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第四章 闇の女神

4-18 答え合わせと魔剣

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 空が青い。

 この村では青空を見ることなど年に何日あるのかという程度で、ほとんどはどんよりと曇っているかたまに薄日が差す程度である。

 久々の暖かな日光に小鳥たちもどこからか飛んできて、共にこの素晴らしい一日を共有しようとしている。

「私、かっこ悪いですね」

 かつてアイルとミュウの母が宴を眺めていた小高い土手に座ったクラリスが、困り顔で呟いた。

「まさかあの綺麗な人があなたの片想いの相手だとも知らずに、勝手に恋人さんかもしかしたら奥様かしらなんて思い込んで……」

 泣くような顔で笑った。

「格好悪いのは僕のほうさ」

 クラリスの隣に座っていたエルは、その悲しい笑い顔に手を伸ばしそのクシャクシャの金髪を優しく撫でた。

「実らぬ恋どころか、その人の恋路を応援しようと思ったのに、最初に思い浮かべたのが自分の故郷ではなくその人の姿だったなんてね。未練がましいにも程がある」

 こちらも顔は笑顔だが、全体的にその表情は暗い。

「まして、そのせいで君が命を落とすことになってしまうなんて……」

「いいのです。それが運命、いえ、女神様の思し召しなのです」

 クラリスの女神への信仰心はまったく揺らいでいなかった。

「この村はね……この村であのまま暮らしていたら、いずれ村長さんと両親が決めた相手、まあ十中八九村の男の人と結婚して……あ、ほら、私たちって混血でしょ? だから発現している度合いによって相性をよく考えた相手と結婚するの。お互いの恋愛感情なんか関係なくて。私もあの時までは、それが普通だと思っていたんです」

「あの時?」

「エルさんやアイルさんに洞窟で助けられた時です。村には外から人が来ることなんて無いから、その時、私の心は今まで感じたことがなかったほどにドキドキして。ああ、これが恋なんだなってすぐにわかったんです。そんな気持ちを知ることが出来ただけでも、幸せだったと思うんです。それに……」

