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第二章 ガーディアンフォレスト
060 襲撃者を撃退せよ
しおりを挟む慌てていたのはダリルだけではなかった。ブルースも突然の展開に、戸惑いを隠せずにはいられない。
「どうなってやがるんだ……やっぱりこの魔法具に頼ったのが間違いだったか?」
スタンリーからもらった魔法具を取り出しながら、ブルースは舌打ちをする。この状況と魔法具は完全に無関係であるが、あながち的外れとも言えない。
魔法具をしまい、ブルースは改めて周囲を見渡してみた。
「……完全に俺一人か」
ダリルも、彼がテイムした新たな魔物たちも、綺麗さっぱり姿を消していた。その事実を再認識した瞬間、この上ない震えが襲い掛かってくる。
「くそっ……この落ち着かない感じは、一体何だってんだ?」
それが恐怖の類であることに、ブルースは気づかない。否――気づかないふりをしていると言ったほうが正しいだろうか。
これまでは必ずと言っていいほど、仲間の存在が彼の周りにはあった。それはこれからも決して変わることはないと信じ切っていた。
それが今、姿を消してしまった。
町の中ならまだしも、何があるか分からない場所での冒険中に、謎の現象が起きた上での一人ぼっちとなれば、不安を覚えるなというほうが無理な話である。
もしここで、ちゃんとその気持ちを自分で認めていれば、まだ自分で自分を奮い立たせることができたかもしれない。しかしブルースは認められず、無意識に見て見ぬふりを通してしまっている。
だからこそ悪循環に陥ろうとしていた。
当たり前じゃない状況で、どれだけいつもの行動ができるのか――それを落ち着いて判断する精神は、今のブルースにはなかった。
「――えぇいっ!」
苛立ちの声を出しながら、ブルースは歩を進める。既に森の中は真っ暗に等しい状況であった。日は沈みかかっており、カンテラを照らす必要がある。
しかし――
「カンテラはダリルが持ってたな……くそっ、明かりがない!」
自身では決して戦わないダリルに、夜の明かり役を任せていた。それがここに来て仇になるとは、ブルースも考えていなかった。
常に最悪の状態を考え、行動すべし――それが冒険者の基本的な心得である。
明かりがないことを想定しておくのは当然のことなのだが――ブルースは完全に抜け落ちてしまっていた。ないならないで他にやりようはあったのだが、それを思い浮かべられていない時点でどうしようもない。
精神的に追い詰められていたせいなのか、それとも焦りが生じたせいか――どちらにせよ、駆け出しレベルのミスを犯している点は否めない。
一歩間違えば命にかかわる――それすらも理解できているかどうか、実に怪しいところであった。
「はぁ、はぁ……」
息を乱しながらブルースは歩く。ひたすら森の中が続いており、もはや右も左も分からなくなっている。
引き返そうにも道が消えてしまっており、完全に八方塞がりであった。
「んだよ……どうなってるってんだよ」
遂にブルースは立ち止まる。震える体を落ち着かせることは、もうできない。
「俺が何をしたってんだ! 上へ行くために頑張っていただけなんだ! それなのにどうしてこんな……あり得ねぇだろ、こんな仕打ちはよ!!」
叫び声が森の中を木霊する。答える声は何も聞こえてこない。それが余計に、ブルースの精神を追い詰めていくのだった。
「あ、ああ……あああああぁぁぁぁーーーーーっ!!」
遂に叫び出しながら、ブルースはがむしゃらに走り出す。どこを走っているのかは見えていないし、考えてもいないし、理解のりの字もできていない。
ただ、この状況をなんとかしてほしいと、そう思いながら必死に足を動かす。
「くそぉーっ! 俺を早くこの森から出せえぇーーーっ!」
それが、今のブルースの純粋な気持ちそのものだった。とにかく恐ろしくてたまらないのだった。激流に呑まれた出来事が、生ぬるく思えてしまうほどに。
ブルースは走り続ける。走って走って走りまくる。
その間もひたすら叫び続けていた。そうでもしないと気がどうにかなってしまいそうだったから。
しかしもう既に手遅れな状態であることは、言うまでもないだろう。
「――はっ!」
その時、ブルースは『それ』に気づいた。
単なる直感ではあったが、たしかにそれはそこにある――そう確信していた。
「はあっ!」
掛け声とともに、ブルースは真っ暗な茂みに飛び込んだ。そしてその場所に思いっきりドサッと着地した瞬間――
ブルースの姿がフッと消えてしまうのだった。
◇ ◇ ◇
「……あの冒険者さん、なんか消えてしまいましたね」
メイベルが呆然とした表情で呟いた。
「お仲間さんと強制的に分散されたのにも驚きましたけど、ピンポイントで強制送還させるトラップを踏ませるなんて、流石にちょっと出来過ぎてる感が……」
ブリジットも完全に引いた様子で水晶玉の映像を見上げる。
「流石は森の賢者様……見事な魔法でございますわ」
そしてセシィーはというと、ユグラシアの手際にうっとりと頬を染めていた。ある意味この三人の中で一番冷静であり、一番危険とも言えるかもしれない。
「やっぱりユグラシア様は凄いわ」
アリシアが改めて、心の底から感心していた。
「あっという間に一人を追い出しちゃうなんて……ビックリですよ、ホント」
一応、どれも前に見たことがある魔法ではあった。しかしそれでも驚かずにはいられなかった。
足を踏み入れた瞬間、魔法が発動して森の外に出てしまうトラップ。それを魔法を駆使して巧みに踏ませるその手際は、ユグラシア以外にできる人物は恐らくいないだろうと、アリシアは思う。
「しかもブルースさんたちの周りだけ、意図的に暗くするよう見せるなんて……」
そう。夕日が沈んで真っ暗になったと思われた光景は、ユグラシアが魔法で作り出した幻影であった。
実際はまだ夕方に差し掛かったばかりであり、夜まではまだ時間もある。
だからこそ、メイベルたちもこの場でのんびりと鑑賞できていると言えていた。
「野生の勘ってのもあるのかもね……そういう意味じゃ、あのブルースって人も凄いような気さえするよ」
「確かに」
ブリジットの冷静な言葉に、メイベルは苦笑する。ここでアリシアが、不意に思い出した。
「そういえば、飛ばされたブルースさんは、どうなったのかしら?」
「今、映し出すわ」
ユグラシアが水晶玉を操作し、森の入り口の場面を見せる。
そこには飛ばされたブルースが錯乱し、手あたり次第に暴れ回っていた。そして呆気なく、居合わせていた数人の冒険者たちによって、捕らえられた。
そこにはディオンの姿も見えており、何やってるんだと言わんばかりに呆れた表情を浮かべながら、冒険者たちに指示を出していた。
「とりあえず、彼はもう片付いたと見なして良さそうね」
あっけらかんと言い放つユグラシアに、アリシアは少しだけ恐ろしさを感じる。とりあえず視線を逸らしがてら、他の場所の映像を見たその瞬間――
「あっ!」
アリシアはそれに気づいた。決して見過ごすことのできない場面が。
「ユグラシア様、ここ!」
「――これは!」
これまでずっと余裕を貫いていたユグラシアが、初めて目を見開いた。一体何があったのかと、メイベルたち三人もその映像に注目する。
そこには分断されたもう一組――ダリルと二匹の魔物たちの姿が映っていた。
そして、その目の前には――
「マキト……よりにもよって、こんなときに……」
昼過ぎまで一緒にいた魔物使いの少年と魔物たち、そしてユグラシアが保護している少女が、緊迫した表情を浮かべ、対峙していたのだった。
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