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第二章 ガーディアンフォレスト
054 感情豊かな無表情
しおりを挟む「よぉ、マキト君。こないだぶりだな」
「ディオンさん」
魔物にすっぽり埋もれているマキトに、ディオンが話しかける。魔物たちも一斉に視線を向けてきたが、ディオンは平然としたまま、笑みを浮かべていた。
「もうここの魔物たちとも仲良くなったのか。流石だな」
「んー、なんか知らないけど、懐かれちゃって」
「それもまた、キミの才能ってことだろ。素晴らしいもんじゃないか」
「そうかなぁ?」
褒めてくるディオンに対し、マキトは首をかしげるばかり。いまいち実感が湧かないのであった。
すると、埋もれるマキトの脇から、ぬっと小さな影が出てきた。
「…………」
ノーラである。その腕にはロップルがしっかりと抱きかかえられており、今の今までモフモフを楽しんでいたことが見て取れた。
「キュゥ~……」
もう勘弁してと言わんばかりに、心からうんざりとした鳴き声を出すロップル。これはまた大変そうだと、ディオンも苦笑してしまう。
しかしそれ以上に、ノーラがジッと無表情で見上げてくるのが気になった。
彼女とは顔見知りではあるが、これまでにまともな交流をしたことは、皆無に等しいと言える。むしろこうして視線を向けてくること自体、初めてなのではないかと思えてしまうほどであった。
要するに、とても珍しいことではあるのだが――
「あの、えっと……どうしたのかな、ノーラちゃん?」
引きつった様子で問いかけるディオンだが、ノーラは無言のまま、ただジッと見上げてきている。
流石にどういうことなのか分からないでいたその時、マキトが笑い出す。
「楽しい時間を邪魔するな、とでも言いたいんじゃない?」
「ん」
マキトの指摘に、ノーラがそのとおりだと言わんばかりに、大きく頷いた。その反応に対し、ディオンは思わず呆けてしまう。
まさかこんなにも強い意思表示を、ノーラが示すとは思わなかったと。
勝手ながら、ずっと思い込んでいたのだ。恐らくノーラは人見知りに加えて、自らの考えを示すのが苦手なのだと。そう言った子供は珍しくないし、ユグラシアも長い目で見守る旨を、軽くながら聞いたことがあった。
しかし今、ノーラは強い意思を示している。無表情に込められた威圧感に、思わず押されてしまうほどであった。
「そ、そうだったのか。それはすまないことをした。申し訳ない」
「――ん」
ディオンが慌てて謝罪をすると、ノーラは分かればいいと思ったのか、威圧感を潜めつつ頷いた。
そして再びトコトコと、元居た場所へ戻っていってしまう。
魔物たちもやり取りが終わったと認識したのか、まるで何事もなかったかのようにのんびり過ごすことを再開するのだった。
(しかし驚いたな。ノーラちゃんのこともそうだが……)
そんなノーラの心境を真っ先に察したマキトも、また凄いと感じた。
間違いなく出会って間もないというのに、もうそこまでの関係性を作り上げてしまったのか。
(こう言っちゃあなんだが、マキト君も人付き合いが得意な子とは思えん。そういう意味では、似た者同士として気が合ったということなのか?)
