透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

文字の大きさ
上 下
60 / 252
第二章 ガーディアンフォレスト

060 襲撃者を撃退せよ

しおりを挟む


 慌てていたのはダリルだけではなかった。ブルースも突然の展開に、戸惑いを隠せずにはいられない。

「どうなってやがるんだ……やっぱりこの魔法具に頼ったのが間違いだったか?」

 スタンリーからもらった魔法具を取り出しながら、ブルースは舌打ちをする。この状況と魔法具は完全に無関係であるが、あながち的外れとも言えない。
 魔法具をしまい、ブルースは改めて周囲を見渡してみた。

「……完全に俺一人か」

 ダリルも、彼がテイムした新たな魔物たちも、綺麗さっぱり姿を消していた。その事実を再認識した瞬間、この上ない震えが襲い掛かってくる。

「くそっ……この落ち着かない感じは、一体何だってんだ?」

 それが恐怖の類であることに、ブルースは気づかない。否――気づかないふりをしていると言ったほうが正しいだろうか。
 これまでは必ずと言っていいほど、仲間の存在が彼の周りにはあった。それはこれからも決して変わることはないと信じ切っていた。
 それが今、姿を消してしまった。
 町の中ならまだしも、何があるか分からない場所での冒険中に、謎の現象が起きた上での一人ぼっちとなれば、不安を覚えるなというほうが無理な話である。
 もしここで、ちゃんとその気持ちを自分で認めていれば、まだ自分で自分を奮い立たせることができたかもしれない。しかしブルースは認められず、無意識に見て見ぬふりを通してしまっている。
 だからこそ悪循環に陥ろうとしていた。
 当たり前じゃない状況で、どれだけいつもの行動ができるのか――それを落ち着いて判断する精神は、今のブルースにはなかった。

「――えぇいっ!」

 苛立ちの声を出しながら、ブルースは歩を進める。既に森の中は真っ暗に等しい状況であった。日は沈みかかっており、カンテラを照らす必要がある。
 しかし――

「カンテラはダリルが持ってたな……くそっ、明かりがない!」

 自身では決して戦わないダリルに、夜の明かり役を任せていた。それがここに来て仇になるとは、ブルースも考えていなかった。
 常に最悪の状態を考え、行動すべし――それが冒険者の基本的な心得である。
 明かりがないことを想定しておくのは当然のことなのだが――ブルースは完全に抜け落ちてしまっていた。ないならないで他にやりようはあったのだが、それを思い浮かべられていない時点でどうしようもない。
 精神的に追い詰められていたせいなのか、それとも焦りが生じたせいか――どちらにせよ、駆け出しレベルのミスを犯している点は否めない。
 一歩間違えば命にかかわる――それすらも理解できているかどうか、実に怪しいところであった。

「はぁ、はぁ……」

 息を乱しながらブルースは歩く。ひたすら森の中が続いており、もはや右も左も分からなくなっている。
 引き返そうにも道が消えてしまっており、完全に八方塞がりであった。

「んだよ……どうなってるってんだよ」

 遂にブルースは立ち止まる。震える体を落ち着かせることは、もうできない。

「俺が何をしたってんだ! 上へ行くために頑張っていただけなんだ! それなのにどうしてこんな……あり得ねぇだろ、こんな仕打ちはよ!!」

 叫び声が森の中を木霊する。答える声は何も聞こえてこない。それが余計に、ブルースの精神を追い詰めていくのだった。

「あ、ああ……あああああぁぁぁぁーーーーーっ!!」

 遂に叫び出しながら、ブルースはがむしゃらに走り出す。どこを走っているのかは見えていないし、考えてもいないし、理解のりの字もできていない。
 ただ、この状況をなんとかしてほしいと、そう思いながら必死に足を動かす。

「くそぉーっ! 俺を早くこの森から出せえぇーーーっ!」

 それが、今のブルースの純粋な気持ちそのものだった。とにかく恐ろしくてたまらないのだった。激流に呑まれた出来事が、生ぬるく思えてしまうほどに。
 ブルースは走り続ける。走って走って走りまくる。
 その間もひたすら叫び続けていた。そうでもしないと気がどうにかなってしまいそうだったから。
 しかしもう既に手遅れな状態であることは、言うまでもないだろう。

「――はっ!」

 その時、ブルースは『それ』に気づいた。
 単なる直感ではあったが、たしかにそれはそこにある――そう確信していた。

「はあっ!」

 掛け声とともに、ブルースは真っ暗な茂みに飛び込んだ。そしてその場所に思いっきりドサッと着地した瞬間――

 ブルースの姿がフッと消えてしまうのだった。


 ◇ ◇ ◇


「……あの冒険者さん、なんか消えてしまいましたね」

 メイベルが呆然とした表情で呟いた。

「お仲間さんと強制的に分散されたのにも驚きましたけど、ピンポイントで強制送還させるトラップを踏ませるなんて、流石にちょっと出来過ぎてる感が……」

 ブリジットも完全に引いた様子で水晶玉の映像を見上げる。

「流石は森の賢者様……見事な魔法でございますわ」

 そしてセシィーはというと、ユグラシアの手際にうっとりと頬を染めていた。ある意味この三人の中で一番冷静であり、一番危険とも言えるかもしれない。

「やっぱりユグラシア様は凄いわ」

 アリシアが改めて、心の底から感心していた。

「あっという間に一人を追い出しちゃうなんて……ビックリですよ、ホント」

 一応、どれも前に見たことがある魔法ではあった。しかしそれでも驚かずにはいられなかった。
 足を踏み入れた瞬間、魔法が発動して森の外に出てしまうトラップ。それを魔法を駆使して巧みに踏ませるその手際は、ユグラシア以外にできる人物は恐らくいないだろうと、アリシアは思う。

「しかもブルースさんたちの周りだけ、意図的に暗くするよう見せるなんて……」

 そう。夕日が沈んで真っ暗になったと思われた光景は、ユグラシアが魔法で作り出した幻影であった。
 実際はまだ夕方に差し掛かったばかりであり、夜まではまだ時間もある。
 だからこそ、メイベルたちもこの場でのんびりと鑑賞できていると言えていた。

「野生の勘ってのもあるのかもね……そういう意味じゃ、あのブルースって人も凄いような気さえするよ」
「確かに」

 ブリジットの冷静な言葉に、メイベルは苦笑する。ここでアリシアが、不意に思い出した。

「そういえば、飛ばされたブルースさんは、どうなったのかしら?」
「今、映し出すわ」

 ユグラシアが水晶玉を操作し、森の入り口の場面を見せる。
 そこには飛ばされたブルースが錯乱し、手あたり次第に暴れ回っていた。そして呆気なく、居合わせていた数人の冒険者たちによって、捕らえられた。
 そこにはディオンの姿も見えており、何やってるんだと言わんばかりに呆れた表情を浮かべながら、冒険者たちに指示を出していた。

「とりあえず、彼はもう片付いたと見なして良さそうね」

 あっけらかんと言い放つユグラシアに、アリシアは少しだけ恐ろしさを感じる。とりあえず視線を逸らしがてら、他の場所の映像を見たその瞬間――

「あっ!」

 アリシアはそれに気づいた。決して見過ごすことのできない場面が。

「ユグラシア様、ここ!」
「――これは!」

 これまでずっと余裕を貫いていたユグラシアが、初めて目を見開いた。一体何があったのかと、メイベルたち三人もその映像に注目する。
 そこには分断されたもう一組――ダリルと二匹の魔物たちの姿が映っていた。
 そして、その目の前には――

「マキト……よりにもよって、こんなときに……」

 昼過ぎまで一緒にいた魔物使いの少年と魔物たち、そしてユグラシアが保護している少女が、緊迫した表情を浮かべ、対峙していたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

処理中です...