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第二章 ガーディアンフォレスト

050 明かされるマキトの謎

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 ユグラシアは神妙な表情で、その当時のことを語り出す。

「今から十六年前――人間族が治めるシュトル王国で、大規模な異世界召喚儀式が行われた。野心にまみれた当時の国王が、長い年月をかけて儀式の方法を見つけ出したと言われて、もう世界中で話題になっていたわ」

 決して誉め言葉など出てこなかった。血迷うにも程があると、誰もが呆れたり非難したりしていた。
 当然と言えば当然だろう。膨大な数の犠牲者を出してまで、成功する確率が決して高くない賭けに挑むというのだから。ましてやそれに、王家の人間も含まれているともなれば尚更である。

「誰もが失敗すると思われていた儀式は、奇跡的に成功してしまった。その結果、数人の少年少女たちが、異世界から召喚された」
「じゃあ、もしかしてその中に?」
「えぇ」

 アリシアの問いかけにユグラシアが頷く。

「その中にいたのよ。マキト君の母親である少女――サリアがね」

 当時十六歳で、地球の日本という世界から異世界召喚されてきた――明らかとなっているのはそれぐらいであった。
 ユグラシアも独自の伝手を辿って調べてはみたが、本人もかなり隠して行動していたのか、詳しいことは殆ど判明しなかった。

「俺の母親は日本人だったのか……じゃあ、父親は?」

 興味深そうにマキトが質問すると、ユグラシアが笑みを深める。

「リオという名前の、人間族とエルフ族のハーフエルフよ。マキト君と同じ魔物使いでもあったわ」
「……本当にエルフ族の血を引いてたんだな、俺」
「エルフ族のクォーターだったのね」

 マキトに続いてアリシアも驚いていた。口には出さなかったが、血は争えないみたいだと思わずにはいられない。

「でも、それでなんとなく分かってきたかもしれないわ」

 アリシアがマキトと魔物たちに注目する。マイペースにモシャモシャとフルーツを頬張っていたロップルも、その視線に気づいて首をかしげていた。

「エルフ族って、昔から精霊との繋がりが一番強い種族だと言われているのよ。何百人に一人の確率で、妖精や霊獣が懐かれやすい子が生まれてくるって、前にユグラシア様から聞いたことがあるわ」
「――そうね。もしかしたらマキト君が、その一人なのかもしれないわね」

 ユグラシアが頷きながら微笑む。前に教えたことを、アリシアがちゃんと覚えていたことが嬉しかったのだ。
 そんな彼女の様子に気づいていないアリシアは、苦笑しながら言う。

「ここまで聞いちゃうと、マキトのお父さんとお母さんの馴れ初めも聞いてみたいところだけど……」
「話したいのは山々なんだけどね……私も実はよく知らないのよ」

 ユグラシアは肩をすくめた。

「私もそれとなく経緯を聞いてみたのだけど、サリアは頑なに語ろうとしないし、リオもいずれ機会があればとか言って、のらりくらりと躱すばかり。結局そのままお別れすることとなってしまったわ」

 サラリと言ったが、発せられた『お別れ』という言葉が、アリシアにはなんだか重々しく感じてならなかった。

「うーん、なんだかややこしくなってきたのです……」

 するとここでラティが、悩ましそうに首を傾げる。

「その『ニホン』という異世界で暮らしていたマスターが実はこの世界の人で、それでいてマスターのお母さんは、この世界に召喚された異世界人で……なんだかゴチャゴチャしてきますね」
「確かになぁ」

 マキトも腕を組みながら、椅子の背もたれに身を預ける。両親の素性と真実が一気に飛び込んできて、理解しきれているかどうかも自身がなかった。
 そんなマキトたちの気持ちを汲み取ったのか、ユグラシアが苦笑しながら言う。

「とりあえず今は、マキト君がエルフ族の血を受け継いでいることは確か――そう認識してもらえればと思うわ」
「あぁ、うん。それならなんとか……」
「ですね」

 マキトとラティが揃って頷く。
 ディオンの手紙に書かれていたことは正しかった――それが分かっただけでも、マキトの心の中は幾らかすっきりとしていた。

「あ、でもでも――」

 するとここでラティが、両手をパタパタと振りながら口を開く。

「それならどうしてマスターは、違う世界でずっと暮らしていたのですか?」
「あ、そういえば私もそれ気になってた」

 アリシアもすかさず会話に入る。

「こっちの世界で生まれたのであれば、そのままこっちの世界で育つのが普通。でもマキトが育ったのは、地球という異世界だった……どう考えても、昔何かがあったとしか思えないんですけど?」
「……えぇ。アリシアの言うとおりよ」

 重々しい表情を浮かべながら、ユグラシアは認めた。

「全ては、十年前――シュトル王国で強引に行われた異世界召喚儀式にあったわ」

 その儀式は別の意味で、大きな『事件』として扱われていた。
 十六年前よりも、更に輪をかけて血迷ったとしか思えないほどの行動だと、後に誰もがそう評価するほどであった。
 儀式は大失敗となり、国を揺るがすほどの大惨事を迎えてしまった。
 当時二歳だったマキトも、その儀式に巻き込まれた。
 父親であるリオも、マキトを助けようと動いた。しかし叶うことなく、現場で死亡してしまう。母親のサリアも、それ以降は完全に姿を消した。
 巻き込まれたであろう二歳の子供の亡骸は、終ぞ発見されることはなかった。
 文字どおり跡形もなく散ったのだろう――そう見なされ、事件後の捜索がされることはなかった。

「けれど――マキトはこうして、ちゃんと生きてますよね?」
「えぇ」

 アリシアが尋ねると、ユグラシアはコクリと頷く。

「恐らく奇跡的に、別世界である『地球』に降り立ったのでしょう。そしてそのまま向こうの世界で育てられた。まさか生きているとは、本当に思わなかったわ」

 しみじみと語るユグラシアの言葉を、マキトは呆けた表情で聞いていた。
 まさか自分に、本当の両親がいたとは思わなかった。
 これまでずっと親という存在がいなかったため、最初から親というのはいなかったのだと、無意識に思うようにさえしていた。
 それがまさかこんなところで、事実を教えられるとは――戸惑うなというほうが無理な話だと言えるだろう。

「でも、それなら……」

 そんな中、マキトはふと気になることが思い浮かぶ。

「何で今になって、俺はこの世界に召喚されてきたんだろう?」
「それも粗方の見当はついているわ」

 ユグラシアが表情を引き締めて答える。

「十年前の異世界召喚儀式は、かなり強引であったが故に不完全だった。時間が経過すれば、儀式魔法の効き目が切れて、元の世界へ強制送還される可能性も、否定できないと私は思うわ」
「え……あの、それじゃあ、つまり――」

 アリシアは恐る恐るユグラシアに尋ねる。

「マキトは別の世界に来たのではなく……『元の世界に帰ってきた』だけ?」
「そういうことになるわね」

 あっけらかんと答えるユグラシアに、マキトたちは再び呆けてしまうのだった。

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