95 / 120
第四章 闇の女神
4-24 ミュウの想いとアイルの決意
しおりを挟む
東の大陸の南方に点在する村々のうちの一つ、メイアの村には『巫女』と呼ばれる存在がいた。
もともとハイマン族と人間の混血として北の王国を追われた人々が作った村であるために、時々特殊能力を持った者が産まれることはあった。
その中で遠くで起きている出来事をまるで眼の前で起きているかのように見ることの出来る能力を持って産まれた娘がいた。
メイアの村人たちは彼女を『巫女』として祀り、狩りに行く際の獲物の位置や村に迫る危険などを察知する大切な役目を与えた。
その『巫女』は外見は人間そっくりだったが、寿命や魔力などについては成長するにつれてハイマン族としての特性が強く出たために末永く人々を支える存在として、女神の代行者であるなどと崇拝する者まで現れるほどだった。
幼い頃からその役目を担わされていた『巫女』は、己の役割に疑問を持つこともなく日々を送っていた。
その役目上、村から長時間出ることも叶わず、村長宅の隣に建てられた祭殿の中で丸一日を過ごすことも少なくなかった。
彼女はその能力故に、自然と本来の目で物を見ることをしなくなった。
常日頃から目を閉じ、その能力で全てを見る癖がついていた。
そんなある日『巫女』は、とある村の青年にときめいている自分に気づいた。
その青年は外に狩りに出かける役の一人で、獲物の一部を『巫女』に捧げる役目も負っていたために何日かに一度は顔を合わせていた。
凡そ普段は村の重鎮である老人達としか顔を合わせず、村の中でさえ自由に散策することも出来ない少女が、供物を持ってくるたびに逞しく爽やかな笑顔で微笑みかけてくれる青年に恋してしまうのはごく自然な成り行きでもあった。
遥か遠くを見通す力を以ってしても青年の心の内を知ることは出来ない。
青年が狩りに出掛けた折などはこっそり周囲の目が無い時に、その狩りの様子を遠視したりもした。
自分はこれほどまでに青年に恋焦がれているが、果たして青年のほうはどうなのだろうか。
立場上、気軽に声をかけて問うことさえ出来ない己の身を初めて恨んだ。この頃から『巫女』は自由の効かない立場と、その原因である特殊な力を厭うようになった。
青年の心の内を知りたいという欲求が日に日に増していったある日、『巫女』の神託が聞きたいという一人の拝謁客が案内されてきた。
黒いローブを身に纏った女性の参拝客だったが、何を知りたいのかと問うた時にその女性が話した内容に『巫女』は衝撃を受けた。
「相手の心の内を知ることが出来る力を与えてあげましょうか? 代わりにあなたのその『魔眼』の力、遠くの物を見ることが出来る力をちょうだいな」
もちろんその場では断ったが、彼女にとって余りにも魅力的すぎる提案だった。
その力があれば青年の心を知ることが出来る。と、同時に自分を縛り付けるこの力を手放すことが出来る。
力さえ無くなれば『巫女』として扱われることはなくなり、一人の自由な人間として生きることも許されるはずだ。
まさに一石二鳥だった。
だが同時に恐ろしくもあった。母を裏切ることになるし、村人や他の村の人達をも失望させることになる。
何よりも力を失くした自分など、どう扱われるかわからない。
結局彼女はローブの女性の提案を受け入れることは出来なかった。
しかし、一度心に燻った小さな炎は消えることはない。
狩りに勤しむ青年の姿を遠視しては高鳴る胸の内を自覚しながら、『巫女』はもう我慢できなくなっている自分を知った。
深夜、フラフラと村の近くの林を彷徨い歩いていると、目の前にあの黒いローブの女性が現れた。彼女がここに来るのを知っていたかのような現れ方だった。
「ふふっ、どお? やっぱり知りたいでしょう?」
『巫女』は力なく頷いた。
「なら、契約を交わしましょう。きっと素敵な取引になるわ」
夜の闇に今にも溶け込みそうなその女性は、妖艶に笑うのだった。
いざ力を失った彼女はうろたえた。
