上 下
103 / 120
最終章 風の魔女

5-6 復活と出発

しおりを挟む
 盛大な宴から数日後、ダナンの中央執務室に主だった面々が集っていた。

 かつて王都から東征の協力要請が舞い込んだ時に集まったのと同じメンバーだが、そこにアイルとミュウ、そしてエルが加わっている。
 狭い執務室が以前集まった時よりも更に狭くなった上に、体躯の大きなロンダール、アイル、サミュエルがいるせいでむさ苦しさも増している。
 また、話し合われる内容が内容だけに外部に漏れることを恐れて窓も締め切られている。暑期が終わって寒期の入り口だというのに、室内は異様な熱気が満ちていた。
 
 ミュウは早々とアイルの肩に乗り、一人だけ難を逃れていた。

 室内にはマレーダーの姿もあった。そして全ての修理を終えた八号もまた、アイルの横にちょこんと立っている。



 エルタウンからやってきたメンバーがダナンに着いた時は見ものだったと、一部始終を見ていたリンジーは後に語る。

 感情を持たないゴーレムであるはずの八号が、アイルの姿を見るなり嬉しそうに弾丸のような勢いでアイルに突っ込んでいった。
 その唐突さと疾さにアイルも対応できずにまともに体当たりを食らう。

 なんとか吹っ飛ばされずに踏ん張り、八号の突進を受け止めたアイルが苦しそうな表情を見せる中、当の八号はグリグリとアイルのお腹に頭を擦りつけている。

「マスター、八号ただいま帰還いたしました。マスターと離れている間、己の役立たずぶりにただ絶望しておりましたが、こうしてまた完全なる姿でお傍にいられるようになったことを嬉しく思います」

 これにはリンジーだけではなく製作者のマレーダーも、魔力でリンクしているはずのトルマも目を丸くした。
 ゴーレムである八号が『絶望して』『嬉しく思った』のである。

「あー……八号? アイルさんの役に立てるようになったことが嬉しいのかい?」

 マレーダーが、ずれた眼鏡を直しながら尋ねれば八号は『満面の笑み』で振り返る。

「はい、マレーダー様。八号はこうして再びマスターと共にあることが嬉しいのです。マスターと離れていた日々は耐え難い苦しみの日々でしたので」

 一体なにがどうしてこうなったのか、作ったマレーダーにもわからなかった。

「まあまあ、剣に魂が宿ることもあるんだから、ゴーレムに感情が芽生えてもそんなに不思議なことじゃないさ」

 エルが笑いながら言えば、マレーダーが目を剥いて「詳しく」と詰め寄る。

 エルは『余計なことを言ってしまった』という顔をしながらアイルに助けを求める視線を投げたが、アイルとミュウは敢えてヘレンの事に飛び火しないよう全力で無視していた。

 モデルとなったトルマはと言えば、なんだかアイルへの甘えのポジションを取られたような気持ちになったのか複雑な表情をしていた。



「なるほどな……魔物の軍勢か。確かにそれは頼りになるな」

 かつてダナン防衛戦やイーチ戦で統率された魔物の群れと戦った経験のあるサミュエルはミュウの案に深く頷く。

「もちろんそれは王都の軍勢を引き出すための陽動です。私達が北方に王国軍を足止めしている間に、いま王都で何が起こっているのかを調べるというのがエルさんの作戦ですね。出来ればそのまま王都を奪還できればいいのですが、そう簡単にはいかないでしょうね」

 ミュウは王国軍が全軍出てくるとは思っていない。だが、戦いが膠着して長引けば増援を出さざるを得なくなるであろう。やはり、ミュウとアイルの戦い方次第であることは間違いない。

「うん。まず何故急に兵力を激増させることが出来たのかを知りたい。その上で、多いだけのハリボテの兵なのかどうかも確認できればいいね」

 もし数を揃えただけならば、実力差と装備の差で千の兵力でもダナン側に勝機が見えてくる。逆に兵の戦闘力と練度が高ければ苦戦は免れない。

「興奮状態に入った魔物は何をするかわからないので、陽動部隊は私とアイルさんのみで率います」
「潜入部隊はこれから選抜だな」

 腕組みをしてつぶやくサミュエルの言葉に一歩前に出る人物がいる。

「もちろん私は行きます」

 宿屋の跡取り息子の妻として、そして二人の養女を育てる母として暮らすという平和な日々を送っていたために鬱憤が最高潮に溜まっているリンジー嬢である。

「まあ……そうだろうなあ」

 ちらりとそれを横目で見たサミュエルも諦め気味に頷いた。これを止めたら『銀の斧亭』が破壊されかねない。平和に暮らしながらも毎日の鍛錬は一切怠っていないことも知っている。

 調査が主な目的となるのでマレーダーも参加、王都の変化を自分の目で見ておきたいというエルも参加することになる。
 その他のメンバーは後に選抜することにして、一旦解散となる。


「もう行くのかい」

 『銀の斧亭』の裏手にある小さな墓に手を合わせるアイルの背中に、女将のキャシーが声を投げる。
 その墓は、かつてのイーチとの戦いで村を守りながら死んだ次男のベンの物だ。いましがたアイルが供えた小さな花が添えられている。

「ああ」

 アイルはゆっくりと立ち上がる。

「その、北へ行くんだろ? もし……迷惑じゃなかったらさ……」

 いつも溌剌として豪快なキャシーにしては珍しく口ごもる。大事な戦いに赴くアイルに頼むようなことではないとわかっているからだ。

「わかった」

 だが、アイルは引き受けた。

「あんたは本当にいい子だよ」

 キャシーは笑って、手作りのペンダントをアイルに渡した。

「これはね、あの時あの子が帰ってきたらお守りにと渡すつもりだったものさ。あん時はあいつが黙って行方をくらましたから渡せなかったんだけどね」

 アイルはしみじみとそのペンダントを見る。

 丈夫な紐を撚り合わせて作られたそのペンダントは、魔除けの効果があると言われている小さな石をはめ込んだ銀のヘッドが付けられている。
 母親の思いが込められたこのペンダントは、きっと安らかな眠りを守ってくれるに違いない。



 西の門から旅立つアイル達を見送るために、ダナンの主だった人々が再び集まる。

 それぞれが短い言葉をかける中、トルマはもう一度アイルに抱きついた。アイルの横にはトルマそっくりの八号がいるので、妙な空間である。

「気をつけてね、アイルお兄ちゃん。また帰ってきてね」
「ああ」
「八号とのリンクが切れてからのトルマはそりゃあこっちが心配になるぐらいに、毎日毎日アイル兄ちゃんの心配ばかりしてたんだ。今度はあんまり無茶をしねえでくれよ」

 ルビィが半分トルマをからかうような言葉をかけて笑う。

「もう! ルビィちゃん! でも、本当に無茶しちゃだめだよ?」

 駄目だと言った所で、かつて自分を守って瓦礫の下敷きになった時のように、片腕を失った時のように、半年近く音信不通になった時のように、この人は誰かのために無茶をするのだろう。
 そうわかっていても、言わずにはいられなかった。

「わかった」

 アイルはそう言って優しく笑うと、しゃがんでルビィとトルマの頭をポンポンと叩く。

「ご心配には及びません。マスターの身はこの私が全力でお守りいたしますので」

 八号が無表情で胸を叩いた。

「そんなこと言って、こないだは壊れちゃったじゃない!」

 トルマの全力のツッコミに思わず「ぐぬぬ……」と言い返せなくなる八号。

「し、しかし、このたびは色々とパワーアップしているのです。リンジー様にも稽古を付け直していただきましたし、もう前回のような不覚は取りません。あの筋肉ダルマと戦っても小指一本で勝てるでしょう」

 あの筋肉ダルマと言われても誰のことだかトルマにはわからなかったが、戦えない自分に代わってアイルとミュウの守りを任せるのはこの八号しかいないのだ。
 この数日間、リンジーと暇さえあれば組手をしていたようだが、アイルにしてみればむしろ八号と本気の組手が出来るリンジーのほうが人間としておかしい領域に踏み込んでいるような気がしてならなかった。

「うん、お兄ちゃんとお姉ちゃんをしっかり守ってね」
「あんまりだらしねえと、九号を作っちゃうからな」

 二人の言葉に奮起する八号。

 特にルビィの最後の言葉はいただけない。最強で最終兵器なゴーレムは自分でなければならない。

「万事お任せあれ」

 新調された(トルマのおさがりの)可愛らしい淡いピンクのワンピースの裾を持ち上げて、丁寧に礼をする八号。

 トルマと見た目がそっくりなのだから双子のやり取りにしか見えないのだが、片方が終始無表情なので妙な演劇でも見ている気分になる一同。

「マレーダー様」

 八号は見送りに来ているマレーダーに向かう。

「なんだい?」
「トルマ様が成長なされているのに、私のサイズが変わっておりません。それについては厳重に抗議申し上げたい所ですが時間がありません。戻ったら、サイズ調整のほど、よろしくお願いいたします」

 この一年でトルマの身長も数センチ伸びていた。元のサイズのままの八号とは、身長差が出来てしまっている。

「それについては一考を。八号が私より大きくなるのは、立場の問題から考えてもいただけませんね」

 ここでミュウが口を挟む。

「そんな……」

 第二の主人と言っても差し支えないミュウからの思わぬ駄目出しにがっくりと膝をつく八号。

「ほらほらあんた達、くだらないこと言ってないでもう放しておやり。ほらハチゴーちゃん。きちんと再現できてるかわからないけど、タイセー焼きとかいうのをたっぷり作ってあげたよ」

 キャシーが革袋にたっぷり詰まったタイセー焼きもどきを八号に渡す。

「これは……! ありがとうございます。タイセー焼きなどと言わず、これはもうダナン焼きとして、街の名物にしましょう」
「そりゃあいいねえ」

 ニヤニヤと笑うキャシー。

「あー、その、なんだ。とにかく気をつけてな。お前たちからの知らせをもって、俺達も作戦行動を開始する。おっ始まったらこことエルタウンからの二面攻撃だ。お前たち二人に重荷を背負わせちまうが、頼りにしてるぜ」

 今度はサミュエルが代表して進み出てくる。今日は一段と頭の輝きが良い。

「ああ」

 アイルはニヤリと笑うと、サミュエルと固い握手を交わした。

「それでは行ってまいります。吉報をお待ち下さい」

 皆に別れを惜しまれつつ、アイルとミュウは西の森へと姿を消した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

スキル「超能力」を得て異世界生活を楽しむ

黒霧
ファンタジー
交通事故で死んでしまった主人公。しかし女神様の導きにより、異世界に貴族として転生した。なぜか前世の記憶を持って。そこで超能力というスキルを得て、異世界生活を楽しむ事にする。 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

クリエイタースキルを使って、異世界最強の文字召喚術師になります。

月海水
ファンタジー
ゲーム会社でスマホ向けゲームのモンスター設定を作っていた主人公は、残業中のオフィスで突然異世界に転移させられてしまう。 その異世界には、自分が考えたオリジナルモンスターを召喚できる文字召喚術というものが存在した! 転移時に一瞬で120体のアンデッドの召喚主となった主人公に対し、異世界の文字召喚は速度も遅ければ、召喚数も少ない。これはもしや、かなりの能力なのでは……?  自分が考えたオリジナルモンスターを召喚しまくり、最強の文字召喚術師を目指します!

宣誓のその先へ

ねこかもめ
ファンタジー
幼き日の絶望をのりこえ必ずや《魔物》を滅ぼすと誓った少年ユウ。 騎士となった彼は、新しい日常の中で戯けた日々を送りながらも誓いを果たさんと戦う。 同じく騎士となった幼馴染の少女アイシャをはじめ、 先輩や後輩、屋敷のメイドなど、多くの仲間と共に突き進む。 戦いの果てに、ユウが見出す《答え》は…。 【小説家になろう】 こちらでは どんどん話が進んでますので、ぜひこちらもよろしくお願い致します!https://t.co/G71YaZqVBV ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。

処理中です...