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アンブロワーズ魔法学校編

09.アミファンス伯爵家と“愛”

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 お仕着せとそう変わらないな。シルヴィがモニクを思い浮かべながら、鏡の中の自分と比べてみた感想がそれであった。
 ジルマフェリス王国では、ファイエット学園を卒業後、行儀見習いに出る令嬢は一定数いる。在学中に婚約者が見つからなければ、シルヴィもそのつもりであったが……。まぁ、その選択肢はなくなったも同然だろう。
 ルノーの顔が浮かんで、シルヴィは気恥ずかしくなり首を左右に振る。誤魔化すようにもう一度、鏡に映る自分を確認することにした。
 黒色のワンピースは足首まで丈がある。襟と袖の白い生地が目を引いた。それと、襟元を飾る細い紫色の紐。それをリボンにするのが決まりらしい。メイドと違い、エプロン等はないとのことだった。
 シルヴィは衣服を整えると、髪に触れる。いつもは二つにしているが、今回は服装に合わせて一つの団子にしておいた。邪魔にならなければ基本的に何でも良いのだ。

「シルちゃん、どうかしら」
「問題ありません、伯母様。サイズも合っていますし、着方も教えて貰いましたので」
「う~ん……」
「伯母様?」
「ファイエット学園の制服の方が素敵ね」

 大公夫人が何とも形容しがたい表情を浮かべる。それに、シルヴィはキョトンと目を瞬いた。

「そうでしょうか?」
「まぁ、シルちゃんは何を着ても可愛いのだけどね。やっぱり今からでも特別にアンブロワーズ魔法学校の制服で行けるように」
「このままで大丈夫です」
「あら、そう?」

 心底残念そうに息を吐き出す大公夫人に、シルヴィは苦笑する。そんな特別扱い、絶対に目立つに決まっているではないか。勘弁して欲しい。

「応接間に行きましょうか。皆さんの着替えもそろそろ終わるでしょうから」
「はい、伯母様」

 場所を移り、広々とした応接間のソファでシルヴィと大公夫人は隣り合って座る。運ばれてきた紅茶を飲みながら、シルヴィは従兄二人の制服姿を思い浮かべた。
 確か、色は黒だった気がする。学校に聖堂があるとかで、制服はまるで神父を思わせる作りになっていた筈だ。

「ねぇ、シルちゃん。ベルトランから聞いたんだけれど、フルーレスト公爵家の嫡男が婚約者候補って本当なの?」

 唐突にそんな事を聞かれて、シルヴィは思わず噎せた。しかし、本当の事ではあるので素直に噎せながらも頷く。

「愛しているのかしら」
「あいっ!? あ、え、ど、どうでしょう?」

 尻窄みに情けなく消えていったシルヴィの声に、大公夫人は「あらあら、まぁまぁ。そんな感じなのね」と納得したように頷く。

「焦らなくていいのよ、シルちゃん。まずは、“気になる人”から始めてみたらどう?」
「“気になる人”……?」
「そうそう。私もベルトランもそんな感じだったもの。懐かしいこと」

 大公夫人の言葉を深く考えるより先に、応接間の扉がノックされる。大公夫人がそれに答えると、扉が開かれフレデリクを先頭にルノーとトリスタンが入ってきた。

「まぁまぁ、皆様お似合いですわ。サイズも見たところ大丈夫そうですが、如何でしょう?」
「完璧です。何から何までありがとうございます、ディオルドレン大公夫人」
「それは良かったですわ。安心致しました」

 シルヴィの記憶に間違いはなかったようだ。丈の長いカソックを思わせる黒色の制服を身に纏った三人に、シルヴィは感嘆する。何を着ても絵になることだ。
 三人の腰には、シルヴィがつけているものよりも太さのある紐が巻かれている。フレデリクとルノーは紫色。トリスタンは赤色だった。どうやら、これはファイエット学園でいうところの腕章の役割があるらしい。
 シルヴィは三年生であるジャスミーヌの侍女のため、紐の色は紫であるようだ。つまり、ルノーとお揃いの色。何だか妙な気分だった。

「お待たせ致しました」
「わ~! フレデリク様素敵です!」

 着替えを終えたジャスミーヌとロラも応接間へと入ってくる。丈の長い真っ白なワンピースは、シスターを思わせるがベール等はないようだ。二人の腰にも、それぞれ紫と赤の紐が巻かれている。
 ファイエット学園の制服は、シャツにジレにジャケット。その下に男子はズボン、女子はスカートなので世界観が全然違う。シルヴィは五人を眺めながら、スチル画面みたいだなとそんな事を考えた。

「お二人もとてもお似合いですわ。サイズは如何かしら?」
「問題ありませんわ。ありがとうございます」
「全員大丈夫そうで良かったですわ」

 裾や袖を直す必要はなさそうだ。教科書等の用意も大公家が完璧にしてくれているので、これで何の問題もなくアンブロワーズ魔法学校へ入り込むことが出来る。
 まぁ、その後の方が大変ではあるのだが。そこはロラやジャスミーヌに任せることにして、シルヴィはやっと一息つけそうだと深く息を吐いた。

「やだ~! シルヴィ様かわいい~」
「ありがとうございます。ロラ様とジャスミーヌ様の方が素敵です」
「ありがとう。でも、丈が長くて走りづらいのが難点~」
「淑女は走りません。はしたなくてよ」
「そうだけど、ジャスミーヌ様には言われたくないかも~」

 確かにファイエット学園の制服よりも動きづらそうだとシルヴィは二人の制服を観察する。しかし、ドレスよりは動きやすそうではあった。

「慣れないな……」
「ですよね。俺、引っかけそうです」
「蹴りづらい」
「結構なことじゃないか。直ぐに足が出るお前には打ってつけだな」
「殴るしかない」
「やめなさい。殴るんじゃない」
「魔物なら良いと言われたので」
「殴って良いという話ではないだろう……」

 どうやらルノー達も動きづらいのは同じらしい。しかし、そこから何故そんな物騒な話になるのか。
 魔物を殴り飛ばすルノーを想像して、絵面が大変よろしくないなとシルヴィは思った。何だか魔物が可哀想に見えてくるのは何故なのか。

「魔王様が聖職者っぽい格好なのソワソワしちゃう~」
「良いのかしら。何だかいけない事をしている気分になりますわね」

 ロラとジャスミーヌが小声でシルヴィに話し掛けてくる。それに、シルヴィは確かに言われてみればそうかもと考えた。

「オタク心を擽られますね」
「ね~! でも、一番はフレデリク様よね。素敵~!」
「は? 一番はトリスタン様でしてよ」

 過激派ジャスミーヌの低音に、ロラが「怖いから~」と宥めるような声を出す。一番は、決めるべきではなさそうだ。

「皆様、素敵と言うことで」
「そうね~。そうしましょう」
「まぁ、それでいいですわ」

 平和が一番だとシルヴィは苦笑する。不意に、ルノーと目が合った。ルノーがシルヴィに近付いてきたので、ロラとジャスミーヌはそそくさとシルヴィから離れる。

「…………」
「ルノーくん?」
「どんなシルヴィでも素敵だよ。でも……。無理だけはしないでね」
「そんなに顔色悪い?」
「顔色はよくなったよ」
「……うん?」

 大公夫人と同じ、何とも言えない顔をするルノーに、シルヴィは首を傾げる。もしかして朝の事を気にしているのだろうかと思ったのだが、そういうわけでもないようだ。

「ま~……。貴族の観点からすると、メイド服かわいい~! 似合ってる~! とはならないわよね~」
「侍女とはいえ、“仕える側”ですものね」
「うんうん。しかも、ルノー様はどちらかというと尽くしたい派っぽいし~」

 爆発する心配がなくて良いかもしれないと、四人の気持ちが一致した。
 裏腹にいまいち気持ちが伝わっていないらしいシルヴィとルノーのやり取りを大公夫人は観察するように眺める。懐かしむように、頬を緩めた。

「あの二人は、いつもあのような感じなのですか?」
「そうですわ~」
「シルヴィ様がどうにも……」
「あぁ、鈍いでしょう?」

 大公夫人の然も当たり前という態度に、ロラとジャスミーヌはお互いに顔を見合わせる。

「アミファンス伯爵家の子は、何でか恋愛面はぜーんぜんダメなのよねぇ。ベルトラン、私の弟も私も鈍くて話にならなかったんですのよ」
「そうなのですか?」
「えぇ、それはもう。でも、シルちゃんって天然たらしな所があるでしょう。あれは、母親に似たのねぇ。あのベルトランを愛に突き落とした凄まじい攻撃力」

 大公夫人は知っている。弟が繁栄に興味があったことを。
 しかし、愛を知ったその日。“分かりましたよ、姉上。愛する人の幸福のためならば、繁栄など不要だ”と、アミファンス伯爵家の家訓を理解したのを。
 その時の弟の顔を思い出し、大公夫人は酷く楽しげな笑い声を漏らした。

「アミファンス伯爵家の真髄は、愛を知ってからと言われておりますのよ。愛する人を守るためなら、手段は選ばない」
「それは、つまり……」
「うふふっ、私の息子達よりもシルちゃんはアミファンス伯爵家の血を色濃く受け継いでいますから。将来が楽しみですわね」

 優しげに微笑んだ大公夫人に、四人の視線がシルヴィへと向く。確かにここ最近、その片鱗は見え隠れし出しているような気がしないでもない。
 それは、ハッピーエンドかバッドエンドか。やはり真の難敵は、ルノーではなくシルヴィなのかもしれない。
 果てしなく、将来が不安だ。フレデリクは、目を瞑り天を仰いだのだった。
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