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第一章 色無しの魔物使い
017 レスリーの自業自得
しおりを挟むばさっ、ばさっ、ばさっ――――
ドラゴンが翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと森の中に降りてくる。森で暮らす人々や冒険者たち、そしてアリシアがジッとそれを見上げていた。
――ずしぃんっ!
ドラゴンが着地し、ディオンが先導する形でマキトとラティも地面に着地。彼らは晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
「ありがとう、ディオンさん。すっごい楽しかったよ!」
「感動だったのですー♪」
「ハハッ、そりゃ光栄なこったな。乗せてやった甲斐があったってもんだ」
ディオンも胸を張りながら豪快に笑う。そしてマキトとラティは、ドラゴンのほうにも視線を向け、ニッコリと笑いながら優しく語り掛ける。
「乗せてくれてありがとうな」
「ありがとうなのです」
「グルウゥッ♪」
こちらこそ、とドラゴンもご機嫌よろしく笑顔を見せた。
周囲が緊張と戸惑いを走らせる中、当のマキトたちは実にほのぼのとした暖かい空気を醸し出している。
そこに――
「やっぱり納得いかねぇ!」
レスリーが前に出ながら叫び出した。当然、一瞬で空気はぶち壊れ、ドラゴンが不機嫌そうに顔をしかめ出す。
しかしそれに全く気づかないレスリーは、ディオンに向かって頭を下げる。
「お願いします、ディオンさん。俺にもドラゴンに乗せてください! このままおめおめと引き下がるなんてできませんっ!」
「まぁ、そうだな。俺は別に構いやしないんだが……」
ディオンはチラリとドラゴンを見ながら苦笑する。彼もまた、相棒の様子に気づいている一人でもあった。
「俺の相棒が許可を出さないことにはなぁ」
「任せてください!」
レスリーは意気揚々と即答する。
「この俺にかかれば、そんなこたぁ楽勝っすよー♪」
――あんな【色無し】でさえ仲良くなれたんだから、俺にも絶対できる。
そう思い込んだ状態で、レスリーはドラゴンに近づいていく。
この時点で、ドラゴンが凄まじい睨みを聞かせてきているのだが、レスリーはどこまでもフレンドリーな笑顔を保っていた。
「頼むよドラゴンちゃぁ~ん、俺も大空のお散歩に連れてっておくれよぉ~ん♪」
揉み手をしながら体をクネクネと動かし、猫なで声を出すレスリー。
有り体に言って、気色悪い以外の何物でもない。周囲の人々――特に同年代の子供たちは、静かに距離を置いていった。マキトやラティは離れてこそいないが、紛れもないドン引き状態である。
当然ながらレスリーは、そのことに全く気づいていない。
むしろ周りからは高評価だと、そう決めつけていた。
ドラゴンに優しく話しかけるレスリー君って、なんて素敵なのかしら――同年代の女子たちが顔を赤らめている姿が、彼の脳内でピンクとハートだらけの背景が展開されていた。
(フッ、全く優秀でモテる男はツラいぜ♪)
目を閉じながら勝ち誇った笑みを浮かべるレスリー。ドラゴンが嬉しそうに自分の申し出を受け入れてくれる――その瞬間を今かと待ち望んでいた。
しかし――
「グルッ!」
ドラゴンは迷いなくそっぽを向いた。誰がお前なんか乗せるか――たとえ鳴き声だけとはいえ、その場にいた誰もがそう感じ取れていた。
レスリーもそれを察し、再び猫なで声を出す。
「なんだよぉ~、そんな意地悪しなくてもいいじゃんかぁ♪ もうドラゴンちゃんも素直になれってんだよ、全くもぉ♪」
薄気味悪い声を連発しつつ、レスリーはドラゴンに頬ずりをする。それに対してドラゴンの表情は、みるみる不機嫌さを増してきていた。
ずっと無言で傍観していたマキトだったが、流石にこれは拙いと感じた。
「おい、止めたほうが……下手にそんなことしたら大変なことに……」
「あぁん? うっせぇんだよ、この【色無し】ヤロウが!」
呼びかけたマキトを、レスリーが怒鳴りつける。その表情は、一瞬で造り笑顔から醜い苛立ちのそれへと切り替わり、思わずマキトも一歩引いてしまう。
しかしながらその反応は、悪手と言わざるを得ない。
何故なら、どこまでもマキトを下に見ているレスリーからすれば、自分の威圧で怖気づいたのだと思い込むからである。
それを裏付けるかのように――
「テメェがこの俺様に指図するんじゃねぇ! 【色無し】は【色無し】らしく惨めに黙って見てろってんだ!」
ビシッと指を突き出して怒鳴りつけるレスリーの姿。どう見てもマキトを見下している以外の何物でもなかった。
レスリーの動作に少しだけ驚きを示しているマキトだったが、特に怯えている様子は見られない。戸惑いながらも成り行きを見守っているだけであった。
お世辞にもレスリーの怒りの効果は全く出ていない。
しかし、マキトが一方的に言われ続けていることも確かであり、それをドラゴンがジッと見届けていたことも、また確かであった。
「それぐらい自分で分かれってんだよ、この――クズヤロウが!!」
その瞬間――低い鳴き声とともに炎が放たれた。
あくまで威嚇程度の小さな炎。しかしながら至近距離で直撃を受ければ、ダメージは決して小さくない。
「――かはっ」
口から黒い煙のような何かを出しながら、レスリーが倒れた。
顔は黒焦げ状態となっており、完全に気絶している。あまりにも一瞬のことで、殆どの者が展開についていけていなかった。
