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第一章 色無しの魔物使い
005 適性鑑定をしてもらいました
しおりを挟む「俺が、魔物使い?」
「あくまで私がそう思っているだけよ」
アリシアはしれっと言い放つ。しかし心の中では、確定も同然だろうと、妙な自信があった。
何もしていないのに、野生のスライムに懐かれるのがいい証拠。むしろ魔物使い以外に何かあるのだろうかと、そう思えてしまうほどだった。
「そうだ!」
あることを思い出したアリシアは、本棚に向かって何かを探し始める。
「えーっと、確か……あぁ、これこれ」
アリシアが一冊の分厚くて大きな本を取り出し、それをマキトに手渡した。
「私がマキトぐらいのときにもらった、冒険者職業に関する基礎知識の本よ。魔物使いについても書いてあるから、読んでみるといいわ」
「……ありがと」
若干の戸惑いを覚えつつ、マキトは本を開いてみる。確かに子供向けに作られているだけあって、図解とかもされていてかなり分かりやすい気がした。
マキトはページをめくっていき、魔物使いの項目を見つける。
「魔物使い――魔物を従えることができる、唯一の職業か」
従えることを俗に『テイム』と呼ばれており、人よりも魔物と心を通わせやすいからこそ、それを可能にしているという言い伝えもある。
そのテイムこそが、魔物使いの大きな特徴である。
魔物使い本人に魔力や特別な戦闘能力は全く存在しないが、自らテイムした魔物を戦わせることで、その欠点を補うことは十分に可能となっている。
ただし、テイムできる魔物は、魔物使い自身の【色】によって分かれる。
いくら【色】が一致しているからといって、いきなり強い魔物や珍しい魔物に狙いを定めるのは、危険を通り越して自殺行為である。
過信や欲張りは禁物。まずはスライムと友達になるところから。何事もスライムから始まるといっても過言ではない。
間違っても、ドラゴンなどの珍しい魔物をいきなり狙うのは止めること。
千里の道も一歩から――その言葉を噛み締めつつ、魔物使いの道を究めるべし。
「――魔物をテイム、かぁ」
「ポヨー」
魔物使いについての説明を粗方読んだマキトは、興味深そうに頷く。スライムもマキトの肩の上で一緒に読んでおり、頷いてこそいたが、果たして理解しているのかいないのか。
「アリシア。この【色】っていうのは、どういう意味?」
「あぁ。それはその人が持つ、才能の偏り具合みたいなモノよ」
マキトの横から文章を覗き込みながら、アリシアが答える。
「主に攻撃、防御、回復の三つに分かれているわ」
「へぇー。ちなみにアリシアの【色】は?」
「私は回復よ。だから錬金でも、ポーションのほうに偏っちゃってるってワケ」
「そうだったのか」
やたらポーションばかり何種類も作ってたのはそのせいかと、マキトはようやくここで納得する。
それはそれとして、マキトも気になることがあった。
「俺はどんな【色】なんだろ?」
「さぁね。そこは適性鑑定してもらえば分かるわよ」
「適性鑑定?」
マキトが首をかしげると、アリシアがコクリと頷いた。
「冒険者としてどんな職業の適性があるか、それを調べてもらうのよ」
本来は冒険者ギルドに直接出向き、それを行ってもらうのが普通である。しかしこの森にはギルドが存在せず、一番近い別の町のギルドへ行くにも、確実に数日は費やしてしまう。
従って年に一回、ギルドから鑑定員が派遣され、森で暮らす子供たちを鑑定してもらうのが通例になっているのだ。
もはやマキトの場合は、考えるまでもないかもしれない。
しかしながらちゃんと調べてもらわないことにはなんとも言えない。それもまた確かなことであった。
「ちょうど明日がその鑑定日だから、そこで確かめてもらいましょう」
「それって、俺が参加してもいいもんなのか?」
「うん。色々な事情で、大きな子供も鑑定してもらうケースは多いからね。一人くらいこっそり混ざったところで、どうってことないと思うわ」
