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第一章 色無しの魔物使い

015 期待を裏切らないマキト

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 人々の歓声がピタリと静まり、揃って視線が向けられる。
 そこには妖精を連れた人間族らしき少年を、エルフ族の少年が指を突き立てながら怒っていた。

「それは神聖なドラゴンなんだ。お前みたいな【色無し】が近づいていい存在なんかじゃないんだよ!」

 怒っている声の主はレスリーだった。彼もディオンが来ているという話を聞いて駆け付けた一人だったのだ。
 マキトを【色無し】として毛嫌いしているだけあって、不用心に近づくマキトが許せなくて仕方なかったことは、アリシアもすぐに読み取れた。

「分かったらさっさと――って、おい! 聞いてるのか?」

 レスリーは怒鳴りつけるも、マキトは一向に反応しない。当然の如く右から左へ聞き流されていた。
 マキトの視線は――ドラゴンに向けられていた。

「…………」
「グルゥ」

 一方でドラゴンも、寝そべったまま視線のみをマキトに向けていた。
 苛立っているとかではなく、本当にただ見ているだけ――そこにどんな感情が込められているのかすら分からないほどだった。
 周囲からすれば、その無言の空間は異質そのものであった。

「何なんだあの子は?」
「ドラゴンと完全に視線が合ってるぞ」
「あれってちょっとヤバくない?」
「でも、なんか危険な感じもあまりしないような……」

 そんな人々のざわめきも広がってきた頃、ドラゴンが動き出した。
 少年に顔を近づける。やはりドラゴンを怒らせたのだ――周りの殆どがそう決めつけており、絶望と驚きに満ちた表情と化す。
 しかしその直後、まるで見当違いの光景が生み出される。

「――よしよし」
「グルッ♪」

 なんとマキトが手を伸ばし、ドラゴンを撫で始めた。対するドラゴンも気持ちがいいのか、機嫌の良さそうな鳴き声を出す。
 その調子だ――そう言わんばかりに。

「はは、結構大人しいドラゴンだな」

 撫でながらマキトが笑う。それを見ていた人々は――レスリーも含め、完全に言葉を失っていた。
 かくいうアリシアも、そしてディオンも同じくであった。

「……おいおい、マジかよ」

 そしてようやく、ディオンが引きつった表情で声を出した。

「アイツが大人しく撫でられるなんて、それこそ珍しいにも程があるぞ」

 まさかここに来てすぐ、ただ者ではないマキトの姿を拝むことになるとは――流石のディオンも、そこまでは予想していなかった。
 ちなみに彼は『珍しい』とは言ったが、実際にはディオン以外の者に大人しく撫でられたことは皆無に等しい。つまり事実上、自分の相棒が初めて他の者に心を許したも同然なのだった。
 それもあって、ディオンは驚きを隠せない状態に陥っているのである。

「ハ、ハハッ……なんだよ、大人しいドラゴンだったのか」

 レスリーが震えた声を絞り出す。

「いや、俺は最初から見抜いていたけどなっ! 俺は心が広いから【色無し】に最初の一手を譲ってやったんだ。まぁ、当然のことをしたまでだけどよ!」

 力いっぱい笑いながら、顔から大量に噴き出している冷や汗を手で拭う。なんとか平然を装うとしていることは分かるが、逆効果なのは否めない。
 よっぽど狼狽えてるんだなぁ――それがレスリーに対する周囲の感想である。
 無論、当のレスリーはそれに気づいてすらいなかったが。

「おい【色無し】ヤロウ! テメェはいつまで気安くドラゴンに触ってんだ! わざわざこの俺様が譲ってやったとはいえ、これ以上は図々しいぞ!」

 そして完全に調子を取り戻したレスリーは、再びマキトに突っかかる。ここでようやくマキトも振り向いてきたが、完全に無表情のままだった。
 ちなみにドラゴンが眉をピクッと動かしていたのだが、レスリーは全くもって気づいていない。
 一方、ディオンはそれに気づいており、軽くため息をつきながら言った。

「別に構わないよ。相棒も気を許してるみたいだからな」
「ほら見ろ。テメェがモタモタしてやがるから、ディオンさんに余計な気を遣わせちまったじゃねぇか!」

 しかしレスリーは、それを自分の都合のいい方向に解釈してしまっていた。ディオンも心の底では【色無し】のマキトを見下しており、早く相棒のドラゴンから離れてほしいと思っているに違いないと。
 加えてタイミングの悪いことに、今しがたレスリーが発言した瞬間、ディオンが表情を強張らせた。それをレスリーは図星の証拠だと思い込み、やはり自分の読みは間違っていなかったのだと調子に乗ってしまった。
 だが実際にはそうではない。
 よく見ると、ディオンの視線は少し上に向けられていた。
 すなわち――相棒であるドラゴンに。

「ディオンさんは優しいから俺が代わりに言ってやる。お前みたいな【色無し】が高貴なドラゴンに近づくなんざ、お門違いもいいところだっつってんだよ!」

 そしてやはりレスリーは、周囲のことを全く見れていなかった。

「ドサクサに紛れて汚い手でベタベタ触りやがって……ドラゴンも迷惑そうに睨んできているじゃねぇかよ。これでドラゴンが暴れ出したらお前のせいだぞ? そうしたら一体全体どう責任を取るってんだ? まぁ【色無し】のテメェじゃ、取れる責任なんざたかが知れてるけどな。ハーッハッハッハッ!!」