 一度言葉を切って、クラリスは今度は悲しそうではない、本当の笑顔を浮かべた。

「結果的に、ですけど。こうして、あなたと共に過ごすことが出来るようになったではないですか。これが女神様の思し召しではなくてなんなのでしょう」

 その笑顔を見ていたエルも、貼り付けた笑顔ではない暖かなものに表情を変えていく。

「ああ、そうだね。このまま、ずっとここで君と暮らすのも悪くない」

 エルは半ば本心からそう言ったのだが、クラリスはまた困った笑顔に戻る。


「あなたには、まだやるべき事があるでしょう? それに、ここで暮らさなくともこれからは私はずっとあなたと共にいるのですよ?」

「そうか……確かに、まだ僕にはやり残した事があるね」

 クラリスに言われて初めて思い出したとでもいうように、ぼんやりとした顔で呟くエル。

「そして、私の代わりに女神様に聞いていただかなくてはなりません。あのような教団があることをどう思われているのか」

「そうだね、君はそのために女神様の元を目指していたんだったね」

「え、ええ……まあ……ちょっとだけ、まだエル様と一緒に旅がしたいなあなんていう理由も混ざっていましたけど……」

 バツの悪そうな顔で視線を逸らしたクラリスだったが、すぐに気を取り直して真面目な顔になってエルの頬を両の手で挟んだ。

「さあ、そろそろエル様の生きるべき所に戻って下さい。お目覚めの時間ですよ」

 徐々に視界が白くぼやけていく。

 目を開けていられないほどの眩しさを感じて目を閉じてしまったエルは、頬に添えられた手の感触が消えていく瞬間に、己の唇に何か柔らかいものが触れた気がした。

「────愛しい方、これからはずっと一緒です」

「──ああ、死ぬまで君と共にあるさ」

 とても暖かい気持ちに胸が満たされていくのに、何故か涙が止まらなかった。



──────────────────



 やがて眩しさを感じなくなり、目を開けるエル。

「わ」

 あわや額がくっつくかというほど目の前に、無表情な少女の顔があった。

「アイル様、エル様が目を覚まされました」
「うむ」

 ああ、帰ってきたんだなと感じる短くて無機質なやり取り。

「僕はどのぐらい眠っていたんだい?」

 八号が離れたので、ゆっくりと身体を起こしたエルはあたりを見回して、まだあの洞窟内の広間にいることを確認する。

 そして、地面が盛り上がっている場所にアイルの剣が突き立てられているのを見て、事情を察した。

「ありがとう、クラリスを弔ってくれたんだね」

 アイルはエルの傍まで来ると、手元を指差す。エルの手には、クラリスの物だった清めの証がしっかりと握らされていた。

「これは……ありがとう。本当にありがとう」

 その木彫りの女神像のペンダントをギュッと握りしめるエル。

「さて、ではそろそろあの戦闘の際に何があったのかの種明かしをお願いします」

 相変わらずの無表情な八号が、答え合わせをしたくてうずうずしていた。

 エルは立ち上がってもう一度だけクラリスの墓を見て微笑むと、テーブルについた。

「そうだね。問題を出しておいて気を失ってしまったからね」

「はいはい! あたしとしては、怒りによって限界を超えたエルさんがスーパーエルさんになった説を唱えてるんだけど!」

 元気よく手をあげたのはリミであり、ルミも同意見のようだ。

「それもいいけど、少し違うんだ。怒っていたからいつもより力が出せたっていうのは確かにあるけどね」

 レオノワールが用意してくれたお茶を一口飲んで落ち着いたのか、エルはゆっくりと話し始めた。

「まずあの黒い短剣だけど、あれは恐らく眷属を作り出すための術式が埋め込まれていたんだと思う。正確には僕も魔法に詳しくないからわからないけどね。それで合ってるかな? レオノワールさん」

「半分正解、といったところでーす。魔女の素質がある人が使えば相手は眷属になりまーすが、そうでない者が使った場合は、その精神を取り込む形になりまーす」

 それを聞いた双子の姉妹は身震いした。恐らく自分たちが使っていれば、相手の精神を自分に取り込むことになっていたのだろうと考えれば、なんと恐ろしいことをしようとしていたのか。

「なるほど、クラリスさんは素養があったわけだ。で、魔女ヘレン、この土地の人達が女神と呼んでいる存在だけど、そのヘレンに唆されたクラリスさんが僕を自分の物に出来ると信じて僕にその短剣を使おうとしたんだけど、その前にあのリドルという暗殺者の意識を察知してあんなことになってしまった」

 思い出してしまったのか、一旦目を閉じて言葉を切るエル。

「その際に、リドルにあの短剣を突き刺したせいでリドルが眷属化してしまったんですね。そしてその主であるはずのクラリス様が亡くなってしまったために暴走してしまったと」

 話を引き継ぐ八号。

「そうだね。その後は、みんなが見ていた通りなんだけど。僕に変化が起きたのはクラリスの亡骸を抱いてこのテーブルの所まで来た時だ。そこで僕は、言ってみれば夢の中みたいな所でクラリスと会っていた」

 結界に守られた中でクラリスの亡骸の傍にたたずんでいたエルだったが、実はほんの数秒意識を失っていたのだという。
 そしてその意識は、架空の村でクラリスと二人で話をしていたのだと。

「短剣の影響だったのか本人にもまったくわからないらしいけど、ともかくクラリスはいわば精神体となって肉体から分離してしまったらしい。で、あのそれぞれに分かれたときに閉じ込められた部屋でヘレンから何を言われたのかを聞いたんだ。そしてクラリスがミュウさんと同じように他人の心を読むことが出来るようになったとも。それで、僕がたまたま思い浮かべてしまったロゼッタさんの姿を見て、僕の恋人かなにかと勘違いしてしまったと」

 あまりにも荒唐無稽な話に双子はすでにぽかんとしていた。

 アイルや八号、もちろんレオノワールは既にある意味超常的な世界に身を置いているために素直に話を理解していた。

「そこで、僕は彼女と話し合った結果、契約を交わすことにしたんだ。契約と言ってもそんなに堅苦しいものじゃない。ともかく彼女の精神はこの剣に宿ることになったんだ」

 そう言って、腰に挿した魔鉱製の細剣をポンポンと叩く。

「だから、今からこの剣は『魔剣クラリス』とでも命名しようかな。そして僕が死ぬまで、彼女はずっと僕の傍にいることになった。おかげで彼女からの力の供給を受けて、さっきリドルと戦った時のように特別な力を出せるようになったというわけさ。もっとも僕が持っている元々の魔力が少ないらしいから、そんなに持続は出来ないけれどね」

「大体私の予想通りですね。何らかの形でクラリス様の支援を受けているのでは、と考えておりました」

「ハチゴーちゃんずるい! 種明かしを聞いてから答えるなんてずるい!」

 リミは猛抗議したが、そもそも正解したら何か景品がもらえるというわけでもないので実際ずるいも何もないのだが。

「だから……」

 エルはぐっと唇を噛み締めた。

「僕の生涯はクラリスに捧げることにした。そして、彼女の代わりに魔女に問いたださなければならない事もできた。何よりも彼女が命を落とす遠因となった馬鹿な兄をこのままにしておくわけにはいかない……。僕にも、アイルさん達と共に旅をする色んな理由が出来てしまったね」

