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ファイエット学園編

57.モブ令嬢と謁見

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 もの凄く緊張する。国王陛下との謁見ということで、シルヴィは朝からソワソワと落ち着かなかった。それは皆、同じのようで表情が固かい。ルノーただ一人を除いて。
 急を要する内容であったために、翌々日には王宮へと召集がかかった。そのため、シルヴィはルノーと会う心の準備がいまいち出来ないまま顔を合わせる羽目になってしまったのだ。
 出会さなければいいのでは? と、早々馬車に飛び乗ろうと画策していたというのに。ルノーは馬車の前で既に待っていた。まぁ、そんな気はしていたと、シルヴィは顔を俯かせる。
 どんな顔をしていれば良いのか皆目検討もつかない。オロオロとしているシルヴィに気付いて、ルノーが「シルヴィ!」と嬉しそうな声を出した。

「会いたかった」
「一昨日も会ったんですけど?」
「怒ってる?」
「怒って……は、ない」

 本当に怒っている訳ではなかったので、シルヴィは首を左右に振る。ちらっと窺ったルノーの顔は、心底安心した様子であった。

「悪かったとは思ってる?」
「思ってない」
「思ってなかった」
「怪我は? 治った?」
「治ってはないけれど、平気」
「そう……」
「平気だからね?」

 怒りがぶり返したりしたら大事なので、シルヴィは念を押しておいた。それに、ルノーが黙り込む。納得してくれないのだろうか。

「ねぇ、シルヴィ」
「うん?」
「何で俯いてるの?」
「ええっとぉ……」
「僕の顔も見たくない? やっぱり怒ってるの?」

 しゅん……とした声音が聞こえて、シルヴィはどうしようかと焦る。出来れば察して欲しかったが、これは無理そうであった。しかし、どうしても口ごもってしまう。

「お、怒ってる、わけ、じゃ……」
「なに?」

 上手く聞き取れなくて、ルノーがシルヴィに合わせて少し屈む。シルヴィの顔を覗きこんで、ルノーは目を丸めた。

「うぐぐ……は、恥ずかしいだけ、です」

 視線をあからさまに逸らしたシルヴィの顔が、真っ赤に染まっている。これは、意識されている。確実にそういう意味で。
 ルノーの口から「え、あ……」なんてらしくない間抜けな声が漏れでる。ぶわっとルノーの頬が赤に染まったと同時に、何かが横で大爆発した。
 シルヴィは「えぇ……?」と戸惑った声を出しながら、燃え上がる炎を眺める。何が原因で爆発したんだとシルヴィは、怪訝そうに眉根を寄せた。

「朝から何をなさっていますの!?」
「恋心が燃え上がってるわ~」
「実際に燃えてるからね!? 水よー! 炎を鎮めたまえ!!」
「ディディエ、手伝います! 土よ、炎を包みこめ!」

 ディディエとガーランドが炎を消火してくれている。流石の手際だ。
 何やらいい雰囲気になっていた気もするが、色々と吹き飛んでしまった。ルノーは気にせず、幸せそうにシルヴィをうっとりと見つめているが。

「シルヴィ様のせいですわよ!」
「えぇ!? 私のですか?」
ワントキメキ、ワン爆発みたいね~」
「いや、無理ゲーでは?」
「バチバチのハードモードよ!」

 ロラが可愛らしくウインクする。いや、ハードモードよ! ではない。今の会話の何処にトキメキポイントがあったのかもシルヴィにはよく分かっていないのに。どう対処しろと言うのか。

「一緒の馬車で行くだろ?」
「駄目に決まっていますわ!! 王都を火の海になさるおつもりですの!?」
「…………」
「やめよう。無言は肯定。別々で行こう」
「いやだ。離れたくない」
「これは駄目です。……怒るよ?」

 やっと目が合ったかと思えば、シルヴィにジト目を向けられてルノーはムスッと拗ねたように口をへの字に曲げる。フレデリクは昨日一足先に王宮に行ったので、邪魔者がいないと思っていたのに。
 しかし、シルヴィに怒られるのは嫌なので、ルノーは大人しく引き下がった。不満そうにしながらも頷いたルノーに、シルヴィはほっと息を吐く。何とも困った魔王様だ。
 そんなこんなで、男女で分かれて馬車に乗り王宮へとやって来た訳である。謁見の間は魔法が使えないようになっているらしいので、そこまで辿り着けば爆発は避けられる筈だ。
 シルヴィは隣を歩くルノーを盗み見る。しれっとした顔で一番堂々としていた。何故なのだろうか。ルノーの事で呼び出されているというのに。

“ご都合主義って言うか~。普通に考えて、魔王様と事を構えたくはないわよ。陛下だって魔界と全面戦争なんて始めないと思うけどな~”

 ロラとの会話を思い出して、シルヴィは思案するように顎に手を当てた。シルヴィだって、それはそう思う。ということは、ルノーもそう考えているのだろうか。それか、全面戦争上等の可能性もある。大いにありえる。
 どちらにしても、ルノーには勝算があるのだろう。だから、こんなにも落ち着いていられるのだ。魔王の風格とでも言うのか。まぁ、元々悠然とした態度を崩さない男ではあるが。

「シルヴィ?」
「んー?」
「どうしたの?」
「いや、かっ」

 何の気なしに“かっこいいなぁと思って”と口走りそうになって、シルヴィは朝の出来事を思い出して不自然に言葉を止めた。他意はない。ただ、魔王っぽいなぁと思っただけなのだ。
 しかし、どう受け取るかはルノー次第だ。王宮で爆発はまずいだろう。そしてそれは、シルヴィのせいにされる気がした。普通にやめて欲しい。

「か??」
「何でもないです」
「……?」

 怪訝そうにルノーが首を傾げる。シルヴィは誤魔化すように、へらっと笑っておいた。

「こちらで、陛下がお待ちです」

 そうこうしている内に、謁見の間に着いたらしい。大きな両開きの扉がゆっくりと開く。それに、シルヴィはごくりと唾を呑んだ。
 真っ直ぐ敷かれたレッドカーペットの先、上段に置かれた玉座に国王陛下が居る。その隣にはフレデリクが立っていた。
 扉が開ききった瞬間、何の憚りもなくルノーが謁見の間へと足を入れる。それに、シルヴィはぎょっとした。しかし、後に続かない訳にも行かない。シルヴィは半ば釣られるようにして、歩き出した。
 やけに距離が遠く感じた。それは精神的なものなのか。物理的なものなのか。どちらも原因かもしれない。それ程までに謁見の間は、広い空間であった。

「国王陛下にご挨拶申し上げます」

 陛下の前で最敬礼をする。視界の端で、ふわっとドレスが揺れた。前世では学生の正装は制服と言われていたが、ここではそうもいかない。陛下に謁見するのなら、きちんとしたドレスを着なければ話にならないのだ。

「よく来てくれた。楽にしなさい」

 その声で姿勢を元に戻す。シルヴィが顔を上げると同時に、「見てください、陛下。今日も私の娘がとても可愛い」と聞き慣れた声が耳朶に触れた。
 それに、シルヴィは目を瞬かせる。視線を向けた先には、シルヴィの父親。ベルトラン・アミファンス伯爵がいた。
 シルヴィ達と国王陛下の間。レッドカーペットの脇に平行になるように立っている。見慣れたふわふわっとした子煩悩丸出しの微笑みを向けられていた。

「おとうさま??」
「暫く見ない間に、また大きくなったね」
「そう、かな?」
「そして、更に可愛くなった」

 国王の御前で言うことではない。シルヴィは何とも言えない顔で、曖昧に首を傾げておいた。
 すると、アミファンス伯爵の反対側から、非難するような咳払いが聞こえてくる。レッドカーペットを挟んだそこには、アミファンス伯爵と向かい合うようにしてフルーレスト公爵と公爵夫人が立っていた。 

「陛下の御前だぞ」
「あー、よいよい。アミファンス伯爵はいつもこうだ。相手にするだけ疲れるから、やめておけ」

 国王が諦めたように溜息を吐く。それに戸惑った顔をしたフルーレスト公爵の頬には、何故か真っ赤な手形がくっきりと付いていた。何があったというのだろうか。

「さて、色々と聞きたいことはあるが……。ひとまず、フルーレスト公爵の頬はどうしたのだ」

 国王の問いにフルーレスト公爵が決まり悪そうに夫人へと視線を向ける。夫人は淑女らしく花が咲くような微笑みをその顔に浮かべた。

「ふざけた事を言うものですから、手が滑ったのでございます」
「そう、か……。では、公爵からは?」
「何もございません。全て妻に……」

 普段の様子では、フルーレスト公爵家は亭主関白のようであったのだが。母は強しということだろうか。思ってもみなかった夫人からのビンタに、公爵が意気消沈してしまっている。
 それに、ルノーが意地の悪い笑みを浮かべた。公爵に嫌がらせするのがルノーの趣味のようになっているので、好い気味だとでも思っているのだろう。

「陛下、よろしいでしょうか?」
「あぁ、言ってみなさい」
「ルノーは、わたくし達の大切な大切な息子でございます。昔も今も、そして未来永劫ずっとそれは変わりませんわ」

 つまり、ルノーと縁を切るつもりはないと言うことだ。夫人の言葉に、ルノーが目を丸める。次いで、どうしていいのか分からないといった表情を浮かべた。
 シルヴィの視線に気付いて、ルノーは目を合わせる。シルヴィが嬉しそうな顔で笑うものだから、これは隠す必要のない感情なのだとルノーは判断して、照れたような笑みを返した。

「では、ルノー卿。いや、魔王とお呼びした方がよろしいかな?」

 国王が急に試すような視線をルノーに向ける。それにルノーは、笑みを種類の違うものへと変えた。貴族然とした人当たりの良さそうな微笑みだった。

「僕は魔王ではありませんよ。周りが勝手にそう呼んでいるだけですので」
「……望みは?」
「僕はシルヴィさえ傍にいてくれれば、それ以外は特に望みません。まぁ、母上もああ言ってくださっていますから、今まで通りに人間として暮らせるのが一番ですが」
「フレデリクの言っていた通りか……」

 国王が思案するように、目を伏せる。そして視線をルノーではなく、シルヴィへと向けた。

「アミファンス伯爵令嬢はどうしたい?」
「あの、わ、わたくし、は……」

 恋愛の経験値が無さすぎて、シルヴィは頬を赤くさせながらドギマギとしてしまう。ルノーが好きかと問われたら、正直まだ分からないと答えるしかないのだが。好意を向けられているという事実だけで、勝手に顔に熱が集まるのだから仕方がない。
 困ったように両頬に手を添えたシルヴィに、ルノーがときめいたのは言わずもがなである。後ろの方で爆発音が聞こえた。それに、シルヴィの肩が大きく跳ねる。

「嘘だよね? ガーランド」
「兄上の魔力が凄まじいということが証明されましたね、ディディエ」
「オレ、ここに入ってから自分の魔力を全く感じられないんだけど?」
「僕もですよ。そういう風になっていますからね」

 上段でフレデリクがこめかみを押さえている。流石の国王も驚いたのか、目を見開いていた。
 シルヴィもどういうことだとルノーを見遣る。普通ここでは、ディディエやガーランドのように魔法が使えなくなる筈なのだ。
 魔王がチート過ぎて、ゲームバランスが破綻している。いや、元々聖なる国でなければ倒せない設定ではあったか。
 シルヴィがジリジリとルノーから距離を取ろうとする。お互いのために、それが最善だと思ったのだ。

「ルノーくん……。私達、物理的に離れた方がいいと思うの」
「どうして?」
「王宮で爆発は駄目よ。落ち着いて」
「僕は落ち着いてる」
「絶対に嘘」

 シルヴィが身を翻して走り出す。逃げ場所に選んだのは、アミファンス伯爵の後ろだった。父親を盾にして、背中から顔だけを覗かせる。ルノーは心底不服そうに眉根を寄せた。

「おやおや、これはまた……。困りましたな」
「それで? お前はどうするつもりだ、アミファンス伯爵?」

 婚約となると、親の承認が必要になる。だから、父親であるアミファンス伯爵が呼ばれているのだろうか。
 しかし、伯爵が国のためにと溺愛しているシルヴィを差し出すとは思えない。良い顔はしないだろうという周りの予想を裏切って、伯爵は穏やかに笑った。

「とっくの昔に、私の意思はルノー卿に伝えてありますよ」
「なに? どういうことだ」
「ルノー卿とチェスをしたことがありましてね。娘に気があることは分かっていましたから。釘を刺しておこうかと」
「お前……」
「私の意思はあの時と変わっていません。覚えておいでですよね? 勿論」

 伯爵の雰囲気が物々しいモノへと変わる。挑発するような視線を向けられて、ルノーの目が物騒に細まった。

「娘と婚約したければ、娘の許可を持ってきなさい。娘の様子を見る限りでは、まだのようですが?」
「待て、伯爵。やめないか」
「ご心配には及びませんよ、陛下。シルヴィはお父様のことが大好きだね?」
「それは勿論、大好き」
「お父様のことを傷付けるような人は大嫌いだろう?」
「うん。許さない」
「と、言うことですので問題ありません。ですよね? ルノー卿?」

 伯爵がゆったりとした笑みを浮かべる。余裕が漂うそれに、ルノーが苛立ったように眉間の皺を深くした。

「この……たぬきが」

 伯爵を睨み据えながら、ルノーがそれはそれは低い声を出す。それに伯爵は、何の話ですかな? と言いたげに人当たりの良さそうな微笑みを返した。
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