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第二章 火と土の魔女

2-20 土の魔女と無口な傭兵

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「いけません、トルマの魔力が暴走しています」

 とても短い詠唱だった。

 だが詠唱そのものに意味があったわけではなく、拐われてからここに連れてこられるまでの間に無意識にトルマが振りまいた魔力が詠唱に反応しただけである。

 だが、それだけに詠唱を聞いた面々も何が起こるのかを予測できない。

「だめ、近づけない」

 トルマから魔力の圧とでも言うべきものが発せられ、首に短剣を当てていた男も吹っ飛ばされ、ルビィやミュウでさえ近づけない状態だ。

「これは、アイルさんと同じ?」

 ミュウはそのトルマから放出される魔力の壁の質が、アイルがダイアと戦った時に身に纏っていた物と同質の物だと分析したようだ。

「く……」

 そのアイルも踏ん張るのが精一杯で、トルマに近づくのはさすがに無理なようである。

「あの詠唱は一体なんの……?」

 ミュウが疑問に思う中『それ』は密かに近づいていた。


──────────────────


「リンジーさん、合図を見て来ました。心強い仲間も一緒ですよ」

 鉱石搬入口に到着したマレーダー達は、外を見つめているリンジーと合流する。

 空中で魔道具が爆発したために、何事かと驚いて街の人も何人かは集まってきていて、その中にはジメイの姿もあった。

「あれを見て下さい」

 リンジーが見つめているのは、門から続く山間の道をぞろぞろと歩いてくる男達だった。

「何処かから一斉に出てきたみたいですね。皆、手に採掘用の道具やら斧を持っていますが、鉱石を運んでいないということは仕事帰りではありませんね」

 男達の様子が普通ではないことを見て取ったリンジーは、合流した一行に向き直る。その姿が颯爽としすぎていて、普段おとなしく椅子に座っている受付嬢だとはとても思えない。

「ジメイさんに対して脅迫状を出した者は採掘地区の代表であることはわかっています。だとすれば、採掘地区の人間はその仲間であると考えていいでしょう。彼らが街で何をするつもりかは知りませんが、私達としてはこれを止めるべきだと思いますが」

 さすがに街の住民に対して、リンジーの勝手な判断で実力行使に及ぶわけにもいかない。リンジーは、マレーダーと目を合わせて頷き、ジメイに判断を委ねる。

「うむ、事ここに至っては我が街の住民といえど致し方ない。もし彼らが強硬手段に出てくるなら力づくでも止めねばなるまい」

 ジメイも諦めた顔でそう宣言した。

 それを聞いたリンジー以下、ダナンからの客人達は街に向かってくる男達の進路を塞ぐべく門を飛び出していった。



「あなた達、これから街に戻るのですか?」

 採掘工達はまさか街に向かう途中で道を塞がれるとは夢にも思っていなかったために、代表して質問してきた眼鏡の男に警戒心を露わにする。

「ええと、あなた達は何でしょうか? 我々は南の坑道での作業を終えてこれから街に帰ろうとしているところです。疲れているんで早く帰りたいのですが」

 訛りのない言葉遣いで、集団の中心にいた人物が同じように前に出て答える。

「ほう、どんな作業をしていたのでしょうか。どなたもあまり服が汚れていませんし、もし採掘作業ならば掘った鉱石はどちらに?」

 眼鏡の男の冷静な指摘に周囲の男達には動揺が走ったが、前に出た男は平気な顔でこれまた冷静に答える。

「今日の所は採掘の前段階の作業というところです。本格的な作業は明日以降になるんですよ。先程も聞きましたが、あなた達は?」

「私達は先日来、長のジメイさんの所でお世話になっている王都からの調査隊の者です。現在も、とある誘拐事件に関して長の依頼を受けて調べているところです」

 ジメイという言葉や、王都からという言葉に男の眉がピクピクと反応する。

「ほう、王都からのお客人が来ているというのは聞いておりましたが……なるほどなるほど。誘拐事件とはまた穏やかではないですなあ」

 そこにエルが進み出てきた。

「横から失礼するよ。僕は王都の親衛隊長のエルという者だ。今日、ジメイさんの元に脅迫状が届いてね。ジメイさんの大事な人を預かっているから、一人でここよりもう少し北にある遺跡に来いと書いてあった。これはもう立派な犯罪だ。なにか知っていることがあったら、早めに教えてほしいな」

