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第三章 水の魔女
3-17 宴と痕跡
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東の大陸で出会った少女クラリスの住むメイア村はいたって平穏な小さな村だ。
どう見ても魔女ヘレンを象った木像が村の広場に立てられている以外は、平凡な田舎の村というしかない。
村長もクラリスの両親も温厚な人物で、クラリスが獣に襲われていた所を助けられたと聞くや下にも置かない歓待ぶりだった。
だが、アイル達がこの村が普通ではないと感じたのは村人たちも集まっての宴会が始まった時だ。
「アイルさん、あれはまさか……」
とある数人の村人を見たエルの言葉に、アイルはただ頷いた。
青白い肌に頭髪のない頭、白目部分のない黒い目を持ち耳は尖っている。
「ハイマン族……」
恐らくは西の大陸の住人でそれを目の当たりにしたのはエルが初めてではないだろうか。
かつてアイルの故郷を訪れたことのあるミュウを除けば、である。
そう、アイルの一族とは遠い昔にこの星にやってきた異星からの来訪者、この星の者たちが言うところのハイマン族だったのだ。
だが、その元ハイマン族であるアイルも首を傾げる。
わらわらと集まってきた村人の中には、おとぎ話に出てくる姿そのままの村人もいれば、黒い髪が生えている者もいる。
顔立ちは人間と同じなのに耳だけは尖っている者もいる。
「お客人はハイマン族をご存知か」
この村で村長だけはアイル達と同じ言語を話すことが出来るということで、今は三人に合わせてそちらを使ってくれている。
「いえ、この目で見たのは初めてです。しかし……どういうことなのでしょう」
「この村だけではなくこの一帯に住む者は皆、遥か昔に海を渡ってきたハイマン族とこの土地に住んでいた人間との混血なのですじゃ。祖先はハイマン族とは違う、新しいハイマンという意味でネオハイ族と名付けたそうです」
これにはアイルも驚いた。
ハイマン族は元々が両性具有の生物であり、男女の区別がない。
西の大陸の端でひっそりと生きていたアイル達は培養ポッドで生産されることで個体を増やしてきた。
人間の女性との生殖など不可能なはずなのだ。
どうやってそれを成し遂げたのかの疑問は尽きないが、果たしてこの土地に渡ってきた一族は今も生きているのだろうか。寿命の点だけ考えれば充分に生きているはずだが、それをこの村長が知っているだろうか。
「見ての通りハイマン族としての特徴がわかりやすく出るものもおれば、見た目だけは人間のように見える者もおりますが、おかげでこの一帯では見た目による差別などは誰もしませんです」
その言葉通り、広場の女神像の周囲に集まった人々は見た目の相違に関係なく和気藹々と料理や酒を持ち寄って宴会の準備を始めている。
かつて初めてハイマン族と遭遇したセルアンデ王国の祖先達は、その見た目から彼らを魔物だと思い問答無用で攻撃した。
その歴史を思えば、こうした村人の姿は理想的な姿と言えるのではないだろうか。
「素晴らしいですね」
エルがそう漏らしたのも素直な感想だろう。
だが村長の顔が曇る。
「じゃが、北の王国の者たちはそうはいかんかった。ネオハイ族を人間に害を為す異端として追い立て始め、やがて手当たり次第に捕えては処刑するという行為に出始めた。それを逃れた我らの先祖がこの枯れた土地に住み始めたのじゃ」
何故わざわざこんな枯れた土地に村を作っているのか疑問だったが、迫害を受けて流れてきたというのならば話はわかる。
特に魅力の無いこの土地にまで王国とやらも攻め入っては来なかったのであろう。
ちょうどその時、宴会の準備が整ったことを告げに村人の一人がやってきた。
アイルはその女性を見て驚愕する。
【ミュウ……】
彼らの言葉で思わずミュウの名前を呟いた。それほどにミュウにそっくりだったのである。
【……? ミュウを、ミュウをご存知なのですか?】
女性も思わず固まった。
村人総勢三十人ほどが集まっての宴会は大いに盛り上がる。
女神像の前の広場に焚き火を囲んで、飲んでは食い、食っては飲んだ。
酔いがまわり女神像の周りを円になって踊る村人たち。
「女神様の~思し召し~」
下手くそな拍子の歌を歌いながら踊り狂う。
エルもその輪に加わってクラリスと一緒に踊らされている。
その様子を、少し離れた所に座って見ているアイルと先ほどの女性、その間に八号も皿に盛った料理をむぐむぐと無表情で食べている。
女性は名をミリアと言い、ミュウの母親だそうだ。
ミリアには特別な力は無いようで、アイルの心を読むことも出来ないようだった。
そのためアイルは羊皮紙に簡潔に文章を書き、それを見た八号がミリアに通訳するという面倒な手順を取ってミュウの事を説明した。
【そうですか……あの子は海の向こうに。もう何十年も前の事ですが、無事でいてくれただけでも良かった】
ミリアは穏やかな顔で炎を見つめながら安堵の溜息を吐いた。
【あの子の父親は人間としての血が濃く出てしまって、人間と同じぐらいの寿命しかなかったために既に亡くなりました。私とあの子は見た目は人間の要素が強く出たのですが、寿命その他の中身はかなりハイマン族に近いのです】
それでアイルはやっと合点がいった。
ミュウもヘレンと契約することで自分と同じように人間の姿を手に入れたのか、それとも魔女契約によって長い寿命を得たのか、どちらかだろうと考えていたのだがどちらもハズレだった。
元々ミュウはハイマン族に近い長寿命を持っていたのだ。そしてハイム語による詠唱が出来るのも納得だ。ヘレンと契約するまでもなくミュウは魔法を使うことが出来たのだ。
そうなると、ヘレンがミュウとの契約で手に入れたのは魔眼のみだったのだろうか。
【あの子は、特別な力を持って産まれてきました。そのためにこの村の巫女となりました。でも……一体何があったのか、ある日その力を失ってしまいました。そしてそのために巫女の地位を追われ、逃げるように村からいなくなってしまったのです。親の私達にも行き先を告げずに】
ヘレンに魔眼の力を渡して、代わりに心を読む力を手に入れた。
そのために巫女の地位を追われたせいで村に居辛くなり、村を出てヘレンの元に転がり込んだと考えるのが自然だろうか。
【それで、あの子はいま?】
もっとも知りたいのはそれだろう。
【実はこの大陸に戻ってきたことまでは掴んでいるのですが、私達もミュウ様を探しに来たのです】
八号が旅の目的を説明すると、ミリアは落胆した。
【ああ、ではあの子には会えないのですね……】
いつかミュウと再会した暁には、この母親のためにミュウを連れて村を訪れてもいいだろう、そうアイルは思う。
【ミリアさん! 踊りましょう?】
そこへクラリスがミリアを踊りに誘いに来る。
見た目は若い女性でもミリアは恐らくは百歳を超えているのかも知れない。ハイマン族の血が濃く出ているとすれば感情の起伏が薄いのだろう。
祭りで盛り上がる人々と同じようには盛り上がれない様子なのは察していた。
だがクラリスに手を引かれて無理やり連れて行かれてしまった。
入れ替わりに踊り疲れた村長がアイルの元へとやってくる。
【やれやれ、年には勝てませんな】
そう言ってアイルの横に座る。言葉もハイム語になってしまっている。
村人たちは陽気に踊り続けている。
【こういう明るい話題はなかなか無いもので、村人たちもはしゃいでおります】
それを見る村長も心なしか和んだ顔をしている。
【先程の話の続きですが、王国からの迫害はここに逃げてきてからも続いたそうです。本気で攻めてきたわけではないようですが、たまに村が一つ焼かれたり、狩りに出た者が何者かに殺されていたりということがずっと続きました】
アイルはただ黙って聞いている。
【だがある時、突然その王国が滅んだのです】
その言葉にアイルが驚愕の表情で村長を見る。
【たった一人で、王国の首都そのものを住民もろとも完全に滅ぼした。それが女神様なのですじゃ】
炎はますます燃え上がり、女神像を照らす赤い光がその姿を妖しく見せる。
【いまやその王都は死の街と化し、そこに住んでいた者たちは異形の者へと姿を変え、女神様はかつて王城であった場所に居を構えて今も我々の平和を守ってくださっているのです。我々はただ女神様への感謝の祈りを捧げ、信じて生きていくしかないのですじゃ】
村長の顔は誇らしげだ。
アイルは立ち上がる。
ヘレンは北にいる。それはわかった。
ミュウについての手がかりは無いが、ヘレンの元に行けば彼女は知っているのではないか。
見知らぬ土地で闇雲にミュウを探すよりは、そのほうが早い。
アイルの次の目的地が決まった。
どう見ても魔女ヘレンを象った木像が村の広場に立てられている以外は、平凡な田舎の村というしかない。
村長もクラリスの両親も温厚な人物で、クラリスが獣に襲われていた所を助けられたと聞くや下にも置かない歓待ぶりだった。
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「ハイマン族……」
恐らくは西の大陸の住人でそれを目の当たりにしたのはエルが初めてではないだろうか。
かつてアイルの故郷を訪れたことのあるミュウを除けば、である。
そう、アイルの一族とは遠い昔にこの星にやってきた異星からの来訪者、この星の者たちが言うところのハイマン族だったのだ。
だが、その元ハイマン族であるアイルも首を傾げる。
わらわらと集まってきた村人の中には、おとぎ話に出てくる姿そのままの村人もいれば、黒い髪が生えている者もいる。
顔立ちは人間と同じなのに耳だけは尖っている者もいる。
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この村で村長だけはアイル達と同じ言語を話すことが出来るということで、今は三人に合わせてそちらを使ってくれている。
「いえ、この目で見たのは初めてです。しかし……どういうことなのでしょう」
「この村だけではなくこの一帯に住む者は皆、遥か昔に海を渡ってきたハイマン族とこの土地に住んでいた人間との混血なのですじゃ。祖先はハイマン族とは違う、新しいハイマンという意味でネオハイ族と名付けたそうです」
これにはアイルも驚いた。
ハイマン族は元々が両性具有の生物であり、男女の区別がない。
西の大陸の端でひっそりと生きていたアイル達は培養ポッドで生産されることで個体を増やしてきた。
人間の女性との生殖など不可能なはずなのだ。
どうやってそれを成し遂げたのかの疑問は尽きないが、果たしてこの土地に渡ってきた一族は今も生きているのだろうか。寿命の点だけ考えれば充分に生きているはずだが、それをこの村長が知っているだろうか。
「見ての通りハイマン族としての特徴がわかりやすく出るものもおれば、見た目だけは人間のように見える者もおりますが、おかげでこの一帯では見た目による差別などは誰もしませんです」
その言葉通り、広場の女神像の周囲に集まった人々は見た目の相違に関係なく和気藹々と料理や酒を持ち寄って宴会の準備を始めている。
かつて初めてハイマン族と遭遇したセルアンデ王国の祖先達は、その見た目から彼らを魔物だと思い問答無用で攻撃した。
その歴史を思えば、こうした村人の姿は理想的な姿と言えるのではないだろうか。
「素晴らしいですね」
エルがそう漏らしたのも素直な感想だろう。
だが村長の顔が曇る。
「じゃが、北の王国の者たちはそうはいかんかった。ネオハイ族を人間に害を為す異端として追い立て始め、やがて手当たり次第に捕えては処刑するという行為に出始めた。それを逃れた我らの先祖がこの枯れた土地に住み始めたのじゃ」
何故わざわざこんな枯れた土地に村を作っているのか疑問だったが、迫害を受けて流れてきたというのならば話はわかる。
特に魅力の無いこの土地にまで王国とやらも攻め入っては来なかったのであろう。
ちょうどその時、宴会の準備が整ったことを告げに村人の一人がやってきた。
アイルはその女性を見て驚愕する。
【ミュウ……】
彼らの言葉で思わずミュウの名前を呟いた。それほどにミュウにそっくりだったのである。
【……? ミュウを、ミュウをご存知なのですか?】
女性も思わず固まった。
村人総勢三十人ほどが集まっての宴会は大いに盛り上がる。
女神像の前の広場に焚き火を囲んで、飲んでは食い、食っては飲んだ。
酔いがまわり女神像の周りを円になって踊る村人たち。
「女神様の~思し召し~」
下手くそな拍子の歌を歌いながら踊り狂う。
エルもその輪に加わってクラリスと一緒に踊らされている。
その様子を、少し離れた所に座って見ているアイルと先ほどの女性、その間に八号も皿に盛った料理をむぐむぐと無表情で食べている。