もう能力で周囲を見ることは叶わないのだからと、しばらくぶりに目を開いてみたが何も見えなかった。
「それは無理よお。あなたの能力は『目』そのものだったんだから。私に能力を渡した時点で『目』もなくなっちゃったの。ああ、残り滓の入れ物は残ってるけどね?」
それから女性は彼女に別の方法、すなわち元々彼女に備わっていた風系統の魔力を使って周囲の状態を知る方法を教えてくれた。
元から素養があったのか、少しコツを聞いただけで様々な魔力の扱いについて一晩で習得した彼女は、以前と同じように目を閉じたままでも周囲を把握することが出来るようになった。
「もっと色んな魔法を使えるようになりたくなったら、また私に会いにいらっしゃいな。私に会いたいと思えば、会えるわ」
そんな言葉を残して女性は闇へと消えた。
翌日まだ彼女が能力を失ったと知らない村人たちはいつも通りの対応であったが、昨夜女性に注意されていた通り『巫女』自身の魔力の高さ故に村中の人間の思考が飛び込んできて彼女は思わず吐きそうになった。
人間とは如何に表の顔と全く裏腹の事を考えて生きているのだろうか。
それから数日かけて、意識しなければなんとか自分のごく近くにいる人間の思考ぐらいしか流れ込んでこないようにすることは出来た。
幸い、神託を聞きに来る相手も訪れなかったために彼女が既に遠くを見る力を失くしていることに気付く者は一人もいなかった。
そして運命の日。
あの青年が再び供物を持ってやってきた日。
逸る心を押さえながら、そっと青年の心を覗き見る。
「あ……」
そこには、女性がいた。
彼女もよく知る村の女性の一人だ。
供物を決められた場所に置きながら、いつもの爽やかな笑顔を浮かべながら、青年はその女性の一糸まとわぬ姿と、昨夜その女性と過ごした一夜を思い出しては下品な幸せに浸っていた。
『巫女』はその場で嘔吐した。
それからは大騒ぎである。
動揺する村長を始めとした人々に『巫女』は己が力を失ったことを告げた。
口々に『なんと!』とか『それはお労しい』などと言っているが、心のうちは自分たちの村が今後他の村に対して強い立場でいられなくなることへの不安や、的確な狩りが出来なくなること、そして村に迫る獣の危険を察知出来なくなるなどそれぞれの利害についてしか考えていなかった。
それからの彼女に対する村の扱いはそれは酷いものだった。頼みの母も自分を守ってくれないと知った時、彼女は村を出る決心をした。
そしてある夜、村人が寝静まった頃に村を出たところで、いつぞやの夜と同じようにあの黒いローブの女性が当たり前のように立っていた。
「どうせ行く宛ないんでしょ? こうなっちゃった責任の一端は私にもあるんだし、よかったらしばらく私の所に来る?」
別に会いたいと思っていたわけではないけど、と思いつつ他に行く宛とてない彼女はそのまま女性についていった。
道すがら、改めてお互いに自己紹介をした。
ローブの女性はヘレンといった。
これが魔女ヘレンと、『元巫女』ミュウの長い物語の始まりだった。
──────────────────
(なるほど、ヘレンの狙いはそれでしたか。あの失敗というのは、永遠の寿命を手に入れるのに失敗したということ、そして今度こそアイルさんからそれを手に入れようとしている、と)
さて、困ったことになったとミュウは考える。
身動きひとつ、声一つ出すことさえ出来ない状態ではあるが思考は生きている。
先程のヘレンの言葉からすれば要するに自分は人質である。
(だから助けになど来なくていいと言っているのに、本当にもう)
もちろん言っていない。というか、アイルにその言葉を伝えてはいない。
アイルもここで超常的な力を発揮して、自分の考えていることを読めるようになってくれればいいのに。などと無茶な注文までつけ始める。
発言も身じろぎも出来ない今の自分には、もういいから帰れということを伝えることさえ出来ない。
(自ら命を断つことさえ出来やしない。まあ、そうさせないために呪縛の魔法をかけられたんでしょうけど。アイルさんが寿命が普通の人間になってしまったら、交換条件で私が解放されてもアイルさんが先に死んじゃうじゃないですか。そしたら私はアイルさんがお爺ちゃんになって死んでいく所を看取ってあげなくちゃいけなくなりますよ。それでその後はひとりぼっちで生きていかなくてはならなくなります。ああ、でも子供ができれば一人ではないですね。何人かの子供のうち、私のように長寿を発現する子がいてくれれば寂しさはちょっとは薄れますね……)
そこまで思考を巡らせたところで、とても重大な事に気付くミュウ。
(え? なんで一生アイルさんと共にいることが確定事項みたいになってるんですかね? それに子供って……)
そこで、数十年前に垣間見てしまったあの青年の心の中の男女の行為を思い出す。
(えええ、私とアイルさんがあんなことを? 他にもあの街で見たこんなことや、あの村で見たそんな行為まで? いや、アイルさんてばそんなことに興味が? 変態ですね。無表情で興味なさそうな顔をして、そういうのを確かムッツとかなんとか言うんでしたっけね)
最早混乱してアイルが様々な行為に興味がある変態紳士であることにされてしまっているのだが、ミュウ自身もそれに気づいていない。
(まあ、ご希望とあれば旅の間に色んな事を試してみるのも悪くはないと思いますけど、お手柔らかにお願いしますねっ!!)
心の中でアイルを睨みつけるミュウであった。
──────────────────
「で、どーお? 断ったらミュウちゃんは一生このまま人形のように動けないまま生き続けることになっちゃうけどお?」
そうきたか。とアイルは舌打ちする。
ミュウの力を失いたくないヘレンにはミュウを殺すことは出来ない。
だから、ミュウの身柄と引き換えになどというのはハッタリだと踏んでいたが、殺さずにあのままの状態を解除しないというのであれば可能だ。
そして出された条件は、ハイマン族として本来のアイルが持っている寿命をヘレンに渡すこと。
これも別にアイルにとってはなんでもないことだ。
人としての寿命になるのか、それともいまここで死ぬのか。
だが。
アイルは黙って剣を抜いた。
「あらあ? そう来るの? ざーんねん。ちょっと読みが外れちゃったなあ」
ヘレンは心底残念そうな顔をした。
アイルに剣を抜かせたのはヘレンへの怒りでもなく、ミュウを助けたいという想いでもなく、ましてや己の寿命を譲りたくないなどという利己心ではなかった。
ヘレンの失敗はただ一つ、アイルに昔話をしたせいで彼に『エレノアとの約束』を思い出させてしまったことだった。
約束を守るために魔女を討つ。
自分が寿命を失って、この気まぐれな魔女ヘレンが永遠に生き続けるのだとしたら、エレノアが我が子のようだと言っていた人々にどのような災厄が降りかかるかわからない。
いま、ここで、討つしかない。
アイルはそう決めたのだった。
もともとハイマン族と人間の混血として北の王国を追われた人々が作った村であるために、時々特殊能力を持った者が産まれることはあった。
その中で遠くで起きている出来事をまるで眼の前で起きているかのように見ることの出来る能力を持って産まれた娘がいた。
メイアの村人たちは彼女を『巫女』として祀り、狩りに行く際の獲物の位置や村に迫る危険などを察知する大切な役目を与えた。
その『巫女』は外見は人間そっくりだったが、寿命や魔力などについては成長するにつれてハイマン族としての特性が強く出たために末永く人々を支える存在として、女神の代行者であるなどと崇拝する者まで現れるほどだった。
幼い頃からその役目を担わされていた『巫女』は、己の役割に疑問を持つこともなく日々を送っていた。
その役目上、村から長時間出ることも叶わず、村長宅の隣に建てられた祭殿の中で丸一日を過ごすことも少なくなかった。
彼女はその能力故に、自然と本来の目で物を見ることをしなくなった。
常日頃から目を閉じ、その能力で全てを見る癖がついていた。
そんなある日『巫女』は、とある村の青年にときめいている自分に気づいた。
