13 / 252
第一章 色無しの魔物使い
013 差し込まれる不穏な空気
しおりを挟むあまりにも突然の申し出に、マキトはポカンと呆けてしまう。ラティや周囲にいる魔物たち、そしてアリシアも同じくであった。
数秒が経過したが、未だ意味が分からず返答の口が開くことはない。
ダリルもそれを感じ取り、苦笑しながら演技するかのように肩をすくめる。
「仕方ねぇな。特別にもう一度だけ、分かりやすく言ってやるよ」
そしてダリルの人差し指が、ビシッとラティに向けて勢いよく突き出された。
「その妖精はお前みたいな【色無し】よりも、先輩として活躍しているこの俺様こそに相応しいって言ってるんだ。その妖精だって優秀な俺のほうが――」
「お断りなのですっ!!」
ラティの叫びが、気持ち良さそうに語るダリルの表情をピシッと固めさせる。
「わたしはマスター以外の誰にもついていくつもりはないのです! さっさとお引き取り願うのですよっ!」
そう言いながらラティは、マキトの肩の後ろに隠れるようにしてしがみつく。その小さな手はしっかりと服を掴んでおり、絶対に離してやらないのですと言わんばかりであった。
そんな小さな力強さを感じ取ったマキトは、片手でラティの頭を撫でながら笑みを浮かべる。そしてダリルに向けて、キッと強く睨みつけた。
「俺もお断りだ。ラティは俺がテイムしたんだ。お前なんかには渡さない。ラティが嫌がっているなら尚更だ!」
マキトが声を荒げる。それだけ本気で言っており、なおかつ臆していないことを示していた。
「マキト……」
アリシアは軽く驚いていた。大人しいと思っていた男の子が、ここまで大きな声を出すのかと。
一方、ダリルはマキトの態度に怒りを燃やし、表情を歪めていく。
「テメェ……【色無し】のくせに粋がってんじゃねぇぞ。攻撃の【色】を持つこの俺様が従える魔物が目に入らねぇか?」
そう言いながらダリルは、従えているレッドリザードを前に出す。
「コイツはかなり気性が荒くてな。暴れ出したら手が付けられなくなるんだ。そうなる前に、さっさと『先輩』であるこの俺様の言うことを聞いたほうが、お前たちの身のためだと思うぜ?」
あからさまに先輩という言葉を強調してくるダリル。もはや完全なる脅しになってはいるが、本人からすれば『お願い』という域を出ていないから質が悪い。
「テイムの印の違いなら心配はいらないぜ? 魔物使い同士が合意すれば、譲り渡すことも可能だからな」
「へぇ……」
マキトは相槌を打ちつつ、ニッと笑う。
「つまり俺が認めさえしなければ、ラティは渡さなくて済むってことだな」
「なっ!」
ダリルもマキトの不敵な笑みに驚きを示す。
予想外だったのだ。ここまで言えば、大概の駆け出したちは恐れをなして、渋々言うことを聞いてきたからだ。
なのに目の前の少年は、全くと言っていいほど従う様子がない。
むしろどこまでも歯向かってやろうじゃないかと、そう言わんばかりのニヤッとした笑みを浮かべている。
「こ、このクソガキが……ナマイキ言ってんじゃねぇぞ!」
怒りが頂点に達したらしく、ダリルは遂に声を激しく荒げ出す。
「テメェみてぇな【色無し】に歯向かう資格なんざねぇんだよ! 大人しく言うことを聞いてりゃ良かったのに……おい、やっちまえ!」
ダリルは隣に控えているレッドリザードに呼びかける。攻撃しろと指示を出しているのは明確であった。
もはや勝った気でいるのだろう。ダリルの表情は笑みを増すばかりだった。
しかし――
「……動いてこないのです」
「動いてこないな」
ラティに続いて、マキトが率直に呟いた。その表情はポカンとしており、別の意味で恐れをなしている様子はない。
「お、おい! 何をやってる! 奴らに攻撃しろって言ってんだよ!」
ダリルがどれだけ呼びかけても、レッドリザードは佇んだまま、動こうとすらしていない。完全に指示を無視している状態であった。
「――ギュワッ」
ようやく一鳴きしたかと思いきや、完全にそっぽを向いてしまう。そんなレッドリザードの態度に、とうとうダリルの苛立ちは頂点に達した。
「くっ……この俺様の言うことをさっさと聞きやがれ、このノロマトカゲが!」
ダリルがレッドリザードに、ゲシッと蹴りを入れた。
その瞬間――
「ギュワアァッ!」
レッドリザードの口から炎が放たれた――ダリルの顔を目掛けて。
「ぐわあっ!」
熱さと衝撃でのたうち回るダリル。火が消えたその顔は黒コゲと化しており、折角整えられた髪の毛はチリチリ状態となってしまった。
「プッ、何あれ……」
「アハハっ、おかしいのですぅーっ!」
噴き出すアリシアに続いて、ラティがゲラゲラと大声で笑い出す。それが余計にダリルの神経を逆なでさせていった。
怒りの矛先は、今しがた勝手な行動を取ったレッドリザードへと向けられる。
「何やってんだこのトカゲが! 俺はお前の主人だぞ! ここまで可愛がってきた恩を仇で返しやがって――」
「ギュワッ!」
「あっぢいぃーーっ!!」
今度はレッドリザードの炎がダリルのズボンに目掛けて放たれた。下半身の部分が燃えてのたうち回り、ズボンが漕げ落ちて下着が丸見え状態となってしまう。
ダリルは怒りとともに起き上がる。しかしその恰好からして、どうにも迫力に欠ける状態なのは否めなかった。
「くっ、魔物風情がこの俺様に逆らいやがって。いいから言うこと聞けや! さもないとお前をここで追い出すぞ!」
勢いに任せた言葉だった。大抵こう言えば大人しくなり、慌てて自分の言うことを聞くようになるだろうと思い込んでいた。
ダリルは勝ち誇った笑みを浮かべ、腕を組みながら目を閉じる。
「なんなら今すぐ出て行ってもいいんだぞ? 流石にそれも嫌だろう? 分かったらさっさと俺の言うことを……」
「――ギュワッ」
しかしレッドリザードは落ち込むどころか、間髪入れずに頷き、そのまま明後日の方向へと歩き出してしまう。
「えっ? お、おい! 本当に去っていくヤツがいるか!?」
