透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第二章 ガーディアンフォレスト

042 ロップルの能力

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 隠れ里での戦いが終わってから数日――マキトはラティとロップルを連れて、森に出ていた。
 ロップルの力を確かめるためだ。
 ドナの魔法から、マキトの身を完全に守り抜いた。それが恐らくフェアリーシップが持つ特殊能力ではないかと予想していた。
 攻撃、防御、回復――そのうちの防御寄りではないかと。

「でもマスター、確かめるってどうするのですか?」

 ふよふよと飛びながらラティが尋ねてくると、マキトが得意げに笑いながら人差し指を立てる。

「魔物に攻撃してもらって、ロップルの能力を発動してもらうのさ。そうすれば一発で分かるだろ?」
「その攻撃する相手というのは?」
「俺」

 あっけらかんと答えるマキトに、ラティは不安そうな表情を浮かべる。

「……マスターがワザと攻撃を受けるのですか?」
「そりゃそうだろ。ロップルの力を一番知りたいのは俺なんだから」

 何を当たり前のことを、と言わんばかりにマキトは苦笑する。しかしラティは気が進まなさそうな表情を浮かべるのだった。

「わたしとしてはしてほしくないですし、多分森の魔物さんたちも、いい顔はしないと思うのですよ」
「何で? 別に本気じゃなくて、軽く攻撃してもらうだけのつもりなんだけど」
「それでもワザとであることに変わりはないのです。無暗に敵でもない相手に傷つけるようなことは、よほどのことがない限りはしないのですよ」
「そうか……」

 どうやらそこらへんは、ヒトと同じようである――マキトは改めてそれを知ったような気がした。
 するとラティは、ため息をつきながら言う。

「まぁ、魔物さんがマスターに酷い恨みでも持っていれば別でしょうけど」
「……そんなヤツいたっけ?」
「少なくともわたしに心当たりはないのです。マスターはここら辺の魔物さんたちに懐かれてますから」
「そうなってくると参ったなぁ……」

 マキトは悩ましい表情で頬をポリポリと掻く。

「魔物の攻撃を防げるかどうかが、一番確認したい部分なんだけど……」
「えぇまぁ、それはわたしも納得なのです」

 ラティも理屈の上では理解しているつもりであった。マスターとして、ロップルの能力を確かめるべく、一番に体を張るべき存在であることも。

「でも、やっぱりマスターが自分から傷付きに行く姿は、見たくないのです」

 その理由も、大切に想っている存在だからこそ。ロップルもラティと同じ気持ちを抱いているのか――

「キュウッ!」

 そうだよ、と言わんばかりの鳴き声を上げ、強く頷いていた。もはや通訳するまでもないのだろう。ラティもうんうんと頷くだけで、何も言おうとしない。
 意思表示としては十分過ぎると言えていた。

「まぁ、その気持ちは嬉しいんだけどな……」

 しかしこのままでは、いつまでたっても目的が達成できない。それはそれでよろしくないことであるのも確かである。
 この場で魔物が怒りとともに襲い掛かってくれば、話は早いのだが――

「そう都合よく、他の魔物がケンカ売ってくることもないか」
「だと思うのですよ――」

 ため息交じりのマキトにラティが苦笑したその瞬間、その表情が強張る。

「マスターッ!」
「キュウ!」

 ラティに続いて、ロップルも頭の上から顔を上げて声を上げる。何事かと思いながらマキトも振り向いてみると――

「グルワァッ!」

 茂みの奥から大きな影が飛び出してきた。ドスンと着地したそれは、荒く息を吐きながら血走った目をマキトたちにまっすぐ向けてくる。
 その姿は、ラティにとって実に見覚えのある存在であった。

「あ、あなたは……こないだのアースリザードさん?」

 戸惑いながら問いかけるラティに、鼻息をふんと荒く鳴らすアースリザード。それはとても友好的とは言えない態度であった。

「もしかして、隠れ里のときにチラッと出てきたヤツか?」

 マキトもようやく思い出す。ブルースたちが襲い掛かってきた際、マキトたちはちょうど里の奥を探索していたために、お目にかかる機会は殆どなかったのだ。
 それでも一応、対面自体はしているのだが――

「えぇ。わたしが変身した瞬間、驚いてさっさと逃げだしちゃったのです」
「そうだったな」

 変身したラティのインパクトが強すぎて、ダリルの新しいテイムモンスターを気にする余裕がなかった。そしてラティの言うとおり、あの後すぐさま離脱してしまったがために、尚更とも言えていた。
 それでも襲われたというインパクトの強さは、伊達ではなかった。
 おかげでマキトも印象に残っており、割とすぐに思い出すことができたのだ。
 現に隠れ里では、エルトンと出くわしても反応が薄かった。以前にからかって来ただけで、実害を与えることが殆どなかったため、すぐさま興味を失い、記憶からかき消してしまったのである。
 そういった意味では、アースリザードは幸運なのかもしれない。もっともそれを明かしたところで、万が一にも喜ぶことはないだろうが。

「グルルルル――グルグルグルワァ! グルルワアァーッ!」

 アースリザードがいきり立ちながら何かを叫ぶ。それをラティが聞き取り、即座に通訳していくのだった。

「わたしたちのせいで自分は行き場を失った、とか言ってるのです」
「なんだよ、それ……」

 急に出てきて何を言い出すんだ、マキトたちはそんな気持ちでいっぱいだった。しかしその呆れた反応が癇に障ったのか、アースリザードの表情は、更に怒りで赤黒く染まっていく。
 そして再びアースリザードは、鳴き声で必死に何かを訴えてくる。
 当然、マキトからすれば何を言っているのかは意味不明。従って助けを求めるような視線で隣を見ると、げんなりとした表情をラティが浮かべていたのだった。