 全てが自分の都合のいいように解釈されていく。それも、ごく自然にやっていることだから、なおのこと質が悪い。
 きっと周囲も自分と同じ意見だろう――レスリーは心からそう思っていた。
 実際には同調する声など発せられてすらいないのだが、レスリーからすれば知ったことではないも同然である。
 自分の意見は皆の意見――それを素で信じ込むタイプであった。
 仮に周りが微妙な態度を取っていたとしても、説得して自分の元に引きずり込めばいいだけの話だと。
 それで心から同意する者が、果たしてどれだけいたことか。
 これまでも強引な行動を取ったことで、周囲がどのような反応を示したか。
 残念ながら、それをちゃんと思い返すようなことをしないのも、レスリーの大きな特徴の一つであった。

「ほら、さっさと離れろよ。ディオンさんのドラゴンも迷惑してるだろ!」

 故に今回もと言えてしまうだろう。レスリーが調子に乗ってドラゴンからマキトを遠ざけつつ、ドラゴンの顔にペタッと触れたその瞬間――

「グルウゥッ!!」
「ひぃっ!」

 ドラゴンから怒りの叫びに等しい鳴き声を喰らい、レスリーは思わず飛び退いて尻餅をついてしまう。
 そしてドラゴンがレスリーに向かって、改めて鳴き声を出した。
 マキトはそれを見て、あることを感じる。

「なんか……話してるみたいだな」
「お前こそ気安く私の体に触るんじゃない――って、言ってるのです」
「へぇー」

 ラティの通訳に、マキトは感心に近い気持ちを抱く。単なる鳴き声にしか聞こえなくとも、ちゃんと言葉は発せられているのだということが、改めて分かったような気がしたのだった。
 それと同時にドラゴンの言葉を汲み取り、マキトは思う。

「じゃあ俺も、これ以上は触らないでおいたほうがいいのかな?」
「グルグルグルルゥッ、グルルグルグルルゥッ!」
「そなたは構わん、早くもっと撫でろ――だそうなのです。どうやらマスターはドラゴンさんに気に入られたみたいですね」
「マジか……」

 マキトは思わず苦笑してしまう。しかし折角ドラゴンもこう言ってくれているのだからと思い、改めてドラゴンの肌にゆっくりと手を伸ばした。

「じゃあ遠慮なく」
「グルルゥ♪」
「くるしゅうない――と言っているのです」
「そりゃどーも」

 軽く返しながら、マキトは丁寧に撫でていく。ドラゴンも心から気持ち良さそうにしており、レスリーに向けていた不機嫌そうな表情とは段違いであった。
 もはやすっかりドラゴンと打ち解けてしまった様子のマキトに、周囲も改めて驚きを示す。アリシアもポカンと呆ける中、ディオンは顎に手を当てながら、興味深そうな笑みを浮かべていた。

「ふむ……こりゃ面白くなってきたな」

 ニヤッと唇を釣り上げ、ディオンはあることを思いつく。

「相棒。もし良かったらなんだが、マキト君を乗せて空を飛んでみないか?」
「グルゥ!」
「構わん――だそうなのです」
「えっ、ホントに? やったぁ、ありがとう!」
「グルグルッ!」

 気にするな、とドラゴンは頷きながらマキトに笑いかける。そんな相棒の反応に対して、ディオンは表情をわずかに引きつらせていた。

「……受け入れる気はなんとなくしていたが、まさか即答するとはな」

 この短時間でどれだけ心を許したのだろうかと、改めて気になってくる。しかしながらそれ以上に、目の前にいる駆け出しの若い魔物使いのことを、ますます面白いと思うようになっていた。

「気に入った! 俺からも喜んで、キミを相棒に乗せてやるよ。一緒に大空の散歩へと繰り出そうじゃないか」
「ありがとう、ディオンさん」

 マキトが礼を言うと、ラティが慌て気味に前に出てきた。

「あのあの、わたしも一緒に乗っていいですよね?」
「あぁ、勿論だとも。なっ、相棒?」
「グルッ!」
「わーい、楽しみなのですー♪」

 ドラゴンが頷いて了承したのを見て、ラティは両手を広げて喜ぶ。するとここでマキトたちは、もう一人の同行人のことを思い出した。

「そうだ、アリシアは……」
「私は遠慮するわ」

 周囲を見渡すと、いつの間にか人をかいくぐってアリシアが傍に来ていた。

「マキトたちだけで楽しんできて。私は下で待ってるから」
「……分かった。じゃあマキト君とラティ君を、空の散歩に招待するとしよう」

 ディオンがアリシアの言葉に頷き、理解を示した。
 マキトとラティは、すっかり大空の散歩に胸を躍らせており、驚きを隠せない周囲の様子など全く気にしていない。
 故に――

「な、なんで……なんで【色無し】如きが、ドラゴンに乗せてもらえるんだ?」

 レスリーがギリッと歯を噛み締め、心から悔しそうに睨みつけている姿も、当然ながら気づいていなかった。

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