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第一章 色無しの魔物使い

016 大空の散歩

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 ばっさ、ばっさ、ばっさ、ばっさ――――
 ドラゴンが大きく翼を羽ばたかせ、やがてその大きな体が宙に浮かぶ。背に乗ったマキトとラティは、突然の浮遊感に驚きを隠せない。ディオンが後ろに乗って支えてくれているとはいえ、やはりどうしても不安を感じてしまう。

「下を見るな。上だけを見ていろ」

 後ろから聞こえてきたディオンの言葉に、マキトは反射的に上を向いた。
 段々と空が近づいてくる。森の木々がまるでトンネルのようであり、不思議な感覚に包まれていた。
 そして遂に――木々を抜けた。

「わぁ……!」

 その広大な世界に、マキトは目を見開いた。
 この数日間、ずっと森の中でしか過ごしてこなかった。否――そもそもこれまでの人生で、こんなにも広がっている世界を見たことがあっただろうか。
 ずっと木々や建物に遮られた空間でしか生きてこなかった。
 その先に何があるのかと考えても、答えが出てくることは全くなかった。
 故に考えることを止めていた。どうせ見れることはないのだからと。ずっと見上げながらその場で留まり、過ごしていくのだろうと。
 正直、異世界に来てからも、それは変わらないと思っていた。
 新しい出会いにワクワクこそしてきたが、そこから先が全く見えてこない。魔物たちに囲まれて森で楽しく過ごす――そしてどうなっていくのかが、頭の中に浮かんでこないのである。
 マキトはそれを疑問に思ったことすらない。
 何故なら本人からしてみれば、当たり前なことだからだ。
 自分の足で前に進む、諦めてその場に留まる――もはやそれ以前の問題。そもそもそう言ったことを考えたことすらあるのかどうかが、怪しいほどに。
 だからこそ、言えることがある。
 マキトが何かに対して、ここまで言葉を失うほど感動することは、もしかしたら生まれて初めてなのかもしれないと。
 何も考えられず、目を輝かせて夢中となる。
 それがマキトにとって、どれほど珍しいことなのか――残念ながら今、それを理解できる者は、当の本人を含めてこの場にはいないのであった。

「うわー、スゴイのですスゴイのですー♪」

 ラティもラティで率先してはしゃいでいるため、マキトの見たことがない笑顔に気づいていなかった。
 それどころではないと言ったほうが正しいのかもしれない。
 目の前に広がる光景が、マキトにとってもラティにとっても、壮大極まりないレベルであったのは間違いないのだから。

「ずっと森が広がってるのかと思ってましたけど、平らなところとか山とかもたくさんあるのですー♪」
「なんだ、ラティ君は知らなかったのか?」
「森から出たことないので」
「あ、そゆこと」

 ディオンはアッサリと納得する。どんなに当たり前のことでも、全く触れないまま過ごしてきたのならば、当たり前でなくなるのは仕方がないことだ。
 当たり前なら誰もがしている――そうとは限らないのだと、認識するべきだ。

(文化の違いってのも、結構多いからなぁ)

 実際、ディオンもそれで戸惑った経験は、数えきれないほどにある。そこから恥ずかしい出来事に発展したことも、決して少なくない。
 ふとここで、ディオンはマキトも感激の表情を浮かべていることに気づく。