マキトとラティが恐る恐る見上げると、が倒れているレスリーに向けて、ドラゴンがフンと鼻息を荒くさせていた。
そこでようやく、何が起こったのかが把握できた。
やはり拙いことになったと、マキトはため息を出さずにはいられなかった。
「ったく、やっぱりこうなっちまったか」
ディオンもため息をつきながら、後ろ頭をボリボリと掻いた。
「今の状態じゃ無理だってことぐらい、少し考えりゃ分かるだろうに……自業自得もいいところだぞ、こりゃ」
ドラゴンはとても気難しい生き物であり、触っただけでも攻撃を受ける。
この世界の子供が当たり前に学ぶ、一般常識同然のことである。
つまりレスリーも、それを知っているはずなのだ。現に他の子供たちは、遠巻きから見ているだけで触ろうともしなかった。それだけ危険な生物であることを知っていたからである。
ディオンから誘われたならまだしも、レスリーが自ら近づいたのだ。
したがって今回は、レスリーの不注意と言わざるを得ない。
自業自得――まさにディオンの言うとおりだと、周囲も心から納得していたが、それとは別に気になることもあった。
「でも、確かに分からねぇ。どうしてあんな【色無し】が……」
「全くだよな。しかも妖精連れてるし」
「なんかズルしたんじゃない? そうじゃなければ、あんなのあり得ないわよ」
「確かにね。アリシアもなんか怪しそうな感じ」
「実は危ない子ってこと?」
「ヤバくねぇか? 早いところ森から出て行ってもらったほうがよくね?」
段々と人々の矛先がマキトに向けられる。完全に【色無し】という単語に対する疑惑が一方的に広がっていた。
これにはラティも、そしてアリシアも、ムッと顔をしかめさせる。
流石に何か言ってやらねばと、彼女たちが口を開こうとしたその時であった。
「どうやら、何か勘違いしているヤツがいるようだな」
ディオンの声が広場に響いた。皆が一斉に静まり返り、ディオンは続ける。
「ハッキリと言おう。俺の相棒が心を許すのに【色】も何も関係ない! 全ては彼の純粋な心に、相棒が惹かれたまでのこと。それはここにいる誰もが目の当たりにしてきたはずだと、俺は思うのだがな」
淡々と、それでいて声の一つ一つが、しっかりと広場を駆け抜けていく。
皆が呆気にとられながらも、ディオンの言葉に聞き入っていた。
「現に【色無し】と呼ばれている彼が相棒に許され、普通に【色】を持っているのであろう、そこの倒れている彼は、相棒に許されなかった。これも事実だ。あくまでこれは俺の憶測だが……【色】というのは存外、大して問題ではなかったりするのかもしれんぞ?」
まるで試すような笑みに、広場にいる者たちは息を飲んだ。居心地が悪そうに視線を逸らす冒険者たちの姿も見られる。起こった事実をこれまでに得た常識で塗り潰そうとした――それに今更ながら気づかされたのだった。
誰もディオンに言い返そうとしない。
ついでに言えば、レスリーを助けようとする者も皆無であった。
「あっ、俺ちょっと用事を思い出したわー」
「そうだった、俺も急いでたんだ!」
「私も買い物に行かないと」
「やっべぇ、早く帰ってアレを準備しなきゃだな。うん、アレは大事だ!」
そう言って次々と言い訳を立てながら、一人、また一人と広場から立ち去る。もはや誰もマキトたちを――レスリーも含めて――見ようとすらしていない。
それが一体どんな意味を込めてなのかは、定かではないが。
「マキト君、ラティ君。そしてアリシア君も」
呆然としている彼らに、ディオンが呼びかける。
「ここでお別れだ。またどこかで会おう」
「――はいっ」
マキトは元気よく返事をし、そしてドラゴンにも視線を向ける。
「じゃあ、またな」
「また乗せてくださいねー」
「グルゥッ!」
勿論だ、とドラゴンは鳴き声とともに頷く。そしてアリシアもペコリとディオンたちに向けてお辞儀をし、二人と一匹は帰路へ着くのだった。
「グルルウゥーーッ!」
大き目の鳴き声が聞こえ、マキトたちが振り向く。なんとドラゴンが起き上がって手を振っていた。
アリシアが驚きの表情を浮かべる中、マキトとラティは嬉しそうに笑い、元気よく手を振る。そして今度こそ、アリシアの家に向かって歩き出した。
元気が増したマキトとラティに苦笑するアリシア。
その後ろ姿を、ディオンは手を振りながら黙って見送った。
「……なんとも不思議な子だったな」
振っていた手を下ろしつつ、ディオンが呟く。
(異世界から来た少年……少し調べてみたほうがいいかもしれんな)
マキトに対して悪いことをするつもりは一切ない。ただ少しだけ、どうしても気になることがあるのだった。
それを解消するべく、次に動く方向を頭の中で定める。
「よし、じゃあ次の場所へ――と、いきたいところなんだが」
ディオンはすぐそばに寝転がっている、もう一人の少年に視線を向ける。
「この少年も、流石に放っておくワケにはなぁ……とりあえず起こすか」
肩をすくめながらディオンが苦笑したその瞬間――レスリーの目が開いた。
「おっと……起きてくれたか」
「んぁ?」
ボーッとした表情でレスリーが起き上がる。
そしてドラゴンを見た瞬間――
「う……うわあああああぁぁぁぁーーーーっ!!」
黒焦げ状態からでもよく分かるほどの真っ青な表情と化し、一目散にその場から逃げ出してしまった。
まさかの展開に、ディオンとドラゴンは、数秒ほど硬直してしまうのだった。
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