その青年は外に狩りに出かける役の一人で、獲物の一部を『巫女』に捧げる役目も負っていたために何日かに一度は顔を合わせていた。
凡そ普段は村の重鎮である老人達としか顔を合わせず、村の中でさえ自由に散策することも出来ない少女が、供物を持ってくるたびに逞しく爽やかな笑顔で微笑みかけてくれる青年に恋してしまうのはごく自然な成り行きでもあった。
遥か遠くを見通す力を以ってしても青年の心の内を知ることは出来ない。
青年が狩りに出掛けた折などはこっそり周囲の目が無い時に、その狩りの様子を遠視したりもした。
自分はこれほどまでに青年に恋焦がれているが、果たして青年のほうはどうなのだろうか。
立場上、気軽に声をかけて問うことさえ出来ない己の身を初めて恨んだ。この頃から『巫女』は自由の効かない立場と、その原因である特殊な力を厭うようになった。
青年の心の内を知りたいという欲求が日に日に増していったある日、『巫女』の神託が聞きたいという一人の拝謁客が案内されてきた。
黒いローブを身に纏った女性の参拝客だったが、何を知りたいのかと問うた時にその女性が話した内容に『巫女』は衝撃を受けた。
「相手の心の内を知ることが出来る力を与えてあげましょうか? 代わりにあなたのその『魔眼』の力、遠くの物を見ることが出来る力をちょうだいな」
もちろんその場では断ったが、彼女にとって余りにも魅力的すぎる提案だった。
その力があれば青年の心を知ることが出来る。と、同時に自分を縛り付けるこの力を手放すことが出来る。
力さえ無くなれば『巫女』として扱われることはなくなり、一人の自由な人間として生きることも許されるはずだ。
まさに一石二鳥だった。
だが同時に恐ろしくもあった。母を裏切ることになるし、村人や他の村の人達をも失望させることになる。
何よりも力を失くした自分など、どう扱われるかわからない。
結局彼女はローブの女性の提案を受け入れることは出来なかった。
しかし、一度心に燻った小さな炎は消えることはない。
狩りに勤しむ青年の姿を遠視しては高鳴る胸の内を自覚しながら、『巫女』はもう我慢できなくなっている自分を知った。
深夜、フラフラと村の近くの林を彷徨い歩いていると、目の前にあの黒いローブの女性が現れた。彼女がここに来るのを知っていたかのような現れ方だった。
「ふふっ、どお? やっぱり知りたいでしょう?」
『巫女』は力なく頷いた。
「なら、契約を交わしましょう。きっと素敵な取引になるわ」
夜の闇に今にも溶け込みそうなその女性は、妖艶に笑うのだった。
いざ力を失った彼女はうろたえた。
もう能力で周囲を見ることは叶わないのだからと、しばらくぶりに目を開いてみたが何も見えなかった。
「それは無理よお。あなたの能力は『目』そのものだったんだから。私に能力を渡した時点で『目』もなくなっちゃったの。ああ、残り滓の入れ物は残ってるけどね?」
それから女性は彼女に別の方法、すなわち元々彼女に備わっていた風系統の魔力を使って周囲の状態を知る方法を教えてくれた。
元から素養があったのか、少しコツを聞いただけで様々な魔力の扱いについて一晩で習得した彼女は、以前と同じように目を閉じたままでも周囲を把握することが出来るようになった。
「もっと色んな魔法を使えるようになりたくなったら、また私に会いにいらっしゃいな。私に会いたいと思えば、会えるわ」
そんな言葉を残して女性は闇へと消えた。
翌日まだ彼女が能力を失ったと知らない村人たちはいつも通りの対応であったが、昨夜女性に注意されていた通り『巫女』自身の魔力の高さ故に村中の人間の思考が飛び込んできて彼女は思わず吐きそうになった。
人間とは如何に表の顔と全く裏腹の事を考えて生きているのだろうか。
それから数日かけて、意識しなければなんとか自分のごく近くにいる人間の思考ぐらいしか流れ込んでこないようにすることは出来た。
幸い、神託を聞きに来る相手も訪れなかったために彼女が既に遠くを見る力を失くしていることに気付く者は一人もいなかった。
