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第二章 ガーディアンフォレスト

052 ノーラ登場

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「あ、そういえば……」

 アリシアがもう一つ、思い出したことがあった。

「マキトがこの世界に来たとき、森の中の墓標の前にいたんですけど……あれも何か意味があったんでしょうか?」

 そう問いかけると、ユグラシアは神妙な表情とともに目を閉じる。

「あそこには、リオが眠っているの。つまりマキト君の父親のお墓なのよ」
「えっ――」

 更なる事実にアリシアは驚く。その墓標自体は昔から知っていたが、まさかそんな繋がりがあったとは、予想外にも程があった。

「あくまで私の個人的な推測だけど、より近い血縁者のいる場所に導かれて、降り立った可能性が高いわ。そうでもなければ、ピンポイントで父親のお墓の前に倒れていたなんて、正直考えられないもの」
「た、確かに……」

 ユグラシアの言葉に、アリシアは戸惑いながらも納得する。理屈はともかく、話の筋は通っている気がしたからだ。
 現に事実がそれを強く物語っているため、尚更であった。

「俺の父親のお墓か――ちょっと行ってみようかな」

 マキトがぼんやりとした表情で呟いた。
 正直なところ、父親に対する思い入れは全くと言っていいほどない。そもそもこの場で知ったばかりであり、それまで実の家族について、碌に考えたことすらもなかったのだ。真実を知った今でも、他人事のような気持ちに等しい。
 それでも多少なり興味を持った。
 自分と同じ魔物使いで、自分と同じ【色】を持ち、なおかつ自分がこの世界に降り立った場所が、父の眠る墓だった。
 これだけの繋がりがあると聞かされれば、驚くなというほうが無理だし、どうしても眼中から外すこともできない。

「いいですね。わたしもマスターのお父さまに挨拶したいのです」
「キュウ!」

 ラティとロップルも、行きたいという気持ちを示す。それを見たマキトも、笑顔とともに乗り気となっていった。

「じゃあ、いつか皆でそこに行ってみようか」

 マキトの提案に、ラティとロップルは嬉しそうな反応をする。アリシアとユグラシアが、二人して彼らの姿を微笑ましそうに見ていた。
 その時――コンコンとノックを擦る音が聞こえた。

「はーい」

 ユグラシアが返事をすると、ゆっくりとドアが開かれる。そこから一人の少女が顔を覗かせてきた。

「あら、どうしたの、ノーラ?」

 ノーラと呼ばれた少女は、無表情のまま小さな口を開いた。

「ユグラシア……お客さん」
「あら。誰か来る予定でもあったかしら?」
「待ってるから急いで」
「分かったわ、わざわざありがとう」
「ん」

 コクリと頷いて、ノーラはそのまま引っ込みつつ、ドアを閉めてしまう。本当に必要最低限のやり取りしかしない――もはやそれを徹底しているようにすら感じられるほどだった。

「あの、今の子って……」
「そういえば、アリシアはまだ会ったことがなかったわね」

 呆けた表情を浮かべるアリシアに、ユグラシアが今気づきましたと言わんばかりに苦笑する。

「あの子はノーラ。去年くらいからこの神殿で一緒に暮らしてるのよ」
「そうだったんですね。どうりで……」

 少なくとも去年は一度もこの神殿に来ていない。故にノーラを知らなくても当然だとアリシアは納得した。

「それじゃあ、お客さんが来たみたいだから、ちょっと行ってくるわね。あなたたちは自由にしてくれて構わないわ」

 ユグラシアはそう言って、そそくさと部屋を後にした。
 残されたマキトたちは急に手持ち無沙汰となる。謎についても粗方聞き終えてしまっており、茶菓子も紅茶もすっからかんとなってしまっている。これ以上ティータイムを続ける理由もなくなってしまった。

「マスターマスター」

 ラティが両手をパタパタと上下に振りながら話しかけてくる。

「折角ですし、神殿の中を回ってみたいのです」
「それもいいんじゃないかしら?」

 アリシアも立ち上がりながら同意してきた。

「特に入っちゃいけない部屋とかもないし、自由に見ていいと思うわよ」
「そっか。じゃあ行ってみるか」
「わーい♪」
「キュウ」

 ラティに続いてロップルも嬉しそうな鳴き声を上げる。そしてマキトたちはティーセットを軽く片付け、部屋を後にした。
 そして廊下を歩きながら、アリシアが切り出す。

「奥のほうに、私が使っていた錬金部屋があるのよ」
「へぇ、じゃあここでも錬金できるんだ?」
「まずは掃除しなきゃだけどね」

 驚くマキトに対し、アリシアが苦笑する。神殿の片隅の空き部屋を、ユグラシアがわざわざ錬金釜を取り入れて、仕立て上げたのだった。

(思えば、あの時のユグラシア様の気合いの入れようは、ホント凄かったわ)

