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5年生 3学期 2月

返却要請

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 〝デトレフ・バウムガルテン〟
 軍隊は既に無くなってしまったが。
 ……それでも、彼は軍人である。

「同盟国の子どもたちを傷つけるのは、本意ではないが、君たちは私の計画に、大きく関わりそうなのでね……それも悪い方向に」

 軍人だから許される。
 というわけではない。断じて許されない。
 しかし。

「君たちが何も言わないなら、即、消えてもらう事になるよ? ちゃんと私に話しなさい。その上で、生かすか殺すかを、決めてあげよう」

 軍人だから仕方が無い。
 と言ってしまえば、不思議と収まりがつくのだから、困った物だ。

『ブルー、あいつのステータス、表示できる?』

『駄目だタツヤ。あれは〝生物〟という枠組みから、逸脱いつだつしてしまっている』

 測定不能、か。
 あとは、あいつの使う呪いが、どんな物か……だな。

彩歌あやかさん、あいつの呪いで、僕に効きそうなのって、あるかな?』

『〝たましい〟と、具体的に指定されたりしていると、危ないかも。あとは、行動を操作される物とか、何かを制限される呪いは危険よ』

 そうだった。僕は悪霊とかに、魂を直接傷つけられる可能性がある。そこだけは無防備なのだ。

『それに……』

 彩歌は、デトレフに、少し視線を移して続ける。

『……あいつ、若すぎる』

『確かに。でも悪魔も魔道士も〝不老〟の方法を、まだ見つけていないんじゃ……』

『……可能かもしれない。魔法では再現できないような事が、呪いなら可能だから』

 老いない呪い。さらに下手をすると、死なない呪い? 有り得るな。
 あれ? でも……

『それなら、悪魔は呪いを使って不老不死を得られるんじゃない?』

 ……あ、あと、同胞の犠牲も要るな。

『悪魔は呪われないの。同族殺しをしないから、実際に見たことは無いけど』

 なるほど。
 じゃあ、ちょっと情報収集してみるかな。

「おじさん、ちょっと教えて欲しいんだけど」

 と言った途端、呼吸が出来なくなった。これが呪い?!
 僕は、咄嗟に首を両手で押さえ、苦しい表情を作った。

「か……かはっ!」

「質問に質問で返すな。わかったか?」

 僕は苦しそうな表情のまま、無言で何度もうなずいた。
 どうだ、この演技力。
 僕は〝呼吸不要〟だから、ぜんぜん苦しくないけど、効いているフリをすれば、また何か喋ってくれるだろう。

「よろしい。で、質問は何だね?」

 呼吸できるようになった。
 チョロい。まさか質問コーナーまで用意してくれるとは思わなかったな。
 きっと自分の研究の成果を、誰かに話したくて仕方が無いんだろう。友達少なそうだし。

「お……おじさん、歳は? ちょっと若すぎない?」

「うん? なるほど。若いと言われると、なかなかに嬉しいものだな」

 デトレフが、驚いたような表情で答えた。

「100歳とちょっとだ。しかし、それを聞くという事は、お前はやはり、知り過ぎているかもな。他に質問はあるかね?」

 間違いなく、不老の呪いは持っているようだ。

「仲間は居るの?」

「……決定的だな。この期に及んで、私の背景が気になるとは!」

 ありゃ、ちょっとマズかったかな?

「よく分かった。君たちは私の敵だね。だが私を止める事はできないよ。その意味も含めて教えてあげよう」

 教えてくれるんだ。近所のおじさん並みに優しいな。

「私の同胞は、世界中に居る。その数、12!」

 少なっ! それ、世界中に配置できないだろ?!

「さあ、そろそろ私の質問にも答えてくれないか」

 ヤバいぞ。さっきは呼吸だったから止められても大丈夫だったけど、あんなに簡単に呪いを使われたら、いかに頑丈な僕でも、その内、弱点を突かれそうだ。

「……もうひとつだけ。いいかしら?」

『彩歌さん、危ないよ!』

『うん。でも、やってみる。ここは任せて』

 僕と違って、彩歌は〝呼吸不要〟を持っていない。もちろん、息ができなければ死んでしまう。
 デトレフの機嫌を損ねたら……!

「ん? 何かね、言ってごらん」

 おいおいおい。さっきと対応が違うじゃないか。女の子には優しいな!

「魔界の門はここにしかないの?」

 何を言っているんだ彩歌? 開いているゲートは、ここ以外にも……

「……いや。開いている門は、ここだけだ」

 え?
 ……あ、そうか。デトレフが知るわけないんだ。
 僕たちだって、ルナのおかげで、ここの事がわかったんだもんな。

「私、門を閉じちゃったけど、いいの?」

 デトレフは、少し眉間にしわを寄せた。
 彩歌は続ける。

「〝復活の祭壇〟は、魔界にしかないわ。本当にあるのならね」

『彩歌さん、復活の祭壇って?』

『死者を生き返らせる事が出来るという、伝説上の場所よ。御伽噺おとぎばなしだと思っていたけど〝総統の復活〟って聞いて、もしかしたら、それを当てにしているんじゃないかと思って』

「はっはっは。愚かな子どもだ。私は〝鍵〟を持っているんだよ?」

「私の持っている物より、下位のね。その鍵は、もう役に立たないわ!」

 デトレフは、ハッとして、ゲートに目を向けた。
 ガッチリと掛けられた、頑丈そうな白い錠前を見て、もともと青白かった顔が、さらに青ざめていく。

「ま……まさか……?」

 彩歌は、不敵な笑みを浮かべた。

「知っているのね?」

「ま……魔界の軸石?!」

 冷や汗って、あんなに出るんだ! という感じのデトレフ。

「あなたの呪いと、無駄に伸ばした寿命……魔界由来の物は、全て返してもらうわ。覚悟しなさい」

 ……もちろん、ハッタリだ。ルナのレベルはまだ最低ランクだから、魔界の軸石の能力は、ほとんど使えない。

「や……やめてくれ! お願いだ!」

 だが、デトレフには効果アリだったみたいだ。

「ご自慢の呪いで、止めてみれば良いでしょう。さあ、やってごらんなさい」

 右手を差し出して、デトレフに一歩近付く彩歌。
 と、頭の上で、同じポーズをとり、こっちを向いて変顔をしている、魔界の軸石こと、ルナ。お前なにやってんだ。

「ひぃ……! ま、待ってくれ!」

 際限なく後ずさる、デトレフ。壁際に追い詰められる。

『ルナ、あそこでいいのね?』

『うん。33ある内のひとつが、あの場所だよ』

 え? 何があるの?

「ふ……ふはははは! 残念だったな、魔界を統べる者よ! この力は返すわけにはいかない。さらばだ!」

 突然、壁が回転して、デトレフはその中に吸い込まれていった。忍者屋敷にあるヤツだ。
 ダニロが見たら、喜ぶだろうな、ニンジャだ! って。

「待ちなさい! 逃がさないわよ!!」

 壁際に駆け寄って、壁をドンドンと叩きながら叫ぶ彩歌。スゴい演技力だ。

『ふう。これだけ脅しておけば、戻っては来ないでしょうね』

『ナイスだったよ彩歌さん!』

『達也さん! 怖かった……!』

 抱きつかれた。
 うわうわ。不意打ちだ!
 ……震えている彩歌。相当怖かったんだろうな。
 彩歌の頭の上で、自分の脇腹を抱きしめて悶えているウサギモドキは気になるが、彩歌が落ち着くまでは、しばらくこのままで居よう。

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