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5年生 3学期 2月

城塞都市

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 少し薄暗い空と、黒み掛かった雲。
 ……そしてまぶしくなく、あたたかみもない太陽。
 僕と彩歌あやかは、魔界の城塞都市にやって来た。

『タツヤ! 魔界だ!』

「ああ。やっと来れた! テンション上がるな!」

 ここは城塞都市の中心部、魔界のゲートがある建物の前。
 石やレンガで出来た建物が立ち並び、そこそこ広い石畳の道を、鎧やローブ姿の人たちが行き交っている。

「想像以上に人が多いな……」

「達也さん、あまりキョロキョロしないで?」

 おっと、危ない危ない。
 ブルーとの会話は誰にも聞こえないけど、あまりはしゃいで衛兵に見つかったら、不法侵入罪で地下牢行きだ。

「ここから2キロほど歩いて、知り合いの店に行くわ。そこで〝身分証〟を用意してもらうから」

 それまでは、観光も買い物もおあずけだ。

「ああ、早く魔界を存分に堪能したい」

『本当だねタツヤ』

 大通りを抜け、入り組んだ細い路地を歩く。
 ……こんな狭い道でも、やはり人とすれ違う。
 この城塞都市には、僕がイメージしていたよりもずっと多くの人が住んでいるようだな。

「えっと、一応、おさらいね」

 ここ数日間、彩歌から魔界の事を色々と教わった。
 予備知識がないと、色々と困るもんな。

「達也さんたちが住んでいる、あちらの世界の事を、私たちは〝Agartha(アガルタ)〟と呼んでいるの。も〝理想郷〟や〝天国〟といった、伝説の聖地の事を指して〝アガルタ〟と言うわ」

 僕たちで言う所の〝桃源郷とうげんきょう〟とか〝天竺てんじく〟みたいな感じかな?
 ……あ、気付いたかもしれないけど、いま彩歌が言ったように、魔界の住人は、ゲートの存在と、その先……僕たちが暮らしている世界の事を、〝知らない〟。

「ビックリしたでしょ? みんな、魔界が世界の全てだと思っているの。この城塞都市が、ゲートを守る……つまり〝アガルタ〟を守るためにあるという事を、知らないのよ」

 そりゃ驚いたさ。魔界に住んでいる人のほとんどが、僕たちの世界の事を知らないなんて。

『しかしタツヤ。我々も、魔界の事を知らなかったぞ?』

 なるほど。言われてみればそうだな。
 でも以前、彩歌が〝魔界と日本政府は繋がりがある〟と言っていたから、政府の偉い人たちは、魔界の存在を知っているんだ。

「城塞都市の運営関係者と守備隊員は全員、ゲートの存在を知っていて〝アガルタ〟に行くことも許されているわ。ただ、その事は絶対に他言できない。友人にも、家族にもね」

 誰かに知られれば、知った側も含め、地下牢にて終身刑だそうだ。それは誰にも言えないな。
 とか思っていると、不意に視界が開け、広い場所に出た。ここは?

「この広場はね、城塞都市の運営局が管理している市場いちばなの。今日は平日だから少ないけど、休日になると露天商とお客で、すごく賑やかになるわ」

 なるほど。チラホラと、絨毯を敷いたり、テントや屋台を置いて、商売をしている人が居るな。

「へい、いらっしゃい! 坊っちゃん嬢ちゃん、見ていってよ! なんと今日はマンドラゴラが半額! たったの……」

 ……そうだ、そして、一番驚いたのが、お金だ。

「魔界の通貨は〝円〟よ?」

 なんでさ?!
 金貨とかが流通してて〝その銅の剣は40ゴールドだ。装備していくかい?〟なんて感じじゃないのか?!

「〝日本銀行券〟って書かれている紙幣を、何の疑いも無く使っているのよ。魔界の人は」

 どういう事?! せっかくのファンタジー感が台無しだよ!

『タツヤ。日本円がそのまま使えるのは便利だ。ここは気持ちを切り替えていこう』

 まあ……ね。旧札も普通に使えるらしいので、良かったといえばそうなんだけどさ。〝マンドラゴラが一株250円〟とか、聞きたくなかったよ。

「へっへ。生きの良いマンドラゴラだろ! ……あれ? お嬢ちゃん、どっかで見たことある顔だな? オイラの事、知らねぇ?」

「えっと、ごめんなさい、人違いだと思います……行きましょう、達也さん」

 あれ? 知り合いじゃないの?
 ……彩歌は僕の手を引いて、そそくさと広場を後にする。

「……ふう。危ない危ない。有名になると色々と面倒よね」

「あ、そっか、彩歌さん確か〝英雄扱い〟だって……」

 上級の悪魔を、弱体されたにも関わらず倒したという事で、彩歌は城塞都市の有名人になったと聞いた。

「あの悪魔は、高レベルの魔道士が、綿密な作戦を立てて、入念に準備をして、数人掛かりで挑むほどの強敵だったわ」

「そんなにすごいヤツだったのか。もうちょっと丁寧に作戦と準備をこう……何かアレしてあげれば良かったな」

 ……殴ったり蹴ったり、かわいそうな事をしたもんだ。

「ふふ。達也さんが作戦を立てたり準備なんかしたら、魔王も裸足で逃げちゃうわ」

『全く。あるじといい、御内儀ごないぎといい、ご同胞の方々といい、規格外の猛者もさ揃い。恐ろしや恐ろしや』

「あ、そういえばパズズ、お前の本体ってどこにあるの?」

『はい。私めの封じられておりまするは、この町の地下深く。忘れ去られた迷宮の最奥さいおうで御座います』

「ええええ!? 城塞都市の地下?!」

『おや? 御内儀はご存知かと思っておりましたが』

 〝魔界の軸石〟に聞けば分かる事だもんな。きっと。
 ……当のウサギさんは、とんがり帽子の中でスヤスヤ寝ているみたいだけど。

「4体の悪魔が封じられたという事すら、伝説として伝わっているだけで、場所や封じた者の事や、その他の詳細は誰も知らない事よ」

「この地下か……パズズ、お前の封印、解こうと思うんだが、可能かな?」

「達也さん?! 何を!」

『主よ?! 何故なにゆえそのような?!』

「いや、お前さ、忠誠を誓ったって事は、僕の家来けらいだろ? そのお前が封印されているっていうのは、僕としてもちょっと許せないんだよな」

 舎弟を救うのは兄貴の役目だ。波止場の倉庫だって、真夜中の廃ビルだって、助けに行っちゃうよ?

『……この上なき歓び。わたくし、この身が塵と消えるまで、お側に仕えさせて頂く事を誓います』

「……すごいわ達也さん。ねえ、どうせなら、残り3体の魔王、全員を家来にしましょうか!」

『さすがは御内儀。よくぞ申された! 私も御進言させて頂こうと思っておりましたぞ!』

 マジか! さすがにそれはやり過ぎじゃねえ?

『主の魂は私の護りによって、そうそう壊れる事は御座いません。滅びぬ肉体を持たれる主が、他の魔王ごときに遅れを取る事など有り得ません』

 あらそうなの? 負けないのなら、ちょっとやってみようかしら?

『しかしながら、他の魔王たちが封印されている場所は、それぞれがいささか遠い。ここから移動するには時間が掛かり過ぎます』

「今回は彩歌さんの時券チケットが目的だからな。もし近くまで行く事になったら、ついでに寄ってみるか!」

「ふふ。封印されている魔王に〝ついでに〟会いに行く人なんて、達也さん以外に居ないわね」

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