上 下
238 / 264
春休み

第234話  番人(下)

しおりを挟む
 頭がボーッとする。
 ここは……〝試練〟の扉の中?

「な、何だ? 私は……いったい?」

 辺りを見回すが、景色がかすんで、ピントが合わない。
 ……私は、何をしていたんだっけ?

「ナナみヤ、気がツいたノか」

 この声は。
 聞き覚えがあるぞ。コイツは確か。

「ん……あ、ああ。悪魔か…って、おいおい! なんで競技場から外に出て来てるんだ? 吸血鬼に知られたら、ヤバいだろ?」

 え? ……んー? いや。そうじゃないな。
 コイツがここにいる理由って、何だったかな。

「おマエ、大ジョウぶカ?」

 あんまり、大丈夫じゃない。頭いてぇし。

「……ん? えーと? 私は何をしていたんだ?」

 悪魔のとなりに、ガキが居る。
 あ? こいつは……!

「悪魔さん、一分ぐらいで終わるから、待っててね?」

「なンか知ラんが、分かったゾ」

 ……思い出した! このガキ、競技場を!

「おい、こら悪魔!」

「…………何ダ?」

「何だじゃない。お前、なんでそのガキと普通に会話してんだ?」

「こワいから? ……だっタんだケど、もう大丈夫。コイつ、優シくて、好き」

 はあ? 何を言ってるんだ?

「……1分ダケ、マて。すグニおわル」

 話にならんな。このガキ一人に、ここまでされたんだ。私も処分される可能性だってある。
 ……この悪魔は確実に〝処刑対象〟だから、とりあえず私が殺して、手土産にしておくか。

「ダメだよ? それは僕が許さない」

 ちっ。寝てるのかと思ったら、起きてやがった。
 っていうか、コイツ、たまにこうやって目を閉じてるけど、何をしてるんだ?

「えへへ。ないしょ!」

 本当に得体が知れないな、コイツ。
 しかし、あんな規模の魔法、見たことないぞ。千体近い〝眷属〟を一瞬で消したり、競技場を粉砕したり……しかも、呪文の詠唱えいしょうをしているように見えなかった。
 ……そういえば、コイツらのリーダーも、しゃべれないはずなのに、普通に魔法を使っていたな。どういうヤツらなんだ?





 >>>





「えへへ。七宮さんが左で、僕が右だよね!」

 そう言って、あのガキは勝手に右の扉に入っていった。
 やれやれ。これじゃ〝案内人あんないにん〟の立場が無いな。
 ……ってちょっと待て! 分身はもう作ってあるけど、甲冑かっちゅうを着なきゃならないんだぞ。
 急いで左の扉に飛び込み、まっ黒な鎧を装備する。

「あーあ。今日殴られた腹のあたり、ヘコんで、ヒビまで入ってるよ」

 分身魔法は、再詠唱には半日かかる。私は〝分身側〟の記憶もいらないからな。いつも、効果時間が切れて自然消滅するまで、観客席に座らせてあるんだ。
 ……少々遅れていっても、アイツがうまく誤魔化してくれてるだろう。
 試練の直前に分身すれば、私から引き継いだ〝新鮮な記憶〟で、最適な〝あおり文句〟を言ってくれるんだが、まあ今回は仕方ないな。

「ククク。ようこそ、最終ステージへ!」

 分身の声がかすかに聞こえてきた。あのガキ、速すぎるぞ。
 兜を片手に、闘技場への狭い通路を走る。くそ! 相変わらず重いな、この鎧!
 ……ふう、到着。
 よし、ここからは威厳と風格を漂わせながら……扉をゆっくり開けて、闘技場内に入る。

「お前も、ここでゲームオーバーだ。〝たっちゃん〟と同じようになあ! ククク、アハハハハ!」

 さすがは私の分身。初めてあのガキを見たとは思えないほど、上手いあおりだ。
 と、次の瞬間、ガキは分身の方に手のひらを向けた。

「えへへ。ちょっとうるさいよ?」

 パァン! という音が響き、私の分身が弾け飛ぶ。
 おいおいおいおいおい! 何だ? いま、何が起こった?! 

「何って……うるさいし、いらないから、消しちゃった」

 なっ?! コイツ、いったい何を言って……?

「分身さんは、いらないでしょ? 僕は〝番人〟の〝七宮さん〟と戦うんだから」

 あのガキは、黒光りする甲冑に身を包んだ私を、ニコニコと見ている。
 ……気づかれている! なんでアイツ、番人が私だと知って……?

「ぜーんぶ知ってるよ? だから、分身さんはいらないし、声も変えなくてもいいからね」

 やっぱコイツ、普通じゃない……! だいたい、さっきの分身に放った攻撃も、見たことのない魔法だった。
 ……だが、結果は変わらないぞ! どんな攻撃だろうと、私に当たり次第、コイツの負けだ! 私は〝案内者〟なんだからな!

「うーん。七宮さん、ちょっと聞いて?」

 かぶっていた兜が、メリメリと音を立てる。

「もう、いいから」

 菓子かしの袋をやぶるように、私の頭から左右に引きちぎられた鋼鉄の兜は、空中でグシャグシャに丸められて真上にすっ飛び、天井に突き刺さった。

「うわあっ?!」

「七宮さん。静かにしてよ。僕、怒ってるんだからね?」

 何なんだよ、コイツ?! ……ワケが分からねぇ!

「……七宮さん。さっきから、僕の〝力〟の事を〝攻撃〟って言ってるよね?」

「な、なに? 何を言ってるんだ?」

 ガキは、やれやれと言った表情で続ける。

「たとえばね? 〝お母さん〟が、悪いことをした〝子ども〟のお尻をたたくのは〝攻撃〟なの?」

「……は?」

「〝動物さん〟が、あぶない場所に行こうとした〝子ども〟に、二度と行っちゃダメって、ちょっとだけ、噛んだり、引っかいたりして教えるのは〝攻撃〟なのかな?」

「何を言ってるんだ? そんなのは……」

「そうだよね。やりすぎちゃダメだし、暴力はいけないけど、いま言った2つは〝愛〟なんだ」

 話がまったく見えてこないぞ? このガキ、いきなり何の話を始めた?

「……分からないんだね。悲しいし、残念だから、もっと分かりやすく説明するよ?」

 一瞬、ガキの姿がゆらいだ。
 右の頬に衝撃が走り、視界がグルグルと回転する。

「かはッ?!」

 全身に痛みが走り、続いて右頬を、死ぬほどの激痛が襲う。
 ……口の中が血の味で一杯になった時点で、いま自分がされた事を理解した。

「ゲボッ! が、がかっ……?」

 平手打ち?! すさまじい威力のビンタを、右頬に食らって、私は宙を舞い、地面に転がされたのだ。
 しかし、この部屋の特殊効果で、ズタズタになった私の頬は、みるみる回復していく。

「ククク。や、やったな? この私に攻撃したな? 〝案内者〟である私に危害を加えたら……」

「僕は〝攻撃〟してないよ?」

 ちょ! まっ?!
 しただろう?! いまのが〝攻撃〟じゃないなら、何だって言うんだ!

「えへへ。それはね〝愛〟なんだ」

 ……は?

「もう一度やるから、よーく味わってね?」

 今度は、左の頬に強い衝撃を受けて、さっきとは逆に視界が回る。

「グベッ?!」

 痛い! 痛いいいい! 頬骨が! 骨が折れッ!

「分かる? 七宮さん。もう一度言うね? 〝お母さん〟が、悪いことをした〝子ども〟のお尻をたたくのは〝攻撃〟かな?」

 おびただしい量の血が、私の周囲に撒き散らされる。
 こ、と、お仕置きの〝オシリペンペン〟を、まさか……まさか同じだとでも?

「……まだ分からないんだね? もう一回、いくよ?」

 ちょうど完治した右の頬に、さっきと同じ衝撃が走り、視界が回る。

「グベッ?!」

 血しぶきがスローモーションで宙を舞う。
 私は受け身など取ることも出来す、ゴロゴロと無様に転がった。全身に痛みが走る。

「七宮さん〝動物さん〟が、あぶない場所に行っちゃダメですよって〝子ども〟を甘噛みするのは〝攻撃〟なのかな?」

 私の顔をのぞき込んで、ニコニコ笑うガキ。
 ……ど、どうなってる?! コイツいま、何度も私に攻撃を!

「……そっか。まだ〝攻撃〟と〝愛〟の違いが分からないんだね。それじゃ、もう一度」

 頬の激痛と、回る視界。
 何なんだ? 何なんだよこれ!
 痛い! 痛い! 痛い!!

「僕はね? 〝攻撃〟できないんだよ?」

 な、何を言ってるんだ? お前、さっきから私に……
 痛だあああい!!!

「まだ、分からないんだ。でも大丈夫だよ。僕、七宮さんが分かるまで、教えてあげるからね!」

 アイツが、にっこりほほえんで、近づいてくる……!
 や、やめ! それ以上私に攻撃しなぶべええエエエエエッ!!

「僕はね? 〝愛〟しか与えられないんだ。だから、七宮さんがいま感じている痛みも〝愛〟なんだよ? もっと! もっと僕の〝愛〟を受け取って! そして気付いてよ!」

 ……やめて! もう、もうやめてくれ! 死んでしまう! もうひどい事しないでゲベベェエエエエエエ?!

「〝ひどい事〟じゃなくて〝愛〟だよ? その痛みは、七宮さんの〝罪〟から生まれた物なんだ。だから、すべて受け止めて! そうすれば、七宮さんも救われるんだよ!」

 死ぬ! 死ぬから! 何が愛だ! 拷問じゃないか! やめて! やめてください! おねがいでゲボぉぉぉぉッ?!

「七宮さんが死んじゃったら、つまりそれは〝死〟こそが救いで、死ぬことによって〝愛〟を受け取れたって事になるんだよ? だから僕の〝愛〟で、死んでもいいんだよ!」

 ……いや、だ。やめ……やめて! ごめんなさい、ゆるし、ゆるして……! おねがいです!

「えへへ。ちょっとだけ、分かってきたんだね、七宮さん! 僕、うれしいよ!」

 ……あ、ああ、はい! わか、わかりまし、ゆるして、もらえ……るの?

「ううん? ダーメ! ……だって、さっき僕が葬送おくった〝眷属〟さんたちのうち、94人が、まだ七宮さんを許してないんだ。いまも七宮さんの後ろで、怒ってるよ?」

 94……人?
 ま、まさかそれは、私が以前、ここに誘い込んだ人の数……?!

「僕の分の〝愛〟は終了でいいかな。僕ってやさしいよね! それじゃ、ここからは、94人の魂を救うための〝裁き〟を始めるよ」

 さ……〝裁き〟って?

「あ、説明するね。〝裁き〟も〝攻撃〟じゃないし〝危害〟でもないよ? 〝試練〟のルール違反じゃないから安心だよね! えっと、例えば神さまがリンゴを……」

 ひいぃぃぃぃ?! 何をいってるの? なんで神さまとか言い始めたの、この子?!

「……っていうのは〝攻撃〟だと思う?」

 分からない! さっきのより、もっと分からないぞ!

「あれ、七宮さん、これも分からないの? じゃあ、分かるように教えてあげるから、手を出して? 人差し指から順番にいくよ?」

 あ、いや……だ……や、やめ、やめて……!
 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ?!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...