そして運命の日。
あの青年が再び供物を持ってやってきた日。
逸る心を押さえながら、そっと青年の心を覗き見る。
「あ……」
そこには、女性がいた。
彼女もよく知る村の女性の一人だ。
供物を決められた場所に置きながら、いつもの爽やかな笑顔を浮かべながら、青年はその女性の一糸まとわぬ姿と、昨夜その女性と過ごした一夜を思い出しては下品な幸せに浸っていた。
『巫女』はその場で嘔吐した。
それからは大騒ぎである。
動揺する村長を始めとした人々に『巫女』は己が力を失ったことを告げた。
口々に『なんと!』とか『それはお労しい』などと言っているが、心のうちは自分たちの村が今後他の村に対して強い立場でいられなくなることへの不安や、的確な狩りが出来なくなること、そして村に迫る獣の危険を察知出来なくなるなどそれぞれの利害についてしか考えていなかった。
それからの彼女に対する村の扱いはそれは酷いものだった。頼みの母も自分を守ってくれないと知った時、彼女は村を出る決心をした。
そしてある夜、村人が寝静まった頃に村を出たところで、いつぞやの夜と同じようにあの黒いローブの女性が当たり前のように立っていた。
「どうせ行く宛ないんでしょ? こうなっちゃった責任の一端は私にもあるんだし、よかったらしばらく私の所に来る?」
別に会いたいと思っていたわけではないけど、と思いつつ他に行く宛とてない彼女はそのまま女性についていった。
道すがら、改めてお互いに自己紹介をした。
ローブの女性はヘレンといった。
これが魔女ヘレンと、『元巫女』ミュウの長い物語の始まりだった。
──────────────────
(なるほど、ヘレンの狙いはそれでしたか。あの失敗というのは、永遠の寿命を手に入れるのに失敗したということ、そして今度こそアイルさんからそれを手に入れようとしている、と)
さて、困ったことになったとミュウは考える。
身動きひとつ、声一つ出すことさえ出来ない状態ではあるが思考は生きている。
先程のヘレンの言葉からすれば要するに自分は人質である。
(だから助けになど来なくていいと言っているのに、本当にもう)
もちろん言っていない。というか、アイルにその言葉を伝えてはいない。
アイルもここで超常的な力を発揮して、自分の考えていることを読めるようになってくれればいいのに。などと無茶な注文までつけ始める。
発言も身じろぎも出来ない今の自分には、もういいから帰れということを伝えることさえ出来ない。
(自ら命を断つことさえ出来やしない。まあ、そうさせないために呪縛の魔法をかけられたんでしょうけど。アイルさんが寿命が普通の人間になってしまったら、交換条件で私が解放されてもアイルさんが先に死んじゃうじゃないですか。そしたら私はアイルさんがお爺ちゃんになって死んでいく所を看取ってあげなくちゃいけなくなりますよ。それでその後はひとりぼっちで生きていかなくてはならなくなります。ああ、でも子供ができれば一人ではないですね。何人かの子供のうち、私のように長寿を発現する子がいてくれれば寂しさはちょっとは薄れますね……)
そこまで思考を巡らせたところで、とても重大な事に気付くミュウ。
(え? なんで一生アイルさんと共にいることが確定事項みたいになってるんですかね? それに子供って……)
そこで、数十年前に垣間見てしまったあの青年の心の中の男女の行為を思い出す。
(えええ、私とアイルさんがあんなことを? 他にもあの街で見たこんなことや、あの村で見たそんな行為まで? いや、アイルさんてばそんなことに興味が? 変態ですね。無表情で興味なさそうな顔をして、そういうのを確かムッツとかなんとか言うんでしたっけね)
最早混乱してアイルが様々な行為に興味がある変態紳士であることにされてしまっているのだが、ミュウ自身もそれに気づいていない。
(まあ、ご希望とあれば旅の間に色んな事を試してみるのも悪くはないと思いますけど、お手柔らかにお願いしますねっ!!)