ダリルは驚愕と焦りの表情と化し、手を伸ばしながら叫ぶ。しかしレッドリザードは歩みを止めることはない。
そして――
「ギュワギュワ、ギュワッ」
マキトに向かって何かを喋り、そのまま去っていくのだった。
立ち止まることはおろか振り返ることすらしない。本当に主人だった男を見捨ててしまったのだ。
ダリルはズボンが脱げた状態のまま、呆然として棒立ち状態となる。
魔物たちやアリシアも、ポカンと口を開けながら見送る中、マキトが小声でラティに話しかける。
「なぁ、ラティ。今アイツ、なんて言ったんだ?」
「迷惑かけてすまない――だそうなのです」
「そっか……別に気にしなくていいのに」
「でも、なんかあのトカゲさんらしい気もするですよ」
「……まぁ、そうかもだけど」
そう言っている間にも、レッドリザードは森の奥へと姿を消してゆく。
ここでようやく、ダリルの足も動き出した。
「ま、待てよ――ぶへっ!?」
しかし駆け出そうとした瞬間、焦げて脱げたズボンに足がもつれてしまい、真正面から派手に転んでしまう。しかしすぐに立ち上がり、ズボンを両手で上げながら必死に追いかけ出す。
「おいコラ、テメェがいなくなったら俺はどうすればいいんだ? 待てよ! 待ちやがれってんだあぁーっ!!」
下着丸出しで、ズボンが落ちないよう必死に上げながら走り去る姿は、なんとも間抜けとしか言いようがなかった。
まるで嵐が過ぎ去ったかのような感覚。急に静まり返った森が、どうにも妙な雰囲気を醸し出していた。
「……何だったのかしら、今の?」
アリシアが呆然としながら呟いた。そしてマキトも腕を組みながら、抱いていた疑問を口に出す。
「さっきのトカゲみたいなヤツ……あれって何ていうんだっけ?」
「レッドリザードなのです」
ラティが答えると、マキトが腕を組みながら頷く。
「そのレッドリザードとか言う魔物、何で言うことを聞かなかったんだろ? 攻撃しないどころか、主人を見捨てちまってたし」
「えぇ、不思議なのです」
ラティと一緒に首を傾げるマキト。するとここでアリシアが、顎に手を当てながら浮かべた推測を語り出した。
「もしかしたら……あのダリルっていう魔物使いは、前々から魔物を奴隷のように扱ってきたのかもしれないわね」
ダリルの態度を見て、なんとなく思っていたことだった。先輩というキーワードを差し引いても、傲慢な態度が目立っていたと。
「前々から見限ろうとしていて、今回がそのタイミングだったのかも」
「なるほどなのです。魔物さんも決して、おバカさんではありませんからねぇ」
うんうんと頷いたラティは、はたと気づいてマキトのほうを見る。
「ちなみにわたしは、マスターから離れるつもりはないのですよ? 離そうとすれば逆にくっ付いてやるつもりなのです!」
「分かった分かった」
ズイッと詰め寄ってくるラティに、マキトは苦笑する。
「俺もお前を手放すつもりなんてないから、安心していいよ」
「わーい、やっぱりわたしたちは『そーしそーあい』なのですぅー♪」
両手を上げて万歳しながら、その場をフワフワと飛び回るラティ。そのご機嫌な姿にアリシアはクスッと笑みを浮かべた。
「魔物使いとしての腕次第じゃ、テイムした魔物が従わなくなることがあるって聞いたことはあるけど……マキトたちの場合は心配なさそうね」
「とーぜんなのですっ!」
何故かラティが、自信満々にえっへんと胸を張りながら言う。いちいち可愛い動作をする妖精ちゃんだなぁと思いつつ、アリシアは続ける。
「案外あのレッドリザードも、マキトが魔物ちゃんたちを可愛がる姿を見て、正式に見限る決心したんじゃないかしら?」
「――あぁ。その可能性は大いにあるだろうな」
「でしょー……え?」
アリシアは少し遅れて、割り込んできた第三者の声に気づいた。慌てて振り向いてみると、一人の青年がそこに立っていた。
頭の左右に小さな角を生やしており、それがその人物の種族を表していた。
無論、初めて見るマキトは、とても珍しそうな表情を見せている。
「これは失礼、俺は魔人族のディオンという者だ。これでも冒険者を務めている」
「ディ、ディオン、さんですか?」
何やら酷く慌て出すアリシア。マキトやラティからすると珍しい姿であり、どういうことだろうと数秒ほど顔を見合わせ、そしてマキトから尋ねた。
「アリシアの知ってる人?」
「知ってるも何も……ギルドの高ランク所持者で、有名な腕利き冒険者よ!」
「どーも」
捲し立てるアリシアに続いて、ディオンは片手を上げて挨拶する。
その呑気そうな声と、アリシアの反応が微妙に合っていない。故にマキトたちは首を傾げるばかりであった。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~
m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。
書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。
【第七部開始】
召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。
一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。
だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった!
突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか!
魔物に襲われた主人公の運命やいかに!
※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。
※カクヨムにて先行公開中
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる