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ファイエット学園編

31.悪役令嬢と乙女ゲーム

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 衝撃的だった。ジャスミーヌがそれを思い出したのは、五歳の誕生日のことだった。
 弟であるディディエが気にくわなくて、その日も意地悪をした。ディディエが何かをしたわけでもないのに。
 泣きながら逃げるディディエを追い掛けまわしていた時だ。ジャスミーヌは階段から足を滑らせて落ちてしまった。二段だけであったが、頭を打ったジャスミーヌは気絶した。
 そこで、前世の記憶を思い出したのだった。

「うそでしょう……」

 ベッドの上で目を覚ましたジャスミーヌは暫し放心した。信じられなかった。しかし、信じるしかなかった。前世の人格が目覚めてしまったのだから。
 そして、絶望した。鏡に映った姿は、まだまだ幼いが【聖なる光の導きのままに】の悪役令嬢。ジャスミーヌ・オーロ・ガイランによく似ていたのだから。
 似ているだけだと思いたかったが、自分の名前もジャスミーヌ・オーロ・ガイラン。そして、弟の名前はディディエ・オーロ・ガイラン。悪役令嬢の弟で攻略対象者の一人と同じ名前であった。
 もしここが乙女ゲームの世界ならば、何故神様はヒロインにしてくれなかったのか。よりにもよって、国外追放か死亡する運命の悪役令嬢なのか。ジャスミーヌは神様を怨んだ。
 しかし、嘆いている場合ではなかった。悪役令嬢でもハッピーエンドを迎えてみせる。ジャスミーヌはそう決意したのだった。

 ジャスミーヌはまず弟に優しくした。最初は警戒されて逃げられたのだが、段々と和解に成功し前よりも仲良くなれた。
 同時進行で仕事人間の父と躾に厳しい母に色々と物申した。ジャスミーヌの勢いに圧されたのか、少しずつ二人も変わっていってくれた。
 全てが順調に見えた。皇太子殿下との婚約話が出るまでは。そうだった。ジャスミーヌは攻略対象者の一人、皇太子のフレデリク・リナン・ジルマフェリスの婚約者だったとジャスミーヌは頭を抱えた。
 ジャスミーヌはフレデリクが苦手だった。そもそもが俺様キャラは守備範囲外だったからだ。ゲームでも相容れなかったというのに、現実で仲良く出来る自信など皆無だ。
 しかし、これは家同士が決めた婚約。しかも王族とのだ。断れる筈もなかった。実際に会ってみればイメージも変わって仲良く出来るかもしれないと、ジャスミーヌは顔合わせに挑んだ。

「俺様はフレデリク・リナン・ジルマフェリスだ!」

 瞬時に無理だと思った。それでもジャスミーヌは微笑みを浮かべて自己紹介をする。

「わたくしは、ジャスミーヌ・オーロ・ガイランと申しますわ」
「うむ、ジャスミーヌ! 俺様の婚約者となれたこと光栄に思うのだぞ」

 自信に満ちた表情でそう言い切ったフレデリクに、拳が出なかったことをジャスミーヌは自分で褒め称えたのだった。

 今後の展開もあり、ジャスミーヌは無理矢理婚約の条件に、“お互いに、運命の人を見つけた場合は即座に解消する”という項目を捩じ込んだ。
 フレデリクは不服そうであったが、国王陛下が許可してくれたのだ。そんなことはあり得ないという判断だったのか。それとも、ゲームのご都合主義か。どちらにしても、ジャスミーヌにとっては助かった。
 フレデリクの婚約者になったことで、ジャスミーヌは危機感を覚えた。やはり、ここはセイヒカの世界なのだと。
 やれることは全てやらなければと、ジャスミーヌは本格的に動き出すことにした。記憶を頼りに、シナリオを全て書き出した。それぞれのルートとエンドもだ。
 そこで、ガーランドの兄。フルーレスト公爵家の直系だった少年の存在を思い出したのだ。彼はガーランドの一つ年上だったはずだ。ならば、ジャスミーヌと同い年。
 彼が亡くなるのは、六歳の誕生日だ。つまり、今の時点で彼は生きていることになる。ジャスミーヌはどうしようかと迷った。
 何故なら、彼が亡くなることによってガーランドはフルーレスト公爵家の養子となる。今なら彼を助けられる可能性はあるが、それではシナリオが狂ってしまうではないか。
 それでも……。ジャスミーヌは彼に会ってみることに決めた。

 それは、暑い日だった。母親がフルーレスト公爵夫人のお茶会に参加するという話を聞いて、どうしても一緒に行きたいと駄々をこねた。母親は押し負けてジャスミーヌを一緒に連れていってくれた。
 フルーレスト公爵夫人は優しそうな人であった。こんなに優しそうな人の息子なのだから、きっと彼もとても優しいのだろうとジャスミーヌは考えた。
 フルーレスト公爵夫人は遊び相手にと、彼を呼んでくれた。ジャスミーヌはそれが目的であったために、喜んだ。

「ほら、ご挨拶なさい」
「……僕は、ルノー・シャン・フルーレスト」

 現れた少年はそれだけしか言わなかった。
 フルーレスト公爵夫人に言われ、ルノーはジャスミーヌを植物園に連れていってくれた。しかし連れていってくれただけで、ルノーはジャスミーヌを放置して本を読み出したのだ。
 ルノーは口数も少なく、表情も乏しい少年だった。恥ずかしがり屋の可能性もある。慎重に仲良くならなければと、ジャスミーヌはルノーを観察しだした。
 ヒロインと同じ白金持ちだということは、ゲームで知っていた。しかし、実際に見るとやはり圧倒される。まるで童話の王子様のようであった。
 深い紺色の瞳は、少し冷たい印象を抱かせた。感情が読めないからだろうか。しかし、紺色の瞳。はて、何か大事なことを忘れている気がする。気のせいだろうか。
 全くこっちを見ないルノーに、ジャスミーヌは意を決して喋りかけることにした。ルノーの読んでいた本を取り上げ、閉じる。

「わたくしとお喋りしましょう」

 ジャスミーヌは精一杯、優しく見えるように微笑んだ。そんなジャスミーヌにルノーはやっと視線を向ける。

「どうして僕が? いやに決まってる」

 ばっさりと断られて、ジャスミーヌの予想は見事に裏切られたのだった。

 ジャスミーヌは諦めなかった。何とかしてルノーと仲良くなろうとしたのだ。ルノーは攻略対象者ではない。もしかしたら、味方になってくれるかもしれなかった。
 しかし、ジャスミーヌの頑張り虚しくルノーとの距離は、一向に縮まりはしなかった。ジャスミーヌは焦った。ルノーの六歳の誕生日が迫っていたからだ。

「もうすぐルノー様のお誕生日ですわよね? わたくし、当日にプレゼントをお持ちしてもよろしいですか?」
「いらない」

 膠も無かった。結局、ジャスミーヌはどうすることも出来ずに、その日を迎えてしまった。助けられたかもしれない。そんな罪悪感に、あまり眠れなかった。
 しかし、いつまで経っても悲報がジャスミーヌの耳に届くことはなかった。怪訝に思ったジャスミーヌはフルーレスト公爵邸へと赴いたのだ。そこで、ピンピンしているルノーを見つけた。

「わたくしの頑張りが? いえ、でも……」

 ジャスミーヌは思案するように黙る。シナリオが変わっている。しかし、ジャスミーヌは自分が変えたのだとは思えなかった。「おかしい」思わずそう口にしていた。
 しかし、ジャスミーヌがルノーに会ったこと以外は、特に何も変わったことはなさそうであった。だから、ジャスミーヌは無理矢理自分を納得させた。少しの変化でも、きっとシナリオは変わるのだと。

 ジャスミーヌが九歳の時の事であった。その日もジャスミーヌはルノーの様子を見に、フルーレスト公爵邸へと来ていた。

「ごきげんよう」
「君、だれ?」

 ルノーは相変わらずであった。いつまで経っても名前を覚えようともしない。
 今日もジャスミーヌを放置するつもりらしいルノーの後を追った先に、見知らぬ少女がいた。その少女はルノーと違って礼儀正しく自己紹介をしてくれた。

「お初にお目にかかります。わたくし、シルヴィ・アミファンスと申します」

 ゲームで見た記憶がない。ならば、この少女はモブなのだろう。にこっと淑女らしく微笑みを浮かべた少女は、普通の少女に見えた。
 しかし、少女は普通の少女ではなかった。あのルノーが少女の言動に一喜一憂して、嫌われたくないと乞うたのだ。
 少女はそれが如何に凄いことなのか、理解していない様子でふわふわと笑っている。ジャスミーヌはお助けキャラなのかと少女を見つめた。そして、この少女と親しくなることに決めたのだった。

 乙女ゲームが始まった。ジャスミーヌはそれはそれは緊張していた。ヒロインがどんな人物かによって、自分の運命が大きく変わるのだから。
 キラキラと陽の光を受けて煌めく白金色の髪は、ヒロインらしくて。とても美しかった。何とも羨ましい話だ。これから彼女の愛され生活が始まるのだから。
 ヒロインは問題なく出会いイベントを全てこなしていた。全員に同じ態度を取っているように見えたが、ジャスミーヌは気づいてしまった。ヒロインがフレデリクに熱い視線を送っていることに。

「そこの貴女!」
「きゃっ!?」

 ジャスミーヌは好都合だとヒロインに話し掛けた。フレデリクを貰ってくれるのならば、万々歳なのだから。

「勘違いです!」
「え?」
「私は殿下狙いじゃありません!」
「なんですって!? それでは、困りますわ!!」
「え?」

 沈黙が落ちた。そこで、ヒロインであるロラ・リュエルミも転生者であることを知ったのだ。
 ロラはジャスミーヌのためにフレデリクを諦めようと思っていたらしい。しかし、ジャスミーヌの最推しがトリスタンだと聞いて、フレデリクルートを突き進むことになった。
 悪役令嬢であるジャスミーヌとヒロインであるロラは、お互いに協力し会う関係になったのだった。
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