 普段の爽やかな笑みを浮かべようと試みているが、へにゃりとした力ない笑みで終わってしまっているエルの顔を見て、アイルは苦い顔をする。
 いつかの夜、ミュウが見せた泣き笑いのような顔にそっくりだった。

 アイルは、このような笑顔を見るのは心底嫌だった。

 だから、エルにもミュウにもこんな顔をさせてはいけない。

 エルにこんな顔をさせることになったのは、愚王ニコルも原因かも知れないが、アイルにとってはヘレンである。


「では、皆様そろそろよろしいでしょーうか? こうしてお揃いになりましたーので、そろそろ出口へとご案内いたしまーす」

 レオノワールもエルの話を興味深く聞いていたが、本来の自分の任務を思い出したらしくアイル達を洞窟から出すべく道案内を始める。

 と言っても、彼が何かの仕草をした途端、広間の壁の一部が開いてその先に通路が現れただけである。

「あの通路の先が、洞窟の出口へと続いておりまーす。一度出たらここへはお戻りになれませーんのでお忘れ物など無きよう。私は、一足先にヘレン様の元へと戻っておりますので、また後ほどお会いいたしましょーう」

 そう言ってレオノワールは懐から指輪を取り出して、その太い指に嵌める。

「これはヘレン様特製の一方通行転移アイテムでーす。では皆様御機嫌よーう!」

 彼が愛おしそうに指輪を撫でた瞬間に、その姿はかき消えた。

「あれを人数分くだされば、すぐに目的地へと辿り着けそうなものですが」
「ああ」

「とにかく行くしかないね」

 一行は、洞窟の通路へと脚を進める。

 最後にクラリスの墓を振り返ったエルも、そのまま何も言わずに広間を後にした。


 一同が通路に消えていった後その入口は再びただの岩壁に戻り、最早誰も訪れることのない広間の明かりも消え、地面に突き立てられた剣だけが、暗闇の中でうっすらと光っていた。


──────────────────


「あたし……感動しちゃった……」

 先程から涙が止まらないらしいヘレンは、布を目に当てながら鼻をすすっている。

「あの変な邪魔者が現れた時は、あたしがこの手で八つ裂きにしてやろうと思ってたけど! でも結果的に、感動的なラブストーリーになったわ! さすがあたし!」

 泣いていたかと思えば怒り出し、次の瞬間にはくるくると踊りだす。

 ミュウは内心で呆れながらも、ひしひしと伝わってくるアイルの怒りに心を痛めていた。

(あなたがそんなに怒るなんて……)

 海の魔女の一件で馬鹿な行動を取った上、アイルの左腕を切り飛ばした自分がいまこうして何も出来ずにヘレンに囚われているなどと知ったら、彼はどう思うだろうか。

 それを考えただけでも怖くなる。

 いっそ、彼がここに来たら、ヘレンともども殺してしまってもらいたい。

 そんな風に考えるようになってきた。

「ただいま戻りまーした、ヘレン様」

 先程まで魔眼で見物していた筋肉男がいつの間にかヘレンの傍にいた。

「おかえりレオノワール。よくアイルちゃんに手を出さずに我慢できたわねえ、偉い偉い。それにお客様の持て成しぶりも中々良かったわよお」

「あ、ありがとうございまーす!」

 ヘレンに褒められてその場に跪いて男泣きするレオノワール。見ていて大変に暑苦しい。

「本当はご褒美をあげたいところだけど、すぐにアイルちゃんたちが来てしまうものねえ。続けてのお仕事で悪いんだけどお、歓迎の準備をしてちょうだい」

「かしこまりまーした!」

 ドスドスと喜びの足音を響かせて部屋を出ていくレオノワール。


「この、滅んだ王都を無事に通り抜けて、早く私の元まで来て頂戴アイルちゃん」

 一体来てほしいのか来てほしくないのか、早く来て欲しいなら障害など配置せずにすんなり通せばいいものを、どうやら色々と準備をしているらしい。

「ここからは魔眼禁止よ、ミュウちゃん! この窓からアイルちゃんたちの姿が見えるまで、あえて途中経過を見ないでわくわくしながら待つことにするわ!」

 禁止よ、も何も、今までも勝手に映像を見せられていただけじゃないかと文句の一つも言いたいミュウだった。
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