1 / 264
行き止まりの未来
これは夢だ
しおりを挟む
「これは夢だ」
……と、気付くことがある。
〝確か、この人は亡くなったぞ?〟
〝自分はもう、学生じゃないぞ?〟
現実との違いに気付いて我に返る。よくあるパターンだ。
でも、僕がいま見ている夢は、ちょっと違う。
この夢は〝優しかったおばあちゃん〟には出会わないし〝期末試験〟を受けさせられもしない。
「……これは夢だ」
ビルの窓から漏れる明かりと薄暗い街灯が、見慣れたはずの景色を、不気味な異世界のように浮かび上がらせていた。
「ほら。やっぱり、また同じ夢だ」
僕は、会社の入り口に立っている。
大晦日、仕事を終えて退社する所……という〝設定〟の夢。
僕は、この夢だけを、ここ一月ほど、何度も何度も見ている。
「だから分かる。これは夢だ」
入社以来、毎年ずーっと、会社で新年を迎えている。
うちの会社が、ブラックかホワイトかと聞かれたら、僕は間違いなく〝見れば分かるだろう〟って答えるね。僕の目の下のクマがヒントだ。
……けど、この夢では、めずらしく早く帰れてるっぽいんだよな。
願望、欲求、それともストレス?
何か、深層心理的なアレが作用して、繰り返し、同じ夢を見せているのだ。
普通ならそう思うだろう。
だが、そうじゃない。絶対に普通じゃない。なぜならこの夢は……
「ここからが問題なんだ」
それは、大きな地響きと共に始まる。
アスファルトを裂き、街路樹が倒れ、割れた窓ガラスが雨のごとく降りそそぐ。
「来た来た! まずは地震だ」
空は黒から、赤く、さらに青く、不気味に色を変え、稲光りが彩りを添えていた。
轟音と共に、泣き叫ぶ人々の声が遠く近く響いている。
「初めてこの夢を見た時は、僕も泣き叫んだよ。さすがに、もう慣れちゃったけど」
うねる大地は、全てを飲み込んでゆく。
続けて、地割れから吹き出たドロ水が、その大地をも飲み込む。
「僕は、迫るドロ水から逃げようとする。夢だと分かってても、体が勝手に動いてしまうんだ。まあ、揺れがスゴすぎて、歩く事もできずに、這いずり回るんだけどね」
地震は激しさを増していく。必死で逃げようとするけど、もう立ち上がる事もできない。
結局、僕は地割れに飲み込まれてしまう。
……そして突然の暗転。僕の耳元で囁かれる言葉はこうだ。
『タツヤ、時間がない。早く帰って来るんだ』
>>>
「おい内海、内海! 起きろ!」
目の前には、会社の先輩。ここはいつもの職場だ。
「先輩……? おはようございます。まだ帰れません……」
「当たり前だろ。この見積もりの山を片付けるまで、俺もお前も帰れないんだ。なに寝ボケてるんだ?」
……え、見積もり? うわ、寝ちゃってた!
「すみません先輩! 最近、寝不足で……」
おかしな夢を見るようになってから、眠りが浅い。
昼間も、ついボーッとしてしまう。
……まあ、今は夜8時。バリバリ残業中なんだけどね。
「しっかりしてくれよ? 過労で倒れるとか、禁止だからな!」
「そんな無茶な……」
まあ禁止なら、倒れるわけにはいかないな。
それにしてもウチの会社、安月給なのに働かせるわ働かせるわ……
「そんな事より、部長が呼んでるぞ? 応接室に来いって」
「マジですか?! って、なんで部長がこんな時間まで……」
『……私が、少し操作した』
「何かトラブルみたいだぜ。ご苦労さん」
先輩が、ポンと僕の肩を叩いて、イヤな笑みを浮かべた。
もう! 他人事だと思ってまったく……ん?
