透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第一章 色無しの魔物使い

002 目覚めとスライム

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「ん――」

 ぼんやりと意識が戻ってくる。ふかふかの布団の温もりが気持ちいい。
 今日は何をしよう。雨の音は聞こえないから多分晴れている。外で動物たちと色々なところに探検してみるのも面白い――そんなことを考えながら、少年はゆっくりと目を開けた。

「……んぅ?」

 何かがおかしい気がした。頭がぼんやりしていて、まだそれがよく分からない。とりあえずもう一度横になってみる。やはりふかふかのベッドは――
 そこまで考えて、ようやく少年は気づいた。
 『ベッド』とはどういうことだ、と。
 いつもは敷布団であり、ベッドで寝たことなど一度もない。それ以前に部屋の様子からして明らかにおかし過ぎる。
 木で造られた椅子と、本や草花らしき何かが積み重ねられた大きめの机。ぎゅうぎゅうに本が詰め込まれた大きな本棚と、隅っこにポツンと置かれている本棚よりも一回りは小さいタンス。
 どう考えても自分の部屋ではない。そもそも差し込んでくる光は、間違いなく夕方のそれだろう。
 つまり丸一日寝てしまっていたということだろうか――少年はそんなことを考えながらベッドから降りる。

「っと……」

 立ち上がった瞬間、ふらりと体がよろめく。何故か上手く力が入らない。転びそうになったが、なんとかベッドの縁に掴まって持ちこたえた。
 少年は意味が分からなかった。昨日までは確かに元気だったのに。外に出て思いっきり走り回っていたのに、今ではそれすらも難しいように感じてしまう。
 その時――ガチャっとドアノブの回る音が聞こえた。

「――あ、目が覚めたのね? 良かったぁ」

 入ってきたのはアリシアだった。起き上がっている少年の姿に笑顔を見せる。流石に丸一日起きなかったので心配していたのだった。

「もう少し眠ったままだったら、お医者さんに見せたほうがと思ったけど、その様子なら大丈夫そうね」

 元々、少年に熱はなく、脈も正常で外傷も見られなかった。故にただ眠っているだけだろうとは思っていたのだが、それでも不安要素は大きかった。
 ひとまず目覚めてくれて良かったというのが、アリシアの正直な感想だった。
 しかし――

「…………」

 少年は無言のまま睨みつけてくる。アリシアが一歩近付けば、少年は彼女から一歩遠ざかる。警戒してきていることは明らかであった。
 まるで小さな獣みたいだと思いながら、アリシアは優しく語り掛ける。

「私はアリシア。森で倒れていたキミを助けたの。キミの名前も教えてくれる?」
「……マキト」

 少年は短く答えた。そこから自発的に自己紹介に入る様子もなく、アリシアは戸惑いながらも更に問いかける。

「年齢は?」
「えっと……こないだ十二歳になった」
「あ、だったら私より二つ下ね。でも敬語とかはいらないから」

 気さくに話しかけるアリシアだったが、マキトと名乗った少年は警戒心を解こうともせず、彼女に近づこうとすらしてこない。

(なんかネコに睨まれてるみたい……)

 アリシアは軽く表情を引きつらせながら苦笑する。年上のお姉さん相手に緊張してるのかなと一瞬だけ思ったが、恐らく――否、間違いなくそうではないと、心の中で首を左右に振る。
 人見知りというのも少し違う気がした。視線は明らかにアリシアをしっかりと捉えている。まるで敵から目を逸らしてはいけないと言わんばかりに。
 小さな獣とは言い得て妙かもしれないと、アリシアは思う。
 どちらにせよ、このままではまともな会話を成り立たせることすら至難の業となってしまう。
 こりゃ参ったなぁ、と苦笑交じりにアリシアが思っていた、その時――

「――ポヨ?」

 鳴き声が聞こえてきた。

「えっ?」

 アリシアが気づいて振り向くと、ゼリー状に丸く固まった水色の液体のような生き物が、半開きとなっているドアからジッと見つめていた。

「スライム? いつの間に入ってきたの!?」

 アリシアは驚きながら、ついそう叫んでしまった。
 それは『魔物』という存在であり、アリシアも森の中で幾度となく見てきた存在の一種でもある。
 しかし、こうして家の中に入ってきた事例はなかった。

