上 下
212 / 264
春休み

経緯

しおりを挟む
 よー! 九条大作くじょうだいさくだぜ!
 ……ん? なんで、幽霊を見るような目で、俺を見てんだ?

「それじゃ大ちゃん、家まで送ろう」

 後藤千弘ごとうちひろさんが、爽やかにウインクする。

「いやー、大丈夫だぜー?」

 っていうか、俺を家まで送るには、5時間以上かかっちまうからなー?

「がははは! 〝大丈夫〟か。豪気ごうきなヤツだな! 気に入ったぞ」

 〝たぶんイエロー〟の、土田端どたばた和久わくさんが、ニ杯目のカレーを食べながら豪快に笑う。

「ちょっと! 笑い事じゃないわよ、ワッ君! ……あのね大ちゃん? 最近この町では、悪者たちが大勢の人を誘拐しているの。とても危険だわ」

 慈許音じもとね隆代たかよさんが、和久わくさんに苦笑した後、俺に優しく言った。

「ああ。とくに大ちゃんは、さっき山の中で、アイツらに見られてるし、狙われる可能性が高いんだ。送っていくよ。それで……出来れば、二、三日は家で大人しくしてて欲しいな。その間に、俺たちが悪者をやっつけるからさ!」

 あー、当然そうなるよな。
 仕方がない。適当なマンションか、九条って名前の家まで、送ってもらうかなー。

「それじゃ、お願いするぜ。ありがとなー! ……えっと、マスター。オムライス、美味しかったぜー!」

「ははは。それは良かった。またいつでも、遊びにおいで」

 カランコロンカランという、心地よい音と共に〝喫茶ガブロ〟を後にした。
 さて、俺の頭の中にある、一番近い九条さんは……

「おいおい、遠いなー」

 ……って、んー? まだちょっと、不思議そうにしてるなー?
 時間? もしかして〝時間軸〟がおかしいか?
 あー! そうか! 話をちょっと巻き戻って始めるパターンかよ。わりーなー、気付かなかったぜ!
 ……要はアレだろ? 〝物語は少し前にさかのぼる〟ってやつだろー?
 そんじゃ、そのていで、念のため説明しておくからな?
 だいたい、今の流れで分かったかもしれないけど、いま俺は〝喫茶ガブロ〟でオムライスをご馳走になったあと、ニセの自宅へと向かっているところだ。

「大ちゃん、こっちで良いのか?」

「おー! 線路と川を超えて、もっと向こうだぜ」

「マジかよ! 随分と遠くから来たんだな!」

 出来れば〝九条〟という表札の掛かった家がベストなんだが、小学生の行動範囲として違和感がないぐらいの距離には〝九条さん〟は住んでいない。いや、厳密に言うと、少なくとも、俺がさっき〝喫茶ガブロ〟で見た電話帳に載ってたのは、ニ駅隣の九条さんだぜ。遠いだろ?
 ……だから目指すは、入り口がオートロックになっていない、三階建て以上のマンションだ。入り口でサヨナラすれば、中までは入って来ないだろー。
 あ、説明しとかなきゃかな?
 まあ、知ってると思うけど、俺は〝瞬間記憶〟を持っているから、一度見た物は忘れないんだ。
 電話帳でも辞書でも、パラパラとめくっただけで、全部覚えられるんだぜ?

「ああ、そうそう。大ちゃん。念の為だけど、今日の事は、誰にも言っちゃ駄目だよ? お父さんやお母さんにも言わない方がいい」

 そうだろう。下手に騒いでアイツらに気付かれれば、何をされるか分かったもんじゃないからなー!

「わかったぜー!」

「よし、いい子だな! それじゃあ急ごうか。早くしないと日が暮れちまうからね……っと、おいおい、何だ?」

 俺と後藤さんの目の前に、大きなトラックが猛スピードで突っ込んで来た。

「おっと、危ねえ!」

 道をふさぐように、大きなトラックが停まった。ほろのついた荷台から、黒いスーツの男たちが飛び出してくる。
 ウワサをすればって……そんなに大きく話題にしてもいないんだけどな?

「クソっ! アイツらか!」

 俺をかばうように、一歩前に出る後藤さん。
 ちょっと数が多いぜ。今度こそ俺も変身し……





 >>>





 ……あ痛たたた。後頭部に痛みが走る。
 この音と振動は、さっきのトラックだな。背後から不意打ちを食らったのか? やられたぜー!

「もがッ! もがもがッ!」

 これは……口を塞がれてる?
 さっきまで掛けていたはずの〝凄メガネ〟も無い。取られたのか落としたのか……
 足は固定されていないけど、手は背中に回されたまま、なぜか身動きが取れない。
 ほとんど動けないな。どうなってるんだ、これ。

「もがッ」

 ダメだ。全く声にならない……おっと、分かりやすい見本が、近くに居たぜー。
 ……後藤さんが、転がされている。
 猿ぐつわをされた上に、後ろ手にロープで縛られて、それを、荷台の床にある金具に結び付けられているんだな。俺もだいたい同じ感じだろ。動けないワケだぜー!
 後藤さん、呼吸をしているっぽいから生きてはいるんだろうけど……ひどい怪我だ。
 あと、俺と後藤さん以外には、黒服も乗っていないし、積み荷も無いみたいだぜ。
 さて、どうしたもんかなー。
 ベルトはまだ腰にある。バックルのボタンさえ押す事ができれば、変身できるんだけど……

「もがもが……!」

 後藤さんに声を掛けようにも、口を塞がれてるし、もし後藤さんが目を覚ましたとしても、位置的に、俺のベルトまで届かない。
 手のロープも解けそうにないな。頑丈に結ばれてるぜ。これって、うっ血しちまわないか?

