上 下
244 / 264
春休み

あの日の姿のままで

しおりを挟む
「えへへ。僕と約束できる?」

「約束か……知っているぞ。この世に〝神との約束〟ほど恐ろしい物はない」

 栗っちは、蝙蝠こうもりと会話している。
 あれは〝吸血鬼〟だ。

「そうだよね。僕と〝約束〟しちゃったら、僕たちを攻撃するどころか、悪口を言う事さえ出来なくなっちゃうもん」

 それは聞いたことがある。
 栗っちとの〝約束〟は、自動的に、破った時のペナルティが課せられるのだ。
 悪意を持って約束を破れば、その悪意に応じた重さの罰が与えられる……らしい。 

「だが、生き残れる道があるというのなら…………分かった。その〝試し〟とやらを受けよう」

 ペコリと頭を下げる蝙蝠こうもり

「当然ね。ここで〝プライド〟を重んじて死ぬような生き物は、魔界には居ないわ」

 あれ? でも、それじゃあ……

「一緒に地球を守るって、血はどうするんだ? 〝吸血鬼〟なんだから、人間の血が必要じゃないのか?」

 しかも、結構な大食漢たいしょくかんだぞ。ひと晩で、僕たち全員の血を吸う気だったみたいだし。

「えっとね、それは大丈夫だよ。僕の血をあげるから」

 ちょ? まっ?!

「大丈夫じゃないだろ?! 度々たびたび死んじゃうぞ! ……なんか日本語がおかしい気もするけど!」

 確かに、栗っちは死んでも復活するし〝眷属けんぞく〟にもならないけどさ。

「えへへ。おぼえてる? 僕に向けた〝呪い〟は、プラスにしか働かないんだ。つまり〝吸血鬼の眷属になる〟っていう〝呪い〟は〝反転〟するんだよ」

「なるほどなー! 吸血鬼の方が、栗っちの下僕になるのか!」

 マジかよ?! そんなに都合よく行くのか?

「しかも〝眷属〟と同じで、食事も摂らなくて大丈夫になるよ! スゴいよね!」

 そうか。都合よく行くんだった。
 〝神様だから仕方ないね〟で、全部解決だ。
 ……なんで栗っちが主人公じゃないんだろう。

「でもね? うまく行かなければ、消滅しちゃう。だから〝試し〟なんだよ」

 しかも、都合が悪くなれば、消滅でスッキリ。
 〝神様だから仕方ないね〟で、全部解決だ。
 ……あ、そっか。だから主人公じゃないんだ。

「〝神の血〟を……飲めと言うのか?!」

 蝙蝠こうもりが、身震いをひとつ。
 それを見ていた栗っちは、にっこり笑って、そっと右腕を差し出した。

「えへへ。痛くしないでね?」





 >>>





『……という事で、吸血鬼は居なくなりました。私たちは自由です』

 ここは、七宮啓太ななみやけいたがリーダーを努めていた隠れ家。
 吸血鬼は、コウモリの姿のまま、栗っちの腕から血を吸ったあと、眠ってしまった。

『隠れ住んでいる、他の人たちにも伝えて下さい。出口はすでに開かれています』

 河西千夏かわにしちなつは、ここに住む人たちに、そうげた。
 喜びの歓声を上げる人々の中に、少し寂しそうな千夏ちなつの表情に気付く者は、誰も居なかったようだ。

「お待たせ。さあ、行きましょう」

 コンクリートで塗り固められ、鉄板で補強された玄関……本来の出入り口を〝ただのパンチアース・インパクト〟で破壊して、外に出る。
 空間の出口へと向かう途中で、やっと吸血鬼は目を覚ました。

「私は……眠っていたのか」

「しばらくは、その姿のままの方がいいよ? みんなビックリしちゃうから」

 栗っちの言う通り〝居なくなった〟ハズの吸血鬼が歩いていたらパニックになる。

「あい分かった」

 ……まあ〝シギショアラ〟で誰かに見られても〝コスプレだ〟で通せるかもしれないけど。

「身も心も洗われた様に清々しく、ちからみなぎる。分かるぞ! 確かに、これはもう人のなど不要だ」

 パタパタと飛び回る吸血鬼。

「えへへ。良かったね! ……それで、誰にするか決めた?」

 長い間、罪もない人間を殺し続けてきた吸血鬼のみそぎは、これから始まる。
 ダーク・ソサイエティの〝実験体〟だったクロのように〝守護獣〟として、僕たちの内の誰かを守る。それが、栗っちの提案した〝罪滅ぼし〟だった。

「それでは……」

 吸血鬼は、大ちゃんの肩に止まった。

「お前に決めた。よろしくお願いする」

「おー! よろしくな!」

 そういえばコイツ、色々な魔道具を作っていたし、発明家はつめいか同士、何か通じる物があったのかもしれない。

「えっと……何て呼べばいいんだ?」

「私は生まれ変わったのだから、主人であるお前が、好きに名付ければ良い」

「そうか……んー、蝙蝠こうもりの博士か。それじゃ〝ファルケ〟って呼ぶぜ」

 〝ファルケ〟か。よく分からないけど、大ちゃんの事だ。きっと何か、意味があるんだろう。

「了解した。今から私は、お前の忠実なる下僕しもべ、ファルケだ」

 ……さて、それじゃその〝ファルケ〟に、肝心な事を聞いとかなきゃ。

「ファルケ、質問なんだけど。この空間、このまま消さずに残せるのか?」

 ここは、吸血鬼が〝食料〟を得るために、魔道具によって作った空間。多くの人々は、この場所で生まれ、生活してきた。
 つまり、ここが消えてしまうという事は〝故郷を失う〟という事だ。むしろ、帰る場所がない人の方が多いだろう。

「えっとね。出来るなら、ここはこのまま、そっとしておきたいんだけど……」

 栗っちの言葉に、少し頭をひねった後で、ファルケが口を開く。

「永遠に、という訳にはいかないが、当分は問題ない。空間を維持するために私が蓄えた〝負のエネルギー〟は、まだまだ沢山ある。今まで通り、100年は〝アガルタ〟と〝魔界〟の定期的な複写を続けるだろう」

 この空間は、一定の周期で〝シギショアラ〟と〝北の大砦〟を混ぜこぜにコピーして再生成される。生き物を除く全てが、定期的かつ無償で手に入るのだ。だから、ここに住む人たちが、衣料品や食料、住居に困る事は無い。

「やー。問題は、100年後に先送りかー」

 ユーリがボソリと呟いた。
 腕を組んで、複雑な顔をしている。

「えへへ。とりあえずは、ね。近い内に、僕たちで何とかしようよ!」

 相変わらずの笑顔で、栗っちが答えた。
 そっか。言われてみれば、100年も放っとく必要は無い。
 地球側の、どこか安全な無人島に、町を作ってもいいし、魔界側、北の大砦周辺を、ササッと安全な状態にして、移住っていう手もある。

「まあ、時間もたっぷりあるし、地球を守った後で、ゆっくり対策を練ろう」

「……それなんだが、たっちゃん。別の意味で〝時間〟がヤバい。すぐにでも帰らなきゃだぜー」

 そうだった! この空間に迷い込んだせいで、土人形つちにんぎょうとの繋がりが外れてしまったんだ。急いで帰らないと、大変な事になるぞ。





 >>>





 老夫婦が、遠くで手を振っている。
 間違いない。あの人たちが、河西千夏かわにしちなつの祖父母だ。
 なぜなら、この距離なのに、双方がすでに、涙でグシャグシャになっているから。

「おじいちゃん、おばあちゃん!」

 千夏ちなつが駆け出す。

千夏ちなつ?! お前、本当に……!」

「ああ! 千夏ちなつちゃん! 無事だった! 千夏ちなつが帰ってきてくれた!」

 祖父母は、駆け寄る孫を抱きしめた。

「えへへ! 良かったね! 本当に良かったね!」

 いつの間にか、今回一番の功労者である栗っちも、泣いている。

『タツヤ、キミも泣いてしまっている事に関しては、スルーで良いのだろう?』

 ブルー。それを聞いてきた時点でスルーになってないからな?

「あら、千夏ちなつちゃん……? あなた、何だか……」

「……ん? どうしたんじゃ?」

「いえ、おじいさん。この子……若すぎませんか?」

 そうなんだ。驚いた事に、あの空間から出た途端、千夏ちなつは若返った。
 あの空間を作ったファルケにも、原因は分からなかった。

「あー。あくまで推測だが、あっちとこっちが完全に分離されているから、戻った時に〝世界〟が整合性を合わせるために、こっちに居なかった分、年齢だけを巻き戻したんじゃないか?」

 大ちゃんが、年齢〝だけ〟というのは、千夏ちなつも僕たちも、記憶までは戻されていないからだ。
 それに、千夏の服装や、あの空間内で負った怪我ケガの傷跡などは、そのまま残っている。

「ほら、見て下さいおじいさん。服が……」

 つまりこの現象は、いつもの〝しなやかで頑丈〟なアレと、似た感じなのかもしれない。
 ……ちょっと〝無理しました感〟があるけど。

「細かい事はいいじゃないか。千夏ちなつが無事だったんじゃ。それだけでいい」

「ええ。ええ! 本当に!」

 そうそう。気にしない気にしない。
 ……とか言いつつ、実は僕もさっきから、どうも引っかかるんだよな。
 若返った千夏ちなつを見ると、何かこう……

『タツヤ、本当にキミは……』

 ち、違うし! 全然そんなんじゃねーし!

「たっちゃん。もしかして気付いたのか。俺も、若返ってから気付いたんだけど、超、似てるよなー!」

 え? 似てる? 何が?

「えへへ。名字みょうじも一緒だもんね!」

 名字? 一体、何を言って……

「少年、本当にありがとう!」

「ねえ、あなたたちの事、どうしても教えてもらえないの? せめて、お名前だけでも……」

 突然、千夏ちなつの祖父母に手を握られ、栗っちは、ちょっと困った顔で返した。

「えへへ。僕たちの事は、絶対に秘密なんだ。だからナイショ。ごめんね?」

 ……そう。本来なら、彩歌あやかの魔法で全部忘れてもらう所なんだけど、今回は、そうもいかないらしい。

千夏ちなつさんの記憶をすべて消すことは出来ないわ。期間が長すぎて、どうしてもムラができてしまう……少しでも〝断片〟が残ってしまったら、それを元に、全ての記憶が蘇ってしまうかもしれないの」

 ……つまり、いつ記憶が戻ってしまうか分からない状態にするより、記憶を消さずに、口止めをする方が良い……という事だ。
 それに、幸か不幸か、事件が余りにも現実離れし過ぎていて、誰に話しても、信じてもらえないだろうし。

「あなたも、お友だちに会えたのね。良かったわ」

「ありがとう。おばあさん! 千夏ちなつさんも、またね!」

 栗っちはニコニコと笑顔で…………ん? 〝またね?〟

『タツヤ、大変だ。急いで戻ろう』

 ……ブルー? どうした?!

『地下室の〝聖剣〟が無くなった』

 な、なんだって?!

しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...