「……戦いから逃げ出した臆病者だと笑われて、一人ぼっちらしいのです」
「それが俺たちのせいだって?」
「はい」
「いやいや、何でさ? あっちが勝手にそうしたことじゃんか」
「ですよねぇ」

 どう考えても逆恨み以外の何物でもない――マキトたちはそう思いながら呆れた視線を向けると、アースリザードは更に怒りを燃やしていた。

「グルル――グルワアァッ!!」

 問答無用だと言わんばかりに、アースリザードが立派な爪を振りかざし、勢いよく飛びかかってきた。
 あと数秒も経たぬうちに、鋭い爪がマキトの顔面に触れてしまう。
 マキトの反応も完全に遅れてしまっており、もはや避ける余地はなかった。
 その時――

「キュウッ!」

 頭の上にいたロップルが一鳴きする。その瞬間、マキトの体が淡い白色のオーラで包み込まれるように光った。
 アースリザードの鋭い爪がマキトの顔に届いたのは、その直後であった。
 ――ガキィンッ!!
 まるで固い何かにぶち当たるような音が響く。それと同時にアースリザードの自慢の爪が、ポキリと折れてしまった。

「グギャアアアァァーーーッ!!」

 想像を絶する痛みが襲い掛かり、アースリザードは盛大に叫ぶ。
 意味が分からなかった。自分の爪は鋭くて丈夫で折れることなんかないのに。脆いヒトの顔なんて、簡単にズバッと切り裂けるはずなのに。
 完全に自分を見失って混乱していた。物理的な痛みだけではない。ずっと支えていた自信やら自制心やらもまた、完全に折れてしまった。
 アースリザードは、叫びながら駆け出す。もはやマキトたちのことなんか全く見えておらず、そのままどこかへ走り去っていった。

「……行っちゃったのです」
「あぁ。一体、何だったんだろうな?」
「キュウ」

 茫然とした表情を浮かべるマキトと魔物たち。するとそこに、隠れていたスライムやホーンラビットたちが顔を出してきた。

「あや? 皆さんも無事だったのですね。良かったのですぅ」

 ラティがホッとした笑顔を見せる。魔物たちの気配は感じていた。アースリザードが怖くて、出ようにも出られないということも察していた。
 もしかしたら傷つけられているのかもしれない――そんな心配もあったが、今のところそんな様子はなさそうであった。
 するとスライムたちが、鳴き声でラティに何かを話してくる。
 それを聞き取ったラティは、またしても呆れたようにため息をつくのだった。

「スライムたち、何だって?」

 マキトが気になって尋ねてみると、振り向くことなくラティは口を開く。

「あのアースリザードさん、元から口先だけのヘタレさんだったそうなのです。魔物さんたちの間でも、いいように思ってなかったとかで……」
「あー……なるほどね」

 なんとなくマキトも理解できたような気がした。
 少し爪が折れたくらいで、泣き叫びながら逃げ出した――今しがたそれを目の当たりにしただけに、むしろ納得できると。

(まぁ、もうアイツはどっか行っちまったし、これ以上考えても仕方ないか)

 思うところも多少なりはあるが、いない魔物のことをいつまでも気にし続けるのもどうかとは思った。
 マキトは気持ちを切り替えがてら、頭の上のロップルに手を伸ばす。

「それにしてもロップル、さっきはありがとうなー」
「キュウ♪」

 くすぐったそうに身をよじらせるロップルを、マキトが両手で抱えながら、前のほうに降ろしてくる。

「あれがお前の能力だったんだな。やっぱり防御するヤツだったんだ」
「みたいですね」

 ラティもふよふよと近づき、ロップルの頭を撫でる。

「隠れ里でマスターを救った凄い力なのです。私の攻撃魔法と合わせれば、とてもバランスがいいことこの上ないですね♪」
「確かにな」

 それは言えてるとマキトも思った。その瞬間――

「ん? 攻撃と……防御?」

 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、マキトが呟く。妙な違和感が頭の中をサッと過ぎったのだ。
 そこにラティが、ワクワクした表情でマキトの顔の前に飛んでくる。

「マスター! これならマスターも、ギルドとやらで活躍できるのです!」
「へ? まぁ確かに……いや、それは無理だよ」

 別のことを考えそうになっていたがために、マキトは思わず頷くも、すぐに自分の境遇を思い出して否定する。
 ラティの気持ちも分からなくはない。しかしどうしても抗えないものもあった。

「なんせ俺は【色無し】だから、ギルドに登録することはできな――」

 それがこの世界における一つのルールだと話していた瞬間、マキトがピタッと動きを止める。

(そうだ……そういえば俺って【色無し】なんだよな)

 改めてそれを思い出した。同時に妙な違和感の正体も分かった気がした。
 それは【色】だ。
 魔物使いがテイムできる魔物は、その者が持つ【色】に偏る。攻撃や防御、そして回復にすら恵まれなかった【色無し】に、果たしてテイムできる魔物なんて存在するのかと、大笑いする声もあった。
 しかしマキトはテイムした。攻撃系統のラティと、防御系統のロップルを。
 【色無し】と判断されたにもかかわらず、【色】という名の壁を軽々と飛び越えるかのように。

「マスター、どうかしたのですか?」
「キュウ?」

 ラティとロップルが首を傾げながら尋ねてきた声に、マキトは我に返る。

「ん? あぁ、ちょっと気になることがあってな」

 思わず反射的に、マキトはそう答えた。

(そういえばアリシアも、こないだの一件以来、なんか俺に対して引っかかっているとか言ってたな。もしかしてこのことか?)

 可能性としてはありそうだと思った。となれば、取るべき行動は一つしかない。

「よし、帰ろう!」

 そう言ってマキトは歩き出す。家で待っているアリシアに相談するために。

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