 口調はいつもの軽いものではあったが、表情は真剣であり目つきも鋭い。

「私達がその誘拐に関係していると? ならばその証拠を見せていただきたいですなあ。その遺跡とやらに何かありましたかな?」

 男は余裕そうにエルを見て微笑む。嫌な笑い方だ、とエルは不快な顔をする。

「不快ですね」

 そこに出てきたのはリンジー嬢である。

「鍛冶師達は、魔鉱を精製するために火の魔女ルビィの炎を必要とはしていますが、今回誘拐されたのは土の魔女トルマです。土の魔女の鉱脈を見つける能力を欲しているのは採掘地区の方々であると聞いています。ならばトルマを誘拐する動機があるのは採掘派のあなた方です」

 リンジーは不快感を前面に出した声で語り始めた。

「事件が起きてから脅迫状が届き、我々がトルマの捜索に出た際に、鍛冶地区はいつもと変わらぬ様子でした。また鍛冶地区の代表がジメイさんの所に訪れてルビィの炎を分けて欲しいと直談判したということです。逆に採掘地区はほとんど人がいなくなっていて、精錬所も稼働していない。これは何かあると思えば、あなた達が武器を手に街に向かってくる。怪しいとしか言いようがありません」

 その糾弾に対して、また何かを言おうとした男を手のひらで制するリンジー。

「いま我々の仲間がトルマ救出のために動いております。遅かれ早かれトルマの身柄を確保した時点で、あなた方の犯行だということはバレてしまいます。そんな男を王都も次の長として認めるわけがないでしょう? いまのうちに罪を認めてしまうほうが傷は浅いと思いますが。皆さんもいまここで職を失うようなことはしたくないだろうと思いますが」

 あまりにも理路整然としていて、それが冷たさを帯びたリンジーの声で宣言されるものだから、男達の顔には明らかに焦燥の色が浮かぶ。


「は……」

 だが、それでも代表の男は退かなかった。

「ははははは! 王都が認めないだって? これは驚いた。ああ、いいさ。どのみち次の長は俺になるんだ。仲間が救出に向かった? ばああああか! お前の仲間が通った通路は俺たちが仕掛けた罠が満載だ。仲間内じゃなければどこにどんな罠が仕掛けられているかわからねえんだぞ? 今頃はもう死んでるんじゃないか?」

 おかしくてたまらないといった様子で腹を抱えて笑い出す。

「それにな、これから俺たちは街を占拠しにいくところだ。力づくで占拠しちまえば俺を長として認めると、ちゃあんと王様からのお墨付きをもらってるんだよ。見てみるか? これをこの場で破り捨てたとしたって、同じ証書が王都にもあるんだ。無駄なことだぞ?」

 そう言って、笑いながらニコル王からの証書を広げてみせる男。

 エルは顔色を変えて、その証書を奪うように取り上げ、目を通す。

「あの愚王は……どこまで愚かなのですか」

 恐らくは何か賄賂や、自分に利する条件をつけた上で認めたのだろう。

 およそ国を治める者が、そんな形で各地の人事に介入していいはずがない。

 そしてリンジーもマレーダーも、男の言った罠だらけの通路というものを想像して、唐突に心配になってきた。

「馬鹿はてめえだ」

 そんな時三人の後ろから、ちょっと疲れた中年の声がする。

「アイルさんてんだがな? その追っかけてった人。まあこれが人間離れした規格外な人なんだわ。あんた、魔物なんて見たこと無いかもしれないが、そこらをうろついてる狼なんざ可愛く見えてくるような化物がうようよいるんだわ。俺たち傭兵が三人がかりで一匹ずつ退治するようなのばかりでよ。それをアイルさんは、ぶん殴って殺しちまうんだわ」