その予測に対し、的を得ている自信はあった。魔物好きで、どこまでも我が道を貫く姿勢は、まさにそれと言えるだろう。
しかしその一方で、果たしてそれだけだろうかという疑問も浮かんでくる。
ノーラという少女に対しても、ディオンは不思議な何かを感じていた。実際、ユグラシアも敢えて詳しく説明していない節もあるため、余計に秘密が隠されているような気がしてならない。
(いずれにせよ、この子たちはただ者じゃあない……それだけは確かだな)
ドラゴンライダーとして、長年培ってきた直感が、そう告げている気がした。
その時――
「ディオンさん、ディオンさん」
ラティが彼の元までふよふよと飛んできて、ペコリと頭を下げる。
「先日はお手紙ありがとうなのです」
「あ、そうだった。確かにディオンさんが手紙をくれたからだもんな」
そしてマキトも魔物たちに退いてもらい、立ち上がる。そして彼の前に向かい、姿勢を正した。
「おかげで、色々と知らなかったことを知ることができたよ。ありがとう」
「いや、俺はただ、ユグラシア様にお使いを頼まれただけさ」
そう言いながらディオンとマキトは握手を交わす。そして手を放しつつ、ディオンは後ろに座ったままのノーラに視線を向けた。
「そんなことよりも俺は、キミとノーラちゃんが仲良くしている姿に驚いた。むしろいい土産をもらっちまった気分だよ」
それだけディオンからしてみれば、ノーラが誰かと一緒にいる姿が珍しくて仕方がなかった。これまでの記憶を掘り起こしても、せいぜいユグラシアに連れられて渋々ついてきた程度であり、自ら進んで一緒にいる姿は皆無であった。
一方、マキトやラティはコテンと首をかしげていた。なんでそんなに驚くんだろうと言わんばかりに。
――どうやら彼らは、これがノーラの普通だと認識しているらしい。
そう察したディオンだったが、特に訂正の必要も見当たらなかったので、余計なことは言わなくても良さそうだなと結論付けた。
すると――
「……うるさい」
ノーラの不機嫌そうな声が、目の前から聞こえてきた。
ディオンが見下ろすと、いつの間にかノーラがマキトの隣に来ており、彼の服を掴みながら睨むようにして見上げてきている。
ロップルもそのどさくさに紛れて逃げ出しており、しっかりとマキトの頭の上にしがみついていた。
「むぅ……」
唸り声を上げながら睨んでくるノーラ。どうやら既に余計なことを言ってしまったようだと、ディオンは認識する。
「おっと、お姫様を怒らせちまったかな」
「うるさい」
「あぁ、すまんすまん。もう俺は引っ込ませてもらうよ」
そう言って、ディオンは裏庭から退散した。その去り際に、ずっと黙って見守っていたユグラシアに、小声で一言断りを入れておくことを忘れない。
「……ふぅ」
ようやく悪は去った――そう言わんばかりに、ノーラはため息をつく。
マキトは正直何がなんだか分からず、ただ戸惑いながら、ノーラと去って行ったディオンを交互に見ることしかできなかった。
するとノーラは、掴んでいるマキトの服の裾を引っ張り出す。
「いこ」
「――えっ?」
またしても突然過ぎる申し出に、マキトは改めて呆けてしまう。しかしそんな彼の様子など知ったこっちゃないと言わんばかりに、ノーラは服の裾をぐいぐいと引っ張り続ける。
「案内したいところがある。早くいこ」
「ちょ、ちょっと! 伸びる! 服が伸びるっての!」
マキトは慌ててノーラの手を押さえ、引っ張るのを止めさせようとするが、ノーラは止まる様子を見せない。仕方がないので付いて行くことにすると、なんと向かう先は神殿ではなく、森のほうであった。
「……どこへ行くつもりなんだ?」
「来ればわかる。行ってからのお楽しみ」
歩きながらそれだけ言って、ノーラは口を閉ざしてしまう。こりゃもう何を言っても無駄っぽいと、マキトは諦めるのだった。
「ま、待ってほしいのですー!」
やがてラティも我に返り、慌ててマキトたちを追いかけて飛び出す。その場にユグラシアがいることを、完全に忘れてしまっていた。
「全く、あの子ときたら……」
呆れた笑みを浮かべるユグラシア。まるでそれは、小さな子供を見送る母親のそれに等しかった。
そしてユグラシアは、両手をメガホン代わりにして声を張り上げる。
「お夕飯までには戻りなさいねー!」
「わ、分かりましたー!」
返事をしたのはラティだった。ノーラはひたすらマキトの手を引き、森の奥に向かって進んでいく。
やがてマキトたちの姿が完全に見えなくなり、ユグラシアはため息をついた。
「……まぁ、ノーラがいるんだから大丈夫でしょう」
森の神殿で暮らしているだけあって、この周辺の森も知り尽くしている。危険な場所に行かないことも、ちゃんと分かっていた。
それ故に安心してしまっていた。
この後、予想外の出来事が起こることを、想像すらしないまま――
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