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ファイエット学園編
54.モブ令嬢と女子会
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どうしてこんな事に。シルヴィはヒロインと悪役令嬢に挟まれ窮地に立たされていた。
ここは、ジャスミーヌの一人部屋だ。ベッドの縁に腰掛けて、シルヴィは肩身が狭そうに縮こまっていた。ロラにはニコニコと笑顔を向けられ、ジャスミーヌには睨まれているような気がする。怖くて見れないが。
あのあとシルヴィは混乱が治まらずに、ずっと自室で布団にくるまって引き籠っていた。そこに、二人がやって来たのだ。
殿下からの大事な伝言がある。そんな事を言われては、布団から出てこない訳にはいかなかった。立ち話で済ませられる内容ではないので、こうして二人に付いてきたのだ。
「あの……。それで、伝言と言うのは?」
「そうよね~。ひとまずはその話よね。どこから話そうかしら~」
ロラの言った“ひとまず”が気になるが、そこはもう諦めた方がいいかもしれないとシルヴィは内心で溜息を吐く。あんなに大声で“モブなのに”と叫んでしまったのは自分なのだから。完璧にバレたと思っておいた方がいいだろう。
まぁ、ルノーが魔王であることがバレた時点で、この二人にシルヴィが転生者なことを隠す必要も失くなってしまった。とは言っても、シルヴィの中ではただのモブ令嬢が転生者だったから何だという話なのだが。
「シルヴィ様が全速力で逃げちゃった後、魔王様の魔法で校舎裏だけ積雪三十センチは記録したわ」
「何か背後が寒いと思ったら、そんな事に……。ご迷惑をお掛けしました」
「私は何も出来なかったから~。主にフレデリク様が大変そうだったわ。胃が心配~」
「何で逃げたんですの!?」
「寧ろ、あの状況で逃げないという選択肢があったんですか」
「ドキドキイベントでしてよ!」
確かに色んな意味でドキドキはしたが……。ジャスミーヌが思っているようなものではない。シルヴィはニコッと生暖かい目で微笑みだけを返しておいた。
「何なんですの、その目」
「まぁまぁ、落ち着いてジャスミーヌ様~。兎に角、魔王様の事はフレデリク様達に任せて大丈夫よ~。たぶん」
「たぶん……」
「それで、伝言って言うのはね? 今回の騒ぎで国王陛下が私達を召集するだろうってこと」
「まぁ、そうですよね……」
「あの場にいた全員が集められるのは確実よ。声が掛かるまでは寮から出ないようにね。あと、他言無用! って言ってもシルヴィ様に限っては有り得ないと思うけど~」
「それは、そうでしょうね。一体いつからご存知だったのかしら? 誰にもバレなかったなんて、凄いこと」
ジャスミーヌの言葉が刺々しい事この上無い。そこでシルヴィは考える。もしジャスミーヌに全てを言っていた場合のことを。
確実にディディエに漏れる。そして、ガーランドの耳にも入り、最終的には殿下を含めた周りの人全員にバレていただろう。
「口が堅い自信はあります」
「何故ですの」
「……?」
「何故、わたくしに何も教えて下さらなかったの?」
「普通に考えて、友達の秘密を簡単に漏らすような人を私は正直信用しません。だから、私もやりません」
「正論パンチぶちこんでくる系~」
ジャスミーヌが目を点にして固まる。ロラがケラケラと楽しそうに笑った。
「シルヴィ様って中身年齢いくつなの~?」
「えっと……」
「流石にもう誤魔化せないわよ~。同じ転生者よね?」
「あ~……はい。大学生です」
「うっそ!? 絶対歴戦の社会人だと思ってたのに……」
ロラが本気で衝撃を受けている。シルヴィは何故なのだろうかと不思議そうに首を傾げた。そんなシルヴィを見て、ロラは誤魔化すようにへらっと笑う。
「じゃあ、私が一番年上なのね~。バリバリの社会人だったから」
「ロラ様がですか? ジャスミーヌ様は?」
「高校生ですわ。ちょうど今と同じ年でしたの」