 唐突にアイルの評論を始めたのはダナンの傭兵バルトンである。

 超人でもなんでもない凡庸な傭兵である彼だからこそ、アイルの異常さがよくわかっているのかも知れない。
 採掘工達は、冴えない中年の傭兵が何を言い出したのかと耳を傾ける。

「あと魔物の攻撃を食らっても、腕一本で受け止めたりな。とにかく俺たちの常識では測れないんだわ。そこに加えて、風の女神の嬢ちゃんまで一緒ならもう完全に無敵状態なわけよ。つまりえーと、俺は何を言おうとしてたんだっけな」

 頭をポリポリとかき始めるバルトン。

「本当にいつもながら締まらないですねえ。要するにリーダーが言いたかったのは、アイルさんなら罠にかかっても、その罠ごと殴り飛ばして進むような人なんで、安心しないほうがいいですよってことです」

 バルトンがここ一番頼りにならないのはもう慣れているカンタークが、いつものことだと補足説明を入れる。

「ふふ、そうですね。私達が一番あの人達を信じていなければいけないのに」

 リンジーもマレーダーも思わずほくそ笑む。

「では、トルマの救出は成ると信じて、ここはあなた達を取り押さえさせてもらいましょうか」

 リンジーが構えを取る。

「ま、待て! 王の任命だぞ!」

 男はエルから奪い返した証書を盾にたじろぐが、リンジーは構えを解かないまま詰め寄った。

「ははは、何か勘違いしてるみたいだけど、いまの時点では君は任命されてないからね? 街の占拠が上手くいって、実効支配できたらの話じゃないか。そして、いまそれは僕たちによって阻止されようとしているんだ」

 エルは爽やかに笑いながら、致命的な男の勘違いを指摘する。

 セルアンデ王の後押しがあるということで心強さを得ていた男達はいよいよもって動揺の色を濃くする。

「く、くそ、それならそれを成功させるまでだ。お前ら、人数は圧倒的にこちらのほうが多いんだ。俺たちの腕力を見せてやれ!」

「そ、そうだべ。占拠に成功してしまえばいいんだべ! どのみちこのままじゃお尋ね者だ。みんな、やるべさ!」

 誘拐と脅迫を認めた時点で、そして武力による街の占拠が明るみに出た時点で、既に彼らは犯罪者である。もう後には引けない所まで来てしまっていた。

「いいでしょう。その思い上がりを、完膚なきまでにへし折ってあげましょう」

 そうリンジーが宣言したときだった。

 ドン!と地面の底から突き上げるような振動が一度だけ、全員の足を揺らした。

「今のは?」

 マレーダーが訝しんでいる間に、道の左右からせり上がっている岩山からコロコロと小石が落ちてきた。

「揺れてる?」

 最初は岩山の木々が、そして岩山自体が、そして最後には全員が立っている大地が、グラグラと揺れ始めたのだ。

「これは……?」

 徐々に揺れは大きくなり、誰もが立っていられないほどになってきた。

 振り返れば、街の建物も遠目に見てもわかるほどに揺れていた。街の人々の悲鳴や喧騒も聞こえる。

「とにかく伏せて! 揺れが収まるまで、無理に立とうとしないほうがいい」

 マレーダーも慌てて皆に指示を出す。

 だが揺れは収まるどころか、時を追う毎に強くなっていき、とうとう口を開くことさえ出来ないほどになる。

 そして、足元の地面にひびが入った、と採掘工の一人が気付いた時には遅かった。

「うわあああああ!」

 採掘工達の立っていた場所がぱっくりと口を開け、一人一人をその真っ暗な底へと悲鳴もろとも呑み込んでいく。

「馬鹿な!こんなああああ!」

 次期長の座を狙っていた男も、あえなく地割れに飲み込まれ、その野望と共にこの世から去ってしまう。

 やがて採掘工達を一人残らず呑み込んでしまうと、地割れは再びその口を閉じて元の地面に戻ってしまった。それはまるで、食事を終えた巨大な口が閉じるようであった。

 そしてしばらくして揺れが収まる。

 実際に揺れていたのは数十秒というところだろうが、リンジー達には数分間にも感じられる出来事だった。

「もしやこれは、土の魔女の魔法?」

 マレーダーが推測を口にする。
 氷の魔女が街ごと雪と氷に閉じ込めることが出来たのだ。土の魔女が大地ごと揺らしたとしても別段不思議ではない。

 それにあの地割れである。まるで自分を拐った採掘工たちだけを的確に狙ったように彼らの足元だけが口を開け、呑み込み、それが済んだら閉じた。
 地割れが起きた辺りを調べてみても、亀裂一つ残っていない。明らかに自然現象ではない。

「だとすれば、アイルさん達が救出に成功したということですね」

 リンジーもほっとした表情になっている。

「しかし、この揺れがどの範囲にどれだけの規模で起きたのかが不明です。我々は街に戻って被害の状況を調べましょう」

「そうだな、街の奴らだって無事かどうかわからねえぞ」

 一行は、ジメイを始めとした街の人々の安否確認と救助のために、急いで街へと戻っていった。


──────────────────


「これは、地震を?」

 同じ頃、遺跡内部のアイル達も同じく強烈な地震に見舞われていた。

「ひえええええ!」

 古い建物故に、既に天井から石材が落ち始め、壁にも亀裂が入り始めている。

 とても立ってはいられないほどの揺れであるために、それを避けることすらままならない。

 だが、落ちてくる石材は、まるで狙ったかのように採掘工達の上から降り注ぎ、一人一人を無残にも潰していった。
 実際ミュウは、落ちてくる一つ一つの石材にトルマの魔力を感知していた。

 トルマ自身は魔力の放射によって、それらの破片などが当たるのを防いでいる。

「うわあああ」

 ルビィは慌てているが、ミュウと一緒にいるために、彼女の風の防壁に守られていた。こういう時、火の魔女としては的確に対応する術を持たなかった。

 アイルもバランスを崩しそうになったために片膝をついて、左腕で頭を庇いながら周囲の状況を、とりわけトルマ自身の状態に注意を払っていた。
 何故ならトルマ本人は放心状態のような表情で座っていたからで、恐らくは既に意識がないと思われた。
 この地震が収まり、魔力の放射が終わった段階で即座に保護しなければならない。

 ミュウもルビィの肩を抱くように庇いながら自分の周囲に防壁を展開するのが精一杯で、これ以上の風を操るには詠唱が必要なのだが、この揺れでは満足に話すことも出来ない。

 アイルのことだから、同じ大きさの石材が振ってきても殴ってなんとかするだろうと信じて、今は自身の安全を確保することに注力していた。


 やがて徐々に揺れは小さくなっていき、それと同時にトルマの放つ魔力も弱まっていく。

「なんとか、収まりそうですね」

 瓦礫があちこちに散乱し、粉塵が立ち込めている室内を見回せば、採掘工達は一人残らず石材に潰され、その下からは赤い血が流れている。
 すでに壁はあちこちが崩れ、天井もボロボロで今にもこの部屋自体が崩れそうな状態だった。

「やはり……恐らくはあの通路と同じく、この遺跡の壁や床、天井にもトルマの魔力が染み込んでいたのでしょう。そして彼女の意志に答えて、彼女の敵となった者たちを的確に攻撃したという所でしょうか。なんとも恐ろしい魔力ですね」

 魔女としての力もあろうが、恐らくはトルマの潜在的な魔力も大きいのであろうとミュウは推測した。

「はー、こりゃ魔力だけでいったらあたしよりも遥かに強い魔女ってことになるなあ。ミュウの言う通り、じっちゃん達と穏やかに暮らしていくには必要ない力かも知れないな」

 ルビィはミュウに言われたことを真剣に考えていたようで、このトルマが起こした惨劇を通じて思う所があったようだ。

 やがて完全に揺れも魔力の放出も収まった所でアイルが立ち上がり、朦朧としているトルマに近づいていく。

「そうですね。ともかくまずはトルマを連れて外に出て、ジメイさんの所に戻りましょう。街がどうなっているかもわかりませんしね」

 ミュウは、もしかしたら今の地震で街も壊滅してるかも、などと不謹慎な事を考えつつも口には出さないでおいた。言えばまたアイルに拳骨を食らいそうな気がしたから。


 その時、トルマの頭上の天井に亀裂が入った。

「アイルさん!」

 それに気付いたミュウが叫ぶのと、アイルがトルマに向かって飛ぶのはほぼ同時だった。



「ん……ぅ……」

 トルマは徐々に意識を取り戻してきた。
 猿ぐつわが取れて呼吸が楽になったからか、何かに解放されたような感覚になったからかはわからないが、ともかくも自分の状態を確認できるようになってきた。

 ポタリと何かがトルマの鼻先に落ちた。

「これは……血……?」

 独特の錆びたような匂い、前にルビィが怪我をした時に嗅いだ匂いだ。

 その後もポタリポタリと血らしきものがトルマの顔を打つ。

 ようやく眼を開けたトルマは、アイルの大きな身体が自分に覆いかぶさるようになっているのを確認した。

「アイル、お兄ちゃん?」

「……」

 そういえば椅子に座らされていたはずの自分は何故床の上に寝ているのだろう。

 そして先程からトルマの顔を打つ血は、上に覆いかぶさっているアイルの額あたりから落ちてきていた。

「アイルお兄ちゃん、血が出てるよ。なんで私は寝ているの?」

 状況が掴めない。

 だがややくぐもった感じで先程から「アイルさん! アイルさん!」と、アイルを呼ぶ声が聞こえる。

 たぶんあの声はミュウだ。

 いつも、どんな時でも落ち着いていて爽やかな風のような声で話してくれる優しいミュウの声が、今は焦りと苛立ちに満ちていて、ミュウお姉ちゃんでもこんな声を出すことがあるんだな、と新鮮な驚きを感じる。

「ちっくしょー、重たくて持ち上がらねえよ。燃やしたら中の二人まで焼けちゃうしなー。あれな、火の魔法って意外に役立たずだよな、実際」


 あれはルビィの声だ。

 よかった。ルビィが助けに来てくれたんだ。

 アイルお兄ちゃんや、ミュウお姉ちゃんと一緒に。


 それは先程まで絶望しか感じていなかったトルマにとって、何よりも嬉しいことであり、心が急速に満たされていくのを感じていた。

 だが、やはりくぐもった感じの声である。まるで隣の部屋から壁越しに話しかけられているように感じられる。

「アイルさん! 今から瓦礫を私の風で吹き飛ばします。もしかしたらちょびっとだけ影響があるかも知れませんが、我慢してくださいね!」

「ああ」


 アイルお兄ちゃんが喋った!

 初めて聞いたかも知れない。

 それよりもいま、ミュウお姉ちゃんが、ガレキを風でふきとばすって言ってた。

 ガレキってなに?

 ミュウお姉ちゃんの詠唱が聞こえる。
 
 ああ、あのきれいな声の詠唱を聞くのもひさしぶりだなあ。


 ゴウッと一陣の風が舞った。

 いや、風というよりも室内に小さな竜巻が発生した。
 それは部屋の中央に新たにできた瓦礫の山から、石材を巻き上げていく。
 二つ、三つと瓦礫が巻き上げられていくと、その下に徐々に常人よりも一回り大きなアイルの体躯が、背中が見え始めた。
 四つん這いのような姿勢になっているらしく、恐らくはその下にトルマがいるのだろう。

「もうちょっとだ!」

 ルビィはやることがないので、ミュウとアイルを応援している。

 更に二つほど瓦礫が除去されたところで、その他の瓦礫はアイルが自力で跳ね除けられる程度の物だったらしく、のっそりとアイルが立ち上がった。

 その胸の辺りには、小さなトルマが横抱きにされていた。

「トルマ! よかったあ!」

 それを見たルビィが飛びついて、アイルの体ごと抱きしめる。

 巻き上げた瓦礫をそのまま部屋の隅へと投げ捨てたミュウは、頭から血を流しながらも、何も問題は無さそうに立っているアイル、きょとんとしたまま抱っこされているトルマ、泣きそうになりながら抱きついているルビィを順に見て、

「さ、早く出ましょう。またいつ崩れてくるかわかりませんから!」

 と、自分でも理由はよくわからずに不機嫌そうに言い放つのであった。
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