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31 めいのいない日
しおりを挟む「――どうぞ」
カタッと音を鳴らして、コーヒーの入ったカップが置かれる。
「いいの?」
「余った豆を処分しちゃいたくてさ。だからかなり適当なブレンドだよ」
「兄さんのコーヒーならなんでも美味しいよ。ありがと」
お世辞めいた言葉に聞こえるが、莉子は本心で言ったつもりであった。実際に出されたコーヒーをブラックのまま飲んでみるが、やはり予想どおり『美味しい』という言葉しか浮かばない。
心から満足そうな表情を浮かべる莉子に、猫太朗は苦笑する。
「喜んでもらえたようでなによりだよ。流石に定休日で、ちゃんとしたコーヒーを出すワケにもいかないんでな」
「確かにね……」
莉子も頷きながら、改めて『ねこみや』のフロアを見渡してみる。
定休日らしく窓や扉のカーテンが閉められており、付けられている電気も最小限に留められている。
いつものようにフロアの電気を全て付けてしまうと、営業中だと勘違いされてしまう可能性があるからだ。ドアに『CLOSE』の看板をかけていても、もしかしたらとドアを開けようとしたり、中を覗き見たりする人が割といる。
それだけ『ねこみや』のファンがいるということだ。
そもそも定休日にフロアに降りること自体、普通ならばしないことであるため、猫太朗たちのほうが誤解を与えるような行動をとっているのもまた確か。文句を言われたとしても返す言葉はない。
それを承知の上で、猫太朗と莉子、そして二匹の猫たちが居座っている。
理由は、ここにいないもう一人の存在にあった。
「――めいさん、今頃病院で、何を話してるのかな?」
莉子がマシロを抱きかかえながら、薄暗い天井を見上げた。
「案外、涙を流しながら、溜まってた気持ちをぶちまけてたりして?」
「さぁね。意外と謝罪も何もかもスルーして、淡々と他愛のない話をしてるかも」
「……あり得そう」
昨日見せていためいの様子を思い出し、莉子は表情を引きつらせる。
「どこまでも母親に対して無関心な感じだったもんねぇ、めいさん」
「強がってる感じもなかったし、多分本音だろう」
「うん……」
ブラックコーヒーを見つめながら、莉子は小さなため息をつく。
父親である徹の案内で、母親の入院している病院へお見舞いに向かっためいを、少なからず心配しているのだ。
それは猫太朗も、そして猫たち――特にマシロも同じくであった。
「にぅ」
マシロが一鳴きし、莉子の膝から飛び降りる。そして店内を、再びウロウロと動き始めた。
そんな姿に、莉子と猫太朗は物憂げな笑みを浮かべる。
「まぁ、そもそも……めいさんがすんなりお見舞いに行くと言ったこと自体、かなり予想外ではあったけど」
「確かにね。宮原さんもかなり驚いてたもん」
「望み薄だってことは、ある程度予想してたっぽいもんな」
それでも徹は娘に会いに来た。藁にも縋る思いだったのだろうと、猫太朗はなんとなく思う。
――まぁ一応、産んでくれた義理もあるからね。あくまでそれだけの話よ。
そんなめいの言葉に、徹は戸惑いながらも笑みを浮かべていた。ありがとう、全然それだけでも構わないから――と、深く頭を下げて。
色々と何かが潜んでいるような気配はした。
しかし猫太朗も莉子も、それらに対して徹から詳しい事情を聞くような真似はしなかった。
あくまでめいや徹が話しているのを聞くだけ。兄妹二人から質問するようなことは自然としていなかった。
無論、全く気にならないと言えば嘘になる。
しかし下手に口を出して、ややこしくなっても良くない――そう思い、野暮なことはするまいと二人は同じ考えを抱いていたことを、当の兄妹は揃って知る由もないことであった。
「やっぱりさぁ――」
莉子がマシロの背中を優しく撫でながら、独り言のように切り出す。
「その事実婚してる相手の人が、キーパーソンだよね?」
「まぁ、そうなるだろうな」
「本当に親子の再会を純粋に願ってのことかな?」
「それはなんとも言えないけど……ちなみに莉子の感想としては?」
「何か裏がある」
「例えば?」
「離れ離れになった夫婦や親子をくっ付けて、美談のドサクサに紛れて、厄介払いも兼ねて事実婚の相手は、そのままスタコラサッサみたいな?」
「……微妙にコメントし辛いな、それ」
明るく語る莉子に、猫太朗は表情を引きつらせる。あながちあり得なくもない話だと思えたのだ。人間関係とタイミングを少しばかり分析すれば、むしろそっちのほうがしっくりくる気さえするほどに。
「まぁ、ここで確かに言えることがあるとすれば……」
猫太朗は腕を組みながら小さく笑う。
「これはあくまで、めいさんの問題だってことぐらいかな」
「うん。私たちにできるのは、こうして大人しく待つことだけだよね」
「そーゆーこと」
それを境に兄妹の会話は途切れる。漂っていたほのかな苦みのある香りも、完全に消えていた。
無言のまま数分が流れる。かと言って気まずさはない。
猫太朗も莉子も、そこまでお喋りではないのだ。話さなくていいならそれに越したことはない。互いにそれがなんとなく分かるから尚更であった。
「にぅ」
「にゃあ~」
鳴き声が二匹分聞こえてきた。二人して視線を向けてみると、マシロがクロベエにじゃれついている。構ってほしいのにうっとおしがられているその様子が、なんとも微笑ましい気持ちにさせてくれていた。
「ねぇ、兄さん――」
ふと莉子が、猫たちを見ながら問いかける。
「兄さんはめいさんのこと、どんな感じに思ってるの?」
「どんなって、それは……」
答えようとした猫太朗であったが、言葉が上手く出てこなかった。しかしながら顔を赤らめるなどの照れもない。ただ単に首を傾げ、腕を組んでいるだけ。どのように答えたらいいのか分からない様子を、素で見せていた。
「それは、えっと……何だろう?」
「何だろうって何よ?」
ある意味そのままの気持ちを口に出した兄に対し、妹は脱力しそうになりながらもそのまま問い返すのだった。
しかし猫太朗は悩ましげな表情を浮かべるばかりで返答がない。
どうやら素で答えが浮かんでこないようだ――そんな兄の様子に気づいた妹は、これ見よがしなため息をつく。
「なんてゆーか……兄さんらしいなぁって感じがするよ」
「あ、ど、どうもです」
「褒めてない」
ぎこちなく答える猫太朗に、莉子がズバッと叩き切るように言った。そして残っているコーヒーをグイッと一気に飲み干し、頬杖をついて兄のことを見上げる。
「まぁ、大方めいさんに対して深く考えたこともなかったんでしょーけど、ここまでのことをしといて、それは流石にどうかと思うよ?」
「え、いや、別にそんな大層なことは――」
「拾った猫ちゃんの面倒見て、倒れたときには介抱して、あまつさえ一つ屋根の下に住まわせて様子を見る――もう完全にマスターと客の関係なんて、軽くスキージャンプしちゃってる状態じゃない!」
段々と声が大きくなってくる莉子に、猫太朗は目を見開く。苛立ちを募らせているのは分かるが、何故そうなっているのかがまるで分からなかった。
一つ言えることは、このまま黙っているのは確実に悪手だということ。
猫太朗は意を決して莉子の言葉に反応した。
「莉子、流石にスキージャンプっていう表現はどうかと……」
「だまらっしゃい」
「はい……」
妹の冷たい一言に、兄は完全に撃沈してしまうのだった。そして莉子は再び、わざとらしいレベルの大きなため息をつく。
「とりあえずさ――兄さんから見て、めいさんをどう思ってきたのか、言える範囲でいいから言ってみてよ」
「いや、そんなこと急に言われてもなぁ……」
「御託なんていらないから早く!」
「…………」
莉子の勢いに押され、猫太朗は言葉が出ない。ここは素直に従うべきだろうと判断しつつ、西園寺めいという女性について、改めて考えてみる。
そして一言――自然と呟くように口から漏れ出た。
「傍にいると凄く落ち着く人……かな?」
少し恥ずかしそうにはにかむ兄の表情に、莉子は目を見開くのだった。
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