「しかもね~。ジャスミーヌ様って前世もお嬢様だったらしいわよ? 生粋よ、生粋。私は前世はふつ~の一般家庭だったけど」
「私もたぶん普通でしたよ」
シルヴィは何だか妙な安心感を覚えた。今まで誰にも話したことのない最大の秘密。転生者であることなど、ルノーにだって言っていないのだ。どうせ信じて貰えないと思ってしまう。こんな突拍子もない話、同じ境遇の人にしか理解など出来はしないと。
だから、だろうか。変な顔もされない。すんなり受け入れられている。ここでは普通のことなのが、とても嬉しかった。
「お待ちなさい。わたくしの話はまだ終わっておりませんわよ」
「えぇ~! もう良いじゃな~い! 楽しい話がしたい~!!」
「納得出来ません! ま、まぁ、ルノー様の事はよくってよ。でも、シルヴィ様だってこのゲームの記憶がおありなのでしょう? こう……悪役令嬢を助けようみたいなのがあってもよろしいのではなくって!?」
「それは……。ジャスミーヌ様なら大丈夫かなって思ったので?」
「どういうことですの、それ」
ジャスミーヌが物凄い圧を掛けてくる。しかし、そんな事を言われても困るのだ。ゲームの悪役令嬢は、本当にどうしようもない奴だったのだから。それはもう、婚約破棄已む無し。フレデリク様おめでとう! とファンサイトが沸いたレベルだった。
正直に言って、ジャスミーヌが転生者でなければシルヴィは確実にお近づきにはなっていない。ゲーム通りであったなら、本気でジャスミーヌはルノーにぶちのめされていただろう。なので、悪役令嬢を助けようは頭になかった。
転生者であるジャスミーヌが自分で何とかするつもりなのだと思っていたし、何とかなっているようにシルヴィには見えた。そもそも、シルヴィはシルヴィで自分とルノーの事で精一杯だったのだ。それ以上は手に負えない。
「それに、モブ令嬢が変にシナリオに絡まない方がいいかなぁと」
「ルノー様が魔王な時点でシナリオも何もないとは思うわ~」
「う~ん……。でも、その時はヒロインがどんな方か分かりませんでしたから。『私の幸せのために死んで』とか言う方だったら困るじゃないですか」
「ヤベー女過ぎるわよ。私はそんなこと言いません」
「ロラ様がヒロインで良かったです」
シルヴィが本気で安心したように笑ったものだから、ロラはそれ以上何も言えずに困った顔をした。それは、ジャスミーヌもだったらしい。
シルヴィだって、不安だったのだ。それがロラやジャスミーヌが感じていた不安とは違っていたとしても。皆、それぞれに不安と戦っていた。
「わたくし実はまだ半信半疑なのですけれど、本当にルノー様があの魔王で間違いはないのかしら」
「それは、間違いないです」
「シルヴィ様はルノー様が怖くはないのですか? だって、人間界を恐怖に陥れた魔王なのですよ?」
「怖くはないですよ。だって、ルノーくんは魔王というより、番長ですから」
「ばん??」
「ちょう??」
ロラとジャスミーヌが怪訝そうに首を傾げる。それに、シルヴィも不思議そうな顔をした。そこで、ハッとする。二人は聖なる乙女伝説の真相を知らないのだった、と。
シルヴィは昔ルノーから聞いた話をそのまま二人に説明した。先代魔王の金のドラゴンが元凶なのだということ。ルノーは本気で人間界には興味がないらしいということ。包み隠さずに全て。
話を聞き終わった二人は、ポカーンとした顔をする。暫くしてロラが、「なるほど。それは確かに番長ね~」と同意してくれた。
「と言うか、本気でゲーム会社は何を考えてそんな設定にしたのかしら~」
「それなんですけど、もしかしたら元々は魔王ルートがあったのかもしれませんよ。でも、その場合五歳から始めることになって、一人だけ超大作になるので大人の事情でカットされたのかなぁなんて」
「有り得ない話ではなさそ~。じゃあ、ソセリンブ公爵の話もカットされたっぽい?」
「やっぱりそう思いますか?」
「何故ですの? トリスタン様だけ」
「だって~! 魔王様が封印に使われてた聖なる剣には精神破壊の闇魔法が掛かってたって言ってたじゃない? 祖先が掛けた闇魔法でトリスタン様が精神崩壊するとかどんな鬱展開~!」
「え? あ、そうですわ。トリスタン様って封印を解いたら精神が……」
「ソセリンブ公爵の話をカットするなら、聖光教の所も有耶無耶にするしかないですもんね」
「そして、最後はルヴァンス侯爵の後を継ぐしかないわ~。ゲームでは弟の存在も伏せられてるから、特に批判は出てなかったな~」
「大人の事情ですね」
「まぁ、ただの妄想でしかないけど~」
ロラとシルヴィがうんうんと頷き合う。しかし、ジャスミーヌは大好きな推しのことであるからか、「納得出来ません!」と目を吊り上げた。トリスタン過激派である。
「えぇ~? そう? 私は納得だけど~」
「どこがですの!?」
「私はセイヒカにそこまでの鬱展開は望んでないもの~」
「私もです」
「でしょ~? まぁ、中には選択肢によって鬱展開になるのを楽しむゲームもあるけど……。セイヒカは違うじゃない? バッドエンドは重めだけど、やっぱり目指せハッピーエンド! イチャラブ! 光あれ! を求めてやるゲームだから」
「……確かに、セイヒカでそんな展開が出てきたら発狂モノですわね」
想像したら嫌だったらしい。ジャスミーヌの眉間に深い皺が寄った。トリスタン推しが泣き叫ぶことにならないためのカットだったのだろうか。真実が分かることはないが。
「まぁ、この世界線ではトリスタン様の真実が明るみになって、まさにハッピーエンド!」
「それもそうなのかしら」
「あの、その件なんですけど……。ロラ様はそれで大丈夫なんですか?」
「え? どうして~?」
シルヴィがずっと考えていたことだ。ヒロインにとって、このハッピーエンドは本当にハッピーエンドなのだろうかと。
「魔王を倒したことによって、ヒロインは栄光の道を歩むじゃないですか。殿下との婚約も難しくなるのではないかと思って……」
「ゲームではね~。でも実際、魔王様と対決とか不安と恐怖しかなかったから。正直、ほっとしてるの」
「本当ですか?」
「勿論! それにね? ここが現実だからこそ許される裏技があるのよ~」
「うらわざ?」
「そう! シルヴィ様はセイヒカの続編はプレイした?」
「してません。トリスタン様のルートも途中でした」
「何ですって!?」
「違いますよ。やる気をなくしたとかではなく、途中でここに来たんです」
「あぁ、なるほど~。じゃあ、ヒミツ!」
「え?」
「ネタバレは楽しみが半減しちゃうでしょ~?」
「いや、特に気にしませんけど」
「まぁまぁ、そのうち分かるわ!」
ロラにウインクされて、シルヴィは「はぁ……」と曖昧に返事をする。まぁ、ロラが良いと言うのならそれで良いのだろう。裏技の内容は気になるが、教えてくれそうもないのでシルヴィは諦めることにした。
「何とか無事に終わったのですわね」
「ドキドキだったわ~!」
「そうですね。色んな意味でドキドキでした。ディディエ様とガーランド様に筒抜けになってたりしてて」
「……はい?」
「何を言っておられるの?」
どうやら、ロラとジャスミーヌは本気で気付いていなかったらしい。シルヴィはロラが“セイヒカの続編”という不穏なワードを出したので、教えておいた方がいいかと思ったのだ。
「ジャスミーヌ様、考えている事を口に出す癖はどうにかした方がいいかと思います」
「わたくし??」
「ディディエ様とガーランド様に乙女ゲームが~シナリオが~と、全て筒抜けになってましたよ」
「嘘でしょう?」
「それと、ロラ様との会話も筒抜けでした」
「衝撃の事実なんですけど~」
「貴族らしい言い方になりますが、ディディエ様とガーランド様には優秀な手駒が沢山いらっしゃるようですので」
「わ~お!」
ロラが目を丸める。ジャスミーヌは信じられないと首を左右に振った。ジャスミーヌにとっては、ディディエはいつまでも可愛い弟のままであるらしい。
「ディディエはそんな子ではありませんわよ!?」
「そうですか? ほら、婚約解消の噂あるでしょう? あれも流したのはディディエ様ですよ」
「流石は次期宰相~!」
「う、うそですわーーー!!」
ジャスミーヌの絶叫に、シルヴィとロラは耳を塞いだのだった。
ここは、ジャスミーヌの一人部屋だ。ベッドの縁に腰掛けて、シルヴィは肩身が狭そうに縮こまっていた。ロラにはニコニコと笑顔を向けられ、ジャスミーヌには睨まれているような気がする。怖くて見れないが。
あのあとシルヴィは混乱が治まらずに、ずっと自室で布団にくるまって引き籠っていた。そこに、二人がやって来たのだ。
殿下からの大事な伝言がある。そんな事を言われては、布団から出てこない訳にはいかなかった。立ち話で済ませられる内容ではないので、こうして二人に付いてきたのだ。
「あの……。それで、伝言と言うのは?」
「そうよね~。ひとまずはその話よね。どこから話そうかしら~」
ロラの言った“ひとまず”が気になるが、そこはもう諦めた方がいいかもしれないとシルヴィは内心で溜息を吐く。あんなに大声で“モブなのに”と叫んでしまったのは自分なのだから。完璧にバレたと思っておいた方がいいだろう。
まぁ、ルノーが魔王であることがバレた時点で、この二人にシルヴィが転生者なことを隠す必要も失くなってしまった。とは言っても、シルヴィの中ではただのモブ令嬢が転生者だったから何だという話なのだが。
「シルヴィ様が全速力で逃げちゃった後、魔王様の魔法で校舎裏だけ積雪三十センチは記録したわ」
「何か背後が寒いと思ったら、そんな事に……。ご迷惑をお掛けしました」
「私は何も出来なかったから~。主にフレデリク様が大変そうだったわ。胃が心配~」
「何で逃げたんですの!?」
「寧ろ、あの状況で逃げないという選択肢があったんですか」
「ドキドキイベントでしてよ!」
確かに色んな意味でドキドキはしたが……。ジャスミーヌが思っているようなものではない。シルヴィはニコッと生暖かい目で微笑みだけを返しておいた。
「何なんですの、その目」
「まぁまぁ、落ち着いてジャスミーヌ様~。兎に角、魔王様の事はフレデリク様達に任せて大丈夫よ~。たぶん」
「たぶん……」
「それで、伝言って言うのはね? 今回の騒ぎで国王陛下が私達を召集するだろうってこと」
「まぁ、そうですよね……」
「あの場にいた全員が集められるのは確実よ。声が掛かるまでは寮から出ないようにね。あと、他言無用! って言ってもシルヴィ様に限っては有り得ないと思うけど~」
「それは、そうでしょうね。一体いつからご存知だったのかしら? 誰にもバレなかったなんて、凄いこと」
ジャスミーヌの言葉が刺々しい事この上無い。そこでシルヴィは考える。もしジャスミーヌに全てを言っていた場合のことを。
確実にディディエに漏れる。そして、ガーランドの耳にも入り、最終的には殿下を含めた周りの人全員にバレていただろう。
「口が堅い自信はあります」
「何故ですの」
「……?」
「何故、わたくしに何も教えて下さらなかったの?」
「普通に考えて、友達の秘密を簡単に漏らすような人を私は正直信用しません。だから、私もやりません」
「正論パンチぶちこんでくる系~」
ジャスミーヌが目を点にして固まる。ロラがケラケラと楽しそうに笑った。
「シルヴィ様って中身年齢いくつなの~?」
「えっと……」
「流石にもう誤魔化せないわよ~。同じ転生者よね?」
「あ~……はい。大学生です」
「うっそ!? 絶対歴戦の社会人だと思ってたのに……」
ロラが本気で衝撃を受けている。シルヴィは何故なのだろうかと不思議そうに首を傾げた。そんなシルヴィを見て、ロラは誤魔化すようにへらっと笑う。
「じゃあ、私が一番年上なのね~。バリバリの社会人だったから」
「ロラ様がですか? ジャスミーヌ様は?」
「高校生ですわ。ちょうど今と同じ年でしたの」
「しかもね~。ジャスミーヌ様って前世もお嬢様だったらしいわよ? 生粋よ、生粋。私は前世はふつ~の一般家庭だったけど」
「私もたぶん普通でしたよ」
シルヴィは何だか妙な安心感を覚えた。今まで誰にも話したことのない最大の秘密。転生者であることなど、ルノーにだって言っていないのだ。どうせ信じて貰えないと思ってしまう。こんな突拍子もない話、同じ境遇の人にしか理解など出来はしないと。
だから、だろうか。変な顔もされない。すんなり受け入れられている。ここでは普通のことなのが、とても嬉しかった。
「お待ちなさい。わたくしの話はまだ終わっておりませんわよ」
「えぇ~! もう良いじゃな~い! 楽しい話がしたい~!!」
「納得出来ません! ま、まぁ、ルノー様の事はよくってよ。でも、シルヴィ様だってこのゲームの記憶がおありなのでしょう? こう……悪役令嬢を助けようみたいなのがあってもよろしいのではなくって!?」
「それは……。ジャスミーヌ様なら大丈夫かなって思ったので?」
「どういうことですの、それ」
ジャスミーヌが物凄い圧を掛けてくる。しかし、そんな事を言われても困るのだ。ゲームの悪役令嬢は、本当にどうしようもない奴だったのだから。それはもう、婚約破棄已む無し。フレデリク様おめでとう! とファンサイトが沸いたレベルだった。
正直に言って、ジャスミーヌが転生者でなければシルヴィは確実にお近づきにはなっていない。ゲーム通りであったなら、本気でジャスミーヌはルノーにぶちのめされていただろう。なので、悪役令嬢を助けようは頭になかった。
転生者であるジャスミーヌが自分で何とかするつもりなのだと思っていたし、何とかなっているようにシルヴィには見えた。そもそも、シルヴィはシルヴィで自分とルノーの事で精一杯だったのだ。それ以上は手に負えない。
「それに、モブ令嬢が変にシナリオに絡まない方がいいかなぁと」
「ルノー様が魔王な時点でシナリオも何もないとは思うわ~」
「う~ん……。でも、その時はヒロインがどんな方か分かりませんでしたから。『私の幸せのために死んで』とか言う方だったら困るじゃないですか」
「ヤベー女過ぎるわよ。私はそんなこと言いません」
「ロラ様がヒロインで良かったです」
シルヴィが本気で安心したように笑ったものだから、ロラはそれ以上何も言えずに困った顔をした。それは、ジャスミーヌもだったらしい。
シルヴィだって、不安だったのだ。それがロラやジャスミーヌが感じていた不安とは違っていたとしても。皆、それぞれに不安と戦っていた。
「わたくし実はまだ半信半疑なのですけれど、本当にルノー様があの魔王で間違いはないのかしら」
「それは、間違いないです」
「シルヴィ様はルノー様が怖くはないのですか? だって、人間界を恐怖に陥れた魔王なのですよ?」
「怖くはないですよ。だって、ルノーくんは魔王というより、番長ですから」
「ばん??」
「ちょう??」
ロラとジャスミーヌが怪訝そうに首を傾げる。それに、シルヴィも不思議そうな顔をした。そこで、ハッとする。二人は聖なる乙女伝説の真相を知らないのだった、と。
シルヴィは昔ルノーから聞いた話をそのまま二人に説明した。先代魔王の金のドラゴンが元凶なのだということ。ルノーは本気で人間界には興味がないらしいということ。包み隠さずに全て。
話を聞き終わった二人は、ポカーンとした顔をする。暫くしてロラが、「なるほど。それは確かに番長ね~」と同意してくれた。
「と言うか、本気でゲーム会社は何を考えてそんな設定にしたのかしら~」
「それなんですけど、もしかしたら元々は魔王ルートがあったのかもしれませんよ。でも、その場合五歳から始めることになって、一人だけ超大作になるので大人の事情でカットされたのかなぁなんて」
「有り得ない話ではなさそ~。じゃあ、ソセリンブ公爵の話もカットされたっぽい?」
「やっぱりそう思いますか?」
「何故ですの? トリスタン様だけ」
「だって~! 魔王様が封印に使われてた聖なる剣には精神破壊の闇魔法が掛かってたって言ってたじゃない? 祖先が掛けた闇魔法でトリスタン様が精神崩壊するとかどんな鬱展開~!」
「え? あ、そうですわ。トリスタン様って封印を解いたら精神が……」
「ソセリンブ公爵の話をカットするなら、聖光教の所も有耶無耶にするしかないですもんね」
「そして、最後はルヴァンス侯爵の後を継ぐしかないわ~。ゲームでは弟の存在も伏せられてるから、特に批判は出てなかったな~」
「大人の事情ですね」
「まぁ、ただの妄想でしかないけど~」
ロラとシルヴィがうんうんと頷き合う。しかし、ジャスミーヌは大好きな推しのことであるからか、「納得出来ません!」と目を吊り上げた。トリスタン過激派である。
「えぇ~? そう? 私は納得だけど~」
「どこがですの!?」
「私はセイヒカにそこまでの鬱展開は望んでないもの~」
「私もです」
「でしょ~? まぁ、中には選択肢によって鬱展開になるのを楽しむゲームもあるけど……。セイヒカは違うじゃない? バッドエンドは重めだけど、やっぱり目指せハッピーエンド! イチャラブ! 光あれ! を求めてやるゲームだから」
「……確かに、セイヒカでそんな展開が出てきたら発狂モノですわね」
想像したら嫌だったらしい。ジャスミーヌの眉間に深い皺が寄った。トリスタン推しが泣き叫ぶことにならないためのカットだったのだろうか。真実が分かることはないが。
「まぁ、この世界線ではトリスタン様の真実が明るみになって、まさにハッピーエンド!」
「それもそうなのかしら」
「あの、その件なんですけど……。ロラ様はそれで大丈夫なんですか?」
「え? どうして~?」
シルヴィがずっと考えていたことだ。ヒロインにとって、このハッピーエンドは本当にハッピーエンドなのだろうかと。
「魔王を倒したことによって、ヒロインは栄光の道を歩むじゃないですか。殿下との婚約も難しくなるのではないかと思って……」
「ゲームではね~。でも実際、魔王様と対決とか不安と恐怖しかなかったから。正直、ほっとしてるの」
「本当ですか?」
「勿論! それにね? ここが現実だからこそ許される裏技があるのよ~」
「うらわざ?」
「そう! シルヴィ様はセイヒカの続編はプレイした?」
「してません。トリスタン様のルートも途中でした」
「何ですって!?」
「違いますよ。やる気をなくしたとかではなく、途中でここに来たんです」
「あぁ、なるほど~。じゃあ、ヒミツ!」
「え?」
「ネタバレは楽しみが半減しちゃうでしょ~?」
「いや、特に気にしませんけど」
「まぁまぁ、そのうち分かるわ!」
ロラにウインクされて、シルヴィは「はぁ……」と曖昧に返事をする。まぁ、ロラが良いと言うのならそれで良いのだろう。裏技の内容は気になるが、教えてくれそうもないのでシルヴィは諦めることにした。
「何とか無事に終わったのですわね」
「ドキドキだったわ~!」
「そうですね。色んな意味でドキドキでした。ディディエ様とガーランド様に筒抜けになってたりしてて」
「……はい?」
「何を言っておられるの?」
どうやら、ロラとジャスミーヌは本気で気付いていなかったらしい。シルヴィはロラが“セイヒカの続編”という不穏なワードを出したので、教えておいた方がいいかと思ったのだ。
「ジャスミーヌ様、考えている事を口に出す癖はどうにかした方がいいかと思います」
「わたくし??」
「ディディエ様とガーランド様に乙女ゲームが~シナリオが~と、全て筒抜けになってましたよ」
「嘘でしょう?」
「それと、ロラ様との会話も筒抜けでした」
「衝撃の事実なんですけど~」
「貴族らしい言い方になりますが、ディディエ様とガーランド様には優秀な手駒が沢山いらっしゃるようですので」
「わ~お!」
ロラが目を丸める。ジャスミーヌは信じられないと首を左右に振った。ジャスミーヌにとっては、ディディエはいつまでも可愛い弟のままであるらしい。
「ディディエはそんな子ではありませんわよ!?」
「そうですか? ほら、婚約解消の噂あるでしょう? あれも流したのはディディエ様ですよ」
「流石は次期宰相~!」
「う、うそですわーーー!!」
ジャスミーヌの絶叫に、シルヴィとロラは耳を塞いだのだった。
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