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ファイエット学園編

29.モブ令嬢と対魔の剣

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 なるほどなぁ。シルヴィは鍛練場へと向かう道すがら、アレクシが教えてくれた相談内容にそんな事を思った。
 ルノーの番長伝説に新たなページを刻んだ地獄の図書館前事件。その時は不思議に思わなかったが、言われてみればアレクシが対魔の剣を所持していたのはおかしい。対魔の剣なんてものは、ゲームの中には出てこないのだから。
 ゲームの中のアレクシは、立派な魔法騎士となっていた。しかも、最終的には団長まで登り詰め幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたしで終わっていたはず。
 それが何故こんな事になっているのやら。ゲームのガーランドは、ヒロイン以外に心を開くことはなかった。アレクシとは同じ生徒会メンバーだからと話すことはあっても、仲良く雑談のイメージがない。
 更にガーランドは、魔導師の家門フルーレスト公爵家の人間だ。剣の話など興味もなかった。あくまでも、ゲームの中では。
 今現在のガーランドは、自慢の兄上ルノーが大好きなのである。なので、自分は剣を握らないが興味はあるらしく、剣の知識は持っていた。そして、アレクシとも仲が良い。
 だからだろうか。いや、違う。そもそもの原因はルノーだろう。ルノーが自分の魔力を封じ、暇潰しにと対魔の剣術を習わなければ、ガーランドは興味を持たなかった。つまり、アレクシの耳に“対魔の剣”が入る事もなかったということだ。
 ルノーがゲームのシナリオを狂わせていく。アレクシの将来が掛かっているので、シルヴィは思わず鍛練場に行くルノーとアレクシに付いてきてしまった。ルノーがどんなアドバイスをするつもりなのかが気になったからだ。
 しかし、シルヴィはどうするべきかと迷っていた。ここで、貴方は将来立派な魔法騎士になります。団長にまでなります。などとどう伝えれば良いのか。ヤバい占い師みたいになってしまいそうだ。
 ここはもう、ルノーに賭けるしかないのかもしれない。そして、アレクシの実力に。問題なければ、自然とそうなるだろう。

「あら? シルヴィ?」

 鍛練場の前にクラリスがいた。それに、シルヴィは首を傾げる。何故、クラリスがこんな所にいるのだろうか。

「クラリス、どうしてここに?」
「アレクシ様が心配で思わず。シルヴィは?」
「私はその……応援に?」

 あやふやに笑ったシルヴィに、クラリスは後ろにいるルノーとアレクシに視線を遣る。何となく状況を察したのだろうか、少し心配そうに眉尻を下げた。

「手合わせされるのですか?」
「あぁ、そうだ」
「そんな大仰なものではないよ。少し遊ぶだけさ」
「らしいの。だから、大丈夫」

 いつも通りに笑ったシルヴィに、クラリスは安心したようだ。

「そう……。では、わたくしもシルヴィと一緒に応援してもよろしいですか?」
「クラリスがか?」
「あら? 駄目ですの?」
「いや、そんなことはないが」

 アレクシがしどろもどろになっている。これは、将来尻に敷かれるな。とシルヴィは微笑ましく二人のやり取りを見ながらふと思った。シナリオと違うなんて今更か、と。
 クラリスとアレクシが婚約するという所からして、既にシナリオとは違うのだから。ならば、アレクシが生きたい道を選べばいいのだ。
 ひとまず、アレクシにルノーは興味を持っているようなので、雑なアドバイスはしないだろう。結構、ルノーは的を射た事を言うのだ。でも万が一、変な事を言い出したら止めに入ろうとシルヴィは決めた。

「シルヴィは、僕の応援をしてくれるんだよね?」
「え?」

 シルヴィは別にどちらか一方の応援をするつもりではなかったので、思わずきょとんとしてしまった。それにルノーが「……違うの?」なんて低い声を出したものだから、シルヴィは慌てて両手を体の前で振る。

「違わない! 勿論、ルノーくんを応援しますとも!」
「うん、絶対だよ?」
「任せて!」

 一変して嬉しそうに笑んだルノーに、シルヴィは苦笑したのだった。
 鍛練場に入ると、数人の生徒が剣の鍛練に励んでいた。しかし、ルノーの白金に目を奪われ皆手を止める。そして、ヒソヒソと囁き合いだした。珍しくルノーは意に介さず、悪意の滲んだ空間をスルーする。
 それに、シルヴィは違和感を覚えて首を傾げた。ルノーが気付いていない筈はないのだが。それだけ、アレクシの方が重要だと言うことだろうか。

「フルーレスト卿はどちらをお使いになられますか?」
「ひとまずはこちらかな」

 ルノーはアレクシの手から対魔の剣を選び取る。鞘から抜くと鞘をシルヴィに預けて、鍛練場の真ん中に立った。
 それに続いて、アレクシは腰に剣を吊るとルノーと向かい合った。そして、剣を抜く。
 しっかりと剣を構えたアレクシと、ただ立っているだけに見えるルノー。隙だらけに見えるが、鍛練場にはただならぬ緊張感が漂っていた。

「さぁ、はじめようか」

 先に仕掛けたのは、ルノーだった。横からの一閃。それを、アレクシは真っ向から受けて立った。剣身がぶつかり合い、激しい音が鳴る。
 何度か打ち合ったあと、アレクシが間合いを取った。今のやり取りでアレクシは理解する。加減などしようものなら、自分の命はないと。
 アレクシの「氷よ!」という声で、周りに拳大の氷解が出現した。

「へぇ……。氷魔法」

 アレクシが剣を振れば、それが一斉にルノーへと襲い掛かる。ルノーはそれを対魔の剣でいなすと、アレクシとは逆に間合いを一気に詰めた。
 先程の比ではないスピードで振られたルノーの剣は、アレクシの剣を上へと弾き飛ばす。それに、勝負ありかとその場の全員が思った。ルノーただ一人を除いて。

「はい、次はこれね」
「え? なんっ!?」

 ルノーが対魔の剣をアレクシの足下に投げる。剣がアレクシの足下に突き刺さった。アレクシは混乱したような目をルノーに向けたが、ルノーは無視して地面を蹴って跳んだ。
 本能だろうか。アレクシはまだルノーがやるつもりなのだと判断して、足下の剣を地面から抜く。その判断は正しかった。
 空中で剣を握ったルノーは、そのまま剣を軽く振る。剣と風魔法を組み合わせたそれは、まるで斬擊が飛んできたかのようであった。
 避けきれない。ならば、弾くしかない。アレクシは目を凝らした。そして、魔法の核を見つけ出す事に成功し、ギリギリの所でそれを弾き飛ばした。
 息を止めていたらしい。アレクシは上空に消えた風魔法を見て、大きく息を吐き出した。

「うん、悪くない」

 風魔法を使って、上から優雅に降りてきたルノーがそう口にした。さらっと白金が揺れる。
 そこでまたしても、アレクシは理解する。ルノーは嘘など吐いていない。アレクシは命の危機を感じたが、ルノーにとっては本当に少し遊んだだけに過ぎないのだと。でなければ、あの風魔法は弾けていない。
 二人の手合わせに圧倒されて、シルヴィとクラリスは身を寄せ手を握り合っていた。それを見つけて、ルノーはシルヴィの方へと戻っていく。そのあとをアレクシは慌てて追い掛けた。

「大丈夫? シルヴィ」
「どこら辺が“少し遊ぶだけ”なのか分からなかった」
「普段どれだけ厳しい鍛練をされておられるのですか」
「いや、これはフルーレスト卿の基準だと思ってくれ」
「なるほど」
「それなら納得ですわ」

 うんうんと頷いたシルヴィとクラリスに、ルノーだけが不本意そうであった。ルノーは溜息を吐きつつも視線をアレクシへと向ける。

「どちらも悪くないよ」
「……本当ですか?」
「嘘を吐く意味がない」

 それはそうだろうが、言い方が何とも。ルノーらしくはあるのだが……。シルヴィは苦笑しながらもルノーを見上げた。ルノーはどちらをアレクシに薦めるつもりなのか、と。

「どちらかを選ぶ必要はないよ」
「……は、」

 ルノーの発言に、アレクシから間の抜けた声が漏れでた。シルヴィも目を瞬く。

「魔法が使えるのだから、基本はそれで戦うのがいいかな。氷魔法は珍しい。もっと上手く使うべきだ。例えば……」

 ルノーは持っていた剣を地面に突き立てた。何をするのだろうかと思った瞬間、鍛練場の地面が一瞬で氷に覆われる。まるでスケートリンクのようになってしまった。

「おわっ!?」
「何だ!?」

 鍛練していた生徒達が氷に滑って、そこかしこで転んでいる。その様子を見て、ルノーが「口ほどにもないな」と呟いた。
 どうやら、しっかり売られた喧嘩は買っていたらしい。興味をなくしたのか、ルノーが手を払う仕草をすると鍛練場はもとに戻った。

「君の魔法の威力が物足りないのは、魔力が底をついたら困るからだろ?」
「はい。魔力量だけはどうにも出来ず」
「魔力がなくなった場合。もしくは氷魔法と相性の悪い炎魔法と当たった場合。臨機応変に対魔の剣を使いなよ」

 ルノーはどちらかを選ぶのではなく、どちらも上手く使う道を薦めている。シルヴィはその考えはなかったと感嘆した。愛の力で頑張れるんだ。みたいなふわふわした考えよりも余程現実的で良いのではないかと思った。

「なる、ほど……。そうか。そうですね。どちらかを捨てる必要はない」

 アレクシは、悩みが解決したらしい。すっきりとした顔をしていた。それに、クラリスが安堵の息を吐き出す。

「殿下が傍に置くだけのことはあったな。きみ……」

 ルノーが思案するように目を伏せる。しかし、名前は出てこなかったらしく「誰だった?」と首を傾げた。
 お茶会や学校内でも何度か名乗っているのだが、やはり覚えられていなかったようだ。しかし、これを機にやっと覚えて貰えるかもしれない。

「アレクシ・グラーセスです。是非、アレクシとお呼びください」
「そう。上手くやりなよ、アレクシ」
「精進します。本日はありがとうございました、フルーレスト卿」
「ルノー」
「はい?」
「ルノーで構わないよ」

 アレクシがきょとんと目を瞬く。次いで、慌てて「は、はい! ルノー卿!」と返した。
 シルヴィ曰く、ルノーに友達が増えた。ということで、シルヴィはほくほくで笑んだのだった。
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