「先輩、なんか言いました?」
「え? いや、何かのトラブルだって言ったんだよ」
顔をこっちに向けもせず、先輩は面倒臭そうに言う。
「いえ、その前に……操作した、とかなんとか」
「……いいや?」
あれ? 気のせいかな。
「早く行ってこいよ。俺の予想だと、面倒な用事だぜ、きっと」
「……僕もそう思います」
僕は机の上の冷めたコーヒーを一口飲んで、席を立った。
>>>
応接室には、困り顔の部長と、見知らぬ男性が立っていた。
「内海くん! 待ってたよ。さあさあ、入ってくれないかねぇ!」
うっわ、部長?! どうしたんですか、急に笑顔になって!
「こちら、内海達也くん、26歳独身」
……そうそう。追記すると、恋人もなし、趣味も特になし。よろしくね? っていうか、なんで部長が僕の紹介を始めるんだ?!
「若手では、一番ガッツのある男でしてねぇ」
部長が僕をほめてる! こりゃ明日は、ホワイトクリスマスだな。
「なるほど。若くて体力もありそうだし、お願いできますかね?」
見知らぬ男性が、嬉しそうに僕を値踏みするような目で見て言う。
え? ちょっと待ってくださいよ! この人、誰なの……?
「内海くんねぇ、こちらは、株式会社バンブーサイドの方だ」
ええっ?! バンブーサイドって、ウチの一番のお得意さんじゃない?!
「初めまして、内海くん。他でもないのだが、今朝の地震で、ウチの倉庫が随分と被害を受けてね」
地震? ああ、あったあった、結構揺れたな、今日の地震……
「最近多いですよね、地震」
夢に見てしまうのは、そのせいもあるのだろうか。
『ある意味、君の夢と地震、関係はあるね』
そっか。やっぱりね……ん?
「……部長、なんで僕の夢を知ってるんですか?」
「内海くん、何を言っとるんだねぇ?」
……そうだよな。部長じゃないよな、今の声。やっぱ僕、疲れてるのかな?
「えっと、何でもないです……すみません、続けて下さい」
「あー、コホン。で、我が社の倉庫の棚は全て倒れ、商品は散乱したままで、手も付けられない状態なのだよ」
「うわぁ……それは大変ですね」
「そこで、君の出番なんだよねぇ」
……はい?!
「何としてでも、3月末までには、倉庫内の在庫状況を確認して、正常に機能させなければならんのだ。だが、圧倒的に人手が足りない」
イヤな予感がするぞ? まさか……
「内海くん。キミには、2月からの土日、事態が収拾するまで、お手伝いに行って欲しいんだよねぇ」
ええっ?! 事態が収集するまでって……!
僕は部長の耳元で、小さく苦情を述べてみた。
「いくら何でもあんまりですよ……! 労働基準法違反ですからね……?!」
っていうか、現時点でもすっごく違反してるんだけど?
「まあねぇ……私もツラい所なんだよ。悪いが引き受けてくれんかねぇ?」
甘えた口調の部長が小声で返す。さ、さすがにこれは横暴だぞ……?
『タツヤ、今だ。キミのポケットには書類がある』
ポケット? 書類?
……あ、そういえば!
僕は背広のポケットに手を突っ込み、クシャクシャの紙を取り出して、そっと広げる。
「部長……これを」
僕が、淡い期待を込めて書いた、年末年始の〝休暇願い〟だ。
数日前に部長に渡したが、ろくに読んでも貰えず……あろう事か無残に握りつぶされ、突き返された。
……まだ持ってたんだ。
「むむむ、内海くん。痛いところを突いてくるねぇ……」
苦虫を噛み潰したような顔の部長。お、これはもしかして効いてるのか?
ほらほら、この前のようには行きませんよ? ツラい所だと思いますがサッサとお休みをください。
「あ、部長。休暇前日は、残業なしでお願いしますね」
「むむぅ……」
ふふふ。これは勝ったな!