「マキト君もどうだ? 大空から見る光景は凄いだろう?」
「うん、凄い!」

 まるで幼い子供の如く叫ぶ。大人しいかと思いきや、こんな一面もあったのだとディオンは思わされた。
 すると――

「ずっと森が広がってるのかと思ってたけど、そうでもなかったんだ」

 マキトは周囲を見渡しながら言う。まるで初めてその事実を知ったと言わんばかりの口調であり、それがどうにもディオンは引っかかる。

「キミも、この森から出たことがないのか?」

 差し当たりのない質問のつもりだった。それ自体は珍しくもないだろうし、育った環境も人それぞれだからだ。あくまで小さな確認に過ぎない。
 すると――

「出たことないってゆーか……そもそもよく知らないって感じかな」
「マスターはこっちの世界に来たばかりですもんね」
「あぁ」

 大空の光景に夢中となっていたせいか、マキトとラティは、ありのままのやり取りを交わしてしまう。
 ディオンが言葉を失うと同時に、マキトも気づいた。

「あっ――これ、あまり言わないほうが良かったかもな」
「ふや? えっと……あぁっ! そーいえばそうだったのですー!」

 その瞬間、ラティが慌てた表情と化して、後ろのディオンに詰め寄る。

「お願いなのです。今のはどうか聞かなかったことにしてほしいのですぅ!」
「……すまん。それは流石に無理だ」

 まさに時すでに遅し。マキトが訳ありなのは、恐らく間違いないだろうとディオンは思っていた。
 このまま聞かなかったことにするべきか――そう考えていた矢先に、マキトのため息が聞こえていた。

「まぁ、いいや。ディオンさんにはホントのことを話してしまおう」

 そうマキトが独り言の如く提案すると、ラティが戸惑いの様子を見せた。

「い、いいのですか?」
「ここまで来たら隠すの面倒だし」
「……ゴメンなさいなのです」
「気にすんな。多分、どっかで俺も喋っちゃってたよ」

 マキトがラティの小さな頭を優しく撫でる。吹き付ける冷たい風も、なんとなく心地いい気がしていた。
 そこに黙ってやり取りを聞いていたディオンが、口を開いてくる。

「話してくれるのか?」
「まぁ、信じてもらえるかどうかは分からないけど」
「それは俺が決めさせてもらう。とりあえず話せるところまで話してくれ」
「りょーかいっす」

 マキトは頷き、そして語り出した。自分が違う世界からやってきたことを。
 何故そうなったのか――それ自体が全く判明していないため、話す部分も自ずと少なくなる。故に割と短い話で終わってしまった。
 聞き終えたディオンも、重々しい表情で目を閉じていた。

「うーむ……とりあえず事情は分かったが、なんとも理解しがたいな」

 正直、疑いの気持ちはある。しかしマキトたちが嘘を言っているようには、全く感じられなかった。
 説明したくとも、説明のしようがないくらいに分からない――それが逆にリアルさを引き出しているようにも感じられる。異世界召喚も存在していることは確かであるため、信じられないと断言はできなかった。
 なによりも――

(こないだの強い魔力の正体は、恐らくマキト君で間違いないな。まさか異世界召喚とは思わんかったが)

 ディオンがわざわざこの森に訪れたのも、数日前の光の柱の正体を突き止めるためだったのだ。知り合いに会いに来たというのもまんざら嘘ではないが、あくまでついでのつもりでしかない。
 つまり、彼の疑問が早くも解決したということになるのだが、更なる疑問が彼に降りかかることとなり、再び頭を悩ませてしまう。

(どっかの国がこっそり異世界召喚儀式を執り行ったのか? そんな形跡はどこにもなかったはずだが……いずれにしても、ただの少年ではなさそうだな)

 ディオンはそう自己完結しつつ、マキトたちに改めて告げる。

「マキト君、そしてラティ君。この件はあまり人には話さないことを勧める。場合によっては厄介なことになりかねんからな」
「そうですよね。アリシアにも同じことを言われてたのです」
「ならば尚更だな。これからは気を付けるように」
「は、はい……」
「分かったのです」

 やや戸惑い気味にマキトとラティが頷いたところで、ディオンもよろしいと再び笑みを浮かべた。

「話はここらへんにしておこう。大空の散歩の仕切り直しといこうじゃないか」

 そしてディオンは、明るい声でそう叫びながら、相棒に合図を送る。
 ドラゴンが大きく旋回し、再びマキトとラティに大きな感激と心地良さが届けられていくのだった。
 マキトとラティは改めて教わった。
 世界というのはどこまでも広く、そしてどこまでも続いていくのだと。

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