「もが?」

 ……手も心配だけど、いま、振動と走行音が、微妙に変化したぜ。
 ほろ隙間すきまから見える風景に、緑が多くなったし、若干、傾斜も感じる。どうやら、山道やまみちに入ったみたいだ。
 つまり、建設しているという〝基地〟まで、俺たちを連れて行くつもりだな?
 ……となれば、このベルトは逆にマズいぜ。
 今はまだバレてないみたいだけど、顔を見て、俺が〝九条大作〟だって事に気付くヤツが絶対に居るだろー。
 ちょっとでもベルトを解析されてしまえば、オヤジと俺の……いや、つまりは〝バベルの図書館〟の知識によって作られた〝超兵器〟の情報が、悪事に利用されてしまうからな。
 俺は、縛られた手を必死で伸ばす。よし、ベルトの取り外しボタンに、なんとか届いたぜ!

「パシュー!」

 外れたな。後はこれを外へ捨てて……うおっ! 足がった!





 >>>





 トラックが停まり、しばらくして、荷台に黒服たちが乗り込んできた。
 俺は気絶したフリをしている。
 こういう時に意識があると、薬を嗅がされたり、当て身を食らわされたり、ロクな事がないからなー。

「もたもたするな。連れて行け! 子どもの方は、意識が戻って抵抗するようなら痛めつけて構わん」

 あーあー。抵抗しないようにしなきゃな。
 ……やっぱ、手は縛られたままだ。ベルト捨てといて正解だったぜー。
 後藤さんと俺は、黒服に抱えられて建設中の基地へと連れ込まれた。
 まだまだ色々な所が工事中のようだけど、意外といい感じに仕上がって来ているじゃないか。

「隊長、なんで子どもを連れて来たんですか?」

 それが分からないなら、お前は一生〝ヒラ戦闘員〟だぜ?
 後藤さんから情報を引き出すために決まってるだろー。

「そっちの男な、得体の知れない姿になって、犬ゲジコンビと戦ったらしい。情報を引き出す時のダシに使うんだ」

 ほらなー! 〝この子がどうなってもいいのか?〟とかやっちゃうんだろ? 悪党の考えそうな事は、だいたい分かるぜー!
 ……っていうかさ〝得体の知れない姿〟ってお前らが言うなよなー? あと〝犬ゲジコンビ〟って何だよ! 思わず笑いそうになったじゃねーかよー!

「よし、そっちの部屋だ。椅子と拷問具は用意してあるんだろうな」

 おっと! 拷問は、さすがにヤバいなー。
 たっちゃんたちが来るまで、まだ1時間は掛かるか? それまで、なんとか持ちこたえないとな……





 >>>





「くそっ! ここは……!?」

「ふふふ。気が付いたようだな」

 後藤さんの意識が戻った。手は椅子に縛り付けられ、さるぐつわは外されている。
 ……そりゃそうか。あんなの着けられたまま〝さあ吐くんだ!〟とか始められたら、さすがの俺でも爆笑してしまうぜ。

「お前ら、一体何なんだ! 畜生ッ! これをほどけ!」

 〝これを解け〟って、解くわけ無いだろー? ……本当に言う人、居るんだなー。

「それは出来ない相談だ。これからお前には、色々といてもらわなくてはならんからな!」

 黒服はそう言うと、俺の方へ近づく。

「おい、待て! その子は関係ないだろ! やめろ!」

 ……まだ何もされてないぜ? いま騒いだら〝関係ない俺〟が、何かされちゃうだろー!

「うははは! やはりな! コイツを殺されたくなかったら、お前が何者なのか、答えるんだ」

 ほらー! 殺されちゃうじゃんよー!
 たっちゃん達も、まだあと30分は掛かるだろうし……仕方がないぜ。奥の手を使うか。

「ちょっと待ってくれよー! 俺は九条大作っていうんだ」

 俺の身元を明かす。これで随分と時間が稼げるだろー?
 ……と思った瞬間、左頬に痛みが走る。俺は椅子から弾き飛ばされて転がった。

「勝手にしゃべるな! 殺すぞ!」

 あれー? コイツそういうタイプだったかー!
 手は背中で縛られたままだから、起き上がることも出来やしない。

「やめろおおおおおッ!! 大ちゃん! 大丈夫か?!」

 アンタがやめろ! 〝俺をいたぶるのが効果的〟ってバレちやうだろー? 重ねて言うぜ? アンタが大丈夫か?!

「ヒャハハハ! やめて欲しければ、大人しく喋るがいい。コイツの命だけは助けてやってもいい」

「くそぉッ! 卑怯な奴め!」

 うーん。時間稼ぎになるかどうか分からないけど、もう1回、チャレンジしてみるかな?

「俺は九条だいさ……」

 蹴り上げられた。すっ飛んで奥の壁にぶち当たってうずくまる。今のは効いたぜ。
 ……おかしいな。さっきわざわざ、さっき〝左頬を〟って強調しておいたのに、なんで右のほっぺじゃなくて〝蹴り〟なんだ? バカなのか?

「なんて事をするんだ! その子は無関係なんだ! 助けてやってくれッ、頼む!!」

 あーもー! 本気で言ってるのか?
 余計に助からなくなってるって分かんないかなー?
 大体、こんな〝重要拠点〟に連れてきた時点で、生かして返す気なんかないだろー?

「ふん。喋らないならそれでいい。そろそろ殺してしまおう」

 俺にゆっくりと近付いてくる黒服。

「クソぉ……やめろぉ! この悪党め!」

 ゆっくりってトコが、まだ駆け引きっぽいから大丈夫……じゃない可能性もあるぜー。
 こいつ気が短いみたいだから、俺、本当に殺されるかもな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...