心の中でアイルを睨みつけるミュウであった。
──────────────────
「で、どーお? 断ったらミュウちゃんは一生このまま人形のように動けないまま生き続けることになっちゃうけどお?」
そうきたか。とアイルは舌打ちする。
ミュウの力を失いたくないヘレンにはミュウを殺すことは出来ない。
だから、ミュウの身柄と引き換えになどというのはハッタリだと踏んでいたが、殺さずにあのままの状態を解除しないというのであれば可能だ。
そして出された条件は、ハイマン族として本来のアイルが持っている寿命をヘレンに渡すこと。
これも別にアイルにとってはなんでもないことだ。
人としての寿命になるのか、それともいまここで死ぬのか。
だが。
アイルは黙って剣を抜いた。
「あらあ? そう来るの? ざーんねん。ちょっと読みが外れちゃったなあ」
ヘレンは心底残念そうな顔をした。
アイルに剣を抜かせたのはヘレンへの怒りでもなく、ミュウを助けたいという想いでもなく、ましてや己の寿命を譲りたくないなどという利己心ではなかった。
ヘレンの失敗はただ一つ、アイルに昔話をしたせいで彼に『エレノアとの約束』を思い出させてしまったことだった。
約束を守るために魔女を討つ。
自分が寿命を失って、この気まぐれな魔女ヘレンが永遠に生き続けるのだとしたら、エレノアが我が子のようだと言っていた人々にどのような災厄が降りかかるかわからない。
いま、ここで、討つしかない。
アイルはそう決めたのだった。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
さようなら竜生、こんにちは人生
永島ひろあき
ファンタジー
最強最古の竜が、あまりにも長く生き過ぎた為に生きる事に飽き、自分を討伐しに来た勇者たちに討たれて死んだ。
竜はそのまま冥府で永劫の眠りにつくはずであったが、気づいた時、人間の赤子へと生まれ変わっていた。
竜から人間に生まれ変わり、生きる事への活力を取り戻した竜は、人間として生きてゆくことを選ぶ。
辺境の農民の子供として生を受けた竜は、魂の有する莫大な力を隠して生きてきたが、のちにラミアの少女、黒薔薇の妖精との出会いを経て魔法の力を見いだされて魔法学院へと入学する。
かつて竜であったその人間は、魔法学院で過ごす日々の中、美しく強い学友達やかつての友である大地母神や吸血鬼の女王、龍の女皇達との出会いを経て生きる事の喜びと幸福を知ってゆく。
※お陰様をもちまして2015年3月に書籍化いたしました。書籍化該当箇所はダイジェストと差し替えております。
このダイジェスト化は書籍の出版をしてくださっているアルファポリスさんとの契約に基づくものです。ご容赦のほど、よろしくお願い申し上げます。
※2016年9月より、ハーメルン様でも合わせて投稿させていただいております。
※2019年10月28日、完結いたしました。ありがとうございました!
クリエイタースキルを使って、異世界最強の文字召喚術師になります。
月海水
ファンタジー
ゲーム会社でスマホ向けゲームのモンスター設定を作っていた主人公は、残業中のオフィスで突然異世界に転移させられてしまう。
その異世界には、自分が考えたオリジナルモンスターを召喚できる文字召喚術というものが存在した!
転移時に一瞬で120体のアンデッドの召喚主となった主人公に対し、異世界の文字召喚は速度も遅ければ、召喚数も少ない。これはもしや、かなりの能力なのでは……?
自分が考えたオリジナルモンスターを召喚しまくり、最強の文字召喚術師を目指します!
あらゆる属性の精霊と契約できない無能だからと追放された精霊術師、実は最高の無の精霊と契約できたので無双します
名無し
ファンタジー
レオンは自分が精霊術師であるにもかかわらず、どんな精霊とも仮契約すらできないことに負い目を感じていた。その代わりとして、所属しているS級パーティーに対して奴隷のように尽くしてきたが、ある日リーダーから無能は雑用係でも必要ないと追放を言い渡されてしまう。
彼は仕事を探すべく訪れたギルドで、冒険者同士の喧嘩を仲裁しようとして暴行されるも、全然痛みがなかったことに違和感を覚える。
美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する
くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。
世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。
意味がわからなかったが悲観はしなかった。
花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。
そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。
奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。
麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。
周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。
それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。
お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。
全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる