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アンブロワーズ魔法学校編

14.魔王と魔法の授業

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 つまらないな。ルノーは黒板の上を独りでに動くチョークをぼんやりと眺めながら欠伸を噛み殺した。
 今は魔法史の授業中。魔法の歴史など、どこの国でも同じような内容で伝わっているらしい。知っている言葉の羅列に、ルノーの興味は一瞬でなくなった。
 ただ、ヴィノダエム王国独自の文化を学ぶ授業は面白い。隣り合っている筈の二国間にこれ程までの違いが産まれるとは。人間は実に興味深い生き物である。
 まず、魔法の発動方法からして違う。ジルマフェリス王国では、詠唱を唱えてイメージを補強し魔法を安定させる。
 しかし、ここでは詠唱の代わりに“杖”と“呪文”を使うらしい。杖を媒体に安定させ、決まった呪文を唱える。
 自国の魔法騎士のやり方に似ている。使う魔法を厳選し、必要に応じてその中から選択するのだ。自由度は低いが、速度と成功率は高くなる。
 まぁ、ルノーには“詠唱”も“杖”も“呪文”も必要ないので、あまり関係ないと言えばそうであるが……。

「では、ここをフルーレストくん」
「魔法歴794年です」
「……その通り」

 どうせならば、ヴィノダエム王国の近代史をやってくれないだろうか。それならば、もっと真面目に授業を聞いてもいい。
 それと、魔法道具について。ジルマフェリス王国とヴィノダエム王国が違う文明を辿ったのは、それぞれの自国で採掘される鉱石の存在が大きいのではないかとルノーは考えている。
 ジルマフェリス王国では“魔断石まだんせき”、対魔の剣等に使われる魔力を断つ鉱石が取れる。
 対して、ヴィノダエム王国では“魔蓄石まちくせき”、読んで字のごとく魔力を蓄めることが出来る鉱石が取れるのだ。
 魔蓄石を使った魔法道具があれば、魔力のない者でも魔法のような事が出来る。まぁ、魔力がきれたらその都度込め直さねばならないが……。それでも、かなり生活は便利になるだろう。
 両国の交易が盛んであった歴史は確かにある。しかし何十年か前、関係に亀裂が入ったとかでぱったりとなくなってしまったらしい。
 交易があった時の名残である魔蓄石を使用した魔法道具は、かなり古いタイプであったことをこの国に来て知った。
 それは、この国に残っている魔断石を使用した対魔道具にも言えることではあるが……。

「おっと、もうこんな時間か。今日はここまで」

 教師がそう言い終わるタイミングで、鐘が鳴る。次は確か……実践魔法の演習だったか。

「ルノー、演習場に移動するぞ」
「分かっていますよ」

 フレデリクとは魔法科と普通科で分かれていたため、初めて同じクラスになったわけだが。ルノーは既にうんざりしていた。
 何かと口煩くて堪らない。フレデリクの下で王宮勤めなどまっぴら御免だ。魔塔であの人に嫌がらせしながら働く方がよほど有意義である。シルヴィのお願いでなくとも、魔導師になることをルノーは決めたのだった。

「今のところ、特に魔物達に動きはないな」
「僕が来たことで、怖気付いたのかもしれませんよ」
「そうであれば良いのだがな」

 ふと眼下に中庭が見えて、ルノーは顔をそちらへと向ける。そこに、昨日大食堂で見た特徴的な髪色をした女子生徒がいて、焦点をそこに合わせた。
 名は何と言ったか。確かシルヴィが……。あぁ、そうだ。イヴェットと言っていた。

「ルノー? どうかしたのか?」
「えぇ、少々」
「な、なんだ」
「興味をそそられまして」

 然も面白いといった顔をするルノーに、フレデリクは首を捻った。この男が、シルヴィ嬢関連以外で興味を持つことなどあるのか、と。

「これもヴィノダエム王国ならではといったところですか。まだ、“おそらく”の域を出ませんがね」
「分かっているとは思うが」
「さぁ? それは相手の出方次第ですよ」

 このような言い方をすると言うことは、魔物関連なのだろうか。しかし、“ヴィノダエム王国ならでは”とは? 気になることは多々あるが、フレデリクは溜息を吐くに留めた。
 無駄なことはしない男だ。いくら聞いても確証のないことを口にはしないだろう。“おそらく”の域を出るのを待つしかあるまい。

「問題が起こらないことを祈ろう」

 ルノーは最後にもう一度イヴェットを見下ろすと、ゆったりと目を細める。その瞳には、憐憫が滲んでいた。

「帰りに図書館に寄ることにします」
「相変わらず、書物が好きだな」
「いい暇潰しになるもので」
「そうか」

 そのあとは、魔法の簡略化は発展か衰退か。魔蓄石を利用した杖の有用性。国に持ち帰るべきか否か。そのような事を話していれば、演習場へと着いていた。
 大公家が用意してくれた杖を手に持ち、ルノーは改めて観察するようにそれを見つめる。この杖はどの程度までルノーの魔力に耐えることが出来るのか。試してみたいが、壊してしまうのは不味いだろう。

「全員揃いましたね」

 鐘が鳴り、教師が授業の説明を始める。合図と共に、複数の的が宙に浮かんだ。どうやら、これも魔蓄石を利用したもののようだ。
 教師が手本を披露する。縦横無尽に動き回る的を時間内に出来るだけ多く魔法で破壊しろということらしい。

「では、レノズワールくん」
「はい」

 名前を呼ばれて前へと出たのは、フレデリクよりも少し暗い金色の長い髪を後ろで緩く三つ編みにした男子生徒であった。桃色の瞳が、光の魔力を持っていることを示している。
 シルヴィの言っていた通りだ。クラスの大半が光の魔力持ち。まるで、聖なる国に来たかのようであった。
 教師がスタートの合図を口にする。瞬間、男子生徒が構えている杖から桃色の魔力が煌めいた。

「“ルレイヨ”」

 聞き慣れない“呪文”のあと、複数の光の線が現れる。一瞬にして、それらは的を貫いた。しかし、全てを壊したわけではない。
 的は魔力に反応して、避ける仕様になっているらしい。それと、単純に弾数が足りない。

「流石はテオフィル卿だな」
「あぁ、あんなに高度な魔法を」

 あれで高度なのか。あの程度であれば、全て対魔の剣で防げるだろうとは思うが。いや、この国で対魔の剣は使われていない。核を隠すという意識がないのだろう。
 そして、やはり魔法を放つ速度。凄まじい速さだ。ルノーは興味深そうに男子生徒が魔法を使う姿を目で追う。
 あの速さを可能にしているのが、魔蓄石を使用した杖。魔法に必要な魔力を集める“溜め”がないに等しい。
 更に魔蓄石が少しも溢さずに魔力を吸収するため、無駄になる魔力が存在しない。集めたものの魔法に組み込めなかった魔力は通常、雲散霧消する。
 魔法の簡略化は発展か衰退か……。利点も欠点も併せ持っていそうだ。一概にどちらとは判断がつかない。
 ただ、魔力量の少ない者にとっては、利点の方が多そうだ。そういった剣があるのなら、アレクシの役に立つだろう。持ち帰れるかは、フレデリクの手腕に掛かっているが。

「そこまで!」
「全ては無理でしたか……。残念です」
「いいえ、素晴らしい。好成績ですよ」
「ありがとうございます」

 テオフィルは柔らかに頬を緩める。終始穏やかな雰囲気を崩すことはなかった。
 次々と生徒が呼ばれ、滞りなく演習は進んでいく。ルノーは何人かの魔法を見て、先程のテオフィルが“高度な魔法”だと言われていた理由が分かった。
 威力、規模、どれを取ってもテオフィル以外は物足りない。そして何よりも同時に複数が出来ない生徒が多かった。

「次は、ジルマフェリスくん。やってみられますか?」
「杖や呪文は不慣れです。いつも通りのやり方でいいのであれば」
「勿論ですよ。それで良いので、どうぞ」

 教師に促されて、フレデリクが前へと出る。フレデリクが持つ魔力は、風と炎と雷だ。的のサイズと機動力を考慮すると……。風が適当だろうと判断した。
 スタートの合図と共に、フレデリクはいつも通りに片手を伸ばして前へと出す。的の動きを目で追いながら、複数の風の刃をイメージした。

「風よ! 刃となりて的を両断せよ!」

 フレデリクが腕を剣のように振る。複数の風の刃が、的を一刀両断していった。しかし、何枚かの的がそれを避ける。

「むっ!? 風よ、逃がすな追え!」

 フレデリクのイメージ通りに、風の刃が的を追いかけ進路を変える。当たるものもあれば、再び避けられるものもあった。

「そこまで!」
「ふむ……。難しいものですね」
「いえいえ、初めてとは思えません。素晴らしい成績かと」
「であれば、よかったですよ」

 フレデリクの魔法を見たアンブロワーズ魔法学校の面々は、何とも形容しがたい表情でこそこそと会話を始める。

「詠唱とは……」
「しかし、あのような高度な魔法……」

 概ね、ルノーと同意見なのであろう。利点も欠点も併せ持っている、と。しかし、ヴィノダエム王国の者からすれば、詠唱を唱えるなど前時代的に見えるのかもしれない。

「次、フルーレストくん」
「……はい」

 ルノーは前に出ながら、どうしようかと考える。ここは、フレデリクに倣うべきだろうか。問題があるとするならば、長々とした詠唱が上手く浮かぶかどうかだ。
 風か雷か氷か……。ルノーは手の中で杖を弄びながら、魔法のイメージを固める。的を仕留めるには、氷かな。ならば、詠唱は……。
 教師の合図が聞こえるより先に、何故か周りがざわめきだす。それもそのはずで、ルノーの周りに浮かぶ的の数と動きがどう考えてもおかしいことになっていた。
 フレデリクに比べ、格段に数が多く動きが複雑で早い。不意に、クスクスと嘲るような笑い声がルノーの耳朶に触れた。

「誰ですか! 勝手に難易度を変えましたね!?」
「先生、流石にこれは白金持ちとて無理があるでしょう。可哀想ですよ」
「レノズワールくんの言う通りです。今すぐに止めて」
「いえ、先生」

 ルノーがやんわりとした声音で、教師の言葉を遮る。次いで、驚くほどの美しい微笑みを浮かべた。

「時間の無駄ですので、このままで大丈夫ですよ」

 フレデリクはよく知っている。これは、機嫌が悪い時のそれであると。

「し、しかしね……」
「問題ありません」

 あからさまに、喧嘩を売られたらしい。そしてこれは、買ってもいい類いの喧嘩だろう。要は、相手に怪我を負わせなければいいだけの話なのだから。

「そこまで言うのなら、良いのではありませんか?」
「レノズワールくん……」
「実力を見せて頂きましょうよ」

 テオフィルの瞳に敵意が滲む。しかしそれを一瞬で隠すと、テオフィルは心配だという表情を作った。

「ふぅん」
「……分かりました。フルーレストくん、準備は良いですか?」
「いつでもどうぞ」
「では、はじめ!!」

 合図が終わった瞬間、小気味いい音が演習場に響く。それがフィンガースナップであると理解するよりも早く、バキンッ! という的が砕けた音が耳を打った。

「……は、」

 突如として現れた数え切れない鋭利な氷が、一つの漏れもなく的の真ん中を突き刺している。
 ぶるりと震えが走ったのは、氷のせいで冷えた外気のせいか。それとも、恐怖か。

「そ、そこまで……」

 教師の呆然とした声が終了を告げる。しかし、誰も何も言えずに不自然な程の静寂が落ちた。
 何もなかった。“詠唱”も“杖”も“呪文”も。フィンガースナップただ一つで、ここまでの魔法を成立させたというのか。

「どういうこと、だ……」

 それは誰が言ったのか。自棄に唾を呑む音が耳についた。
 しかし、ルノー本人は既に興味をなくしたらしい。こんなもの嫌がらせにもならない。
 フレデリクの様子からして、もう少し手こずるかと予想していたのだが、こんなものかとすら思っていた。つまらない。
 ルノーが手を払う仕草をすると、氷が消えてなくなる。支えがなくなり、的がバラバラと地面に落ち始めた。
 その中に光る物を見つけて、ルノーはそれを落ちる前に手で掴む。親指と人差し指でそれを持つと、目の前に翳した。

「へぇ、これが魔蓄石か」

 楽しそうに魔蓄石を観察しだしたルノーを見て、フレデリクは何とも複雑そうな顔をした。これは、よくやったと褒めるべきか。せめて、“氷よ”くらいは唱えろと窘めるべきか。
 悩んでフレデリクは開き直ることにした。ルノーの言う通り、これで魔物達が怖気付いてくれれば御の字だろう。
 彼こそが、ルノー・シャン・フルーレスト。魔界の王たる人間だ。
 そこまで考えて、いや待てとなる。それでは、人間である証明から遠ざかっているのではないのか。……やはり、窘めるべきだな。フレデリクはそれはそれは重たい溜息を吐いたのだった。
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