透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第一章 色無しの魔物使い

035 覚醒するラティ

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 危機が訪れた隠れ里。暮らしている魔物たちも流石に気づいており、あちこちで隠れたり動き出したりする姿があった。
 赤いスライムが事前に通達してくれたのだろう。逃げるマキトたちに襲い掛かるようなことは、一切なかった。

「ところでラティ。俺たちはどこへ逃げればいいんだ?」

 走りながらマキトが問いかける。その腕の中には、フェアリーシップがしっかりと抱きかかえられていた。

「デタラメに逃げても、多分捕まるだけだぞ」
「うーん……一番いいのは、長老さまと合流することなのですけど」

 ラティは長老スライムがいるであろう場所を思い浮かべ、顔をしかめる。

「表の広場は、恐らく敵さんがいるでしょうし……」
「じゃあ奥のほうか?」
「それが最善だと思うのです。そっちなら森も広がってますし」
「分かった。とにかく今はヤツらから――」

 逃げるのが先決だ――そう思ったマキトが、里の奥を目指そうと方向を切り替えようとした、その時だった。

「――マキト!」
「おぉ、お主たち無事じゃったか!」

 なんとアリシアと長老スライムが、息を切らせながら駆け寄ってきた。

「アリシア!?」
「長老さまも……ビックリなのです」
「ポヨー」

 まさかの展開に、マキトたちも驚きを隠せない。唯一、フェアリーシップだけが意味を理解しきれていないのか、コテンと首をかしげるばかりだった。
 そんなフェアリーシップの存在に、アリシアたちも気づく。

「良かった、その子も無事だったのね……しかもなんか懐かれてるっぽいし」
「そーなのですっ!」

 苦笑するアリシアに、ラティがえっへんと胸を張る。

「この子が怯えずに済んだのも、マスターのおかげなのです。やっぱりマスターは凄いのですよ♪」
「あはは、ありがとさん」

 完全にはしゃいでいるラティに押され、マキトも思わず苦笑する。しかし今はそれどころではない――それを即座に思い出すのだった。

「向こうには敵がいるんだ。それで俺たちも逃げてきたんだけど……」
「ふむ。ワシらも逃げてきたところでな。表の広場へ向かうのは危険じゃ」
「やっぱりでしたか」

 長老スライムの言葉で、ラティは自分の推測が当たっていたことを知る。

「そうなってくると、やっぱり……」
「ひとまずは奥へ向かう他ないじゃろうな」
「よし、じゃあ急いで――」

 そこへ逃げようとしたその瞬間、アリシアの逃げてきた道から巨大な炎が、凄まじい速度で飛んできた。

「マスターッ!」

 ――どおおぉぉーーんっ!!
 ラティが気づくも、時すでに遅し。直撃する前に炎が地面に落ち、大爆発によってマキトたちが吹き飛ばされる。
 その衝撃で、アリシアのポーチの中身も、いくつか外に飛び出してしまった。
 しかし突然の出来事により、それを気にする余裕はない。

「ててっ、みんな無事か?」
「な、なんとか……」

 マキトの呼びかけにアリシアが答える。長老スライムやスライム、そしてラティも起き上がった。

「キュウッ!」

 マキトが庇ったおかげで無事だったフェアリーシップが、慌てた声とともに小さな手を伸ばす。
 その方向を見てみると――

「やっと追いついたわよ、アリシア!」

 ドナが息を切らせながら走ってきた。今の炎が誰の仕業だったのかは、もはや考えるまでもない。

「ったく、凄い爆発だったな、ドナ」

 そしてその後ろから、ブルースも走ってくる。

「ただの威嚇射撃にしては、ちょいとやり過ぎだったんじゃないか?」
「甘いわね。驚かせるにはこれくらいがちょうどいいのよ」
「そうですかい。まぁ、いいけどよ」
「そんなことよりも――」

 ドナが振り向き、ある一点を見つめながらニヤリと笑う。

「魔物使いのボウヤとフェアリーシップもいるわ。これは好都合じゃない?」
「あぁ。飛んで火にいる夏の虫とは、まさにこのことだろう」

 カツン、カツンと剣を分厚い肩当てに当てながら、ブルースも頷いた。
 マキトはただの【色無し】なんかじゃない――それは流石に認めざるを得ないとは思っている。しかしながら、現時点では自分たちよりも遥かに幼い子供で、しかも本人に戦う力はまるでないのも確かだ。
 ただ者ではないことと、脅威になるかどうかは、決してイコールではない。
 それを如実に表しているのが、マキトという子供なのだと、改めてブルースは思うのだった。

「ここまで散々俺たちをコケにしてくれたんだ。お前たちがどんな存在だろうが、もう容赦しないことに決めた。今更泣いて謝っても許すことはない。俺たちを怒らせたお前たちが悪いんだ」

 それを表すかのように、ブルースの顔や体には、里の魔物たちと戦った傷痕があちこちに見られる。木の上や茂みからの不意打ちなども多く受けたため、流石の彼でも無傷では済まなかったのだ。
 しかし満身創痍とは言い難い。むしろ彼からすれば、程よく体が温まったといっても差し支えなかった。

「もうこれ以上、アンタたちを逃がすつもりなんてないわよ! 大人しく私の魔法で消し炭になりなさいっ!!」

 ドナも両手から炎を生み出しながら、マキトたちを――特にアリシアを、ギロリと細い目で睨みつける。
 確かにこれ以上逃げるのは、どう考えても難しいことは明らかだった。
 魔物たちによる奇襲も、彼らからすればウォーミングアップに過ぎないだろう。現に表の広場をこうして突破されているのだ。同じことをしても、魔物たちが傷付くだけに終わるのは、想像に難くない。
 もはや完全に追い詰められた――マキトたちは揃って顔をしかめていた。

(うぅ、何か手立ては……あっ!)

 ラティが周囲を軽く見渡した瞬間、それを見つけた。

「これ、もらうのですっ!!」

 ラティはアリシアが落とした魔力ポーションを拾う。彼女の家で見たのと色が同じだったので、間違いないと思ったのだ。
 魔力を補充すれば、より強い魔法を使うことができる。
 そうすれば自分の魔法で、少しは状況を打破できるかもしれない――わずかな可能性にラティは賭けることにした。
 しかし――

「ちょ、それはさっき錬金したばかりの――」

 アリシアが止める間もなく、ラティは瓶の栓を開けてポーションを飲み干す。
 それは魔力スポットの素材で錬金した魔力ポーションであった。
 効果が明らかになっていないから使う気はなかったのに、よりにもよってそれをピンポイントで見つけ、拾って飲んでしまうとは。
 色々な気持ちが渦巻くものの、既にラティは飲み干してしまった。

「けぷっ――さぁ、これでわたしの魔力、が……」

 意気揚々とブルースたちに立ち向かおうとしたその時、ラティは異変を感じた。

「あ、あれっ? なんか……カラダ、が……あつい……」

 熱いだけではない。ラティ自身が魔力のオーラに包まれ、眩く光り出していることに本人は気づいていなかった。

「ラティ!」
「な、なんじゃ、この光は!?」

 マキトと長老スライムが目を見開く。他の皆も――ブルースやドナも含めて、その光景に呆気に取られていた。
 光り出したラティの体が変化する。みるみる大きくなっていったのだ。
 やがて光が収まり、ラティの姿が晒された。

「ラ、ラティ……お前、それ……」

 震える声でマキトに呼びかけられ、ラティはゆっくりと目を開ける。
 自分でも何かがおかしいと即座に気づいた。正確に言えば、視線の高さや体の重さが明らかに違う気がする。
 ラティはおもむろに自分の姿を見下ろすと――

「なっ……」

 変化した自分の体に、ラティ自身ですら驚いてしまうのだった。

「なんですか、これはああぁぁーーっ!?」

 そう叫んでしまうのも無理はないと言えるだろう。妖精らしい小さな体が、スタイル抜群で色気たっぷりな大人の女性――しかも体のサイズが、ヒトと全くの同等と化していたのだから。
 ついでに言えば、声も完全に変わっている。
 幼少の子供のような甲高い声から、少し低めな大人の女性らしき声となり、もはや完全に別人――もとい、別魔物としか見えなかった。
 しかしそれは間違いなくラティである。
 実際に妖精の姿からヒトの姿に変わる瞬間を、その場で披露されたのだ。それだけは認めざるを得ない事実と言える。
 もっとも、納得できるかどうかが別であるのも確かではあった。

「し、信じられない……こんなことってあり得るの?」

 アリシアの呟かれた言葉は、その場にいるほぼ全員の気持ちでもあった。
 長老スライムですら、あまりの急展開についてこれてない。これをどう表現すればいいのか、まるで分からないでいた。
 するとここで――

「まぁ、とりあえず何事もなさそうですね。安心したですよ」

 ラティが開き直ったかのように落ち着きを取り戻す。それに対して、アリシアが即座に一歩前に出た。

「いやいや、何事もあるから! 思いっきり何か色々と変わっているから!」
「そんなのは些細な問題に過ぎないです。今は悪いヒトたちを成敗するですよ!」

 バッと手を伸ばし、威勢よくラティがポーズを決める。世の大人の女性顔負けに等しい凛々しい声や表情と相まって、その姿は非常に様になっていた。
 ついでに言うと、地味に口調も変わっている。しかし周りからすれば、それこそ些細な問題としか思えていなかった。

「さぁ――覚悟するです!!」

 ニヤリと笑うラティに対し、ブルースやドナは、未だ展開についてこれていないらしく、唖然とするばかりなのだった。

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