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5年生 3学期 2月

隠れた名店

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「ほう。この子の身分証ねぇ……?」

 め回すようにジロジロと僕を見る老人。
 この店の店主のようだ。

「大至急必要なのよ。お願い!」

 彩歌あやかに案内されて訪れたのは、人通りの少ない路地裏の雑貨屋。
 店内は物であふれ、いだ事のない、不思議な匂いが充満していた。

「彩歌ちゃんの頼みだ。断るわけにはいかんが、何せ急じゃからな。3日は待って貰わないと……」

「そんな……!」

 み、3日?! それはちょっと時間が掛かり過ぎだ。
 ……身分証を用意するのって、そんなに難しいものなのか?

「悪いが、ちょっと大きな先約があってな。そっちも随分ずいぶんせっつかれておる」

「そこを何とか……! お金は多めに支払うから!」

 食い下がる彩歌。でもさ、先約があるなら、仕方ないよ。
 そう言ってなだめようと、僕が彩歌の肩に手を置いた瞬間……

「爺さん! 居るかい?」

 入り口の扉が勢いよく開き、露出が多めの鎧を着た女性が入ってきた。
 それにしても大きな声だな。

「おお、お前か。待たせてすまんな。大体、難しい所は終わったぞ。弟子に残りの封印を解かせている所じゃ」

 申し訳なさそうに答える店主。

「順調なら良いんだ。無理言って悪りぃね!」

「いやなに。アレは大っぴらには扱えんからのう。なんとか期日は守れそうじゃが……お前さんら、すまんがちょっと待ってておくれ、すぐに戻るからの」

 店主は僕と彩歌にそう告げて、店の奥へと消えた。

「おっと、すまないな……あんたらが先客だったんじゃないのか?」

 こちらを見て、ちょっと気まずそうにする女性。この人も、何かヤバい仕事を頼んでいるのかな。
 だとしたら、お互いあまり関わり合わない方が良いだろう。

「……え! エーコ? あなた、帰って来てたの?!」

 突然、彩歌が叫んだ。なんだ、知り合いか?
 ……いや? なんか相手の女性は〝誰よアンタ〟って顔してるぞ。

「えっと、ごめんお嬢ちゃん。私あんたの事、知らないんだけど……?」

 人違いかな?
 あるある。僕なんか、デパ地下で父さんと間違えて、知らない人の腕を引っぱりながら、ソフトクリームを強請ねだったことがあるぞ。

「エーコ、私よ、彩歌よ!」

 彩歌の言葉に、目をパチクリさせる女性。直後に、悲鳴のような声で叫ぶ。

「……アヤ?! え、ちょっと! あんたどうしたの! なんで子ども?!」

 って、やっぱ知り合いかよ!
 あ、そうか、彩歌が弱体化されたのを知らなかったんだな。

「……悪魔に、ちょっとね」

 苦笑いに近い笑顔で返す彩歌。

「弱体魔法か?! 〝時間系〟って、最上級魔法だよな! あんた、よく生きて戻れたね!」

「うん、私もそう思うわ。あんな上級悪魔を相手にして、無事でいられたなんて奇跡ね」

 今の彩歌なら、あんな奴には絶対に負けないけどな。

「そういうエーコも、無事で良かったわ! まさか南の大砦おおとりでの向こうに行くなんて……あれからもう5年くらい?」

「ああ。大変な目にも遭ったけど、目当ての物も手に入れたし、かなり腕も上げたんだぞ!」

 そう言って、ちからこぶを作る。この人は〝魔道士〟って感じじゃないな。

「……あ、達也さん、この子、大川英子おおかわえいこ。私の幼馴染おさななじみで、小さい頃から、ずっと一緒の学校だったのよ」

 なるほど、という事は、このお姉さんは彩歌や僕と同い年か。

「つまり26さ……」

 ……なんで睨んでるんだ彩歌? ここには僕と友達しか居ないんだから、別にいいだろう。
 あ、いえ。なんでも無いです。

「はじめまして、大川さん。内海達也うつみたつやです」

「はじめまして、達也くん。私の事はエーコって呼んで! 私はアヤと違って体育会系でね。見ての通り、魔法剣士まほうけんしなんだ」

 いや、見ての通りって、分かんないんだけど。
 しかし魔法剣士なんて居るのか! カッコイイなあ。ファンタジー万歳!

