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第二章 ガーディアンフォレスト

055 焦るブリジット

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「あぁ、もう! 完全に見失っちゃった!」

 神殿の廊下のど真ん中で、ブリジットが苛立ちながら叫ぶ。その隣でセシィーも不安そうな表情で、周囲の様子を伺っていた。

「由々しき事態ですね。神聖な森の賢者様の住まわれている場所で、もし何か起こってしまえば……」
「一刻も早く見つけ出さないとだよ! あのバカ娘が!」

 そのバカ娘とは、勿論メイベルのことである。真っ先に飛び込んでいった彼女を追いかけたが、神殿内部に入ったときには、もう姿は見えなかった。
 ブリジットもセシィーも、心中穏やかではなかった。
 魔法学園の厳しい教育で培った精神力と集中力のおかげで、なんとか冷静さを保っているといっても過言ではない。
 ――メイベルを見つけたら一発どついてやる!
 そんな苛立ちが、二人の中には確かに込められていた。あの淑やかなセシィーでさえ黒いオーラを噴き出しているほどだ。まだ二人の感情は、辛うじて大噴火を起こすまでには至っていない。それはそれで奇跡と言えるのかもしれなかった。

「分かれ道、ですね……」

 セシィーの呟いたとおり、廊下は二つの道に分かれていた。

「ここから二手に分かれて探しましょう」
「それしかないようだね」

 ブリジットも苛立ちを押し殺しながら頷く。どんどん神殿の奥へと入り込んでしまっている状況が、更に恐怖と不安を募らせてもいた。
 もはやあれこれ考えている場合ではない。

「あたしはこっちに行ってみるから!」
「では、わたくしはこちらへ。後で合流しましょう!」

 そう言ってセシィーが駆け出していくのを見送り、ブリジットも走り出す。なんとしてでもメイベルを見つけ、お灸をすえてやらねばと心に誓いながら。

「ったくあの子は……あたしたちの身にもなりなさいってのよね!」

 ブリジットがここまで文句をつける理由は、メイベルには立派な『前科』があるからであった。
 確かにメイベルは、魔導師の卵として才能に満ち溢れている。ヴァルフェミオンの期待の星とさえ言われているほどだ。貴族同然の立場を持つ者ながら、それを表に出して威張り散らすようなことは一切しない。それ故に、彼女を慕う者は男女問わず多く、ブリジットも幼なじみとして鼻が高いとすら言えるほどだ。
 しかし――その裏に潜む『欠点』も見過ごせなかった。
 簡単に言ってしまえば、頭で考えるよりも、体が先に動くタイプなのだ。
 加えて自分の好きなことになると、ガラリとキャラが変わってしまうギャップの大きさも見過ごせない。普段は大人しくて控えめなメイベルも、物事が自分の領域に入った瞬間、超行動的な性格に切り替わる。
 今回、ユグラシアに会いに来た件が、まさにそれであった。
 修学旅行で正規ルートを外れて行動するなど、普通はどんな理由があろうと許可など下りないものだ。しかしメイベルは、ゴリ押しにゴリ押しを重ねて担当教員を説得していき、頷かせることに成功したのである。
 ――果たしてそこには、どのような詳しい経緯があったのか?
 実のところブリジットもよく知らない。しかし、それ相応の出来事があったことは確かだと睨んでいた。
 何せ大森林への出発前、こっそりと引率の教員から頼まれたのだ。
 メイベルの手綱をしっかりと握っておいてくれ――と。
 如何せん、それだけでブリジットはなんとなく察してしまった。伊達に幼なじみをやっていないという結果が、ここに来て発揮されるとは、なんとも皮肉なことだろうかと思えてならない。

(すみません、先生……あたしはうっかり『手綱』を手放してしまいました)

 いくら大人物が目の前にいたからと言えど、自分はメイベルの隣にいたのだ。すぐさま動き出す彼女を止めるチャンスは、ちゃんとあったはずなのだ。
 やはり自分にも責任はある――ブリジットはそう思っていた。

(それにしても――)

 ブリジットは軽く息を切らせながら立ち止まる。

「どこにいるのよ、あのバカ娘は……」

 見渡しても気配すら感じない。それどころか、自分以外に誰もいないのではと錯覚するほど、しんと静まり返っていた。
 大きい建物ながら、部屋に通じるドアも殆ど見つからず、確認のしようもない。とにかく廊下を歩き回ることしかできないでいた。
 段々と別の意味で不安が募ってくる。
 本当にメイベルはこの神殿のどこかにいるのだろうか。既にこの神殿から、遠い別の場所へ飛ばされていたりするのではないか。人を遠くへ転移させる特殊な魔法具の一つや二つくらいあっても、不思議ではないような気がする。
 そんな考えが、ブリジットの頭を駆け巡る。しかしすぐに頭を左右に振って、その考えを強引に吹き飛ばした。
 まずは動かなければ何も始まらない。ちゃんとこの目で親友の姿を見るまでは。
 その強い想いが、再び彼女の足を動かしていく。
 果てしなく続くような気がしてならない長い廊下を、一歩ずつ確実に前へと進んでいくのだった。
 そして――

「扉だ……扉がある!」

 遂にブリジットは、部屋に通じているであろう扉が並ぶ場所に辿り着いた。
 早速、その扉を片っ端から勢いよく開けていく。やはりそれ相応に冷静さを失っていたのだろう。落ち着いてノックをすることを完全に忘れていた。
 しかしそれを指摘する者は、この場にはいない。故にブリジットの暴走が止まることもなかった。

「いない――くっ、ここにも!」

 次々と扉を開けて行くも、物置や空き部屋の連続であった。もし誰かが中にいたとしたら、さぞかし驚くことだろう。場合によってはそれだけでは済まない可能性だってあり得るのだが、そこまでの考えにブリジットは至っていない。
 普段どれだけ冷静に正しい行動ができようと、いざというときにそれができないようでは話にならない。
 今のブリジットの状況が、まさにそれを物語っていると言えてしまっている。
 当の本人がそれに気づくのは、果たしていつのことなのか――それこそ神ですら知っているかどうか、微妙なところであった。

「これは……」

 やがてブリジットは、廊下の端っこにやってきていた。目の前にある扉が、最後となっている。それは間違いないのだが――

「アリシアの……錬金部屋?」

 ネームプレートに書いてある言葉を、ブリジットは読み上げた。これまでの部屋とは何かが違っており、それが彼女を戸惑わせている。
 これまでに見せていた勢いは完全に消えており、ここでようやく彼女は、扉をノックする行為をした。

「はーい」

 中から少女の声が聞こえる。扉越し故にくぐもっており、これだけではメイベルかどうかは分からない。
 ブリジットは恐る恐るその扉を開けてみる。
 そこには――

「ゴメンなさーい。今ちょっと錬金を終えたばかりで……えっと、どちら様?」

 エメラルドグリーンの髪の毛を括り、汗を拭いながら振り向いてくる同い年くらいの少女がそこにいた。
 その目の前には、ふつふつと湯気を立たせている巨大な釜が置いてある。少女が長い棒を手にしているところからすると、それが錬金釜であることは、容易に想像がつくというものであった。
 しかしブリジットからしてみれば、そんなものはどうでも良かった。

「やっと――やっと見つけた!」

 ブリジットは険しい顔つきを見せつつ、そのままずんずんと力強く部屋の中へと踏み込んでくる。そしてポカンと呆けている少女の肩を、ガシッと掴んだ。

「へっ? な、何っ!?」

 肩を掴まれた少女は、混乱した様子を見せる。しかしその反応が、更にブリジットの表情を険しくさせるのだった。

「白々しい……その手には乗らないよ、メイベル!」

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