……って、あれ? さっきまた、何か聞こえたような?
……と、気付くことがある。
〝確か、この人は亡くなったぞ?〟
〝自分はもう、学生じゃないぞ?〟
現実との違いに気付いて我に返る。よくあるパターンだ。
でも、僕がいま見ている夢は、ちょっと違う。
この夢は〝優しかったおばあちゃん〟には出会わないし〝期末試験〟を受けさせられもしない。
「……これは夢だ」
ビルの窓から漏れる明かりと薄暗い街灯が、見慣れたはずの景色を、不気味な異世界のように浮かび上がらせていた。
「ほら。やっぱり、また同じ夢だ」
僕は、会社の入り口に立っている。
大晦日、仕事を終えて退社する所……という〝設定〟の夢。
僕は、この夢だけを、ここ一月ほど、何度も何度も見ている。
「だから分かる。これは夢だ」
入社以来、毎年ずーっと、会社で新年を迎えている。
うちの会社が、ブラックかホワイトかと聞かれたら、僕は間違いなく〝見れば分かるだろう〟って答えるね。僕の目の下のクマがヒントだ。
……けど、この夢では、めずらしく早く帰れてるっぽいんだよな。
願望、欲求、それともストレス?
何か、深層心理的なアレが作用して、繰り返し、同じ夢を見せているのだ。
普通ならそう思うだろう。
だが、そうじゃない。絶対に普通じゃない。なぜならこの夢は……
「ここからが問題なんだ」
それは、大きな地響きと共に始まる。
アスファルトを裂き、街路樹が倒れ、割れた窓ガラスが雨のごとく降りそそぐ。
「来た来た! まずは地震だ」
空は黒から、赤く、さらに青く、不気味に色を変え、稲光りが彩りを添えていた。
轟音と共に、泣き叫ぶ人々の声が遠く近く響いている。
「初めてこの夢を見た時は、僕も泣き叫んだよ。さすがに、もう慣れちゃったけど」
うねる大地は、全てを飲み込んでゆく。
続けて、地割れから吹き出たドロ水が、その大地をも飲み込む。
「僕は、迫るドロ水から逃げようとする。夢だと分かってても、体が勝手に動いてしまうんだ。まあ、揺れがスゴすぎて、歩く事もできずに、這いずり回るんだけどね」
地震は激しさを増していく。必死で逃げようとするけど、もう立ち上がる事もできない。
結局、僕は地割れに飲み込まれてしまう。
……そして突然の暗転。僕の耳元で囁かれる言葉はこうだ。
『タツヤ、時間がない。早く帰って来るんだ』
>>>
「おい内海、内海! 起きろ!」
目の前には、会社の先輩。ここはいつもの職場だ。
「先輩……? おはようございます。まだ帰れません……」
「当たり前だろ。この見積もりの山を片付けるまで、俺もお前も帰れないんだ。なに寝ボケてるんだ?」
……え、見積もり? うわ、寝ちゃってた!
「すみません先輩! 最近、寝不足で……」
おかしな夢を見るようになってから、眠りが浅い。
昼間も、ついボーッとしてしまう。
……まあ、今は夜8時。バリバリ残業中なんだけどね。
「しっかりしてくれよ? 過労で倒れるとか、禁止だからな!」
「そんな無茶な……」
まあ禁止なら、倒れるわけにはいかないな。
それにしてもウチの会社、安月給なのに働かせるわ働かせるわ……
「そんな事より、部長が呼んでるぞ? 応接室に来いって」
「マジですか?! って、なんで部長がこんな時間まで……」
『……私が、少し操作した』
「何かトラブルみたいだぜ。ご苦労さん」
先輩が、ポンと僕の肩を叩いて、イヤな笑みを浮かべた。
もう! 他人事だと思ってまったく……ん?