「確か今日は殆ど外に出てないし、その時も気配はなかったから……まさか!」

 思い当たる節は一つぐらいしかなかった。
 昨晩遅くに、倒れていたマキトを家に運び込んだ――その時にスライムが一緒に家の中に入ってしまった可能性が高い。
 あの時は必死で、周囲を気にする余裕は全くなかった。それからも上手いこと隠れていたのか、今の今までアリシアはまるで気づくこともなく、こうして驚きを迎えてしまっている状態である。
 なんとも長いかくれんぼに負けてしまったと、アリシアは思った。
 それがちょっとした現実逃避であることは言うまでもない。

「ポヨ……ポヨッ!」

 スライムは何を思ったのか、そのまま部屋の中へ入ってきた。アリシアは思わず身構えるが、スライムはそんな彼女を華麗にスルーし、マキトのほうへと一直線に弾んでいった。
 そして彼の前で、ピタッと停止する。

「…………」

 ジーッと、マキトと生き物が視線を交わす。くりくりとしたスライムの目は、どこか興味深そうであった。一方でマキトは物珍しそうに、口を軽く開けながら目を見開いていた。
 まるでそれを初めて見たかのように。

(な、何なの?)

 アリシアはそんな光景を呆然と見つめるしかできなかった。
 見たところスライムに敵意はなさそうである。しかし何を仕掛けてくるかは想像もつかない。相手は魔物だ。自分たちヒトの常識で捉えてはいけないと、アリシアは自然と拳に力が入る。
 いざというときは自分がマキトを守らねば――そう思っていた時であった。

「――ポヨッ♪」

 その生き物が嬉しそうに一鳴きすると、マキトに笑顔で飛びつく。

「うわっ!」

 突然の出来事に、マキトは驚いて尻餅をついてしまう。アリシアも一瞬、襲ったのかと思って目を見開いたが――

「ポヨー♪ ポヨポヨ♪」

 そうではなさそうだとすぐに分かった。呆然とするマキトの頬を、嬉しそうな表情で頬ずりしている。どう見ても襲っている様子ではない。

「アハハ、コラくすぐったいって。ハハッ♪」

 マキトも笑顔になりながらスライムを抱きかかえる。とても大人しく、暴れる様子も全く見られず、気持ち良さそうにマキトに撫でられていた。

「凄いな……本当にゼリーみたいにプルプルしてるや」

 撫でれば撫でるほど、ひんやりとした弾力のある感触が心地良い。試しに指で突っついてみると、体の中に指が深く沈みこんでいき、やがて反動して元に戻る。
 スライムは嫌がっておらず、やはり大人しいままであった。
 むしろ自らマキトにすり寄っており、自然と頭を向けている。もっと撫でて、もっと構ってと言わんばかりに。
 マキトがそれに気づいて更に撫でてみると、やはりスライムは嬉しそうに鳴き声を上げながら、プルプルと震える。そしてそのまま勢いよく飛びあがり、マキトの肩や頭の上などを飛び跳ねながら行き来していく。

「ポヨー、ポヨポヨッ♪」

 遊んでもらってご満悦と言わんばかりのスライムの様子に、マキトもつられて笑顔を見せる。もはやすっかり、彼らだけの世界を作り上げてしまっていた。
 そしてそんな様子を、アリシアは呆然としながら見つめていた。

「スライムとはいえ、こんなにも魔物に懐かれるなんて……」

 それは決してあり得ない話ではない。実際にそれを利用して生計を立てている者も存在しているくらいだ。
 しかしそれを目の当たりにすると、やはり驚かずにはいられない。アリシアの周囲にその手の者いないからこそ、尚更と言える。
 そんな中、マキトは興味深そうにスライムを見つめながら言う。

「魔物っていうのか……初めて見るな。動物じゃないとは思ってたけど」
「――え?」

 今度はアリシアがポカンと呆ける番だった。今この子はなんて言ったのか――そんな疑問を浮かべる彼女に気づかず、マキトはスライムの頭を、ひたすら楽しそうに撫でていた。

「日本じゃ見たことないもんなぁ……てゆーかそもそも地球にもいるかどうかも分かんないし、こりゃ珍しいのに出会えたな」

 当たり前の如く流暢に話すマキト。ますます戸惑いを増しながら、アリシアは恐る恐る尋ねてみた。

「ねぇ、マキト……その『チキュウ』とか『ニホン』って……なに?」
「――えっ?」

 急に何を言い出すんだ――そう言わんばかりに、マキトはスライムを撫でる手を止めながら、アリシアを見上げるのだった。

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