「……っていうか、ボーイフレンド? アヤも隅に置けないなぁ!」

「え? あ、その……」

 からかうような口調のエーコの言葉に、上手く返せずに顔が赤くなる彩歌。
 ……途端とたんあわて出すエーコ。

「ええ? 何? ホントにそういう子?!」

 そりゃ、26歳の幼馴染が、小学生の彼氏を連れてたら驚くよな。
 まあ、小学生なのは見た目だけだけど。

「あう……達也さん、ブルー、ごめんなさい。この子は絶対に、敵ではないし、他言もしないから、ちゃんと説明させて! 誤解されたままは困る……」

 真っ赤な顔のまま、必死で手を合わせる彩歌。
 わかるよ。ショタコン認定されるかどうかの瀬戸際だ。

『私は構わないよ。アヤカを信じよう』

「もちろん、僕もOKだ。彩歌さんの親友には、偽り無くきちんと紹介して欲しいもんな」

「ふたりとも、ありがとう! ……えっと、エーコ、これから話す事は、絶対誰にも言わないで欲しいの……」

 ブルーと僕の許可をもらって、満面の笑みを浮かべた後、エーコに説明を始める彩歌。

「なになに? どうしたんだ、改まって……」

「えっと、順番に話すから落ち着いて聞いてね。達也さんは、15年後の未来から、〝アガルタ〟を……地球を救うために、やって来たの」

「えっと、僕は26歳から11歳に、記憶を残したまま巻き戻ったんだ。だからこう見えて、キミ達とは同い年だ」

 エーコは、いぶかしげな表情を浮かべる。まあ、突飛とっぴ過ぎる話だから仕方ないけど……

「で、達也さんは、地球と同じ強さを持っていて、不老不死なのよ。それに凄く強いの。実は、私を弱体化した悪魔も、達也さんがやっつけたのよ」

 さらに表情を強ばらせるエーコ。……これは信じてもらえていないな。たぶん。

「私その時、悪魔に心臓を潰されたんだけど、地球の化身、〝ブルー〟の欠片を使って……」

「ちょっと待った! ストップ! ……アヤ、大丈夫? それって本気で言ってるのか?」

 ほら、やっぱ突飛とっぴすぎるんだって……

「もちろん正気よ……え? まさかエーコ、私の言う事、疑ってるの?」

 疑うも何も、信じられる要素が欠け過ぎているからなあ……

「アヤが、そんな嘘をつくとは思えないけどな。もしかして、幻術とか催眠術とかで、おかしな事になってるんじゃないかと思ってね」

 不敵な笑みを浮かべて、僕の方を見るエーコ。

「達也くん……? あなた彩歌に、何かしたんじゃないか?」

 え? そっか、こっちに来たか。彩歌は信頼されてるんだな。

「エーコさん。突拍子もない話で、信じてもらえないかもしれないけど、本当なんだ」

「エーコ、私は正常よ。置かれている状況はちょっと異常かもしれないけど……」

「アヤ、不老不死とか、地球がどうこうとか、そんなはずが無いだろ?」

 そうだな。いくらここが魔界で、エーコがビキニアーマーでも、さすがに〝不老不死〟は無いよな。この分だと、もしかしたら……

「……その子、本当に人間? 悪魔が化けているとかじゃないよな?」

 あちゃー! やっぱり疑われた!
 さてどうしよう……僕が悪魔でない証拠か。そう考えると、ちょっと難しいよな。悪魔とか魔法がアリなら、大体どんな疑い方でも出来てしまう。

「エーコ! お願い、信じて! 私と達也さんは……」

 と彩歌が言い掛けた時、突然、ドーン! という大きな音がして、店の奥から、生暖かい風が流れて来た。

「何だ? 何が起こったんだ?!」

 たまに、大ちゃんの部屋からも、似たような音が聞こえて来る事があるけど、まさかこの奥で、発明品が爆発したとかじゃないよな。

「おいおい、まさか……?! マズいぞ!」

 青ざめるエーコ。なにか心当たりがあるのか?

「エーコ、今のが何か、知ってるの?」

「あの音……まず間違いなく、私の依頼絡みだ。まさか爺さんが、しくじるとは思わなかった」

 エーコは強張こわばった表情で続ける。

「私はこの店に、精霊の入った宝玉を預けていたんだ。正しく開放して、契約するために」

「ちょっとエーコ! 城塞都市に精霊や魔物を持ち込んだら!」

「参った。爺さん、封印を解くの、失敗したんだろうな……バレたら速攻、地下牢行きだ」

 ボリボリと頭を掻くエーコ。
 え? ちょっと待って! それってもしかして僕たちも?!

 
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