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第四章 闇の女神

4-14 第二ラウンドと通過者

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 本気になったレオノワールは、傍から見ている分には先程までよりは地味になった。

「それそれそれそれ! ふんふんふんふん!」

 しかし、それは大振りの力任せの攻撃をやめたということであり、小刻みに鋭い連打を放つことに切り替えたということだ。
 大振りをやめたといっても、常人の一撃よりも充分に威力のある攻撃を続けざまに放ってくるということであり、それを受け止めたり流したりしているのがゴーレムである八号でなければ腕がボロボロになっていたであろう。

 アイルはその一方的なレオノワールの攻めを見ながら、自分ならどう対応しただろうかと考える。

 考えるまでもなかった。

 八号はあえて先手を取らせた。それがデータを取るためなのか、自分に絶対の自信があるからなのかはわからないが、アイルならそんな馬鹿なことはしない。
 先手必勝。油断をして大振りをしていたあの段階で致命傷を負わせる。

 今の本気になって隙きのない連打を繰り出しているレオノワールでは対処が難しいだろう。ある程度はもつだろうが、防具もボロボロになり、生身の身体であの一撃一撃を受ければダメージは免れない。

 事実、八号の腕の装甲も徐々に剥がれ、剥き出しの金属が見え始めていた。

 生身の人間ならば、連続攻撃の合間に呼吸という間が入ることは防げないが、眷属であるレオノワールがどこまで連打が可能なのかも予想がつかない。
 とりあえず既に間が入ってもおかしくないタイミングでも一切休まずに攻撃を続けている。

「どうしましたあ!? このままでは、ただ削られていく一方ですよお!!」

 攻撃の手は止めずに、八号を気遣う言葉まで吐けるほどに余裕がありそうだ。

 両腕を小刻みに使ったパンチの連続に加えて、蹴りもローキックや軽い前蹴りなど八号の動きを阻害する目的のみに使用され、反撃に出るような隙も見いだせない。

 そしてついに、受け流しきれない一撃をクロスしてガードをした八号の両腕が大きく弾かれた。それを見逃すレオノワールではない。

「ちぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」

 がら空きになった八号の胴体めがけて、鋭い貫手が放たれる。


 八号が笑った。ようにアイルには見えた。


 胸元へと伸びてくる手刀を思い切り上体を逸らすことでスレスレで躱す。多少掠ったことで八号のワンピースが裂ける。
 と、同時にそのまま後ろに両手をついた八号は逆立ちをするような形で両脚でレオノワールの右腕を挟み込んだ。

「のああああ!?」

 手刀を放った勢いをそのまま利用された形で、右腕を支点にぐるりと一回転したレオノワールはそのまま地面に頭部から叩きつけられた。
 寸前で頭は左腕で庇ったが、広間全体が地響きで揺れ、パラパラと天井付近から岩の欠片が落ちてくるほどの衝撃だった。

「では、まずは腕一本いただきます」

 脚で腕を挟み込んだまま手首を取った八号はそのまま捻りを加える。

 ゴキリ、と鈍い音がしたと同時に『ノオオオオオオ!!』とレオノワールの悲痛な叫びが聞こえた。

 眷属に痛覚があるのだろうかとふと疑問に思ったアイルだったが、最初の脛を押さえていた様子といい、レオノワールにはあるのだろう。

 とは言え、八号の姿も既にボロボロである。

「さて、私もそれなりにダメージを負っていますので、出来ればここで引き分けということにしたいのですが、いかがでしょうかレオノワール様」

「うむう、このまま引き分けですか……。刺し違える覚悟でリベンジしたいところなのですが、そうなるとアイル様や他の方のお持て成しが出来なくなってしまいます。うむむ、悔しいですが、うむむ」

 すっかり先程までの余裕を持った独特な喋りも鳴りを潜め、右腕をプラプラさせながら悩んでいるレオノワール。


 だがその考える時間は意外に早く終わった。

 扉の一つが開いたのだ。

「おや」

 八号もそれに気付いて扉を見やる。

「ハチゴーさん、申し訳ないのですがちょっと手を貸していただいてよろしいですか。どうにも片腕ではお茶を淹れるのにも不便で」

 レオノワールは右腕を八号にプラプラさせてみせる。

「ああ、そうですね。関節を外しただけですので、また入れれば大丈夫です」

 なにが大丈夫なのかアイルとしてはさっぱりわからなかったが、八号が力任せにもう一度ゴキリと関節を入れた時のレオノワールの悲鳴を聞いて、あまり大丈夫ではないことはわかった。


 開いた扉から出てきたのはルミとリミだった。


「おお! お二人揃って出ていらっしゃるとは、素晴らしいでーす!」

 いつの間にか、最初の喋り方に戻っていたレオノワールは脂汗を流しながらもお茶の準備を三人分改めて用意していた。

「あ、アイルさん……それに、ハチゴーちゃん。良かった、二人は無事だったんだね。ていうか、ハチゴーちゃんボロボロじゃない! アイルさんは何でそんなに優雅にお茶を飲んでるの!」