アリシアがニカッと笑いながら振り向いた。
「勿論、ちゃーんと保護者たるこの私が、付き添ってあげるからね♪」
その笑顔もまた、有無を言わさないかのような強さが出ていた。しかしながら心強くも思う――マキトは頷きながらそう感じていた。
◇ ◇ ◇
そして翌日――よく晴れた青空の中を、マキトたちは歩いていた。
森を抜けて広場に辿り着く。そこは小さな村の如く、一軒家や自宅兼店といった建物が密集しており、奥のほうには立派な教会が建っている。鑑定が行われるのも教会であり、マキトたちはそこに向かっていた。
「別に教会じゃなくてもいいらしいんだけどね。ここらへんで、落ち着いて鑑定できそうな場所が他にないからっていう、それだけの理由で決まったらしいわ」
「へぇー」
アリシアの説明に、マキトが周囲を見渡しながら生返事をする。ちなみにスライムは家で留守番をしている。懐いているとはいえ、野生の魔物を無暗に連れてこないほうがいいというアリシアの配慮であった。
スライムも最初は難色を示したが、迷惑はかけられないと思ったのか、渋々それを了承していた。
なんとも聞き分けのいいスライムさんだなぁと、アリシアが思わず感心してしまったのは、ここだけの話である。
「俺、ぜってー剣士になりてぇなぁ!」
「シーフも面白そうだぜ?」
「やっぱここは魔導師しかねぇよ。それか魔法剣士な!」
そう叫びながら、マキトと同い年くらいの子供たちが、教会に向かって元気よく走ってゆく。皆がそれぞれ、明るい夢を抱いているということがよく分かる。
「あぁーっ! ちくしょおぉーっ!」
すると教会の中から、一人の少年が叫びながら飛び出してきた。
「剣士なのに【色】が防御寄りだったあぁーっ!」
その言葉だけで、その少年が何を望んでいたのか、周囲も大体理解した。友達らしきもう一人の少年が歩いてきて、ニカッと笑いながら、落ち込む少年の肩にポンと手を置いた。
「それならいいじゃねぇか。タンクとして先頭にバンバン立てるぞ」
「どうせならバンバン剣を振るって戦いたかったんだ」
「まぁ、気を落とすな。俺だって魔導師で、【色】はガチの回復寄りだったぜ」
「……お前こそハズレじゃないか。攻撃を望んでいただろ?」
「些細な問題さ。回復もロマンの一つだからな!」
「いや、意味分かんねぇし」
そんなやり取りが大声で展開された。これから鑑定してもらう子供たちも、今ので緊張が増したらしい。
それはマキトも例外ではなかった。
「なんか緊張してくるな。魔物使いだったらいいけど」
独り言のように呟くマキトの声を聞いたアリシアは、思わず苦笑する。
(うん、まぁそれは恐らく確定だと思うけどね)
その理由はもはや考えるまでもない。むしろ問題は【色】だ。それ次第でマキトがテイムできる魔物も、自ずと決まってくる。
(あー、なんかそう考えると、私まで緊張してきちゃったなぁ)
アリシアは恥ずかしいと思いつつ、どこか不思議な気持ちを噛み締めていた。そもそもこうして、誰かのために行動すること自体、アリシアにとって初めてなことであるのも確かであった。
誰かの付き添いで来ることも、誰かの適性について真剣に考えることも。
それ故に不思議という名の新鮮な気持ちを抱くのは、至って自然なことと言えるかもしれない。もっとも今のアリシアは、全く気づいていないのだが。
「鑑定に来た者は、こちらに並んでくださーい」
案内人を務めている青年が声を上げる。その青年の傍には教会に向けて列を成している子供たちの姿があった。
「じゃあ、アリシア。ちょっと行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
アリシアに見送られ、マキトは駆け出していき、列の後ろに並ぶ。鑑定が順調なのか割と回転のペースが速く、この分なら早めに見てもらえそうであった。
すると――
「よぉ、キミも鑑定してもらうのか?」