女性は名をミリアと言い、ミュウの母親だそうだ。
ミリアには特別な力は無いようで、アイルの心を読むことも出来ないようだった。
そのためアイルは羊皮紙に簡潔に文章を書き、それを見た八号がミリアに通訳するという面倒な手順を取ってミュウの事を説明した。
【そうですか……あの子は海の向こうに。もう何十年も前の事ですが、無事でいてくれただけでも良かった】
ミリアは穏やかな顔で炎を見つめながら安堵の溜息を吐いた。
【あの子の父親は人間としての血が濃く出てしまって、人間と同じぐらいの寿命しかなかったために既に亡くなりました。私とあの子は見た目は人間の要素が強く出たのですが、寿命その他の中身はかなりハイマン族に近いのです】
それでアイルはやっと合点がいった。
ミュウもヘレンと契約することで自分と同じように人間の姿を手に入れたのか、それとも魔女契約によって長い寿命を得たのか、どちらかだろうと考えていたのだがどちらもハズレだった。
元々ミュウはハイマン族に近い長寿命を持っていたのだ。そしてハイム語による詠唱が出来るのも納得だ。ヘレンと契約するまでもなくミュウは魔法を使うことが出来たのだ。
そうなると、ヘレンがミュウとの契約で手に入れたのは魔眼のみだったのだろうか。
【あの子は、特別な力を持って産まれてきました。そのためにこの村の巫女となりました。でも……一体何があったのか、ある日その力を失ってしまいました。そしてそのために巫女の地位を追われ、逃げるように村からいなくなってしまったのです。親の私達にも行き先を告げずに】
ヘレンに魔眼の力を渡して、代わりに心を読む力を手に入れた。
そのために巫女の地位を追われたせいで村に居辛くなり、村を出てヘレンの元に転がり込んだと考えるのが自然だろうか。
【それで、あの子はいま?】
もっとも知りたいのはそれだろう。
【実はこの大陸に戻ってきたことまでは掴んでいるのですが、私達もミュウ様を探しに来たのです】
八号が旅の目的を説明すると、ミリアは落胆した。
【ああ、ではあの子には会えないのですね……】
いつかミュウと再会した暁には、この母親のためにミュウを連れて村を訪れてもいいだろう、そうアイルは思う。
【ミリアさん! 踊りましょう?】
そこへクラリスがミリアを踊りに誘いに来る。
見た目は若い女性でもミリアは恐らくは百歳を超えているのかも知れない。ハイマン族の血が濃く出ているとすれば感情の起伏が薄いのだろう。
祭りで盛り上がる人々と同じようには盛り上がれない様子なのは察していた。
だがクラリスに手を引かれて無理やり連れて行かれてしまった。
入れ替わりに踊り疲れた村長がアイルの元へとやってくる。
【やれやれ、年には勝てませんな】
そう言ってアイルの横に座る。言葉もハイム語になってしまっている。
村人たちは陽気に踊り続けている。
【こういう明るい話題はなかなか無いもので、村人たちもはしゃいでおります】
それを見る村長も心なしか和んだ顔をしている。
【先程の話の続きですが、王国からの迫害はここに逃げてきてからも続いたそうです。本気で攻めてきたわけではないようですが、たまに村が一つ焼かれたり、狩りに出た者が何者かに殺されていたりということがずっと続きました】
アイルはただ黙って聞いている。
【だがある時、突然その王国が滅んだのです】
その言葉にアイルが驚愕の表情で村長を見る。
【たった一人で、王国の首都そのものを住民もろとも完全に滅ぼした。それが女神様なのですじゃ】
炎はますます燃え上がり、女神像を照らす赤い光がその姿を妖しく見せる。
【いまやその王都は死の街と化し、そこに住んでいた者たちは異形の者へと姿を変え、女神様はかつて王城であった場所に居を構えて今も我々の平和を守ってくださっているのです。我々はただ女神様への感謝の祈りを捧げ、信じて生きていくしかないのですじゃ】
村長の顔は誇らしげだ。
アイルは立ち上がる。
ヘレンは北にいる。それはわかった。
ミュウについての手がかりは無いが、ヘレンの元に行けば彼女は知っているのではないか。
見知らぬ土地で闇雲にミュウを探すよりは、そのほうが早い。
アイルの次の目的地が決まった。
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