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アンブロワーズ魔法学校編
35.魔王と開戦
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今日もシルヴィはベンチに来るかな。そんな事を考えながらルノーは機嫌が良さそうに、正門から校舎へと続くメインストリートをフレデリクとトリスタンと共に歩いていた。
不意に、何処からか鳥の鳴き声が聞こえた。フランムワゾーが、《開戦!! 開戦でございます!!》そう仕切りに繰り返す。それに、ルノーはやっとかと息を吐き出した。
イヴェットが啖呵を切ってきた日から、既に五日も経っている。随分と待たせてくれたものだ。その分、楽しませてくれるのだろうか。
急に足を止めたルノーに、フレデリクが怪訝そうな顔をした。少し前に進んだ所で、トリスタンと共に足を止める。
「ルノー? どうかしたのか?」
「楽しみですね」
「……何がだ」
フレデリクの問いに、ルノーは意味深な笑みを返すだけで。嫌な予感がして、フレデリクは頬を引きつらせた。
「で、殿下。俺の頭が警鐘を鳴らしています。今すぐ逃げろと!!」
「俺もだ。しかし、恐らくだが……。ここで逃げては、外遊に来た意味がなくなる」
汗をかきながらも覚悟の決まった顔で笑ってみせたフレデリクに、トリスタンは半泣きになりながらも逃げることはしなかった。
「真っ直ぐに僕を狙いに来るとはね。向こうも覚悟が決まったかな?」
ルノーがゆったりと口元に笑みを浮かべる。その言葉に、理解が追いつかなかったトリスタンが「え?」と間の抜けた声を出した時だった。
ルノーが軽快に指を鳴らす。瞬時にルノーの後ろに魔法防壁が現れた。周りがあっと思った時には、それと炎魔法がぶつかり合っていた。
衝突に寄って、熱風が吹き荒れる。フレデリクとトリスタンは、自身を風から守るように顔を腕で隠した。
ルノーは特に気にした様子もなく、澄ました顔で動かない。髪や衣服だけが、風の影響で激しくなびいていた。
風が止んでフレデリクが目を開けた時には、既に魔物達に囲まれていた。ルノーが緩慢な動きで後ろ上空を見上げる。それに釣られるようにして、フレデリクとトリスタンも顔をそちらに向けた。
「ド、ラゴン……」
何とか音になったかのような頼りない声であった。トリスタンのそれを聞きながら、フレデリクは息を呑む。
校舎をバックにして、白銀のドラゴンが威嚇するように咆哮した。
「うわぁあ!?」
「魔物だ!!」
「た、助けてくれ!!」
今は放課後だ。勿論、メインストリートにはルノー達以外の生徒の姿もあった。状況を理解した瞬間、場が一気にパニック状態になる。
「落ち着きなさい!!」
フレデリクの声が届かずに、平和を享受していた生徒達は統制なく逃げ惑う。何のための魔法学校なのか。ルノーは呆れたように溜息を吐くと、再び指を鳴らした。
球状になった水が複数、ルノーの周りに浮いている。ルノーが指揮棒のように指を振ると、生徒に攻撃しようとしていた魔物にその内の一つが勢いよく飛んでいった。
魔法が魔物にぶち当たり、魔物が吹き飛ぶ。ルノーはそれを見て、「加減が難しいな」と小首を傾げた。
「俺は生徒達を避難させる!」
「分かりました。この場は彼に任せて下さって結構ですよ」
ルノーと目が合って、トリスタンが大袈裟に肩を跳ねさせる。まさかと自分を指差した。
「お、俺ですか?」
「そうだよ。『ここ数ヶ月、頑張りに頑張った』という成果。勿論、みせてくれるね?」
出発の朝、ディディエが言った言葉である。そこで初めて、トリスタンは理解した。ルノーの求める功績と、トリスタンが想定していた功績は、違っていたのだと。
何の問題があるのかと、問う瞳がゆったりと細まる。有無を言わせないルノーの微笑みに、トリスタンは顔を青くさせながらも返事をした。口が上手く回らずに「ひゃい」と不格好に噛んでしまったが。
「信頼しているぞ! 二人とも!」
それだけ言って、フレデリクは振り返ることなく避難指示に走り出す。
その背を見送りながらトリスタンは、生まれて初めて感じる重圧に身震いした。“信頼”とは、何と嬉しくも重い言葉か。
ルノーは、本気で何の疑心もないらしいフレデリクに深々と溜息を吐いた。負けるつもりは毛頭ないが、魔王相手に“信頼”とは。いや、そういえばあの日から、“友”になったのだったか。
「大した御仁だ」
困ったような。しかし、何処までも穏やかな表情だった。それは誰にも見られることなく、直ぐにいつもの無表情に戻る。
ルノーはフレデリクの捌ききれなかった魔物の攻撃からフレデリクや生徒達を守りつつ、シルヴィの腕輪の魔力を探った。この位置は……女子寮辺りだろうか。
イヴェットはシルヴィを狙っているらしかった。まぁ、シルヴィが怪我をすることはないだろう。寧ろ、命が危ないのはイヴェットの方だ。
ルノーは加減が苦手だ。本人はしているつもりなのだが、なかなか思い通りにいかない。つまり“命が惜しくないと言うのなら”は、脅しでも何でもなかった。
「フルーレスト卿!」
「なに?」
「ご令嬢達は、大丈夫でしょうか?」
「シルヴィは大丈夫だよ。あとは、まぁ……。リュエルミ男爵令嬢は、あれでも光の乙女だからね」
実力は知らないが、魔物相手なら有利なのだから死にはしないだろう。そういう判断だった。
質問してきたトリスタンはというと、ルノーの返答に「あの……」と納得の言っていなさそうな顔をする。
「あぁ、ガイラン公爵令嬢が心配なの?」
「うぇ!? いや、そそそ、それは、まぁ、その」
「相変わらず、はっきりしないな」
「うぅ……」
「どうだろうね。誰かと行動を共にしているなら無事かもしれないけど」
トリスタンの顔に隠しきれない心配が滲んだ。それに、ルノーは呆れたような息を吐く。
「随分と余裕があるようだ」
「え?」
「ここは、戦場だよ」
トリスタンの背後で、ルノーの魔法と魔物の魔法がぶつかり合う。それに、トリスタンは引きつった声を出した。
「怪我するよ」
平常通りの調子で言ったルノーに、トリスタンは真っ青になりながら必死に頷く。ルノーが悠然とした態度を崩さないせいなのか、切迫感が足りないのだ。しかし、十分に危険な状況ではあるのだということをトリスタンは思い出す。
トリスタンは早鐘を打つ心臓を落ち着けようと、深呼吸を繰り返した。覚悟を決めて、魔物と対峙する。
「出来る。俺も出来る。俺は頑張ってる!」
自身に言い聞かせるようにトリスタンはそう呟くと、片手を前へと突き出した。どうやら、杖は使わないらしい。
「雷よ! 駆けよ敵を貫け!!」
雷鳴と共に、一直線に走った稲妻が魔物を捉える。初戦だったからか、魔力調整が不安定であった。一撃では魔物が気絶してくれず、トリスタンは魔法の難しさを再認識する。
「もう一度」
「はいぃ!!」
ルノーに見られていた。トリスタンは落ち込む間もなく背筋を伸ばすと、次の魔力を練る。
詠唱を唱えようと息を吸った瞬間、「“ルレイヨ”」と聞き慣れてきた呪文が聞こえ、トリスタンは口を閉じた。複数の光の線が魔物を捉える。
「皆さん、ご無事ですか?」
「魔物達の侵入を許すなんて!!」
「このように沢山、いったい何処から!?」
そこには、テオフィルとランメルトが杖を構え立っていた。そして、白銀のドラゴンと血の契約を交わすことのなかったヴィオレットの姿も。
「加勢しますよ、フルーレスト卿」
「流石に無理があるだろう」
自信満々に言い放たれた言葉に、ルノーは思案するように目を伏せる。別にいらないなと思ったが、追い払うのも面倒に思えた。
「好きにするといいよ。足手まといにならないならね」
興味の欠片もなさそうに、二人からルノーの視線が外れる。それに、二人が衝撃を受けた顔をした。険悪な雰囲気に、トリスタンの冷や汗が止まらない。
ランメルトがそんな事になっていれば、少し前までのヴィオレットならば即座に反応していた筈だ。しかし、今はそれどころではない様子で誰かを探して辺りを見回している。
「いないのね」
安心したような。残念なような。複雑な表情をヴィオレットが浮かべた。次いで、気合いを入れるように杖を強く握る。キッと魔物達を睨み据えた。
「神聖な学舎で、これ以上好き勝手しないで頂戴!! 神もお許しになられないわよ!!」
ヴィオレットの耳飾りが、美しく煌めいた。それにルノーは、興味を引かれる。面白い魔法道具だ、と。
睨んでくる二人はどうでもいいが、確か彼女は最近シルヴィが親しくしている令嬢だったと記憶している。シルヴィの口からも何度か名前を聞いた筈だ。
考えたが思い出せなかったルノーは、早々と諦めた。そんなことよりも、この令嬢が怪我をすればシルヴィが悲しむだろうということの方が大切である。
テオフィルとランメルトは自己責任で、ヴィオレットは手助けしようとルノーは即決したのだった。
不意に、何処からか鳥の鳴き声が聞こえた。フランムワゾーが、《開戦!! 開戦でございます!!》そう仕切りに繰り返す。それに、ルノーはやっとかと息を吐き出した。
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「ド、ラゴン……」
何とか音になったかのような頼りない声であった。トリスタンのそれを聞きながら、フレデリクは息を呑む。
校舎をバックにして、白銀のドラゴンが威嚇するように咆哮した。
「うわぁあ!?」
「魔物だ!!」
「た、助けてくれ!!」
今は放課後だ。勿論、メインストリートにはルノー達以外の生徒の姿もあった。状況を理解した瞬間、場が一気にパニック状態になる。
「落ち着きなさい!!」
フレデリクの声が届かずに、平和を享受していた生徒達は統制なく逃げ惑う。何のための魔法学校なのか。ルノーは呆れたように溜息を吐くと、再び指を鳴らした。
球状になった水が複数、ルノーの周りに浮いている。ルノーが指揮棒のように指を振ると、生徒に攻撃しようとしていた魔物にその内の一つが勢いよく飛んでいった。
魔法が魔物にぶち当たり、魔物が吹き飛ぶ。ルノーはそれを見て、「加減が難しいな」と小首を傾げた。
「俺は生徒達を避難させる!」
「分かりました。この場は彼に任せて下さって結構ですよ」
ルノーと目が合って、トリスタンが大袈裟に肩を跳ねさせる。まさかと自分を指差した。
「お、俺ですか?」
「そうだよ。『ここ数ヶ月、頑張りに頑張った』という成果。勿論、みせてくれるね?」
出発の朝、ディディエが言った言葉である。そこで初めて、トリスタンは理解した。ルノーの求める功績と、トリスタンが想定していた功績は、違っていたのだと。
何の問題があるのかと、問う瞳がゆったりと細まる。有無を言わせないルノーの微笑みに、トリスタンは顔を青くさせながらも返事をした。口が上手く回らずに「ひゃい」と不格好に噛んでしまったが。
「信頼しているぞ! 二人とも!」
それだけ言って、フレデリクは振り返ることなく避難指示に走り出す。
その背を見送りながらトリスタンは、生まれて初めて感じる重圧に身震いした。“信頼”とは、何と嬉しくも重い言葉か。
ルノーは、本気で何の疑心もないらしいフレデリクに深々と溜息を吐いた。負けるつもりは毛頭ないが、魔王相手に“信頼”とは。いや、そういえばあの日から、“友”になったのだったか。
「大した御仁だ」
困ったような。しかし、何処までも穏やかな表情だった。それは誰にも見られることなく、直ぐにいつもの無表情に戻る。
ルノーはフレデリクの捌ききれなかった魔物の攻撃からフレデリクや生徒達を守りつつ、シルヴィの腕輪の魔力を探った。この位置は……女子寮辺りだろうか。
イヴェットはシルヴィを狙っているらしかった。まぁ、シルヴィが怪我をすることはないだろう。寧ろ、命が危ないのはイヴェットの方だ。
ルノーは加減が苦手だ。本人はしているつもりなのだが、なかなか思い通りにいかない。つまり“命が惜しくないと言うのなら”は、脅しでも何でもなかった。
「フルーレスト卿!」
「なに?」
「ご令嬢達は、大丈夫でしょうか?」
「シルヴィは大丈夫だよ。あとは、まぁ……。リュエルミ男爵令嬢は、あれでも光の乙女だからね」
実力は知らないが、魔物相手なら有利なのだから死にはしないだろう。そういう判断だった。
質問してきたトリスタンはというと、ルノーの返答に「あの……」と納得の言っていなさそうな顔をする。
「あぁ、ガイラン公爵令嬢が心配なの?」
「うぇ!? いや、そそそ、それは、まぁ、その」
「相変わらず、はっきりしないな」
「うぅ……」
「どうだろうね。誰かと行動を共にしているなら無事かもしれないけど」
トリスタンの顔に隠しきれない心配が滲んだ。それに、ルノーは呆れたような息を吐く。
「随分と余裕があるようだ」
「え?」
「ここは、戦場だよ」
トリスタンの背後で、ルノーの魔法と魔物の魔法がぶつかり合う。それに、トリスタンは引きつった声を出した。
「怪我するよ」
平常通りの調子で言ったルノーに、トリスタンは真っ青になりながら必死に頷く。ルノーが悠然とした態度を崩さないせいなのか、切迫感が足りないのだ。しかし、十分に危険な状況ではあるのだということをトリスタンは思い出す。
トリスタンは早鐘を打つ心臓を落ち着けようと、深呼吸を繰り返した。覚悟を決めて、魔物と対峙する。
「出来る。俺も出来る。俺は頑張ってる!」
自身に言い聞かせるようにトリスタンはそう呟くと、片手を前へと突き出した。どうやら、杖は使わないらしい。
「雷よ! 駆けよ敵を貫け!!」
雷鳴と共に、一直線に走った稲妻が魔物を捉える。初戦だったからか、魔力調整が不安定であった。一撃では魔物が気絶してくれず、トリスタンは魔法の難しさを再認識する。
「もう一度」
「はいぃ!!」
ルノーに見られていた。トリスタンは落ち込む間もなく背筋を伸ばすと、次の魔力を練る。
詠唱を唱えようと息を吸った瞬間、「“ルレイヨ”」と聞き慣れてきた呪文が聞こえ、トリスタンは口を閉じた。複数の光の線が魔物を捉える。
「皆さん、ご無事ですか?」
「魔物達の侵入を許すなんて!!」
「このように沢山、いったい何処から!?」
そこには、テオフィルとランメルトが杖を構え立っていた。そして、白銀のドラゴンと血の契約を交わすことのなかったヴィオレットの姿も。
「加勢しますよ、フルーレスト卿」
「流石に無理があるだろう」
自信満々に言い放たれた言葉に、ルノーは思案するように目を伏せる。別にいらないなと思ったが、追い払うのも面倒に思えた。
「好きにするといいよ。足手まといにならないならね」
興味の欠片もなさそうに、二人からルノーの視線が外れる。それに、二人が衝撃を受けた顔をした。険悪な雰囲気に、トリスタンの冷や汗が止まらない。
ランメルトがそんな事になっていれば、少し前までのヴィオレットならば即座に反応していた筈だ。しかし、今はそれどころではない様子で誰かを探して辺りを見回している。
「いないのね」
安心したような。残念なような。複雑な表情をヴィオレットが浮かべた。次いで、気合いを入れるように杖を強く握る。キッと魔物達を睨み据えた。
「神聖な学舎で、これ以上好き勝手しないで頂戴!! 神もお許しになられないわよ!!」
ヴィオレットの耳飾りが、美しく煌めいた。それにルノーは、興味を引かれる。面白い魔法道具だ、と。
睨んでくる二人はどうでもいいが、確か彼女は最近シルヴィが親しくしている令嬢だったと記憶している。シルヴィの口からも何度か名前を聞いた筈だ。
考えたが思い出せなかったルノーは、早々と諦めた。そんなことよりも、この令嬢が怪我をすればシルヴィが悲しむだろうということの方が大切である。
テオフィルとランメルトは自己責任で、ヴィオレットは手助けしようとルノーは即決したのだった。
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