前に並んでいたエルフ族の少年が、振り向きながらマキトに話しかけてくる。
「俺はエルフ族のレスリー。キミは人間族だろ?」
「う、うん。俺はマキトって言うんだ」
「そーか。ヨロシクな」
レスリーはニカッと愛想よく笑う。マキトは若干引いているが、レスリーはそれを気にする素振りすら見せない。
「楽しみだよなぁ。十二歳になったこの日を、ずっと待ちわびてたぜ。キミはどんな能力を持っていると思う?」
「……スライムと仲良くなったけど」
「へぇ。じゃあ魔物使いの可能性が高そうだな」
「レスリーは?」
「兄ちゃんと同じ魔法剣士……まぁ、あとは魔導師ってところかな」
胸を張りながらレスリーは得意げに語る。まるでよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりであった。
「一応、俺の体の中に魔力があることは知ってるから、恐らく職業自体はどっちかで確定だと思う。あとはどんな【色】が来るかだ。まぁ当然、攻撃が一番欲しいところではあるんだけどな。なんてったって、一番カッコよく見えるからよ♪」
もはや完全にレスリーの一人語りと化している。目を閉じながら気持ち良さそうに話す彼は、マキトから話を聞き出そうとしていないどころか、彼の姿を見てすらいない始末であった。
しかしマキトもそれを気にしておらず、生返事を繰り返すばかりだった。
それもあからさまに興味を持っていない表情で。
互いが互いに一方通行な状態を作り上げていたのだが、それに互いが気づくことは終ぞなかった。
「次、教会の中へ入りなさい」
「おっ、いよいよ俺の番が来たようだな」
レスリーが呼ばれ、意気揚々と教会の中へと入っていく。マキトの後ろには誰も並んでおらず、ポツンと一人残されている状態だ。
(つまり俺が最後か)
そんなことを考えながら待つこと数分――教会のドアが開いた。
「やったーっ♪ やっぱり俺は、持って生まれたエルフ族だったんだーっ♪」
踊るような足取りでレスリーが戻って来る。そしてマキトの目の前で止まり、ニンマリとした笑みを浮かべてきた。
「次はキミの番だな。いい結果を期待しているぜっ!」
「う、うん……」
戸惑いながらマキトは頷き、案内人に呼ばれて教会の中へと入る。そこで鑑定員の男の指示に従い、適性の鑑定を行った。
設置された鑑定用の魔法具に手を乗せる――たったそれだけのことであった。
すると――
「こ、この結果は一体!?」
鑑定員の男は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
「まさかこんな……いやしかし、魔法具の不具合ということはないし……」
ブツブツと一人で呟く鑑定員の男の姿に、マキトは首をかしげる。少なくとも普通の結果ではなかったのだろうと思っていると、鑑定員の男がゆっくりとマキトのほうに視線を向ける。
そして――その結果を、ハッキリを告げてきたのだった。
鑑定を終えたマキトは教会を後にする。
外へ出ると、他の子供たちと話していたレスリーがそれに気づいて、すぐさまマキトの元へ駆けよってきた。
「よぉ、どうだった?」
「あ、う、うん。魔物使いだったよ。それで――」
勢い余って顔を近づけてくるレスリーに、マキトは押され気味になりながらも、なんとか答える。神官から告げられた鑑定結果を、そのまま正確に伝えた。
すると――
「……プッ!」
数秒ほど呆けた後、レスリーは頬を膨らませながら噴き出し――
「ぎゃーっはっはっはっ! マジかよそれ、あり得ねーっ!」
思いっきり大声で笑い出しながら、マキトを指さしてくるのだった。
「まさかの【色無し】ってどーいうことだよ! お前マジでダッセー男だな♪」
数秒前までのフレンドリーな態度は、一体どこへ消えたのやら。見事なまでの嘲笑を放ってくるレスリーの姿に、マキトは目を丸くする以外できなかった。
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