 服まで裂けてボロボロの八号と、テーブルに座ったままお茶を啜っているアイルを見て、一人が抗議を始めた。
 対象的にもうひとりは憔悴しきった顔でフラフラと出てきた。

 こうしてみると、どちらがルミでどちらがリミか全く判別がつかない。

「問題ありません、リミ様。ありがとうございます」

 どうやら八号に駆け寄ってあれこれ心配しているのがリミらしい。八号には判別がついているようだ。

「あー、疲れた……」

 ということは、ぐったりしているのがルミだ。

「ヘレン様によると、高確率で扉から出てくるのはどちらか一人ということになっていたのですが、お二人とも出ていらしたということはヘレン様の誘惑を振り払った、つまりは己の内に潜む歪んだ欲望に打ち勝ったということでーすね! 素晴らしい! ささ、こちらにてお茶をどうぞ」

 こちらも八号との戦闘で服がボロボロになったレオノワールが、仕草だけは優雅に丁寧にテーブルへと姉妹を案内する。



 実は裁縫が得意だというレオノワールは自分の服など構わずに八号には自分が着ていた上着を羽織らせて裂けてしまった八号のワンピースを縫っている。

 ようやく落ち着いた姉妹がお茶を飲みながら、扉の中で何があったのか語り始めた。


──────────────────


 リミは振り上げた短剣を思い切り投げ捨てた。

「リミ?」

 その音でルミは、妹が何を投げ捨てたのかを悟る。

「出来ないよお、お姉ちゃん……」

 リミは泣きそうな声で言いながら、姉に手探りで縋り付いた。

「そうだよね。私も出来なかったもんね。ありがとう」

 ルミの声も泣いていた。

「でもね」

 それでもやはり姉であるルミの声はどこかしっかりしていた。

「あなたはリミであって、ルミじゃない。これは確かなこと。あたしが死のうが死ぬまいがそれは事実。そしてこれからは、私のフリなんてする必要はない。これだけは絶対に覚えておいて」

「うん……うん……」

 もはやただ泣く以外に何も出来なくなった妹と、それを慰める姉が互いを抱擁する中で、ギギィと音を立てて壁の一部が徐々に開き始め、外からの光が差し込んできた。


──────────────────


「というわけなんですよ」

 説明するリミと、まだぐったりしているルミ。

 八号はワンピースを縫っている間、アイルの膝の上に座ってレオノワールの出してくれたお茶を飲みながらルミが買っておいてくれたタイセー焼きをむぐむぐと食べている。

「助かります。これで両腕の装甲の修復が捗ります」

 レオノワールに削られていった魔鉱の欠片を丁寧に拾い集めてテーブルの上に置いていた八号だったが、タイセー焼きの魔力変換と、膝の上に座ることでアイルからも魔力供給を受けることでその欠片が自然に腕の表皮として貼りついていった。

「なんという姉妹愛。私は感動いたしまーした」

 リミの話にどこからか出したハンカチで涙を拭い、またワンピースを縫い直す作業に戻るレオノワール。
 無反応のアイルと八号に代わって、姉妹の話にリアクションしてくれている。

「そうなると、エル様とクラリス様も同じような目に合っていると見ていいのですかね。私たちは何もないままいきなりここに到着しましたけど」

「ええ、ですからハズレと申し上げたのでーす」

「いや、それハズレたほうがいいでしょ」

 ちなみに何故ルミがぐったりしているのかというと、リミが眠っている間に自分を抑えるのに必要以上に疲れたのと、死を覚悟していたのに妹が自分を殺さないでいてくれたという安堵感で一気に脱力してしまったらしい。
 リミのほうは、ひとしきり泣いたらすっきりしたようで元気であった。

「でもさあ、これが女神様の仕掛けたものだとするとちょっと趣味が悪くない? 本当に女神様なのかな」

 ヘレンの仕掛けた罠なのだから、趣味が悪いのは当たり前じゃないか、そもそも女神じゃなくて魔女だと言いたかったアイルだったが、四文字では無理だしわざわざ書くのも面倒なのでスルーした。


「できまーした!」

 八号のワンピースを縫い終わったレオノワールが会心の出来であると満足そうに立ち上がる。
 何故か元々着ていた状態に加えて首周りやスカートの裾に妙なフリルまで付いている。

「わ、凄い。おじさん器用だねえ。ハチゴーちゃん、あっちで着替えよう」

 それを受け取ったリミが八号を着替えさせようと促す。

「私はここでも構いませんが」

 ちょうど、ほぼ修復が終わった八号がアイルの膝の上に座ったままでいいと進言したが、そこは当然女子であるリミが許さなかった。

「ダーメ、女の子は殿方の前で着替えるなんてしたらダメなの」

 姉妹が出てきた時は完全に金属が剥き出しになった両腕を見ているはずだし、今しがたも細かい魔鉱の破片が徐々に表皮として修復されていくのを見て驚いていたはずのリミが、未だに八号を女の子扱いすることにクスリとしながらアイルも頷いた。

「マスターがそう仰るのでしたら」

 渋々といった様子で承諾する八号をアイルが膝から降ろしてやると、そのままリミは八号を岩陰に連れて行った。

「はー、なんとか復活してきた」

 ようやくルミがテーブルに突っ伏していた顔を上げて、お茶を飲み始める。


「にしても、エルさん達は遅いで……」

 気を取り直したルミがエル達が遅いと言おうとした瞬間、

 最後の扉が開いた。
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