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最終章 風の魔女
5-14 悦びと奥の手
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ミュウが顔を真っ赤にしながらミラーに運ばれてきた時には、アイルはそれをチラ見するどころではなかった。
「ちぇええええええい!!」
裂帛の気合と共に振り抜かれるヘルムの大剣を、アイルは躱すことしか出来ない。
魔力を這わせているという剣の斬れ味の想定が出来ないために迂闊に剣を打ち合わせてみることも出来ない。
眷属になって強化された膂力によって長大な剣を小枝のように軽々と振り回してくるために、隙を伺うことも難しい。
若干飛び退るように距離を取ったアイルは、足元に落ちていた敵兵の剣を拾い、いわゆる二刀流の構えを取る。
「ほう、しかし構えを見るに双剣を使い慣れているとは思えませんな。このような戦いで付け焼き刃とは、アイル殿はその程度の剣士なのですかな」
アイルの構えを見て、普段から二刀を使っているとは思えないと判断したヘルムは少しだけ残念そうな表情になる。
或いは、軍同士のぶつかり合いとしては既に敗北しているこの戦いにおいて、最後に武人としての矜持を貫こうとしているヘルムにとっては侮辱とも捉えられたのかも知れない。
だが、アイルは気にせずに左手に持った剣を突き出し、右手の剣をやや引いたような構えを取る。
「その程度で我が連撃を止められるか、試してみるがよかろう!」
ヘルムはアイルに対して大きく一歩を踏み込むと、人間離れした疾さで剣を上段から振り下ろす。
その剣をまともに左手の剣で受けたアイルだったが、キン!という軽い金属音を残してその剣身はすっぱりと切り落とされた。
端からそのつもりだったのか、さらに後ろに下がったアイル自身はその剣戟を受けずに済んだが、左手には既に短い剣身だけが残った柄のみである。
「ほう、まさかこれほどの斬れ味を出せるとは。死に際によい剣技を身に着けさせてもらった。願わくば王国のために、この剣技を思う存分振るってみたかったものだ」
即席で魔力を這わせた己の剣の斬れ味を見て、ヘルムも満足そうな顔をする。
一方のアイルは、躊躇せずに左手の柄を投げ捨て、再びいつもの構えに戻る。
アイルにしてみれば、ヘルムの剣の斬れ味を知りたかったというだけであり、端から双剣で戦ってみようなどとは思っていない。
『別にあれと打ち合ってもあたしが折れるなんてことは無いと思うけど? まあ、少しは痛いかも知れないけど所詮は元の魔力が違うし? これでも元魔女だし? そんなにビビらなくても……あ、もしかしてアイルちゃんたら、あたしにもしものことがあっちゃいけないと思って大事に扱ってくれてるのかしら? やーん、その愛が重いけどあたしなら全部受け止めちゃーう』
張り詰めた緊張感を一切考慮していない女性の声がその場にいた全ての者に聞こえたはずだが、ミュウの表情が険しくなったのとレオノワールとヒルデガルドの目が点になった以外は全員聞き流していた。
もちろんアイルにしてみればヘレンへの気遣いなど皆無で、唯一と言っていい自分の得物を失っては勝ちを拾えなくなるために慎重になっているだけなのだが、この際それをヘレンがどう受け止めようがあまり気にしていなかった。
「なんとかして、あの魔剣を封印する方法を見つけなければいけませんね……」
「ヘレン様のイメージが……」
「何を言いますかヒルデガルド、ヘレン様はもともとああでーすよ」
三人だけが小声で感想を述べていた。
ミラーだけは、そもそもの声の主が理解できていないために展開についていけてないだけであった。
「その魔剣の言うとおりである。いつまでも逃げ回っていないで、この私に見事な引導を渡してみよ」
今まで片手で軽々と振り回していた剣を両手に持ち直して、再び上段に構え直すヘルム。次の一撃に全力を込めるという意思表示である。
これを後ろに跳んで躱すなどというのは、相手に対しての最大の侮辱となる。と、アイルが考えるであろうことまで見越しての構えだ。
もちろんアイルもそれに応えるしかないと思っていた。
なによりも、本人の言う通りに引導を渡してやらなければならない。
「その気になって頂いたようで何より。互いにこれを最大最後の一撃としよう」
ヘルムの放つ戦意のようなものが膨れ上がっていくのがわかる。大きくなっていくと同時にとても鋭くなっていくのも。
(あの剣で斬られなくとも、対峙しているだけで身を切り刻まれるようだ)
ミラーはヘルムという男を知っている。
かつて小隊長をしていた時に自分の部隊に配属されたこともあるはずだが、部隊再編などで分かれて以来、こうして会うのは初めてだった。
身体が大きいという以外はこれといって特徴はなく、兵士としては実直で凡庸。そんなイメージしかなかったヘルムが、まさかこれほどの剣士であるとは見抜けなかった。
自分と同じように剣一筋に生きる一方で、出世欲や強い自己主張を持たないが故に自分を含めた上官の目に止まることも無かったのかも知れない。
戦でもあれば彼の力が人目につく機会もあったのだろうが、平和なセルアンデではそれも叶わなかった。
いまや眷属としての力を得た彼には、ミラーは勝てる気がしない。
そのヘルムが発する剣気を真っ向から受けても微動だにしないアイルという男もまた尋常ではない。というのはミラーほどに剣技を極めた人間にしかわからないことでもあった。
魔の眷属という人外の力を得たヘルムと互角に対峙できるアイルという人間は一体何なのか。わかることは二人とも人間の領域を遥かに超越しているということだけである。
「参る!」
見ているだけのミラーが立っているのがやっと、というほどに膨れ上がった剣気が突如消え去った、と思いきやヘルムが右足を一歩踏み出した。
消えたのではない。
限界まで漲らせた剣気を一瞬で全て己の剣に集約したのだ。もはや、アイルに向けて振り下ろされる剣身は青白い燐光さえ放っていた。
ヘルムの渾身の一撃に対してアイルもまた、一歩踏み込んだ。
上段から打ち下ろされる攻撃に対して、姿勢を低くした状態から全力で魔剣ヘレンを跳ね上げる。こちらも赤い燐光を放っている。
青と赤の光が交錯した瞬間、そこを起点に爆発が起こる。
「うわあ!!」
「なんと!」
「マスター!」
ある程度の距離を置いて見守っていた者たちも数メードに渡ってふっとばされるほどの爆風が巻き起こった。
立っていられる者など一人としていられない衝撃に、ミラーもかろうじてミュウの盾になるように庇いつつ転がっていった。
否、せっかく庇ったミラーには申し訳ないことに、ミュウだけはそのままの位置に立っていた。
彼女が普段から無意識に張っている結界は、自らを害するような衝撃などを無効化してしまうのだ。
「アイルさんが……笑ってる」
ミュウはポツリと呟いた。
彼が苦笑したり、ニヤリと笑ったところは見たことがあるが、あんなに嬉しそうに笑っているところは見たことが無かった。
アイルから戦いの喜びが伝わってくる。
これはミュウだけにわかることではあるが、生まれついたギフトとして身体能力に特化され、戦士としての使命を帯びて生きてきたハイマン族のアイルにとって、今の今まで全力を出して互角に戦える相手と出会ったことがなかったのだ。
それは生命の危機が無かったということではない。
魔女が相手の時も常にギリギリで勝利してきたし、あの海の底の戦いだってアイルにとっては賭けであった。
だが、互いに剣技の限りを尽くして戦える相手というものに巡り合ったのはこれが初めてだったのだ。
そして己の力と技術、そして上等な武具の性能、それらを全て放出してもなお互角の戦いになるという初めての経験に、戦士としてのアイルは高揚していたのである。
「ポッと出の中ボスの癖に、ずるいですね」
およそ今まで自分が引き出すことが出来なかったアイルの笑顔をいとも簡単に引き出したヘルムという男に、悔しそうな視線を向けるミュウであった。
周囲を吹き飛ばすほどの爆風を巻き起こしつつも、当の両者はそのまま鍔迫り合いになっていた。
「我が渾身の一撃を互角に受け止めるとは、さすがはエレオア様が認めた王の剣。先程の言葉は取り消させていただこう」
もはや赤と青の燐光は、互いの剣のみならず、その全身をも覆い始めていた。
「く、おお……」
二人の力比べは互角に見えたが、一回り体躯の大きいヘルムが徐々に押し始める。
そのままアイルを押しつぶしてしまおうとするかのように、上からの力を更にましていき、耐えるアイルの足が若干地面に埋まる。
このままでは、アイルが押し負ける。
ミュウがそう思った時、アイルは全身の力を一瞬にして抜いた。
剣を手放し、勢いで自分に向かってくる刃を左腕の鎧で受け流す。
これはもちろん八号の装甲と同じ機構を施したアイルの義手だからこそ出来た技であったのだが、ヘルムの剣身を鎧の表面に滑らせるように流したのだ。
火花を散らしながらアイルの左腕の上を滑っていく剣先。
「む!」
先程まで力比べをしていた相手が急に脱力して剣を手放したせいで、もちろんそのまま剣を振り抜く形となったヘルム。なおかつ剣先を装甲で受け流されたのも悟った。
そのままバランスを崩してもおかしはないほどの流れだが、踏みとどまってすぐに剣を引き、横薙ぎの斬撃を放てる体勢に移行していくヘルムも流石であった。
が、一瞬だけ、その先のアイルの行動が読めなかった。
勝敗を分けたのはその一瞬である。
剣先を受け流した勢いを利用して、その場で身体を一回転させるアイル。
狙うはただ一つ。
先程の護衛たちとの戦いでもヘルムには見せなかった得意技。
「ああ……そうでしたね……あなたは……」
優雅に舞うようにその場でくるりと回るアイルの姿を、スローモーションを見ているかのように見ていたミュウにもアイルの思考が流れ込む。
「殴ったほうが早い、んでしたね」
ミュウがそう言ったのと、アイルの右の拳がヘルムのこめかみを捉えたのはほぼ同時だった。
ゴッ、という鈍い音が響いた瞬間に、ヘルムの身体から蒼い燐光が消え去った。
全ての時が止まったかのような静寂は、数秒にも数十秒にも感じられたが、実際には一秒に満たない時間だったのかも知れない。
「…………」
時間が再び流れ出したのは、ヘルムの頭部がアイルの拳を受けた反対側から弾けた瞬間である。
「うわー。まともに見ちゃった」
その瞬間をもろに見てしまったのは、ミュウと、衝撃波からすぐに起き上がった八号だけであった。
頭部を喪ったヘルムの巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
その重さからか、ズン、と地響きをさせながら大地に横たわった。
アイルはただ黙って、その大きな身体をじっと見つめるだけであった。
「ちぇええええええい!!」
裂帛の気合と共に振り抜かれるヘルムの大剣を、アイルは躱すことしか出来ない。
魔力を這わせているという剣の斬れ味の想定が出来ないために迂闊に剣を打ち合わせてみることも出来ない。
眷属になって強化された膂力によって長大な剣を小枝のように軽々と振り回してくるために、隙を伺うことも難しい。
若干飛び退るように距離を取ったアイルは、足元に落ちていた敵兵の剣を拾い、いわゆる二刀流の構えを取る。
「ほう、しかし構えを見るに双剣を使い慣れているとは思えませんな。このような戦いで付け焼き刃とは、アイル殿はその程度の剣士なのですかな」
アイルの構えを見て、普段から二刀を使っているとは思えないと判断したヘルムは少しだけ残念そうな表情になる。
或いは、軍同士のぶつかり合いとしては既に敗北しているこの戦いにおいて、最後に武人としての矜持を貫こうとしているヘルムにとっては侮辱とも捉えられたのかも知れない。
だが、アイルは気にせずに左手に持った剣を突き出し、右手の剣をやや引いたような構えを取る。
「その程度で我が連撃を止められるか、試してみるがよかろう!」
ヘルムはアイルに対して大きく一歩を踏み込むと、人間離れした疾さで剣を上段から振り下ろす。
その剣をまともに左手の剣で受けたアイルだったが、キン!という軽い金属音を残してその剣身はすっぱりと切り落とされた。
端からそのつもりだったのか、さらに後ろに下がったアイル自身はその剣戟を受けずに済んだが、左手には既に短い剣身だけが残った柄のみである。
「ほう、まさかこれほどの斬れ味を出せるとは。死に際によい剣技を身に着けさせてもらった。願わくば王国のために、この剣技を思う存分振るってみたかったものだ」
即席で魔力を這わせた己の剣の斬れ味を見て、ヘルムも満足そうな顔をする。
一方のアイルは、躊躇せずに左手の柄を投げ捨て、再びいつもの構えに戻る。
アイルにしてみれば、ヘルムの剣の斬れ味を知りたかったというだけであり、端から双剣で戦ってみようなどとは思っていない。
『別にあれと打ち合ってもあたしが折れるなんてことは無いと思うけど? まあ、少しは痛いかも知れないけど所詮は元の魔力が違うし? これでも元魔女だし? そんなにビビらなくても……あ、もしかしてアイルちゃんたら、あたしにもしものことがあっちゃいけないと思って大事に扱ってくれてるのかしら? やーん、その愛が重いけどあたしなら全部受け止めちゃーう』
張り詰めた緊張感を一切考慮していない女性の声がその場にいた全ての者に聞こえたはずだが、ミュウの表情が険しくなったのとレオノワールとヒルデガルドの目が点になった以外は全員聞き流していた。
もちろんアイルにしてみればヘレンへの気遣いなど皆無で、唯一と言っていい自分の得物を失っては勝ちを拾えなくなるために慎重になっているだけなのだが、この際それをヘレンがどう受け止めようがあまり気にしていなかった。
「なんとかして、あの魔剣を封印する方法を見つけなければいけませんね……」
「ヘレン様のイメージが……」
「何を言いますかヒルデガルド、ヘレン様はもともとああでーすよ」
三人だけが小声で感想を述べていた。
ミラーだけは、そもそもの声の主が理解できていないために展開についていけてないだけであった。
「その魔剣の言うとおりである。いつまでも逃げ回っていないで、この私に見事な引導を渡してみよ」
今まで片手で軽々と振り回していた剣を両手に持ち直して、再び上段に構え直すヘルム。次の一撃に全力を込めるという意思表示である。
これを後ろに跳んで躱すなどというのは、相手に対しての最大の侮辱となる。と、アイルが考えるであろうことまで見越しての構えだ。
もちろんアイルもそれに応えるしかないと思っていた。
なによりも、本人の言う通りに引導を渡してやらなければならない。
「その気になって頂いたようで何より。互いにこれを最大最後の一撃としよう」
ヘルムの放つ戦意のようなものが膨れ上がっていくのがわかる。大きくなっていくと同時にとても鋭くなっていくのも。
(あの剣で斬られなくとも、対峙しているだけで身を切り刻まれるようだ)
ミラーはヘルムという男を知っている。
かつて小隊長をしていた時に自分の部隊に配属されたこともあるはずだが、部隊再編などで分かれて以来、こうして会うのは初めてだった。
身体が大きいという以外はこれといって特徴はなく、兵士としては実直で凡庸。そんなイメージしかなかったヘルムが、まさかこれほどの剣士であるとは見抜けなかった。
自分と同じように剣一筋に生きる一方で、出世欲や強い自己主張を持たないが故に自分を含めた上官の目に止まることも無かったのかも知れない。
戦でもあれば彼の力が人目につく機会もあったのだろうが、平和なセルアンデではそれも叶わなかった。
いまや眷属としての力を得た彼には、ミラーは勝てる気がしない。
そのヘルムが発する剣気を真っ向から受けても微動だにしないアイルという男もまた尋常ではない。というのはミラーほどに剣技を極めた人間にしかわからないことでもあった。
魔の眷属という人外の力を得たヘルムと互角に対峙できるアイルという人間は一体何なのか。わかることは二人とも人間の領域を遥かに超越しているということだけである。
「参る!」
見ているだけのミラーが立っているのがやっと、というほどに膨れ上がった剣気が突如消え去った、と思いきやヘルムが右足を一歩踏み出した。
消えたのではない。
限界まで漲らせた剣気を一瞬で全て己の剣に集約したのだ。もはや、アイルに向けて振り下ろされる剣身は青白い燐光さえ放っていた。
ヘルムの渾身の一撃に対してアイルもまた、一歩踏み込んだ。
上段から打ち下ろされる攻撃に対して、姿勢を低くした状態から全力で魔剣ヘレンを跳ね上げる。こちらも赤い燐光を放っている。
青と赤の光が交錯した瞬間、そこを起点に爆発が起こる。
「うわあ!!」
「なんと!」
「マスター!」
ある程度の距離を置いて見守っていた者たちも数メードに渡ってふっとばされるほどの爆風が巻き起こった。
立っていられる者など一人としていられない衝撃に、ミラーもかろうじてミュウの盾になるように庇いつつ転がっていった。
否、せっかく庇ったミラーには申し訳ないことに、ミュウだけはそのままの位置に立っていた。
彼女が普段から無意識に張っている結界は、自らを害するような衝撃などを無効化してしまうのだ。
「アイルさんが……笑ってる」
ミュウはポツリと呟いた。
彼が苦笑したり、ニヤリと笑ったところは見たことがあるが、あんなに嬉しそうに笑っているところは見たことが無かった。
アイルから戦いの喜びが伝わってくる。
これはミュウだけにわかることではあるが、生まれついたギフトとして身体能力に特化され、戦士としての使命を帯びて生きてきたハイマン族のアイルにとって、今の今まで全力を出して互角に戦える相手と出会ったことがなかったのだ。
それは生命の危機が無かったということではない。
魔女が相手の時も常にギリギリで勝利してきたし、あの海の底の戦いだってアイルにとっては賭けであった。
だが、互いに剣技の限りを尽くして戦える相手というものに巡り合ったのはこれが初めてだったのだ。
そして己の力と技術、そして上等な武具の性能、それらを全て放出してもなお互角の戦いになるという初めての経験に、戦士としてのアイルは高揚していたのである。
「ポッと出の中ボスの癖に、ずるいですね」
およそ今まで自分が引き出すことが出来なかったアイルの笑顔をいとも簡単に引き出したヘルムという男に、悔しそうな視線を向けるミュウであった。
周囲を吹き飛ばすほどの爆風を巻き起こしつつも、当の両者はそのまま鍔迫り合いになっていた。
「我が渾身の一撃を互角に受け止めるとは、さすがはエレオア様が認めた王の剣。先程の言葉は取り消させていただこう」
もはや赤と青の燐光は、互いの剣のみならず、その全身をも覆い始めていた。
「く、おお……」
二人の力比べは互角に見えたが、一回り体躯の大きいヘルムが徐々に押し始める。
そのままアイルを押しつぶしてしまおうとするかのように、上からの力を更にましていき、耐えるアイルの足が若干地面に埋まる。
このままでは、アイルが押し負ける。
ミュウがそう思った時、アイルは全身の力を一瞬にして抜いた。
剣を手放し、勢いで自分に向かってくる刃を左腕の鎧で受け流す。
これはもちろん八号の装甲と同じ機構を施したアイルの義手だからこそ出来た技であったのだが、ヘルムの剣身を鎧の表面に滑らせるように流したのだ。
火花を散らしながらアイルの左腕の上を滑っていく剣先。
「む!」
先程まで力比べをしていた相手が急に脱力して剣を手放したせいで、もちろんそのまま剣を振り抜く形となったヘルム。なおかつ剣先を装甲で受け流されたのも悟った。
そのままバランスを崩してもおかしはないほどの流れだが、踏みとどまってすぐに剣を引き、横薙ぎの斬撃を放てる体勢に移行していくヘルムも流石であった。
が、一瞬だけ、その先のアイルの行動が読めなかった。
勝敗を分けたのはその一瞬である。
剣先を受け流した勢いを利用して、その場で身体を一回転させるアイル。
狙うはただ一つ。
先程の護衛たちとの戦いでもヘルムには見せなかった得意技。
「ああ……そうでしたね……あなたは……」
優雅に舞うようにその場でくるりと回るアイルの姿を、スローモーションを見ているかのように見ていたミュウにもアイルの思考が流れ込む。
「殴ったほうが早い、んでしたね」
ミュウがそう言ったのと、アイルの右の拳がヘルムのこめかみを捉えたのはほぼ同時だった。
ゴッ、という鈍い音が響いた瞬間に、ヘルムの身体から蒼い燐光が消え去った。
全ての時が止まったかのような静寂は、数秒にも数十秒にも感じられたが、実際には一秒に満たない時間だったのかも知れない。
「…………」
時間が再び流れ出したのは、ヘルムの頭部がアイルの拳を受けた反対側から弾けた瞬間である。
「うわー。まともに見ちゃった」
その瞬間をもろに見てしまったのは、ミュウと、衝撃波からすぐに起き上がった八号だけであった。
頭部を喪ったヘルムの巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
その重さからか、ズン、と地響きをさせながら大地に横たわった。
アイルはただ黙って、その大きな身体をじっと見つめるだけであった。
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