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第二章 ガーディアンフォレスト

059 森の中の襲撃者

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 森の不審な人物が入ってきた――それを確かめるべく、ユグラシアはアリシアやメイベルたちとともに、リビングに使っている部屋に移動していた。
 部屋を暗くし、中央で水晶玉を起動させる。魔力で浮かび上がったそれは、青白い光を放ち、それが広い壁一面を照らす。
 なんと照らした壁に、森の様子が映し出された。
 地球で言うところのスクリーン投影――いわゆるプロジェクターの使った現象が起きているのだが、残念ながらその名を知る者はこの場にはいなかった。

「凄い……こんなの初めて見た」

 茫然とした表情でアリシアが呟く。隣に立つメイベルたち三人も、同じような反応を示していた。

「私たちは、ヴァルフェミオンの講義で使われているのを何回か見てるけど……」
「水晶玉バージョンは、ぶっちゃけ初めてだよね」
「えぇ。流石は賢者様ですわ」

 メイベルに続き、ブリジットとセシィーも素直に驚いている。そんな彼女たちの様子に、ユグラシアは少しだけ得意げになりながらも、神殿周囲の森の様子を、映像を切り替えながら探っていく。
 そして遂に――二人組の男が森の中を進んでいる姿を見つけるのだった。

「ブルースさん! それに、ダリルさんも……」

 アリシアが思わず声を上げると、メイベルが首を傾げながら視線を向ける。

「知り合い?」
「うん。冒険者なんだけど、評判がイマイチでね。こないだも、あの人たちが仲間を引き連れて、魔物たちの大切な隠れ里をメチャクチャにしようとしたのよ」

 アリシアの説明を聞いたメイベルたちは、揃って顔をしかめる。

「それは酷いよね。魔物だって平和に生きているのに……」
「あぁ。ヒトのほうから襲うなんて、流石に良くないとあたしも思うよ」
「ブリジットに同感です」

 セシィーも不愉快極まりないという気持ちを顔に出す。三人の反応に対して嬉しさを覚えたアリシアは、小さな笑みを浮かべた。

「もっとも、最後は隠れ里の魔物たちによって、返り討ちにあったんだけどね」
「それでしぶとく生きてたってことかい?」
「そーゆーことになるわね」

 目を見開くブリジットに、アリシアは改めて苦笑する。つり橋を落とされ、激流に呑まれたというのに、こうして普通に生還しているのだから、どんな生命力を持っているのだろうかと思いたくなる。
 しかし、映像に出ているのは、ブルースとダリルの二人だけであった。

(あとの二人は……見当たらないなぁ。その代わりと言ってはなんだけど、なんか強そうな魔物を連れてるし)

 恐らくダリルが新しくテイムしたのであろう、猿と蝙蝠の魔物の姿が見える。確認できたのは二匹だけだが、どちらも強そうな雰囲気を醸し出していた。

「アロンモンキーと、ブラックバットだね」

 ブリジットが顔をしかめながら、魔物の正体を分析する。

「どちらも素早く獲物を仕留めることで有名だよ。敵に回すと厄介なヤツさ」
「興味本位で探索に来た……という感じでもなさそうですよね」

 セシィーの意見に、その場にいる者全員が頷いた。
 もうすぐ暗くなるこの時間帯に、わざわざ月明かりさえ遮るレベルの深い森の奥へと進むなど、自殺行為もいいところである。冒険者は勿論のこと、ヴァルフェミオンの学生であるメイベルたちでさえ、常識レベルの問題として頭に叩き込んでいるほどであった。
 それなのに踏み込む冒険者がいるとすれば、大抵二択に絞られてくる。
 一つは何も知らない駆け出しであること。
 そしてもう一つは――敢えてそうするための『狙い』があること。
 ほぼ間違いなく後者だろうと、アリシアたちは思っていた。ブルースたちには立派な前科があるため、尚更であった。

「あの人たち……なんかロクでもないことを企んでるんじゃないかしら?」
「えぇ。私もそんな気がするわ」

 アリシアの意見に、ユグラシアもすぐさま頷いた。

「この神殿に通じる森には、常に結界魔法が仕掛けられていることは、あなたたちも知っているわね?」
「――そっか。何かしらの手段がなければ、通り抜けることはできない!」

 メイベルはようやく思い出した。自分たちもそれが原因で、危うく森を通り抜けることができなかったことを。
 その答えを待っていたと言わんばかりに、ユグラシアは小さな笑みを浮かべる。

「えぇ。そのとおりよ。アリシアとディオンは、基本的に私の権限で顔パス扱いにしてあるから、いつでも森を通ってこの神殿に来られるの」
「じゃあ、私たちがここに来れたのは、そのディオンさんと一緒だったから……」
「そういうことよ」

 ようやく謎が解けた気がしたメイベルたちは、揃って言葉を失う。ちなみにマキトが森の神殿に来れたのも、原理としては同じである。
 もしマキトが『一人』であれば、間違いなく神殿には辿り着けなかったのだ。

「けれど――彼らに許しを出した覚えはないわ!」

 ユグラシアは画面上のブルースたちを睨みつけた。

「恐らく魔法具を使って、無理やり結界を通り抜けているのね」
「えぇっ? そ、そんな魔法具が存在するんですか?」

 ブリジットが思わず声を上げると、ユグラシアが忌々しそうに俯く。

「間違いなく非合法のモノでしょうけれど」
「うわぁ、学園でもウワサ程度には聞いてましたけど、ホントにあるんですね」

 げんなりとするメイベルに、ユグラシアは真剣な表情を向ける。

「むしろヴァルフェミオンだからこそ、実害がほぼ皆無で済んでいるのよ。外の世界はそれだけ広いし、合法非合法を含めてなんでもアリとなる。そう心に刻み込んでおくことをオススメするわ」

 そして最後に小さな笑みを浮かべ、分かったわねという合図を送る。それを見た三人の少女たちは、揃ってゴクリと息を飲んだ。
 聞き逃したら大変なことになる――そう認識したのだった。

「まぁ、とにかく……あの二人をこのままにしておくワケにはいかないわ」

 着々と森の中を進むブルースたちを、ユグラシアが睨みつける。

「少し――こちらから仕掛けましょうか」

 ニヤッと笑うユグラシアの表情に、アリシアとメイベルたち三人は、ゾクリと背筋を震わせるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 日が沈んできたことにより、森の中は更に薄暗さを増してくる。空を見上げれば明るさはあるが、少し視線を下げれば明暗の差は更に大きく感じられた。

「いくら人知れず通るためとはいえ、夜の近い森を歩く羽目になるとはな」
「まぁ、そう言うな。これも俺たちの明るい未来のためだ」

 ため息をつくダリルに、ブルースがニヤッと笑う。

「スタンリーさんからもらった魔法具のおかげで、賢者様の森も楽勝で通れる。このチャンスを逃す手はないってもんだぜ」
「わーってるよ、そんなこたぁ!」

 ダリルは忌々しそうに声を上げた。

「ガーディアンフォレストをテイムして、俺の名を轟かせる。汚名返上で済ますつもりは毛頭ねぇからな!」
「その意気だ」

 ブルースがフッと笑みを浮かべ、再び前方に視線を戻して歩いていく。普通ならば結界に阻まれる森も、今は顔パス状態であった。

「ちなみに、ちょいと聞きてぇんだが――」

 ふとダリルは、今の状況を作り出したアイテムについて気になった。

「その結界をすり抜ける魔法具とやらは、本当に安全なのか? モノによっちゃ、急にドカーンみたいなことになるらしいじゃねぇの」
「あぁ。まぁ確かにその疑問はもっともだな」

 ブルースも素直に頷き、そして前を向いたまま答える。

「正直言えば、判断のしようがないな。非合法の可能性もあり得るだろうよ」
「おいおい大丈夫か? ギルドマスターから直々にもらったヤツだぞ?」
「そのギルマスの心ってのが、真っ黒に汚れてるってウワサだ。俺たちのことも、恐らく薄汚い駒としてしか見てないかもしれん」
「……マジかよ」

 今更ながら知った可能性に、ダリルは舌打ちをする。確かに胡散臭い笑顔だったと思ったその時、更にあることに気づいた。

「ってことはブルース。お前は最初から怪しいって思ってたのか?」
「まぁな」
「だったらどうして……」
「俺たちに選択の余地はあったか?」
「そ、それは……」

 ダリルは何も言い返せなかった。パーティを壊滅させたことで、完全に信頼を失ってしまい、ギルドに居場所がなくなっていた。救いの手を取らない限り、這い上がるのは不可能だと思うほどに。
 しかし――その救いの手がスタンリーの思惑そのものだったとしたら。
 這い上がるどころか、いいように使われているだけではないか――ダリルはそう思ったが、ブルースの考えは違っていた。

「俺たちはまんまとスタンリーさん――いや、スタンリーに目をつけられた。しかしそれを承知で話に乗ったんだ。多少の危険を乗り越えでもしなけりゃ、再び這い上がるなんざ無理だろうよ」
「ブルース……」

 恐らくその考えは『正しくはない』のだろう。しかしダリルは、それを否定する気には全くなれなかった。
 もう既に、堕ちるところまで堕ちている。そこから這い上がるためには、決して小さくないリスクを背負う覚悟も、必要なのではないか。
 どちらにせよ、もう自分たちに後戻りは許されていないのだから――

「……覚悟くらいとっくに決まってるぜ。さっさと先へ進もうじゃねぇの」
「フッ。それでこそ、お前らしいな」

 ため息交じりの強がりを放つダリルに、ブルースは心が軽くなる。決して貶しているのではない。その言葉を実行できる力がダリルにあると、ブルースは信じているのだった。そうでもなければ、こうして行動を共になどしていない。

「おい新入りども――」

 ここでダリルが、森へ来る前に新たにテイムした、アロンモンキーとブラックバットに視線を向ける。

「周囲の状況を確認しておけよ」
「キキィーッ」
「ギャッ!」

 テイムの印が付いているだけあって、ダリルの指示に従っている。決してやさしい扱いは受けていなかったが、今のところ問題は見られなかった。

「とりあえず、今のところ問題はなさそうだな」
「あぁ。とにかく進むだけ進んで――」

 その瞬間、カチリと何かを『押した』ような音が響いた。
 すると――

「おい、今のは一体何の音だ――えっ?」

 その異変に気付き、ダリルが慌てて周囲を見渡す。

「ブルース! お、おい、どこへ行った? いるなら返事しろってんだよ!!」

 今の今までずっと一緒に行動していたブルースの姿が、忽然と消えた。あまりの突然過ぎる展開に、ダリルは混乱に等しい戸惑いを覚えるのだった。

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