41 / 252
第一章 色無しの魔物使い
041 魔物たちと過ごす少年の日常
しおりを挟む「にゃふー♪」
「ぴゅいぴゅいぴゅぴゅーい♪」
「モフー」
森の魔物たちが、こぞって安らぎの表情を浮かべている。人々に害をなすと言われている存在とは思えない姿となっていた。
そしてそのきっかけを作り出した張本人も、また――
「ふぅ……まったり」
思わず声に出してしまうほど、魔物たちに埋もれて感じる心地良さを、全力で満喫していたのだった。
もはや森の中で見せるマキトの光景としては、殆ど普通と化しているほどだ。
少なくとも毎度のように付き添っているアリシアは、もはやそれしきのことでは驚きなどしない。
「相変わらず幸せそうにしてるわよねぇ」
アリシアが苦笑する。近くの適当な大木を背もたれにして座る姿もまた、ここ数日で作り上げられた日常的な姿となっていた。
魔物に埋もれる――普通ならば緊急事態を思い浮かべるものだが、それすらも想像させないほど、魔物たちからの敵意も全く出ていない。逆に何もなさ過ぎて周りが戸惑うほどだったりもする。
しかしそれも最初のうちだけであった。
ヒトも魔物も慣れる生き物である――アリシアはなんとなくそう思っていた。
「キュウキュウ、キューッ」
「モフー、モフモフ」
ロップルも森の魔物たちとすっかり打ち解けたらしい。最初はマキトの頭の上から離れようともしていなかったが、この数日で自分から森の魔物に話しかけ、一緒に遊ぶようにもなった。
(なんかまるで、小さな子供の成長を見守っているみたいね)
そんなことを考えながら、アリシアは苦笑する。
その時――
「ぴゅーい♪」
「おっと」
一匹のスライムが、マキトの頭の上に飛び乗った。ちょうどロップルが魔物たちとのお喋りに夢中となっており、その場所がフリースペースとなっていたのだ。
マキトも少し驚く程度で、どうということはない様子であった。
しかし――それを見過ごせない者もいた。
「……キュウゥーッ!」
そう、ロップルである。マキトの頭の上でスライムがくつろぐのを見た瞬間、切り株に座るマキト目掛けて飛び出していき、軽やかな動きで彼の頭の上までぴょんぴょんと飛んでいく。
そしてスライムをマキトの頭の上から引き剥がし、一緒に地面に落ちた。
「――ぴゅいぴゅい!」
「キュウーッ!」
なにするんだよと抗議するスライムに、ロップルがそれはこっちのセリフだと言わんばかりに文句の鳴き声を出す。
もはやアリシアでさえ、ラティに通訳してもらわなくとも分かるレベルだった。
「ぴゅいっ!」
「キュウキュウキュウーッ!!」
スライムとロップルは取っ組み合いを始めてしまう。周りの魔物たちも、いいぞいいぞーと囃し立てる。ラティがあたふたしながら宥めようとするが、まるで効果が見られない。
一方でマキトは、しょうがないなーという感じの苦笑を浮かべるばかりで、ラティのように止めようとはしていなかった。
ただ、魔物同士の喧嘩を見守っているだけ――アリシアにはそう見えた。
やがてマキトから魔物たちも離れ、ロップルとスライムの取っ組み合いのほうに集中し出したところで、ラティが彼に近づき問いかける。
「マスター」
「んー?」
「アレ、止めなくていいのですか?」
「まだ大丈夫だろ」
不安そうにしているラティに対し、マキトはあっけらかんとしていた。
「ケンカなんて普通によくあることだよ。無理に止めるよりも、やりたいだけやらせたほうがいい――って、ずっと前に教えてもらったんだ」
「誰にですか?」
「先生」
「……せんせい?」
マキトの答えにラティがきょとんと首をかしげる。
「何の先生さんだったのですか?」
「さぁね。なんか気がついたらそう呼んでいただけだったし」
「……マスターの言ってること、よく分からないのです」
「だろうな。俺もそう思う」
にししと笑うマキト。しかし誤魔化している様子でもなかった。
その『先生』なる人物が、彼にとってどのような存在なのか――それをアリシアは全く知らない。
そもそも彼が前に暮らしていた環境を、あまり深く聞いたこともなかった。
理由は至極単純。聞く必要性がないような気がしたのだ。
マキトは完全にこの世界に馴染んできている。もはや元の世界に未練のみの字すら抱いていないようだった。
そう見せかけているだけで、実は無理をしているのではとも思った。
夜中にこっそり泣いているんじゃないか。元の世界に帰れない寂しさを、魔物たちを相手にすることで紛らわせているだけなんじゃないか、と。
しかし見ている限り、全くその様子がない。
本当に魔物たちと一緒にいるのが楽しいからそうしているだけ――そんな感情が表情となって表れているのだ。
ついでに言えば、夜中に泣くどころか、一度寝たら朝まで気持ち良さそうに眠り続けている。むしろこの世界に来た時に比べると、感情が豊かとなり、明るさが増しているほどであった。
これはもう認識するしかないと、アリシアは思った。
マキトはこの世界が居場所になっていると。今が楽しくて仕方がないのだと。
果たしてマキトの過去に、一体何があったのか――それが全く気にならないと言えば嘘にはなる。
しかしアリシアは、それを無理に知ろうとは思っていなかった。
(考えれば考えるほど頭がゴチャゴチャしちゃうし、なにより知ったところで、私に得られるモノはあるのかと言われると、これが正直全くないのよねぇ)
過去は過去に過ぎない。大事なのは『今』だ。
暇さえあれば魔物とじゃれ合う、魔物使いの適性を持つ不思議な男の子――それだけ知っていれば、今は十分なのではないかとアリシアは思う。
(にしても……マキトって、魔物ちゃんに関しては色々と考えてるみたいね)
マキトは基本的に、興味がないことには無関心である。それ自体は個性の一つだと思ったので、特に追及はしていない。
しかし魔物に関しては、全くもって話は別だということが分かった。
人々には無関心そのものだが、魔物に対しては興味津々。そのギャップの激しさもまた、マキトという男の子を象徴する個性――そう思えていた。
(まぁ、ある意味で、魔物使いらしい気もするけど)
アリシアはそう思いながら、小さな笑みを浮かべた。
視線の先にいる魔物使いの少年は、いつのまにか喧嘩を終えていたロップルとスライムを抱きかかえ、心から幸せそうな笑顔を浮かべていた。
◇ ◇ ◇
そしてもう一人――マキトたちの楽しそうな姿を、陰から見守る者がいた。
その者は音もなく立ち去り、そのまま森の中を移動する。やがて一本の道に出て歩き続け、そこに辿り着くのだった。
「やぁ。お墓参りですか――ユグラシアさん」
「……ディオンさん」
ユグラシアと呼ばれた女性がゆっくりと振り返る。一目見たら誰もが息を飲むほどの美貌を前に、ディオンは平然としつつ、クスッと笑みを浮かべる。
そして彼女の目の前にある墓標に視線を向けた。
「数日前の一件は、さぞかし驚かれたことでしょう。あなたの御友人が眠る墓で、何かが起こったのではないかと……」
「えぇ。あの時は焦ったわ」
ユグラシアも墓標を見つめながら、微笑を浮かべる。
「――ここに現れたという例の男の子は、どうしているかしら?」
「元気にやってますよ。今日も魔物たちと一緒に、楽しく遊んでいました。アリシアちゃんとも、仲良くやっているみたいです」
「そう……」
ユグラシアが呟きながら頷く。そこには何かしらの意味が込められているように感じられたが、今はそれをスルーすることにディオンは決める。
尋ねてきた目的を果たす――彼にとって、それのほうが大事だったからだ。
「これは、オフレコでお願いしたいんですが――」
ディオンは表情を引き締め、意を決したように切り出した。
「その少年は、どうやら違う世界からきたようなんです。普通に考えれば異世界召喚という形でしょう。しかしチョロッと調べたところ、それを行った痕跡は、どこを探してもありませんでした」
「もし本当に行われていたとしたら、むしろ痕跡はあって然るべきよね」
「えぇ。大量の犠牲者を出す儀式の痕跡を、跡形もなく消すなど不可能ですから」
「確かに」
肩をすくめるディオンに、ユグラシアも納得の意を示す。そこから導き出される結論は、自ずと一つしか出てこなかった。
「つまり例の男の子は、異世界召喚とは別の何かによって来たことになるわね」
「しかも降り立った場所はここ――あなたの御友人が眠る墓の前だった点も、見過ごせないかと」
それはユグラシアも気になっていたところであった。ディオンもそれを察しつつ話を続ける。
「少年の年齢までは確認しておりませんが、恐らく十代前半ぐらいでしょう。ってことはつまり、十年前となれば――」
「そうね」
遮るようにユグラシアは呟いた。
「恐らく私の予想も、あなたの言わんとしていることと同じよ。確証がない以上、なんとも言えないのだけれどね」
ユグラシアは小さな笑みを浮かべ、踵を返して歩き出す。
「その男の子宛に、招待状を一筆したためるわ。届けてもらいたいから、後で神殿のほうに来てもらえるかしら?」
「何でしたら、俺が代わりに書きますよ。ユグラシアさんもお忙しいでしょう?」
「別にそんなことはないけれど……じゃあ折角だからお願いしようかしら」
「えぇ。万事お任せください!」
「封蝋もしっかりとね」
「勿論です」
力強く頷きを返したディオンに、ユグラシアもよろしくねという笑みを浮かべ、そのまま背を向けてゆっくりと立ち去っていく。
それを見届けたディオンは、改めて神妙な表情を浮かべる。
「確かに確証はないんだが……多分、当たってるとは思うんだがねぇ」
ディオンは呟きながら、墓標をジッと見つめた。
「確かに感じ取れたんだよなぁ――マキト君にエルフ族の血が流れているのを」
その瞬間、風に吹かれる森の木の葉が、大きな音をかき鳴らすのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回で第一章が終了し、次回からは第二章を開始します。
第二章からは、旧作にはいなかった新しいヒロインが登場します。
お楽しみくださいませw
0
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。

天才ピアニストでヴァイオリニストの二刀流の俺が死んだと思ったら異世界に飛ばされたので,世界最高の音楽を異世界で奏でてみた結果
yuraaaaaaa
ファンタジー
国際ショパンコンクール日本人初優勝。若手ピアニストの頂点に立った斎藤奏。世界中でリサイタルに呼ばれ,ワールドツアーの移動中の飛行機で突如事故に遭い墜落し死亡した。はずだった。目覚めるとそこは知らない場所で知らない土地だった。夢なのか? 現実なのか? 右手には相棒のヴァイオリンケースとヴァイオリンが……
知らない生物に追いかけられ見たこともない人に助けられた。命の恩人達に俺はお礼として音楽を奏でた。この世界では俺が奏でる楽器も音楽も知らないようだった。俺の音楽に引き寄せられ現れたのは伝説の生物黒竜。俺は突然黒竜と契約を交わす事に。黒竜と行動を共にし,街へと到着する。
街のとある酒場の端っこになんと,ピアノを見つける。聞くと伝説の冒険者が残した遺物だという。俺はピアノの存在を知らない世界でピアノを演奏をする。久々に弾いたピアノの音に俺は魂が震えた。異世界✖クラシック音楽という異色の冒険物語が今始まる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この作品は,小説家になろう,カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる