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ファイエット学園編

50.モブ令嬢と“愛の力”

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 何の話だろうか。シルヴィは手土産の目的を考えて、そう言えばルノーが自身は魔王であると暴露していたことを思い出した。その話に戻るらしい。
 フレデリクは何とも言えない顔で押し黙る。どうするのが国のためになるのかを考えているようであった。
 ルノーは先程の蔓を使って、トリスタンの目の前に刺さったままの剣を地面から抜く。手には取らなかったが、ルノーの直ぐ横までそれを持ってきた。
 それに、空気が一瞬で緊張したものへと変わる。シルヴィはどうするつもりなのかと、ソワソワしながらルノーを見上げた。

「それとも、飼い慣らしてみますか?」

 魔王を飼い慣らす。なんとも無理難題を言うものだ。しかし、ここにはヒロインがいる。その無理難題をやってのける事が出来るであろう存在が。
 ルノーはヒロインを煽るように、剣の切っ先を向ける。こんな事をすると言うことは、ルノーには勝算があるのだろうか。シルヴィはハラハラとしてきた。

「光の乙女もいるのですから。試してみるのも一興では?」
「やめないか、ルノー……。シルヴィ嬢も嫌がるぞ」

 急に視線が集まって、シルヴィは肩を跳ねさせた。止めてくれ。全員の視線がそう訴えてきている。しかし、シルヴィはルノーの味方だと言ったばかりであるので、ここはルノーの味方をすることにした。

「ルノーくん」
「……うん」
「任せて! 逃げる心の準備は出来てる!」
「待て待て待て、何故そうなった?」

 両手で拳を握ってキリッとした顔を作ったシルヴィに、フレデリクが慌てる。当然止めてくれると期待していたと言うのに、よりにもよって今日は全面的にルノーの味方をするつもりのようだった。
 それに喜んだのは、勿論ルノーで。うっとりと蕩けたような視線をシルヴィに向ける。

「そうだね。駆け落ちしようか」
「おかしいな。駆け落ちの“か”の字も言った記憶がない」
「心配しないで、シルヴィ。君に苦労はさせないから」
「その話は今度にして貰っていいかな。ちょっと情報量が多過ぎて付いていけなくなってる」

 シルヴィはルノーから逃れたくて顔を両手で覆う。男女で逃げたら、それは駆け落ちなのだろうか。いや、全部が全部そうではないと信じたい。

「シルヴィもこう言っていますから。光の乙女と騒ぎを起こしても僕は特に困りません」
「私が困りますわ~」

 ルノーに物申したのは、当事者のロラだった。ヒロインとしての喋り方とは違う。素のロラの意見のようであって。それに、シルヴィは指の間からロラを覗き見る。

「質問してもよろしいですか?」
「……構わないよ」
「ありがとうございます。じゃ~……まず今の魔王様に光魔法って効果はあります?」
「人並みにはあるよ。勿論、結界を張れれば闇魔法は使えなくなる」
「他の魔法は?」
「使えるよ。まぁ、少々不安定にはなるようでね。間違えて校舎を消し飛ばしてしまうかもしれない」
「ほぼ無意味って事ですよね、それ。寧ろ、被害が拡大してるわ~」

 ロラは困ったように眉尻を下げる。どうやらルノーも人間の姿であれば、光魔法をそこまで恐れる必要はないらしい。シルヴィはちょっと安心して、息を吐き出した。

「ん~、因みにですけど……。魔王様とアレクシ様の剣の腕はどちらが上ですか?」
「ルノー卿だな」
「即答だわ。そんなに違うのですか?」
「今の俺では到底敵わないだろう」
「アレクシ様より弱い私の剣の腕じゃ駄目よね~。あと、対魔の剣って光魔法も弾けます?」
「勿論、例外なくね」
「なるほど……。私には無理です!」

 ロラがきっぱりと言い切る。それに、ルノーとシルヴィはきょとんと目を瞬いた。つまり、ロラにはルノーと戦う意志がないということらしい。

「そもそも魔王様は聖なる国内で倒さないと、ハッピーエンドにはならないのよね~。国外に出た時点でバッドエンドかメリバエンド」
「ロラ嬢?」
「ごめんなさい、フレデリク様! 私に出来ることはなさそうです!」

 ロラの性格が思っていたよりもさっぱりしていて、シルヴィは驚いた。それは、ルノーも同じだったらしい。「ふぅん?」と興味深そうに声をもらした。

「思っていたのと大分違うな」
「だって、もうバッドエンドにはならなさそうですから~。それに、フレデリク様も素の私の方が良いって言って下さってて! きゃ~!!」

 急に頬を両手で挟んで、ロラが恋する乙女になる。それに、ルノーがスン……と冷めた視線を向けた。我に返ったロラが冷静に「やだ~……。思わず取り乱しちゃったわ、ごめんなさい」と咳払いする。 

「兎に角、今の魔王様とやり合ったらこちらが不利過ぎますわ、フレデリク様。オススメしません」
「そう、か……」

 フレデリクは元々、ルノーと争うつもりはなかった。しかし、光の乙女であるロラがそう言ってくれた事により心の何処かでほっと安堵する。大義名分を得たのだから。これならば、父親である国王を説得できる可能性も高くなる。

「あそこの二人よりも頭が回りそうだ」

 ルノーの言うあそこの二人とは、ジャスミーヌとトリスタンのことなのだろう。本人達も察したのか、ジャスミーヌは憤慨したような顔をトリスタンはショックを受けたような顔をした。

「光栄ですわ~」
「ちょっとお待ちになって! トリスタン様は凄いのですよ!!」
「俺!? 巻き込むのはやめてください!!」
「本当なんですのよ!? 魔力だってあるんですから!」
「はい!?」
「それはそうだろうね」

 ジャスミーヌの発言をルノーが肯定したものだから、トリスタンは目をまん丸にする。

「その瞳の色で、魔力がないなんて事は有り得ないよ」
「え? でも、俺、産まれた時から魔力なし、です……?」

 トリスタンが本気で戸惑っているのを見て、ルノーも不思議そうに首を傾げる。自分でやった事ではないのかと言いたげに。
 ジャスミーヌの様子からして、それはゲームに出てくる設定なのだろうとシルヴィは考えた。最後にトリスタンの魔力は戻るらしい。しかし今現在、戻ってはいない。

「やっぱり、悪役令嬢では駄目なんだわ……」

 悔しそうに落とされたジャスミーヌの言葉に、シルヴィはハッと気付く。

「愛の力!!」

 思わず口から出てしまった。自らの失態に気付いて、シルヴィは両手で口を隠す。
 ルノーが物凄く嫌そうな顔をした。そして、ジャスミーヌとロラを睨み付ける。

「シルヴィに何を吹き込んだの」
「やだ~、それは完全なる濡れ衣です」
「口が滑った……。違うの、ルノーくん。えっと、あのね?」

 シルヴィがひそひそ話のために手を口に添える。それに、ルノーは素直に少し屈んで耳を寄せた。周りに聞こえないように小声で、シルヴィは思い付いた可能性をルノーに伝える。

「トリスタン様に掛かっている闇魔法は、ご両親が掛けたものじゃないかな?」
「あぁ、なるほど。父親か」
「うん。それで、闇魔法は光魔法で消せるんだよね?」
「そうだよ」

 つまり、ヒロインの光魔法がトリスタンに掛けられていた闇魔法を解いたのだろう。どういう流れでそうなったのかは分からないが、それをゲームでは“愛の力”ということにしたと。そういうことなのではないだろうか。だって、そっちの方が確実に盛り上がる。
 シルヴィだってゲームのプレイヤーとしてなら、そっちの方がテンションは上がる。乙女ゲームは特別を求めてやるのだから。
 ルノーの魔力が戻った時に“愛の力だ!”と、ロラとジャスミーヌが盛り上がっていたのも、そういう事なら頷ける。二人にとってそれは、紛れもなく“愛の力”だったのだ。

「ロラ様なら出来ると思う?」
「さぁ? 彼女の実力はよく知らないからね。まぁ、試してみる価値はあると思うよ」
「さっきから何なのですか!? わたくし達にも教えて下さいませ!」

 ジャスミーヌが焦れたように叫んだ。それに、シルヴィが驚いて肩を跳ねさせる。当たっているのか自信がなかったので、ひとまずルノーに言ってみたのだが……。感じが悪かっただろうかと、シルヴィは困ったように眉尻を下げた。

「騒がしいな……。シルヴィの言っていることはまず間違いなく正しい。大丈夫だよ」
「え!?」

 ニコッとルノーに微笑まれて、これは自分が言った方がいいのかとシルヴィはどきまぎする。というか、言ってもいいのかと。
 トリスタンに掛けられている魔法のことを言えば、ルノーが自分に掛けていた魔法のことも芋蔓式にバレることになる。いや、魔王であることがバレた今、それは些細なことなのかもしれない。

「えっと、トリスタン様には闇魔法が掛かっているのだと思います」
「闇魔法?」
「はい。何でも隠してしまう魔法があるそうです。お父様がトリスタン様を守るために魔力を隠したのだと」
「父上が、俺のために……」
「その魔法は掛けた本人が解くか、光魔法で消せるとルノーくんが言っていたので」

 シルヴィがロラに視線を遣る。それにロラは、「私?」と人差し指で自分を指差した。

「お願い出来ますか?」
「それは勿論やるわ~。でも、そんな魔法使ったことがないのよね」

 ロラが眉根を寄せて、難しい顔をする。ルノーは仕方がないと言いたげに溜息を吐いた。そして、「魔法はイメージだ」と助言を始める。

「そのイメージを補強するために、人間は詠唱を唱える」
「そう言えば、さっき魔物達は唱えてなかったですね~」
《魔物は基本的に使う魔法が大体決まっておりますからな》
《人間は色々と欲張りなんです~》
「ぐうの音も出ない……。でも、色々やりたくなるのは、悪いことじゃないわ~」
「出来るなら。悪いことではないよ」
「……はい」
「そうだな。闇魔法を消し去るイメージ。もしくは、彼の魔力を見つけ出すイメージ。君がイメージしやすい事が重要だ」
「イメージしやすい……」
「詠唱も。君が分かりやすければ、何でもいいよ。授業で習う基本だろ?」

 ロラは一つ頷く。しかし、授業ではもっと小難しい感じだった気がした。ざっくり簡単に言うと、ルノーが言ったような内容になるのだなとロラは苦笑する。

「さて、トリスタン様」
「は、はい?」
「覚悟はよろしくて? 失敗してもご愛嬌よ」

 可愛らしくウインクしたロラに、トリスタンは顔色を悪くさせた。どうやらご愛嬌という訳にはいかないらしい。

「成功しますよね?」
「努力はするわ」
「……はい」

 半泣きになりつつもトリスタンは覚悟を決めたようだ。神に祈るように、両手を胸の前で握り締めた。
 ロラは大きく深呼吸をする。イメージ。闇魔法を消す。呪いを払うようなイメージ。そこまで考えて、ふと違うなと思った。これは、呪いではないのではないか。親の深い愛だろうと。
 ゲームのスチルが脳裏に浮かんだ。ヒロインは何と言っていただろうか。こういう時に限って、思い出せない。
 しかし今重要なのはヒロインとしてではなく、ロラがどうイメージするかどうか。ゲームのシナリオなど、とっくの昔に崩壊している。ならばもう、ゲームに固執する必要はないだろう。
 ロラは両手をトリスタンに翳す。

「光よ、偉大なる愛に労いと安堵を」

 もう大丈夫ですよ。きっと今のトリスタン様なら大丈夫。必死に我が子を守る魔法を安心させるようなイメージで、ロラは光魔法を発動させた。
 トリスタンの黒髪が白銀に侵食されていく。それだけではなかった。白銀の中に、金色が混ざって見える。どうやらベースは白銀のようであるが、金色がメッシュのように入っているらしい。

「へぇ、珍しい色をしている」
「え!? 何ですか? 怖い怖い! 俺の髪はどうなったんだ!?」
「白銀と金の間……。ガーランドより少し低いくらいだね」

 トリスタンがポカンとした顔で固まった。まさか本気で自分に魔力があるとは、思っていなかったらしい。

「これなら、ルヴァンス侯爵家の後継にも相応しい筈ですわ!」
「は!? いや、俺は叔父上の後を継ぐ気はないですよ!?」
「何故ですの!?」

 ジャスミーヌの勢いに、トリスタンの腰が完璧に引けている。しかし後継になる気はないらしく、首はしっかりと左右に振り続けていた。

「じゃあ、ソセリンブ公爵家を継げばいいのではありませんか?」

 ルヴァンス侯爵家が駄目ならとシルヴィは軽く提案してみたのだが……。何故か静寂が落ちてしまったのだった。
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