「先輩、なんか言いました?」
「え? いや、何かのトラブルだって言ったんだよ」
顔をこっちに向けもせず、先輩は面倒臭そうに言う。
「いえ、その前に……操作した、とかなんとか」
「……いいや?」
あれ? 気のせいかな。
「早く行ってこいよ。俺の予想だと、面倒な用事だぜ、きっと」
「……僕もそう思います」
僕は机の上の冷めたコーヒーを一口飲んで、席を立った。
>>>
応接室には、困り顔の部長と、見知らぬ男性が立っていた。
「内海くん! 待ってたよ。さあさあ、入ってくれないかねぇ!」
うっわ、部長?! どうしたんですか、急に笑顔になって!
「こちら、内海達也くん、26歳独身」
……そうそう。追記すると、恋人もなし、趣味も特になし。よろしくね? っていうか、なんで部長が僕の紹介を始めるんだ?!
「若手では、一番ガッツのある男でしてねぇ」
部長が僕をほめてる! こりゃ明日は、ホワイトクリスマスだな。
「なるほど。若くて体力もありそうだし、お願いできますかね?」
見知らぬ男性が、嬉しそうに僕を値踏みするような目で見て言う。
え? ちょっと待ってくださいよ! この人、誰なの……?
「内海くんねぇ、こちらは、株式会社バンブーサイドの方だ」
ええっ?! バンブーサイドって、ウチの一番のお得意さんじゃない?!
「初めまして、内海くん。他でもないのだが、今朝の地震で、ウチの倉庫が随分と被害を受けてね」
地震? ああ、あったあった、結構揺れたな、今日の地震……
「最近多いですよね、地震」
夢に見てしまうのは、そのせいもあるのだろうか。
『ある意味、君の夢と地震、関係はあるね』
そっか。やっぱりね……ん?
「……部長、なんで僕の夢を知ってるんですか?」
「内海くん、何を言っとるんだねぇ?」
……そうだよな。部長じゃないよな、今の声。やっぱ僕、疲れてるのかな?
「えっと、何でもないです……すみません、続けて下さい」
「あー、コホン。で、我が社の倉庫の棚は全て倒れ、商品は散乱したままで、手も付けられない状態なのだよ」
「うわぁ……それは大変ですね」
「そこで、君の出番なんだよねぇ」
……はい?!
「何としてでも、3月末までには、倉庫内の在庫状況を確認して、正常に機能させなければならんのだ。だが、圧倒的に人手が足りない」
イヤな予感がするぞ? まさか……
「内海くん。キミには、2月からの土日、事態が収拾するまで、お手伝いに行って欲しいんだよねぇ」
ええっ?! 事態が収集するまでって……!
僕は部長の耳元で、小さく苦情を述べてみた。
「いくら何でもあんまりですよ……! 労働基準法違反ですからね……?!」
っていうか、現時点でもすっごく違反してるんだけど?
「まあねぇ……私もツラい所なんだよ。悪いが引き受けてくれんかねぇ?」
甘えた口調の部長が小声で返す。さ、さすがにこれは横暴だぞ……?
『タツヤ、今だ。キミのポケットには書類がある』
ポケット? 書類?
……あ、そういえば!
僕は背広のポケットに手を突っ込み、クシャクシャの紙を取り出して、そっと広げる。
「部長……これを」
僕が、淡い期待を込めて書いた、年末年始の〝休暇願い〟だ。
数日前に部長に渡したが、ろくに読んでも貰えず……あろう事か無残に握りつぶされ、突き返された。
……まだ持ってたんだ。
「むむむ、内海くん。痛いところを突いてくるねぇ……」
苦虫を噛み潰したような顔の部長。お、これはもしかして効いてるのか?
ほらほら、この前のようには行きませんよ? ツラい所だと思いますがサッサとお休みをください。
「あ、部長。休暇前日は、残業なしでお願いしますね」
「むむぅ……」
ふふふ。これは勝ったな!
……って、あれ? さっきまた、何か聞こえたような?
10
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる