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5年生 3学期 3月

まゆねこ

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 誰かに見られている気がして、周囲を見渡した。

「……誰も居ないなあ」

 私は内海うつみるり。小学5年生。
 さっきの、妙な視線は何だろう。
 いま現在、ウチの地下には〝悪魔〟が2匹と〝魔界人〟が5人も居る。
 ……厳密に言うと〝天才ヒーロー〟と〝宇宙人〟と〝救世主様〟も居るんだけど。
 もしかして、そっち関係かな?

「で、ちなみに、アニキと〝魔法使い〟は不在、と。ずいぶん長いあいだ留守にしてるけど、魔界とやらで、楽しくイチャイチャしてるんじゃないの?」

 そのアニキというのは〝星の化身〟だって。
 ……何なのよ、それ。イマイチ分かりづらいわ。

「それにしても……」

 やっぱり誰かが、私を見ている気がする。
 しかもかなりの威圧感だ。一体なにもの……

「……あ!」

 ネコだ。
 塀と塀の隙間すきまから、真っ白なネコがこっちを見ている。
 なるほど、そんな低い位置だったんだね。すぐに気付かないわけだわ。
 ……けど、何だろう。
 この子、まだ小さいくせに、妙に眼力めぢからが強いような?

「……っん!! ぶぁあああーっはっはっは! あんた何、そのマユゲ!」

 サインペンかな? 見事にまゆを書かれている。
 真っ白なせいでクッキリと。

「かなり絵心のあるヤツに書かれたみたいね? 見事に劇画チック!」

 巨悪に単身で立ち向かいそうなぐらいに凛々りりしい眉だ。
 でも、この眉の作者 (?)は、きっと飼い主じゃないな。
 だって、悪意が溢れてるもん。いや、分かんないけど。
 ……飼い主じゃないと信じたいわ。

「お前、どうしたの? なんで私を見てるの?」

 どうやら私は、普通の人とは違う〝能力〟を持っているらしい。
 ……とは言っても、魔法や超能力を使えたり、変身したりは出来ないんだけど。

「にゃー」

「眉が眉だけに、声が可愛いと違和感があるね」

 首をかしげるまゆネコ。
 可愛い仕草なんだけど、私の視線は眉に釘付けだ。
 その顔で首をひねられても、やり手のビジネスマンが難題を押し付けられたように見えてしまう。

「にゃあ?」

「ごめんねー。和也さんなら分かるのかも知れないけど、私じゃお役に立てないわ」

 私に与えられたのは〝救世主と同じ時を生きる〟という能力。動物の言ってる事なんか、分かろうはずもない。
 ……けど、なんだろう。

「この子、何か私に言おうとしてる?」

 真剣な眼差しを見ていると、なんとなくそんな気がする。いや、眉は関係なしに。

「にゃ」

 ついてきて! って言ってるな。
 ……まあ、ヒマだし、眉を書いたアーティストの事も気になるし、行ってみるか。





 >>>





「……思い出した。この子、乱丸らんまるだ」

 私が11歳に〝早送り〟される前までの同級生、二度岩にどいわハルちゃんの飼ってるネコだ。
 ……落書きひとつで、印象ってこんなに変わるんだなあ。

「もしくは、画力のすごさ?」

 なんてね。
 どっちかっていうと、私の能力のせいで、イマイチ記憶が曖昧なせいだな。
 ……私には、物心ついてから小学3年生までの、すごくボンヤリとした記憶と、それよりハッキリとした、小学5年生までの記憶がある。
 和也さんやブルーさんいわく〝どちらも現実〟なのだそうだ。
 へぇ、そうなの。としか言いようがないよね。

「ハルちゃんの家に向かってる……」

 私には、同級生としての記憶があるけど、ハルちゃんには無い。
 彼女にとって私は〝5年生のお姉ちゃん〟なのだ。ちょっと寂しい。

「にゃー」

 おや? ずいぶん手前で止まったな。え、どこ行くんだよ乱丸……

「裏口? ちょっとちょっと。私は知らないわけじゃないけど、向こうは私の事を知らないも同然なんだぞ?」

 完全に不審者じゃん、裏口からって。こら、乱丸! 私をどこに連れていく……ん?

「……いいか? わかったな?」

 裏口から男性の声。確か、ハルちゃんのお父さんは、海外に単身赴任中だった。親戚の人?

「……おとなしくしてろ。痛い思いはしたくないだろ?」

 あーあ。違う違う。そんな事を言う親戚はちょっと居ないな……アレだ。不審者とか犯罪者的なヤツだわ。

「乱丸、まさかこれを知らせに来たの?」

「にゃー」

 そうみたい。
 さてさて、どうしますかね。
 ……まあ、ここは普通に警察に行くかな。
 私って、あの5人と違って、こういう時に役に立つ能力は無いんだよな。

「にゃ」

 え? うしろ?
 振り向いた途端に、大きな手で押さえつけられた。しまった! もうひとり居た!





 >>>





 さるぐつわ。なるほど、これはしゃべれないや。
 となりには、後ろ手に縛られたハルちゃんと、そのお母さん。
 同じように、さるぐつわと……2人はご丁寧に、目隠しまでされている。

「この、変な眉のネコ、助けを呼びに行きやがったのか?」

「へへへ。変な眉って、それ書いたのアニキじゃねぇですか」

 なんだ、ここに居たのか画伯。

「さて、あと10分もすりゃ、車が来る。そうしたら開放してやるよ」

「にゃー」

 嘘だ。
 乱丸は、ちゃんと聞いていた。
 本当は私たちを皆殺しにして逃走。
 ……ここを焼くための灯油も用意してあり、準備も万端らしい。

「にゃ」

 なんで分かるんだろう。私もとうとう、何らかの新たな能力に目覚めちゃった?
 ……え? 違う? 逃走車が来るまで待て?
 なんか、乱丸の声がそう聞こえてるのかと思ってたけど、違うみたい。
 そっか、この声は……

「お? 来たみたいだな。おい、準備だ」

「へいアニキ」

 外から、大きめのエンジン音が聞こえる。なんで逃走用にあんな騒々しい車を選ぶんだ? バカなのか?

「さてと……ヘヘヘ、悪く思うなよ?」

 アニキとやらが刃物を取り出した。
 ハルちゃんの髪の毛をつかんで、喉元にその刃物を……
 その時、ズガンという大きな音が響いた。

「何だ? おい、何の音だ?」

「さあ、ちょっと見てきましょうか……あ、あれ? そのネコ、黒かったッスかね?」

 いや、白地しろじまゆだったと思うけど?

「2匹居たんじゃねぇか? それより、外を見てこいよ」

「あっ、はい!」

 ううん。ハルちゃんちのネコは乱丸だけ。黒いのは、ウチのネコだ。

『おまたせ! ごめんね。〝いちもうだじん〟にするって、カズヤがいうから』

「分かってる。あと、謝る必要は無いって和也さんに伝えておいて」

『りょうかい!』

 クロは目に見えない速さで私たち3人の拘束を解いて、さるぐつわを外した。
 目隠しを外さないのは、大ちゃんの指示かもね。
 そして次の瞬間には、犯人の刃物を弾き飛ばしたようだ。早すぎて見えないけど。

「な? 何だ?」

 何が起きたのか分からず、慌てふためく犯人。

「和也さんも言ったと思うけど、殺しちゃダメだよ?」

『ん、ちょっとちがうよ?』

 え、そう?
 ……和也さんなら〝犯人は殺すな〟って言うと思ったんだけど。

『カズヤはね、もしるりちゃんになにかあったら、すきにしてもいい。だって』

「!!」

『まっかになった?! るりちゃんだいじょうぶ? はんにん、ころすね!』

「あー! ちがうちがう! これは犯人のせいじゃないから!」

『ちぇー。そうなんだ。じゃあ、うごけなくするー!』





 >>>





 クロの軽い一撃で、犯人は玄関先まで吹っ飛び、泡を吹いている。

『たぶん、みっかは、めをさまさないよ』

「よかった。永遠に目を覚まさないかと思った」

『うーん。カズヤもルリも、なんで、わるいやつにやさしいの?』

 玄関を出ると、大破した車と、その中には犯人の仲間であろう運転手。そしてさっきの〝舎弟口調の男〟が、仲良く拘束された上、気を失っていた。

「さすがに仕事が速いなあ」

 ヒーローたちは、騒ぎになる前に立ち去ったようだ。
 きっと大ちゃんが通報済みだろうし、私も逃げよう。

「にゃー」

 駆け出そうとした私を、乱丸が呼び止めた。

「あ、そうだ。乱丸、ありがとう! 助かったよ!」

 今日の功労賞は、乱丸だよな。眉は綺麗に洗ってもらいな。
 ……って、え?!

「るりちゃん!」

 目隠しを外したハルちゃんが立っていた。フラつく足取りで、近付いてくる。

「ハルちゃん……?」

 ハルちゃんとは、私が11歳になってからは、会話もしていない。
 ……もちろん、覚えているはずがない。

「る……りちゃん……ありがと……」

 そう言ったあと、ハルちゃんは膝をつき、気を失った。
 まさか、思い出してくれたの?!
 ……涙が止まらない。

『ルリ、はやくしないと、ひとがくるよ』

「……うん。行こう」

 涙をぬぐい、私は急いでハルちゃんの家を離れた。

『ルリ、ないているの? やっぱり、はんにん……』

「殺さなくていいよ。これは〝嬉し涙〟だから」

『ふーん』

 あーあ、これじゃアニキに〝泣き虫〟なんて言えないな。

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