにガーディアンフォレストの騒ぎを自ら起こさせ、それをブルースたちに収めさせようとしていたのだった。
それもこの失敗話で、何もかも吹き飛んだといっても過言ではなかったが。
「そもそも理解できん。何故私まで責任を負わねばならんのだ!」
スタンリーは拳で机をダンッと叩いた。
「ヤツらが勝手にやらかしたヘマなのだから、ヤツらが全ての罪を被れば、それで済む話ではないか! 全くもって意味が分からんぞ!」
これについては、あながち全てが間違っているとも言い難い。
実際、スタンリーがけしかけたという旨は出ておらず、あくまでブルースの暴走という話に収まっている。そのブルースにも立派な処罰を下した以上、あとはスタンリーがギルドマスターとして、ユグラシアに誠心誠意を込めた謝罪をする――それで今回の問題は片が付くはずだったのだ。
スタンリーに、黒い話の影がちらついてさえいなければ――
要するに彼の企みなど、王宮ですらずっと前から感づいており、なんとかしなければと思われていたのだった。そこに今回の失態話が舞い込んできたことで、ちょうどいい素材にできるではないかと、判断されたということだ。
無論、そんなことをスタンリーは知る由もない。
直接ユグラシアの元へ出向き、謝罪する言葉を考えていた。そこに王宮からの通達が届いたのだ。
まさに寝耳に水もいいところであり、スタンリーは憤慨して今に至る。
未だに自分のしてきたことが感づかれていないと思っている点は、なんともめでたいというべきだろうか。
(森の賢者め……この私をコケにしおってからに。そもそも私が出した提案を、ことごとく突っぱねるのがいけないのだ! 賢者だからと言って、なんでもしていいと思ったら大間違いなんだぞ!)
まさに『盛大なブーメラン』とはこのことか。遂にスタンリーは、怒りの矛先をユグラシアにまで向けてしまった。
ブルースたちの失敗も、全てはユグラシアが仕組んだことだと。
森の賢者はお見通しだったのだろうと。
それは、見苦しい逆恨みもいいところではあるのだが、あながち考えは的外れとも言い切れなかった。少なくともブルースの裏に黒幕がいることを、ユグラシアはなんとなく掴んではいたのだから。
(皆で寄ってたかって私を引きずり降ろそうとする……全くけしからん話よ)
スタンリーは今一度、王宮から届いた令状に目を通す。ペナルティの詳しい内容までは書かれていなかったが、彼の中でおおよその見当はついていた。
どこかの小さな町のギルドへの異動――それが関の山だろうと。
しかしこれは、事実上の左遷である。
王宮との繋がりが一番大きいギルドを出ろと言われるのだ。地位や名誉を得たがっているスタンリーからすれば、これほど屈辱的なことはないと言える。彼が目論んでいたユグラシアの大森林のギルドみたいに、大人物が裏に控えているともなれば話は別なのだが、それがペナルティで与えられることはまずあり得ない。
故にスタンリーは焦っていた。このままでは下り坂を転げ落ちるばかりだと。
しかし彼も、ただでは転がらない男であった。
(……まだ手はある。今回の事態は起こってほしくなかったことだが、何も全く想像できていなかったワケではないからな)
――じゃあ、何で今、あんなみっともなく憤慨してたんだよ?
もし誰かがこの心の呟きを聞いていたならば、きっとこう思ったことだろう。
最悪の事態を想定していたのは本当だ。しかしそれが現実となった際に、きちんと冷静でいられるかどうかは、全くの別問題だったのだ。
もっともその時点で、色々とガタガタにしか見えないのも確かではあるが。
(まだダリルは戻ってきていない。きっとまだ森に残っているのだろう。ならばまだチャンスはある。こんなこともあろうかと、ヤツには『アレ』を――)
スタンリーがニヤリと笑ったその瞬間――扉が勢いよく開いた。
何事かと目を見開くこと数秒。騎士の恰好をした男たちが、あっという間にスタンリーを取り囲む。
「ギルドマスターのスタンリーだな? 我々はスフォリア王宮騎士団だ!」
一人の騎士が一歩前に出ながら剣を抜き、それをスタンリーに突きつける。
「貴殿は多数の犯罪を犯したことが明らかとなった。よって我々は、今からその身柄を拘束する!」
「な、なんだと!?」
まさか自分を捕らえに来るとは――流石に驚きを隠せないスタンリーだったが、すぐさま騎士たちから目を逸らしつつ、不敵な笑みを浮かべる。
「フンッ、バカバカしい話だ。そこまで言うなら証拠を――」
「お望みなら出してやる。いくらでもな」
騎士がパチンと指を鳴らすと、控えていた騎士が何枚もの書類を出した。その書類をスタンリーに突きつけ、順番にかいつまんで説明していく。
最初はふてぶてしい態度を取っていたスタンリーだが、段々と表情が青ざめ、大量の冷や汗を流し始めた。突きつけられた犯罪内容のどれもこれもが、身に覚えがあるなんてものではなかったからだ。
(ど、どういうことだ? しょ、証拠の隠滅は完璧だったハズだ! それがどうして今になって……な、何かの間違いではないのかっ!?)
もはや言い逃れができないレベルで、色々と暴かれてしまっていた。
それでもスタンリーは、見苦しくあれこれ言い訳を始める。しかしそれは、自分の首を絞めつけていくだけの結果にしかならなかった。
(ウソだ……わ、私がこんな目にあうなど……あ、あり得ん……)
これまでは自分が一つ一つ追い込み、人知れず相手を潰してきた。それをまさか自分で体験することになろうとは、思ってもみなかった。
ドサッ――スタンリーが腰を抜かした。
立ち上がろうともせず、言葉すらも放つ気力を失い、ガクッと項垂れる。その姿を確認した騎士が、仲間たちに合図を送った。
スタンリーが王宮へ連行されたのは、それから数分後のことであった。
その後、スタンリーの姿を見た者は誰もいない。
病死したのか、それとも処刑されたのか――最初は冒険者を中心に根も葉もない噂が広まっていたのだが、程なくして新しいギルドマスターが就任し、ギルドに新たな活気が生まれてきたと同時に、噂話も消え失せていった。
スタンリーという人物そのものに対し、人々が全く気にしなくなるまでも、それほど時間がかかることはなかった――
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