 ――可愛いあなたのために一肌脱ぐ。これは至って当然のことよ!
 そう言いながら、立派な錬金釜を魔法で運び入れるユグラシアの姿は、鬼気迫るものを感じた。
 当時はそこまでしなくてもと思っていたが、今思い返してみるとありがたいという気持ちで溢れかえる。まだ恩の一つすらも返せていない自分は、どこまで力のない子供なのだろうかとさえ考えてしまう。

(数年ぶりだし、まずは錬金釜もちゃんと磨かないとね)

 アリシアがそんなことを思っていた時だった。

「あっ」

 目の前の廊下の角から、小さな姿が現れた。それは先ほど、マキトたちの前に顔だけ出した少女、ノーラであった。

「…………」

 ジッとマキトたちを見上げてくるノーラ。しかし無表情なのは変わらず、感情すらも見えてこない。
 アリシアは戸惑いながらも、ひとまず話しかけてみることにした。

「ノーラちゃん、だっけ? 私はアリシア。前はここに住んでいて――」

 優しく話しかけるアリシアを当たり前の如くスルーし、ノーラはマキトに向かって両手を差し出す。
 まるで何かをよこせと言わんばかりであった。

「えっと……なに?」

 とりあえず尋ねてみるマキトだったが、ノーラは手を伸ばすだけであった。その視線はマキトの顔――というより、マキトの上の方に向けられている。

「もしかして――」

 ラティがある可能性を思いつく。

「ロップルを抱っこしたいのではないですか?」
「ん」

 ノーラはコクリと頷く。どうやら当たったらしい。

「なるほどな。ほれ」

 マキトも納得しつつ、頭の上に乗るロップルを両手で降ろし、未だ手を伸ばし続けるノーラの前に持ってくる。
 ロップルは戸惑いながらもノーラの顔を見ており、やがてその小さな両手でわしっと掴まれてしまった。

「キュッ!?」

 驚くロップルだったが、暴れることもせず、ノーラの為すがままとなっている。それをいいことに、ノーラはロップルに頬ずりし始めた。

「んー……もふもふ♪」
「キュ、キュウ……」

 表情の変化は殆ど見受けられないが、少なくとも大満足している――マキトたちはそう読み取れた。
 するとノーラはロップルを左手で抱きかかえ、右手でマキトの手を掴む。

「いこ」
「――えっ?」

 突然の申し出に、マキトは思わず呆けてしまう。するとノーラは、そのままマキトの手を引っ張り出した。

「いこ。魔物さんたちがいっぱいいるところ。きっと楽しい」

 そう言ってノーラは、ほんのわずかに笑みを浮かべる。初めてまともな表情の変化を見た気がして、マキトもアリシアも、そしてラティやロップルでさえも、驚いてしまった。

「折角だし、行ってきなさいな」

 アリシアが苦笑しながらマキトに言う。

「私はこのまま、向こうの錬金部屋に行くから」
「決まり。早くいこ」

 マキトが返事をする前に、ノーラがマキトを引っ張り出してしまう。それにつられて歩き出してしまい、マキトは戸惑いを隠せなかった。

「ちょ、ちょっと、引っ張るなって」
「早くいこ」
「分かったから!」

 もはやノーラは、マキトの言葉など聞いていないに等しかった。声を荒げるマキトなんて珍しいなぁと思いながら、アリシアは呼びかける。

「もし何かあったら、遠慮なく呼びに来てねー!」
「わ、分かったー」
「バイバイなのですー」
「キュウ!」

 そしてマキトはノーラに引きずられるようにして歩いていき、魔物たちもそれについていく。そんな彼らを見送ったアリシアは、錬金部屋の掃除をどうしようか考えながら歩き出すのだった。
 この後、更なる新しい出会いが飛び込んでくることを、彼女はまだ知らない。

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