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アンブロワーズ魔法学校編

10.モブ令嬢と侍女仲間

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 上手く馴染めるだろうか。シルヴィは女子寮侍女階の管理人の後を一人、緊張した面持ちで付いていっていた。
 新学期が明日から始まるため、シルヴィ達はディオルドレン大公領を後にし、【聖なる光の導きのままに2】の舞台。アンブロワーズ魔法学校の門をくぐった。
 遠くから見ても一目で分かる、まるで城のような本校舎はファンタジー色が強い。ロラもジャスミーヌも大興奮していた。二人にしてみれば、聖地巡礼なのだろう。
 かく言うシルヴィもセイヒカ2は知らないが、凄まじいワクワク感は抱いた。流石は乙女ゲーム。オタク心を擽るポイントを押さえている。欲を言うなら普通にプレイしたかったと、シルヴィは少し残念な気持ちになった。
 全員で校長に挨拶をしに行き、それぞれクラスと担任の先生を教えて貰うなどしたあと、学内の案内もして貰った。シルヴィはこれで迷子にはならないと思ったが、ルノーはシルヴィが迷子になるなと確信した。
 女子寮と男子寮は離れた位置にあるため、途中でルノー達とは別行動となった。そして更に、女子寮の中でも生徒は上階、侍女は下階と分かれているとのことで、シルヴィは最終的に一人になったのだった。
 そうなるだろうなと想定していたが、やはり知らない場所に一人は心細い。既に帰りたい。しかしてそうもいかないので、シルヴィは大公夫人に言われた言葉を復習するように思い浮かべた。

“シルちゃんは、目立つのが苦手でしょう? だから、平均よりも少し高いかなという成績をキープしている。特別優秀でもなく、特別落ちこぼれでもなく。注目されにくい、良い位置取りよ”

 シルヴィにしてみれば、そんな気はないのだが……。まぁ、注目されたこともないし、褒められているらしいので、いつも否定はしない。

“あの人は、人畜無害だから。人が良いから。けれど、優秀ではないから。良いこと? シルちゃん。人身掌握は、印象操作から。肝心なのは、最初の位置取りよ”

 それはつまり、第一印象が大切ということで間違いはないのだろうか。

“現実で盤面を支配したいのなら、駒に上手く紛れなさい。最後に、そういえばここにこんな駒が残っていたな。そう思わせられたら、完璧かしらね”

 最後に、“いつか、シルちゃんにも本当の意味で理解できる日がくるわ”と伯母は穏やかに笑ったが、シルヴィは曖昧に頷くことしか出来なかった。分かるような、難しいような。
 ただ一つ言えるのは、今がその“最初の位置取り”であるのだろうということだ。では、どうするべきか。しかし、シルヴィはゲーム本編に関わるつもりがあまりない。
 ロラやジャスミーヌの言う通り、ルノーは連れてこられたのだから、それで許してはくれないだろうか。出来れば、ただのモブ侍女で乗り切りたい所だ。
 そもそもシルヴィは本編に出てこないのに、どう動けばいいのやら。ひとまず邪魔にならないようにしようか。セイヒカと同じ、2でも変に関わらない方が無難だろう。
 そんな事をぐるぐると考えていれば、シルヴィの部屋に着いたようだ。管理人が部屋の扉をノックすると中から返事がした。
 部屋数が多くないため、侍女は基本的に相部屋らしい。空きがこの部屋しかなくて申し訳ないと言われたが、シルヴィはファイエット学園でも相部屋なので気にしない旨を学校側に伝えた。
 部屋割りは、ロラとジャスミーヌが相部屋を希望したのでその通りに。フレデリク、ルノー、トリスタンは一人部屋とのことだ。まぁ、隣国からの留学生。加えて皇太子に公爵家に侯爵家ときたら、失礼は出来まい。
 シルヴィの相部屋相手は、公爵令嬢の侍女をしている伯爵令嬢だと教えて貰った。年齢も同い年であるので、仲良く出来たらいいなとシルヴィは少し楽しみにはしている。

「失礼致します」

 部屋に足を踏み入れると、相部屋相手の伯爵令嬢が歓迎するように正面に立っていた。目が合って、第一印象は大切にしようとシルヴィは淑女らしく辞儀をした。

「お初にお目にかかります。シルヴィ・アミファンスと申します。今日からよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。わたくし、ナディア・ラプルーリと申しますわ。気軽にナディアとお呼びください」
「では、ナディア様と。わたくしの事もシルヴィとお呼びください」
「はい、シルヴィ様」

 穏やかそうな山吹色の瞳が弧を描く。美しい黒髪が、彼女も魔力を持っていないのだという事を示していた。
 管理人はナディアに後のことを任せると、部屋を出ていく。二人にしても大丈夫だと判断したらしい。

「シルヴィ様も三年生の方の侍女を?」
「え? あぁ、なるほど。そうです。公爵家ご令嬢のジャスミーヌ・オーロ・ガイラン様の侍女を任されることになりまして」
「あら、わたくしもですのよ。公爵家ご令嬢のヴィオレット・ミロ・ラオベルティ様に選んで頂いたのです」

 ヴィオレット・ミロ・ラオベルティ。どこかで聞いた事があるような……。シルヴィは記憶を探って、直ぐに答えに辿り着く。セイヒカ2の悪役令嬢であると。

「そうなのですね」

 動揺を悟られないように、微笑みを顔に張り付ける。まさかの悪役令嬢の侍女と同室になるとは。そんなことがあるのか。

「シルヴィ様は、ディオルドレン大公夫人の姪でいらっしゃいますよね」
「そうですけれど……」
「わたくしもディオルドレン大公夫人のパーティーに呼んで頂けたことがあるのです。その際に、お姿をお見かけしまして」

 どうやら、ナディアも大公夫人の誕生日パーティーに参加したことがあるようだ。しかし、何故かシルヴィの記憶にはない。どうしてだろうか。
 シルヴィは、その時のことを思い浮かべてみた。右にお父様、左にお母様。そうではなく。右に伯父様、左に伯母様。そうでもなく。右にお兄様、左にもお兄様……。
 常に左右を固められていた。誰かと挨拶を交わしたような気もするが、ほとんど記憶に残っていない。ということは、本気で挨拶しかしていないのだろう。

「大変失礼ですが、その……」
「あっ! 違うのです。こちらが、一方的にお見かけしただけですので」
「そ、そうですか……」

 自国の貴族達を覚えるのでさえ、大変だったのだ。流石に隣国までは覚えきれていない。関わる機会は伯母の誕生日だけだと思っていたのもあるが……。上位貴族くらいは頭に入れておくべきだったか。
 ナディアがシルヴィの様子を観察するようにじっと見つめる。そして、何かを諦めたような。そんな感情を瞳に滲ませた。

「覚えてないのね」

 シルヴィはよく聞き取れなくて、どうしたのかとナディアへ視線を遣る。ナディアはそれに、「いえ、何でも」と微笑みを返した。

「分からないことがあれば、聞いてくださいね。お力になりますわ」
「ありがとうございます。頼りにさせて頂きますね」

 何だろうか、この感じは。クラリスやニノンとは違う。どことなく居心地が悪いような……。そうだ。まるで、利用価値を値踏みされているような。そんな感じがした。

「仲良くして頂けると、嬉しいです」
「勿論ですわ、シルヴィ様。是非、仲良くしてくださいませ」

 ヴィオレット様のために。ナディアはその言葉を呑み込み、淑女らしく微笑みを浮かべ続ける。
 シルヴィは、そんなナディアの微笑みに違和感を覚えつつも「心強いです」と、嬉しそうに見えるよう笑みを浮かべたのだった。
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